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4. 拒絶
しおりを挟む「ミーシャ……絶対、絶対生きて戻ってくるから、待ってて」
魔王との決戦当日。
見送る私を、ケイレブは強く抱きしめた。
村にいた時とは全然違う、逞しい体。
この二年でケイレブはとても強くなった。それでも私を抱きしめる腕は震えている。
決戦を前に恐れを抱いているのだろう。
それでも勇者として立ち向かおうとしている彼は、とても立派だと思う。
亡くなった母親のような犠牲者を少しでも減らしたい。
その彼の意志は、今も折れていない
勇者に相応しい人だと思う。
なのに、私の心は嫌悪感でいっぱいだった。
触らないで。
気持ち悪い。
他の女を抱いた汚い手で私に触れないで。
(最低だ、私)
これから命をかけて戦う勇者に、こんなことしか思えない自分が嫌になった。もう消えてしまいたい。
ケイレブと恋人になんか、ならなければよかった。
幼馴染としてあの村で暮らしていれば、淡い初恋の相手として思い出に変えられたのに。
きっと今頃、村の誰かと結婚して、ケイレブの勇者としての活躍を喜べただろうに。
こんな醜い自分にならなくて済んだのに——
その腕から逃れようとケイレブの胸を押しているのに、逞しい腕が離れることを許さない。
三人の女たちの突き刺さる視線が痛くて怖い。
「ミーシャ」
耳元で切なく名を呼ばれ、鳥肌が立つ。
限界で叫びそうになったその時——
『待っていろ。ミーシャ。もうすぐ終わる』
脳内に、アレスの声が響いた。
とても安心する声。私のすべてを許し、包み込んでくれる彼の声。
『俺が攫ってやるから、それまで待っていろ』
(アレス——)
魔王が倒されたのは、それから十日後のことだった。
アウロラの魔鳥で勝利を知らされた待機メンバーは歓喜に震えた。そして一足早く勇者たちを労う為に宴会の準備を始める。
彼らが駐在地に戻り次第、皆で勝利の勝ち鬨をあげるのだ。
私はすぐに出ていけるように荷物をまとめた。
早く両親に会いたい。
早くこんなところから抜け出したい。
そして、ついにケイレブたちが帰ってきた。
身なりはボロボロになっていたけれど、大きな怪我はなさそうだ。
「ミーシャ!」
ケイレブは私を見るなり、決戦前夜のように私を抱きしめた。再び私の体に鳥肌が立つ。
「お、おかえり、ケイレブ。魔王討伐おめでとう。頑張ったね」
「ああ、何度か死にそうになったけど、ミーシャの作った回復薬に何度も助けられたよ」
「──そう。役に立ててよかった」
聖女サラ姫の視線が痛い。私の作った薬が彼女の治癒魔法の足元にも及ばないことはわかってる。
「ねえ、ミーシャ。約束覚えてる? 魔王を倒したらさ——」
「ケイレブ様ぁ! 奥で皆が宴の準備をして待っていますよ。早く行きましょう?」
「私もうお腹が空いてしまいました」
「私もクタクタぁ。早くご馳走食べて皆で勝利を分かち合いましょう!」
私の肩を掴んでいたケイレブの両腕を、女剣士のイリーナとサラ姫が掴んで私から引き剥がす。
そして連れ去るようにケイレブを引っ張って行ってしまった。
残ったアウロラにギロリと睨まれ、私は怖くて俯く。
向けられた殺気が肌を焼くように痛い。
「今日、ケイレブ様と別れなさい。そしてさっさと私たちの前から消えて。さもなくば……わかってるわよね?」
「——はい」
言われなくても、お望み通り消えるわ。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「ミーシャ、どこ行くの?」
「え……えっと、ちょっと食べすぎて苦しいから、少し休もうかなって」
「大丈夫か? 俺も一緒に行くよ」
「い、いいよ! 主役がいなくてどうするの。皆のところに戻って」
(せっかく宴会を抜けて来たのに、なんでついてくるの)
早くここを出ないと、彼女たちに両親を狙われる。
私も殺されるかもしれない。
焦燥感に襲われて、私はケイレブに背を向けて歩き出した。でもすぐに手を取られて足止めされる。
「どうして俺を避ける?」
直球で投げられたケイレブの言葉に、肩が跳ねた。
「な、何言ってるの? 意味がわからない」
「俺が気づかないとでも思ってるの? 何年一緒にいると思ってるんだよ」
そう言うとケイレブは私の体を引き寄せ、膝裏に手を当てて抱き上げた。
「ケイレブ!?」
「舌噛むよ。黙ってて」
私を横抱きにしたまま、無言で宿の廊下をどんどん突き進んでいく。そしてケイレブの部屋に入り、ベッドの上に転がされた。
「ちょっとケイレ……んんっ」
そのまま覆いかぶさった彼に、噛みつくようにキスをされた。ぞわりと背中に悪寒が走る。
(やだ……いやだ!!)
抵抗しようと暴れると、両手を頭の上にひとまとめにされる。
「魔王を倒したら、結婚するって約束しただろ。なんで俺を避けるんだ!」
──嫌よ。
絶対イヤ。
平民を虫けらのように扱う彼女たちと、ケイレブを共有する? 冗談じゃないわ。同じ空気を吸うのもイヤなのに。
「……ないわ」
「え?」
「私はケイレブなんかと結婚しないわ」
振り絞った声が、思ったより低くて自分でも少し驚いた。
でもこの煮えたぎる怒りを抑えられそうにない。
私の拒絶の言葉に、ケイレブは顔を真っ青にして動揺している。
「な、なんで……? 王都を出る時にプロポーズしたら了承してくれたじゃないか!」
「二年前はね。でも今はそんな気なくなってしまったの」
「なんで!!」
「貴方が散々浮気してきたからでしょ!!」
「……っ!?」
「私が知らないとでも思ってた? あれだけ日替わりで彼女たちと睦み合っていれば嫌でも目につくでしょうよ!!」
「目につく……? ま、まさか見たのか……?」
「見たわよ。見飽きてしまうほど何度もね」
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