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Ep01 序章
Ep01_02 学校01
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◆模擬戦
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水の滴る音がする。
柚木秕は確かにその音を聞いた。
だが、彼のまわりには水など一滴もない。どうやらその音は、彼の頭の中に直接響いてくる耳鳴りのようなものらしかった。
やがて、まわりの景色が何の意味も持たなくなり、彼の意識が拡散する。そしてどこからともなく聞こえる陰惨なうめき声。
憎悪。執着。嫉妬。低い声が彼の精神を圧迫する。
「……なぜ、お前は生きている」
弾けるように意識が覚醒する。秕は我に返った。彼は数々の計器類に囲まれたコクピットに座っていた。
「なんだろ、今の?」
スピーカー越しに生徒達の歓声が聞こえてくる。
「あ、そんなの気にしてる場合じゃない」
**********
国立浦上学園、初等中等部。
ここは、国連枢機軍の統括する士官学校付属幼年学校で、世界でも屈指のエリート校である。
特に搭乗式歩行重機と呼ばれる人型兵器「プレイトメイル」のパイロット育成に力を入れており、多くの優秀な人材を輩出していた。
柚木秕はこの学園に通う中等部1年の13才で、身長は平均よりやや下、見るからに弱々しい印象の少年だった。
我に返った彼は、今が、PM(プレイトメイル)実技の授業中であることを思い出した。
「まずい、まずい」
慌てて操縦桿を握り直す。
校庭に隣接する演習場で二体のPMが対峙していた。
このPMは学園の訓練用機で、飾り気のない実用本位のデザインをしていた。無駄な出っ張りや意味不明の翼などは一切ついていないし、航空力学を無視して空を飛び回ることもない。
「どーしたぁ!? 秕! かかってこねーのか、ア!?」
模擬戦の対戦相手である、クラスメイトの水凪九郎が挑発してくる。秕よりやや長身で、見るからに活発そうな少年だ。
「ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……」
「ウダウダやってんじゃねえ! 来ないんならこっちから行くぜえ!!」
全高約10メートル、8トン以上の金属の塊が秕のPM13番機めがけて突進してくる。その圧迫感は大型のトレーラーが真正面から突っ込んで来るさまによく似ていた。
鈍い衝突音とともに13番機が弾き飛ばされる。情けない悲鳴をあげて、秕はPMの中でもみくちゃにされた。シートベルトや座席の衝撃吸収機構のおかげでミンチにならずにすんではいるが、それでも相当のダメージがあるはずだ。
クロウの駆るPM5番機が、ひっくり返った13番機を見下ろす。
「ザコが ! その程度のウデで、よくPMパイロットを目指せるもんだな。さっさと転校しちまえっ!!」
クロウのセリフに秕は何の反論もできなかった。痛みに耐えつつ、うめき声をもらす。それでも、なんとか自分のPMを立ち上がらせようとする秕だったが、気持ちばかり焦ってなかなか思うようにいかない。
「ったく、なんで柚木みてーな運動神経ゼロのメカオンチがウチのようなエリート校に入れたんだ?」
「どうせコネかなんかじゃないの? ま、どっちにしろ、ヤツがパイロットになる事は無いだろうけどさ」
戦いを観戦していたクラスメイト達の中で、制服をだらしなく着崩している2人が上品とは言えない笑い声を上げた。
「悪い事はいわねえ。クロウの言った通り転校しろ!」
「そーだそーだ!!」
彼らの素行はとてもエリート校の生徒とは思えない。だが操縦技術の観点から言えば、優秀なパイロット候補生であることに間違いはなかった。
「なんで上手く出来ないんだ……。約束したのに……PMパイロットになるって決めたのに……!!」
正面モニターの隅にぶら下げた御守りに一瞬だけ目をやり、秕はつぶやく。焦れば焦るほど、彼のPMは言うことを聞いてくれなかった。
短い舌打ちの音が響く。倒れた13番機のコクピット内の様子を、通信モニタ越しにクロウは見ていた。無様に慌てふためく秕の様子に、より一層いらだちを募らせたクロウが、再度5番機を突進させた。
「自分がどれだけ無能か、思い知らせてやる!!」
立ち上がろうともがく13番機にむけて破城槌のような鋼の腕が振り下ろされる。秕が瀕死の小動物のような悲鳴をあげた。衝撃が走り、秕の13番機の装甲が大きくひしゃげる。
――その前に、クロウの攻撃は突如現れた赤いPMによって受け止められていた。
「なに!!?」
「やめておけ。勝負はついている。PMを壊す必要はない」
赤いPMから鈴を鳴らしたような涼やかな、しかしどこか厳しさを秘めた声が響いた。
「あのPMは……」
先ほどまで死にそうだった秕の表情がにわかに明るくなる。
「……!!? ……くそっ」
5番機は拳をおさめ、しぶしぶといった体で踵を返した。
模擬戦は――模擬戦というより秕が一方的にやられていただけだったが――クロウの勝利で幕を閉じた。
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◆アリス
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「アリスちゃん!!」
秕がPMのハッチを開け、顔を出す。
赤いPMから、陽光に輝く長髪を風に任せ、一人の少女が降り立った。日宮アリス。浦上学園の中等部1年。秕のクラスメイトかつ、幼なじみである。
絵画のように端正な顔立ちで、みずみずしい生命力にあふれた、まるで奇跡のように美しい少女だった。
「アリスだっ!!」
「今日もかわいいーー」
「しかも、あのクロウを簡単に止めるとは、さすがだぜ」
「デートしてぇ!」
アリスの登場でクラスの男子生徒たちが、一斉に色めき立った。
「わーん。アリスちゃーん! クロウがいじめるんだよーっ!!」
秕は園児のように泣きながら駆け寄って、アリスの腕にすがりついた。幼なじみである二人は、姉弟のように育ってきた(実際には秕のほうが一日だけ年上だが)。秕は昔からいじめられやすく、そのたびにアリスに助けを求めたものだった。
「あー、もう、ウットーしい!!!!」
アリスが容赦なく突き飛ばし、秕はもんどり打って倒れ伏した。
「それでも男か、情けない!!」
倒れた秕の背中をアリスが無慈悲に踏みにじり、秕が短く叫んだ。
「で、でも助けてくれてありがとう。うれしいな。僕の事をそんなに心配してくれるなんて」
アリスが無言で、そっと秕を立たせた。
アリスの甘い香りが秕に届く。心臓が激しく高鳴る。顔が耳まで赤く染まる。近くで見るアリスはより一層輝いていた。これは比喩表現ではなく、きめ細やかな白い肌が実際に淡く光を放っているのだ――少なくとも秕にはそう見えていた。
アリスは、うつむき加減で半歩さがった。
「アリスちゃん……?」
次の瞬間。アリスは踊るようにクルリと身体を一回転させると、その遠心力と体重と脚力の全てを右足にこめ、美しく凄まじい蹴りを繰り出した。デク人形のように手足をもつれさせながら秕の身体が宙を舞い、その後、地面に叩きつけられる。カエルを踏みつぶしたような声を発して彼は地面に転がった。指先がぴくぴくと痙攣している。
「あまえるな!!」
さらに容赦なく、アリスは秕を踏みつける。
「な、なんで……? 助けてくれたんじゃなかったの!!?」
「フン。お前なんか助けるわけないだろ。PMを守っただけだ」
「そ、そんなああ」
「――それより、なんなんだ、さっきのブザマな戦いは!!? 入学して三カ月も経つのにあの程度か。この役立たず!!」
「ご、ごめんなさいーっ」
「やっぱり、私が言った通りだな。お前には才能がないんだよ」
「僕だって一生懸命やってるんだよう」
「一生懸命やってアレか。だったらなおさらだ。お前みたいな無能に用はない。とっととこの学園から出て行け!!」
「そんなっ!!? アリスちゃんまでクロウと同じこと……。ごめんよっ。もっとがんばるから、そんな事言わないでよーっ」
半泣きで秕は抗議する。いや、抗議というより懇願に近い。だが、アリスに引き下がる気はなかった。
「……どうしても私の命令が聞けないって言うのか?」
「お願いだよ。許してっ。僕はPMのパイロットになるって決めたんだから……」
「……そうか。ならば」
アリスは、冷たい瞳で無表情に秕を見据える。そして感情のこもらない声で言った。
「お前とはもう絶交だ」
秕の脳天に電撃と激震が走った。明日世界が滅びると言われてもこれほどのショックは受けなかっただろう。
「な、なんで? まってよっ!! どうして突然そんなこと……!!?」
「うるさいっ!!」
最後に一発、頭をはたくとアリスは行ってしまった。破局は唐突に訪れた。秕にはアリスの考えが全く理解出来なかった。彼女がこんな事を言い出すのは、突然で不自然で理不尽な事のように思えてしかたなかった。
「そんなああ。アリスちゃーん、待ってよーっ!」
―――――――――――――――――――
◆教室
―――――――――――――――――――
後片付けを済ませ、生気のない足取りで秕は自分の教室に向かっていた。
「(ああ、どうしよう、どうしよう。アリスちゃんに嫌われてしまった……!! また、いつもの気まぐれとか、機嫌が悪かっただけ、とかならいいんだけど)」
校舎西棟2階に中等部1年B組の教室はあった。休憩時間なので、クラスメイト達はみな勝手気ままに雑談している。
「いやー、しかし。アリスってカワイイよな。ちょっとキツイのが、また。操縦技術もスゴイし頭もいい。しかも、某タレント事務所からスカウトまで来たらしいぞ。いるんだな、世の中には神に選ばれた人間ってのが」
「アリスも強いけど、クロウだってかなり強いはずなのに、なんであっさり引き上げたんだろ?」
体育会系風の少年と文化系風の少年が他愛もないうわさ話をしていた。
ドアが開く。秕が教室に戻ってきた。
「知ってる?学校のずっと西に神社があるの。そこには今時、陰陽師とかオガミヤとかいう人たちが住んでるんだって」
「ええ、やだ、こわい」
「今どきー!?」
三人組の少女たちが最近流行りのオカルト話で盛り上がっている。その話が耳に入った秕は、なぜかすこし慌てた様子だった。
「この学校の質も落ちたもんだな。柚木みたいな運動神経の無いヤツがどうして入学出来たんだか」
「優れたPM(プレイトメイル)乗りになるためには、優れた運動神経が必要だ。俺たちみたいな、な」
制服を着崩した少年が2人、自分の席に座ろうとする秕を見つけて、聞こえるような大声で言った。その2人の間で、腕を組んで足を机の上に投げ出したクロウが忌々しそうに秕を睨む。
「そんなザコほっとけ。どうせすぐに追い出されるに決まってる。この学校は、そんなに甘くねえ!!」
秕は逆らわず、曖昧な笑顔を浮かべておとなしく席につくしか出来なかった。
**********
教室のドアから、小さな影が中を覗きこんでいた。
キョロキョロと様子を伺っていたが、やがてお目当ての人物を見つけて室内に走りこんだ。
「おにーちゃん!!」
「あれ、菜乃? なんで中等部に?」
秕の妹の柚木菜乃だった。ショートカットの髪を左右で小さく結っており、元気そのものといった感じの少女だ。
彼らの通う国立浦上学園初等中等部は、名前の通り初等部と中等部が同じ敷地内に併設されていて、行き来は非常に簡単だった。彼女は初等部の5年生である。
「知ってる? この間ニュースで言ってた、木星の近くでアメリカ宇宙軍が事故を起こしたってやつ……。本当は事故じゃないんだって。実は、悪い『うちゅうじん』に全滅させられたっていう話だよ」
「『うちゅうじん』って……。そんなまたマンガみたいな。『反乱分子』の仕業だっていうのならまだわかるけど」
「ほんとだもん! 絶対うちゅうじんだもん!!」
「はいはい。わかったよ」
「もう! 信じてない!! それなら放課後つきあってよ。図書室の端末で情報収集するの」
「えー、やだよ」
「約束だよ、待ってるからね!!」
一方的に約束すると、菜乃はさっさと自分の教室に戻っていった。
【続く】
◆模擬戦
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水の滴る音がする。
柚木秕は確かにその音を聞いた。
だが、彼のまわりには水など一滴もない。どうやらその音は、彼の頭の中に直接響いてくる耳鳴りのようなものらしかった。
やがて、まわりの景色が何の意味も持たなくなり、彼の意識が拡散する。そしてどこからともなく聞こえる陰惨なうめき声。
憎悪。執着。嫉妬。低い声が彼の精神を圧迫する。
「……なぜ、お前は生きている」
弾けるように意識が覚醒する。秕は我に返った。彼は数々の計器類に囲まれたコクピットに座っていた。
「なんだろ、今の?」
スピーカー越しに生徒達の歓声が聞こえてくる。
「あ、そんなの気にしてる場合じゃない」
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国立浦上学園、初等中等部。
ここは、国連枢機軍の統括する士官学校付属幼年学校で、世界でも屈指のエリート校である。
特に搭乗式歩行重機と呼ばれる人型兵器「プレイトメイル」のパイロット育成に力を入れており、多くの優秀な人材を輩出していた。
柚木秕はこの学園に通う中等部1年の13才で、身長は平均よりやや下、見るからに弱々しい印象の少年だった。
我に返った彼は、今が、PM(プレイトメイル)実技の授業中であることを思い出した。
「まずい、まずい」
慌てて操縦桿を握り直す。
校庭に隣接する演習場で二体のPMが対峙していた。
このPMは学園の訓練用機で、飾り気のない実用本位のデザインをしていた。無駄な出っ張りや意味不明の翼などは一切ついていないし、航空力学を無視して空を飛び回ることもない。
「どーしたぁ!? 秕! かかってこねーのか、ア!?」
模擬戦の対戦相手である、クラスメイトの水凪九郎が挑発してくる。秕よりやや長身で、見るからに活発そうな少年だ。
「ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……」
「ウダウダやってんじゃねえ! 来ないんならこっちから行くぜえ!!」
全高約10メートル、8トン以上の金属の塊が秕のPM13番機めがけて突進してくる。その圧迫感は大型のトレーラーが真正面から突っ込んで来るさまによく似ていた。
鈍い衝突音とともに13番機が弾き飛ばされる。情けない悲鳴をあげて、秕はPMの中でもみくちゃにされた。シートベルトや座席の衝撃吸収機構のおかげでミンチにならずにすんではいるが、それでも相当のダメージがあるはずだ。
クロウの駆るPM5番機が、ひっくり返った13番機を見下ろす。
「ザコが ! その程度のウデで、よくPMパイロットを目指せるもんだな。さっさと転校しちまえっ!!」
クロウのセリフに秕は何の反論もできなかった。痛みに耐えつつ、うめき声をもらす。それでも、なんとか自分のPMを立ち上がらせようとする秕だったが、気持ちばかり焦ってなかなか思うようにいかない。
「ったく、なんで柚木みてーな運動神経ゼロのメカオンチがウチのようなエリート校に入れたんだ?」
「どうせコネかなんかじゃないの? ま、どっちにしろ、ヤツがパイロットになる事は無いだろうけどさ」
戦いを観戦していたクラスメイト達の中で、制服をだらしなく着崩している2人が上品とは言えない笑い声を上げた。
「悪い事はいわねえ。クロウの言った通り転校しろ!」
「そーだそーだ!!」
彼らの素行はとてもエリート校の生徒とは思えない。だが操縦技術の観点から言えば、優秀なパイロット候補生であることに間違いはなかった。
「なんで上手く出来ないんだ……。約束したのに……PMパイロットになるって決めたのに……!!」
正面モニターの隅にぶら下げた御守りに一瞬だけ目をやり、秕はつぶやく。焦れば焦るほど、彼のPMは言うことを聞いてくれなかった。
短い舌打ちの音が響く。倒れた13番機のコクピット内の様子を、通信モニタ越しにクロウは見ていた。無様に慌てふためく秕の様子に、より一層いらだちを募らせたクロウが、再度5番機を突進させた。
「自分がどれだけ無能か、思い知らせてやる!!」
立ち上がろうともがく13番機にむけて破城槌のような鋼の腕が振り下ろされる。秕が瀕死の小動物のような悲鳴をあげた。衝撃が走り、秕の13番機の装甲が大きくひしゃげる。
――その前に、クロウの攻撃は突如現れた赤いPMによって受け止められていた。
「なに!!?」
「やめておけ。勝負はついている。PMを壊す必要はない」
赤いPMから鈴を鳴らしたような涼やかな、しかしどこか厳しさを秘めた声が響いた。
「あのPMは……」
先ほどまで死にそうだった秕の表情がにわかに明るくなる。
「……!!? ……くそっ」
5番機は拳をおさめ、しぶしぶといった体で踵を返した。
模擬戦は――模擬戦というより秕が一方的にやられていただけだったが――クロウの勝利で幕を閉じた。
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◆アリス
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「アリスちゃん!!」
秕がPMのハッチを開け、顔を出す。
赤いPMから、陽光に輝く長髪を風に任せ、一人の少女が降り立った。日宮アリス。浦上学園の中等部1年。秕のクラスメイトかつ、幼なじみである。
絵画のように端正な顔立ちで、みずみずしい生命力にあふれた、まるで奇跡のように美しい少女だった。
「アリスだっ!!」
「今日もかわいいーー」
「しかも、あのクロウを簡単に止めるとは、さすがだぜ」
「デートしてぇ!」
アリスの登場でクラスの男子生徒たちが、一斉に色めき立った。
「わーん。アリスちゃーん! クロウがいじめるんだよーっ!!」
秕は園児のように泣きながら駆け寄って、アリスの腕にすがりついた。幼なじみである二人は、姉弟のように育ってきた(実際には秕のほうが一日だけ年上だが)。秕は昔からいじめられやすく、そのたびにアリスに助けを求めたものだった。
「あー、もう、ウットーしい!!!!」
アリスが容赦なく突き飛ばし、秕はもんどり打って倒れ伏した。
「それでも男か、情けない!!」
倒れた秕の背中をアリスが無慈悲に踏みにじり、秕が短く叫んだ。
「で、でも助けてくれてありがとう。うれしいな。僕の事をそんなに心配してくれるなんて」
アリスが無言で、そっと秕を立たせた。
アリスの甘い香りが秕に届く。心臓が激しく高鳴る。顔が耳まで赤く染まる。近くで見るアリスはより一層輝いていた。これは比喩表現ではなく、きめ細やかな白い肌が実際に淡く光を放っているのだ――少なくとも秕にはそう見えていた。
アリスは、うつむき加減で半歩さがった。
「アリスちゃん……?」
次の瞬間。アリスは踊るようにクルリと身体を一回転させると、その遠心力と体重と脚力の全てを右足にこめ、美しく凄まじい蹴りを繰り出した。デク人形のように手足をもつれさせながら秕の身体が宙を舞い、その後、地面に叩きつけられる。カエルを踏みつぶしたような声を発して彼は地面に転がった。指先がぴくぴくと痙攣している。
「あまえるな!!」
さらに容赦なく、アリスは秕を踏みつける。
「な、なんで……? 助けてくれたんじゃなかったの!!?」
「フン。お前なんか助けるわけないだろ。PMを守っただけだ」
「そ、そんなああ」
「――それより、なんなんだ、さっきのブザマな戦いは!!? 入学して三カ月も経つのにあの程度か。この役立たず!!」
「ご、ごめんなさいーっ」
「やっぱり、私が言った通りだな。お前には才能がないんだよ」
「僕だって一生懸命やってるんだよう」
「一生懸命やってアレか。だったらなおさらだ。お前みたいな無能に用はない。とっととこの学園から出て行け!!」
「そんなっ!!? アリスちゃんまでクロウと同じこと……。ごめんよっ。もっとがんばるから、そんな事言わないでよーっ」
半泣きで秕は抗議する。いや、抗議というより懇願に近い。だが、アリスに引き下がる気はなかった。
「……どうしても私の命令が聞けないって言うのか?」
「お願いだよ。許してっ。僕はPMのパイロットになるって決めたんだから……」
「……そうか。ならば」
アリスは、冷たい瞳で無表情に秕を見据える。そして感情のこもらない声で言った。
「お前とはもう絶交だ」
秕の脳天に電撃と激震が走った。明日世界が滅びると言われてもこれほどのショックは受けなかっただろう。
「な、なんで? まってよっ!! どうして突然そんなこと……!!?」
「うるさいっ!!」
最後に一発、頭をはたくとアリスは行ってしまった。破局は唐突に訪れた。秕にはアリスの考えが全く理解出来なかった。彼女がこんな事を言い出すのは、突然で不自然で理不尽な事のように思えてしかたなかった。
「そんなああ。アリスちゃーん、待ってよーっ!」
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◆教室
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後片付けを済ませ、生気のない足取りで秕は自分の教室に向かっていた。
「(ああ、どうしよう、どうしよう。アリスちゃんに嫌われてしまった……!! また、いつもの気まぐれとか、機嫌が悪かっただけ、とかならいいんだけど)」
校舎西棟2階に中等部1年B組の教室はあった。休憩時間なので、クラスメイト達はみな勝手気ままに雑談している。
「いやー、しかし。アリスってカワイイよな。ちょっとキツイのが、また。操縦技術もスゴイし頭もいい。しかも、某タレント事務所からスカウトまで来たらしいぞ。いるんだな、世の中には神に選ばれた人間ってのが」
「アリスも強いけど、クロウだってかなり強いはずなのに、なんであっさり引き上げたんだろ?」
体育会系風の少年と文化系風の少年が他愛もないうわさ話をしていた。
ドアが開く。秕が教室に戻ってきた。
「知ってる?学校のずっと西に神社があるの。そこには今時、陰陽師とかオガミヤとかいう人たちが住んでるんだって」
「ええ、やだ、こわい」
「今どきー!?」
三人組の少女たちが最近流行りのオカルト話で盛り上がっている。その話が耳に入った秕は、なぜかすこし慌てた様子だった。
「この学校の質も落ちたもんだな。柚木みたいな運動神経の無いヤツがどうして入学出来たんだか」
「優れたPM(プレイトメイル)乗りになるためには、優れた運動神経が必要だ。俺たちみたいな、な」
制服を着崩した少年が2人、自分の席に座ろうとする秕を見つけて、聞こえるような大声で言った。その2人の間で、腕を組んで足を机の上に投げ出したクロウが忌々しそうに秕を睨む。
「そんなザコほっとけ。どうせすぐに追い出されるに決まってる。この学校は、そんなに甘くねえ!!」
秕は逆らわず、曖昧な笑顔を浮かべておとなしく席につくしか出来なかった。
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教室のドアから、小さな影が中を覗きこんでいた。
キョロキョロと様子を伺っていたが、やがてお目当ての人物を見つけて室内に走りこんだ。
「おにーちゃん!!」
「あれ、菜乃? なんで中等部に?」
秕の妹の柚木菜乃だった。ショートカットの髪を左右で小さく結っており、元気そのものといった感じの少女だ。
彼らの通う国立浦上学園初等中等部は、名前の通り初等部と中等部が同じ敷地内に併設されていて、行き来は非常に簡単だった。彼女は初等部の5年生である。
「知ってる? この間ニュースで言ってた、木星の近くでアメリカ宇宙軍が事故を起こしたってやつ……。本当は事故じゃないんだって。実は、悪い『うちゅうじん』に全滅させられたっていう話だよ」
「『うちゅうじん』って……。そんなまたマンガみたいな。『反乱分子』の仕業だっていうのならまだわかるけど」
「ほんとだもん! 絶対うちゅうじんだもん!!」
「はいはい。わかったよ」
「もう! 信じてない!! それなら放課後つきあってよ。図書室の端末で情報収集するの」
「えー、やだよ」
「約束だよ、待ってるからね!!」
一方的に約束すると、菜乃はさっさと自分の教室に戻っていった。
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