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三通しの時間

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ここは可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)。
私たちの住処のような、職場のような、まあそんな場所だ。
私はこの店を見守る熊のぬいぐるみだ。
テディベアとも呼ばれている。

誰が私を作ったのか、いつから私はここにいるのか
全く覚えていないがそれは別にいい。
名前は恐らくない。名づけられた記憶がないからだ。

しかし少し前から店の奴らから【グレッド】と呼ばれるようになった。
グレーの毛とレッドのリボンだからというらしい。実に安直だ。

とはいえ名前がないのも不便なので
とりあえず「グレッド」と呼ばれたら
「何だ?」くらいは答えてやっている。
断じて気に入っているわけではない。断じて。

・・・コホン、まあ私の話はここまでにしようか。

「ふわーぁぁぁぁ・・・あー・・・今日も実に平和だねー」

私のすぐ隣で大欠伸をしている赤いシャツに黒エプロンのコイツは
この店の店長だ。・・・一応な。

寝癖そのままの赤茶色の髪をものぐさに掻きながら
眠そうな青い目で店のドアが開かないかなとぼんやり眺めてる。
それがこの男のお決まり行動。

今日も今日で特に何もしていない。かったるそうに頬杖をついているだけ。
ちなみに頬杖はいつも左手でついている・・・って、どうでもよ過ぎるな。
私も退屈に思考が支配されつつあるのだろうか・・・。




カランカラン・・・コロンコロン・・・




「!」

おやおや、この可笑しな店の扉が軽快に歌い出したではないか。

「これはこれは、いらっしゃい!」

さてさて、本日のお客様はどんな味をご所望だろうね?

私は此の場で見物させてもらうとするよ。




「あれ?ここって・・・あれ?え?」

びっくりした顔で周囲を確認する上下ジャージ姿の少年。
紺色に白いラインが入ったそれには
左胸に『池田第一高校』と書かれている。
確か近くにそんな高校があったな。

買出しの時に同じジャージを着た子たちや学ラン姿の少年
ワンピースタイプのセーラー服を着た少女たちなんかを
時折見かけたことがある。

見た目は実弦と同じくらいか一つ、二つ下くらいか・・・
まあ高校生なのは間違いないが。
右手には色々入りそうなスクールバッグを
左手は肩に背負った長い袋?を持っている。

「いらっしゃーい!お好きなお席へどぞー」

「へ?ああ・・・えっと・・・ここって?」

自分が今何処にいるのかわかっていない様子で店主に尋ねる少年。

「うちはお悩みがある方のみ来店出来る、可笑しなお菓子屋です」

ニコリと笑ってそういうと、お客は

「悩み・・・か」

どこか納得したような反応になり
(ここは警戒した方が正解だったのではとも思うが)
それならばと厨房から一番近い席に荷物を置いて座った。
ここからの流れはいつもと同じ。
なので『以下省略!』という魔法の言葉を使わせてもらう。

おしぼりとお冷もちゃかちゃかと双子姉妹が運ぶ。
その際に

「実弦に・・・って伝えて」

といっていたのが微かに聞こえたので
今回のお菓子は実弦が作るようだ。

「悩み・・・」

「そのご様子だと、やっぱりお持ちのようですね」

「まあ、その・・・はい・・・」

どこか歯切れの悪い感じで肯定するお客。
何だ?そんなに疚しい悩みなのか?

「色々あるお年頃なんだよ♪」

どこぞの爺さんみたいなこというんだな店主。

「そこまで歳いってないよ!辛うじてまだ若いわ!」

「え?」

「あ、おっと!・・・コホン、すみません。こちらの話です」

「は、はぁ」

唖然とするお客にすまなそうに頭を下げる店主。
お客は来店した時から今まで
まだ自分の状況を把握出来ていないようで落ち着かず
店主の顔もチラチラと伺っている。

さっきの歯切れの悪い返答といい
これは悩みを話せるような空気ではないなぁ。

「・・・ん?」

んん?

「何かいい匂い・・・」

くんくんと匂いを嗅ぐお客。
そういえば香ばしい匂いが近づいているような・・・?

「店長、そろそろいい?」

「うむ、グッドタイミング!」

お盆を持って現れた抹茶色の作務衣の眼鏡君。
やはり今日の菓子担当は実弦か。
そして匂いの正体は実弦の持っているものだとわかった。
とはいえなぁ、実弦。炭火なんて厨房で使えたか?

「裏口に出て七輪で」

凝ってるなぁ。まあ室内で七輪は後で換気が大変だろうから
外しかないわな。一酸化炭素中毒になられても困るし。

「ではでは実弦、悪いんだけど今回はお前に接客頼むわ!」

「え?何で?」

意外な注文にきょとんとした顔をする実弦だが
同じくきょとんとしている自分と同じくらいのお客と目が合い

「ああ、そゆこと?」

と納得顔に変わる。

「僕はいいけど、お客さんはそれで宜しいですか?食べ辛くないですか?」

「あ、えっと・・・俺は大丈夫です。
 話も聞いてもらえるならありがたいし・・・」

「じゃあ決まりだねー、はいどぞー」

一瞬消えたと思ったらまたやって来た店主が
ホカホカのお茶が注がれた黒い湯飲みとおかわりが入ったポットを置くと
実弦が持っていた空のお盆を回収し厨房へと引っ込む。

「じゃあ、えっと・・・失礼・・・しますね?」

そして実弦がお客の向かいの席に座る。いつもと役割反対だな。
しかし、年端が近いからかお客の緊張は少し解れているようだ。

「敬語は使わなくていいですよ。俺の話を聞いてもらえさえすれば」

「じゃあ僕にも敬語はいいよ?普通にして?」

「うん、そうするよ」

実弦は真面目過ぎるところはあるが人当たりはいい。
おかげでもう打ち解けているのはいいことだ。

「あ、固くならないうちにどうぞ。食べながらまったり話そう?」

「え?いいの?っていうか、その格好ってことは・・・君が作ったの?」

「実弦でいいよ?まあ、和菓子は僕の担当だから」

「すっげー!こんな美味しそうなの作れんの!?
 あ、俺は青葉(あおば)!そう呼んで!」

「わかった。ささ、どうぞ召し上がれ?」

「じゃあお言葉に甘えて!いっただっきまーす!!」

実は腹が減ってたんだよねーと嬉しそうに手を伸ばして
パクッ!と豪快に頬張る。
あ、まだ出された菓子の説明してなかったな。
今回の菓子は実弦特製串団子セットだ。
飲み物は店主が淹れたほうじ茶。

「雁ヶ音だから香りがいいよー♪」

だそうだ。厨房から聞こえた。
えーっと、確か葉っぱじゃなく茎を焙じたんだったか?
まあ要するに、凄く美味いお茶ということだ。(雑だな by次弥)

波の模様が美しい焼き物の皿に並んでいるのは四本。
茶色が一本と白が三本。

茶色は醤油と海苔が香ばしい磯辺団子
他の焦げ目のついた白い団子は若草色の粒々としたずんだ
秋に似合う黄金色の栗、豆がごろごろと残った粒餡が
それぞれ塗られていた。これは食べ応えがありそうだ。

「うおーーー!うんまぁーーーい!!」

お客が最初に取って食べたのは栗餡団子。
口の周りにちらほらと餡がくっついているのも
気にせずもぎゅもぎゅと頬張っている。
ワンパクだなぁ、食べた時の満面の笑みといい見ていて気持ちがいい。

この店はお行儀はあまり気にせんからな。
美味しそうに食べれいればそれでいい。
・・・あ、でも限度はあるぞ?
クチャクチャ食べたり口の中を見せたりする奴は追い出す!

おっと、今はその話はいいか。

「すっごいなぁー。俺と歳変わらないのに。もう立派に職人じゃん」

「いやいや、日々勉強だよ。洋菓子担当の人がいるんだけど
 その人が凄くてさぁ。あ、僕の話は置いといて・・・悩みってどんな?」

「あ、そうだった。えっと・・・」

あっという間に一本腹に収めたお客は
親指で口周りの餡を取りながら悩みを話し出した。

「俺、昔っから勉強が苦手で・・・
 球技とか陸上とかそういったスポーツの才能もなくて
 小さい頃に用水路で溺れてから水が苦手で・・・」

「うんうん」
 
「見た目も格好もどこにでもいる高校生だし
 特に取り柄もない奴だったんだけど
 そんな俺でも一つだけ夢中になれるものがあって」

「それのこと?」

実弦が指差したのはさっきまで担いでいた長い袋と
パンパンに詰められたスクールバッグ。
お客も

「うん」

と答えてもう一本、団子を口に運ぶ。

「球技や陸上、水泳が苦手でも剣道が出来るって時点で僕は凄いと思うけどなぁ」

ああ、剣道かなるほど。じゃああの袋には竹刀が
スクールバッグには道着や防具が入っていたのか。
格好も制服ではなくジャージということは練習帰りだったのか?

「親父の影響で5歳から始めてさ。
 楽しいんだけど気持ちとは裏腹に全然上達しなくって。
 皆バンバン段取ってる中、ようやく3段審査受かったとこ」

「部活だけじゃなくて道場にも通ってるんだ」

「まぁね。高校も剣道の実績買われてスポーツ推薦だったし」

本当に勉強苦手だったから助かったよと笑っているお客だが
話を聞いていると今のところ悩みがあるわけではなさそうなんだがなぁ。
剣道以外は取り柄がないとはいっているが
その剣道が嫌いというわけではない
むしろ心から大好きなのだとハキハキした喋りから伝わってくる。

今の生活に不満があるというわけでもない。
身体も内面も健康優良児といった感じだ。
しかしそんなお客がこの店に来店して団子を食らっている。
一体何故だ?

「で、青葉。君の悩みって一体どんなことなの?」

実弦も気になるのかそう切り出す。お客も

「うーん、それなんだよなぁ」

と答える。

「俺の悩みは、俺自身のことじゃなくてその・・・俺の親友のことなんだよ」

おお!

「ほぉ!」

・・・おい店主、真似するな。
あと、音もなく隣に立つな。地味にびっくりするわ。

「結構前からいたのになぁ」

そんなことより悩みだ悩み。

「俺の親友っていうのがさ」

とちょうど話を切り出すところだしな。ここからが本題だ。

お客がいうには親友とは小中高クラスが一緒の腐れ縁。
基本的にはいい奴なんだが、とにかくマイペースで気まぐれという
ちょいと癖のある人物らしい。

「そいつは俺とは正反対で
 基本的なことは手順さえわかれば出来ちゃうタイプなんだ。
 でも、今まで一度も何かに夢中になったことがないらしいんだ・・・」

「何かに夢中になったこと・・・か」

「うん・・・」

親の教育方針で幼い頃から習い事はいくつかやっていたが
ピアノでも絵画教室でも水泳でも書道でもその他諸々でも
『つまんない』『飽きた』『そこまでやろうと思ってない』
といってこれから!という時に全部辞めてしまっている。

その度に先生やコーチに激怒されたり
必死に説得されたりと色々ゴタゴタしたそうだ。

「コンクールで賞取ったり、水泳で大会出たり
 書道なんか7級からいきなり2段に跳ね上がっちゃったんだぜ!?
 それでも嬉しいと思ったことは一回もないんだって」

むしろ・・・

「それだけやったんだからいいでしょ?」

と辞めるきっかけくらいにしか思っていなかった。
表彰状すらどこに置いて残っているのかわからないらしい。

「塾に通っていたから成績も良かった。
 でも自分で学びたいと思うものは見つからない。
 運動は出来るけど疲れるし汗掻くから嫌いってのが口癖。
 本気出せば足速いのにさー」

「部活は入ってなかったの?」

「入ってたは入ってたんだけど・・・」

ずずーっとほうじ茶を啜るお客もどうしたものかという顔になる。
昔から知っている分、そして大切な親友な分
悩みが積もっているようだなぁ。

「中学でさぁ、運動自慢の親から
 『運動部に入れ。文化部は駄目だ』っていわれてたらしくて。
 でも運動嫌いじゃん?だから、地区大会すら勝ったことない
 弱小部に入ったんだけど・・・」

「それは何部?」

「卓球。こういっちゃ何だけど、うちの中学とんでもなく弱かったの」

「へーぇ・・・あれ?でも親友君は運動・・・」

「うん、出来ちゃう子なんだ・・・」

「あー・・・」

「適当にやってた」くらいだったのに
入部して早々、総当たり戦で部員全員に勝利。
そのまま問答無用でレギュラー入り。

どこぞのスポーツ漫画よろしく大型ルーキーが入ったと喜ばれたが
所詮は運動部とは名ばかりのポンコツ部。
周囲が沸いただけで親友はひたすら流され続けただけの三年間だった。

「ほんっとうにやりたくなかったんだね・・・」

「だからその反動で今はほぼ廃部状態の科学部に名前だけ登録してる。
 要するに帰宅部」

反動がデカいな。更にいえば趣味という趣味もない。
強いていえば音楽を聴くことだが
気分転換程度で好きな歌手も特にいない。
歌番組で「これいいな」と思ったのを聴くだけ。

映画やドラマも観たくなったら観る。
でも基本はレンタルDVDか配信動画止まり。
映画館に足を運んだり、毎週欠かさず観るというのは億劫。
読書も読みたいと思ったのが見つかった時だけ。

お客が漫画や雑誌を買いたいからと書店に一緒に行った時に
買うか買わないかなんだそう。気に入れば読むジャンルは問わないが
気に入らなければどんな有名作でもベストセラーでも何一つ関心を示さない。

『流行』に敏感な年頃のはずなのに、本人は

「堂々巡りなだけだろ」

などと皮肉ってむしろ毛嫌いしている。
そこはわからんでもないがな。

今正に『最先端!』と浮かれているものも暫くすれば
『古い』『時代遅れ』と蔑まれ忘れられた頃に
『○○年に流行したものを現代風にアレンジ!』
とか何とかいってまた流行の波に乗る。

私のようなテディベアは今も昔も愛されている!
今も店頭に販売されているし、どこかは知らんが
テディベアミュージアム的なものもあるそうだしな!
私たちの愛らしさは時代を超えるといっていいだろう!

だからこそ私にも『流行』という波を必死に泳ぎ続けている
その苦労の先に何があるのかよくわからん。
まあ、関係ない人間が流行を追おうが追うまいが
それこそ無関係な話だが。

「本当に基本的なことは何でも出来るんだねー。
 でも、気持ちが乗らないなら本人的には面倒くさいだけだろうね」

「そうなんだよ。別にアイツが悪いとかそういうんじゃないんだけどね」

だから球技大会や体育祭は周囲のテンションについていけなくて
競技も応援もしんどさしかなく、合唱コンクールなんかも
同じところを何度も練習するし拘束時間が長いから大嫌い。

優勝しても「やっと終わった。帰れる」くらいしか思わず
卒業式でも居眠りはしたことあれど泣いたことは一度もない。

「ファッションも『変な格好しなきゃいいんだろ?』
 ってことで安くてシンプルなの組み合わせて着てる。
 でも取り合わせがうまくて似合うからそれは俺も助かってんだ。
 基本、制服かジャージか道着かって感じだからそういうの疎くて」

ある程度気は遣っているということか。
高校生がブランド品纏う必要ないから
私はそれくらいでいいと思うなぁ。経済的だし。

「うーん・・・趣味も部活も興味なしということは・・・恋愛とかは?」

あー、確かに健全な男子高校生なら興味あるだろうな。
こういっては何だが、お前他に楽しいことないのか?というくらい
女子のことばかり考えている高校生っているもんなぁ。

「あー・・・おー・・・うーん・・・」

・・・これも駄目か。困ったもんだなそりゃ。

「顔はそれなりにいいからちょいちょいモテてはいたんだけど
 女心ってのを読み取ったりするのが面倒臭かったらしくて」

「ある意味、敵を作りそうだね」

「アイツの性格も相まって、昔から割りと・・・アハハ・・・」

確かに。贅沢者め!と妬みを買っても致し方なし。遊び人も困ったもんだが
そっけないモテ男も同じ男にとっちゃ奥歯を噛み締めたくもなるだろうよ。

「恋バナも専らぼんやり聞く専門。それでも男子か!って
 心配したクラスメイトが他校の女友達を紹介してくれたんだけど」

「だけど・・・あーえっと・・・オチが読めたかも」

何かを悟った反応の実弦に苦笑を浮かべるお客。
団子はペロリと完食しているが食べ足りなそうだったので
店主がほうじ茶のおかわりと一緒にもう一皿運んできた。

それを嬉しそうに食べながら話を進めていく。
いやぁ、運動男子の食欲は凄いんだなぁ。

「取り合えずメル友になって暫くやり取りしているうちに
 実際会う約束するまで至ったんだけど・・・
 うん、ご想像通りで・・・会う日を間近に拒否。
 結局そのまま縁切れた・・・」

「SNSじゃなくてメールなんだね。この時代に」

「アカウント晒しとか乗っ取りとかそういうのを警戒してたっぽい。
 メールの方がアド変もしくは
 機種そのもの変更したり色々出来るからって」

「用心深いね・・・」

縁を切ったきっかけは何だったのだろう?と思ったが
ずんだ団子に手を伸ばしながら続きを話してくれたお客。

「理由を聞いたら一日に何十件もメール来るようになったらしくて・・・
 あと欲したことは一度もないのに
 自撮り写メ何度も送ってきたりとかで・・・
 受信音聞く度に恐怖しかなかったって・・・」

そっちの意味でドキドキの日々だったのか・・・
それは拒否して正解だな。
会う約束する=自分に気がある!と女も思ったのか
一人で浮かれてしまったようだな。
・・・浮かれたとはいえやり過ぎだがな。
想像するだけで背筋が寒い。

『何てことない適当な内容のメールしてただけなのに
 恋人面でしかもしつこくてさぁ・・・で、このメールラッシュでしょ?
 こんなストーカー予備軍と会ったら何されるかわかったもんじゃないし』

という親友の意見も納得だ。
この出来事から更に誰かと付き合いたい願望は薄れていったらしい。
それどころか一時期はクラスの女子にも疑心を抱いたと。

お客もその話を聞いて同情する以外何をしたらいいのかわからなかったらしい。
ちなみに女子を紹介したクラスメイトもそのことを知り
「そんな奴だなんて思わなくて」と物凄く謝られたそうな。

「うーん・・・難儀なというか何というか・・・うん」

「俺は付き合いやすくて気にしてなかったんだけど・・・
 そういう性格だから団体行動とか向かなくて
 よくクラスで浮いてたりしてて・・・でもいい奴なんだよ!?
 最初は浮いてても話していくうちに皆とも仲良くなっていくしさ!」

「うん、語り口でなんとなくわかるよ。
 嫌な奴だったらそんなに真剣に悩まないだろうし」

そう、お客は決して親友の愚痴をいっているのではない。
あくまで親友についての悩みを話しているのだ。そこに悪意は全くない。
どちらかといえば『心配』という感情が近い気がする。

「それで・・・この間、ふとそんな話になって・・・
 普段、飄々としているアイツがその日はとても真剣だったんだ・・・」

『お前だからいうけど・・・正直さ、何かに夢中になれる奴らが
 すげぇ羨ましいんだよね・・・俺、そういう感覚よくわかんないから。
 THE・青春!って感じの?・・・味わってみたかったんだけどね・・・』

お客の耳にはこの言葉を紡ぐ声は少し震えていたらしい。
その後、まるで顔を隠すように机に突っ伏し、顔を上げた時には

『でも、ダメっぽいわ。お前でいう剣道みたいなの・・・
 見つけたかったんだけど・・・俺には向いてないっぽい・・・』

何かを諦めたような笑みを浮かべており
その顔が今も焼きついて離れないとのこと。
なるほど、それでそんな親友に自分は何か出来ないだろうかと
ずっと悩んでいたとそういうわけだな。ようやく納得した。

恐らく、店主に悩みをいえなかったのは
思春期特有の照れというやつだろうか。
初対面の年上男性に話したら冷やかされそうだしな。
特にこの男は絶対にやる。

「失礼な」

いや、やるだろ。
っていうか既にやっているだろう、実弦に。前科もちだぞ?

って、そういう話じゃない!悩みだ悩み!!

人間関係が薄い昨今、それこそ携帯という機械一つで
いとも簡単に消えてなくなってしまうほど脆いこのご時勢に
たった一人の親友について悩んでいるって、実は凄いことではないか?

人によっては「いや当たり前だろ」というかもしれないが
それが当たり前であることがどれだけ尊く、貴重なものか。
きっとお客も自覚していないだろう。

ううむ、豪快にバクリと食べている姿だけでなく
抱いている悩みまで清々しく気持ちがいいものとは
そんなお客は何時以来だろうなぁ。

「俺、アイツの器用さにいつも助けられてるのに・・・
 アイツの辛さをなーんにもわかってなかった・・・
 あんな、何処かすっげー遠いところに
 たった独りで取り残されたみたいな顔・・・
 長ぇ付き合いのはずなのに、一回も見たことなかったし・・・」

凄く遠いところにたった独りで取り残された・・・か。

きっと、手や身体は動いているにも拘らず
心が何一つ動かなかったことに
本人も寂しさや虚しさを感じていたのかもしれないな。

「『つまんない』とか『面倒だ』とか・・・
 それらも強がりじゃなく本音なんだとは思う・・・
 でも、だからこそ・・・そんな風にしか思えない自分が
 嫌だったのかもしれないね・・・」

「うん・・・実は陰でそのことを気にして、傷ついてたって思うと・・・
 なんか・・・嫌でさ・・・
 せめて俺には相談してほしかったって思ったこともあるけど
 実際相談されたところで、俺はきっと・・・何もいえない・・・」

剣道という生きがいを持ち、日々邁進している親友が目の前にいれば
尚更、置いていかれている感や劣等感を抱いても無理はない。
その気持ちが理解出来ない己を呪いたくなるのも
何となくだがわかる気がする。

・・・ん?親友みたいに青春!ってものを味わってみたかった
冷めてやる気のない少年?

うん?・・・ううん??

ちょっと待て。そういえば二週間くらい前に
そんなお客が来店してなかったか!?
確かそのお客も自分とまるで正反対の親友について
悩みを吐露していたような・・・
おい、実弦。お前も覚えていないか?

「そういえば・・・」

「え?何?」

「あ、えっと・・・」

反応を示した実弦だが、これは喋っていいものなのかと
多少不安になったらしく、ポリポリと頭を掻きながら
横目で店長と目を合わせる。

その顔には『どうしよう』と極太で書かれている。
店主はそんな実弦にニコリとピースサインでお返事。
おい、後で怒鳴られるぞ。と思ったら、やはり意図は理解しているらしく
ピースは崩さないままコクリと一度頷いて見せた。

・・・ったく、わかっているなら普通に返事しておやりよ。

「あの、実はさ・・・」

「うん?」

「少し前の話なんだけど・・・」

「?」

突然どうしたんだろう?とお客は不思議そうだが
そのまま実弦の話に耳を傾ける。
もぎゅもぎゅとパンパンになった口を動かすのを忘れずに。
また餡子ついてるぞ?

「青葉と同じくらいの学ラン姿のお客がこの店に来たんだよ。
 それでさ、その子も悩みについて凄くいい辛そうでどうしたもんかと思ったら
 『デカいリアクション苦手で、無表情のまま
  真剣に話を聞いてくれそうな人っていませんか?』って聞いてきて・・・」

ああ、そうだったそうだった!それで店主が

「適任がいますよ!」

といって厨房でドライフルーツの洋酒漬け作っていた次弥を
強引に引っ張り出したんだったな。
あ、ここでは全く関係ないが、そのドライフルーツの洋酒漬けは
フルーツケーキやマフィン、シュトーレンなど色々使っている。
店主曰くアイスクリームにかけても美味らしい。
今回は全く登場せんがな!

最初は何事だというリアクションだった次弥も
事情を知ったら仕方ないかと今の実弦のように
客と向かい合わせに座り、話を聞くことになった。
「お喋りをしろ」とかだったら逃げ出すだろうが
「黙って聞く」だけなら次弥も文句はいえないからな。

「それで、悩みっていうのがさ」

「え?俺に喋っちゃっていいの?」

お客のいう通り、勝手に人の悩みを話していいのかは気になるところではある。

「聞いてほしいんだ、どうしてもね」

「へぇ?」

だが、今回は例外だ。

次弥が席について「宜しく」「こちらこそ」と
会議でも始まるのか?という空気で挨拶をしている間に
店主が飲み物を、実弦がお菓子を運ぶ。
面白いことに、その日出された菓子も団子セットとお茶だった。

『うわー、美味そう!』

『固くならないうちに・・・』

『うん、いただきます!』

ただ、全く同じではない。飲み物はほうじ茶ではなく緑茶。
だが、全く違うというわけでもない。前回も今回も茎茶だからな。
更にいえば、菓子も同じだけど違う。
青葉と呼ばれたお客には
串に刺して炭で焼き餡や醤油を塗られた団子に対して

『うまっ!中からじわーって出てきた!じわーって!』

『何よりだ』

この時のお客に出したのは串はなく
一つ一つが皿に並べられており爪楊枝で刺して食べるスタイルだ。
こちらは焼かずに茹でているので香ばしさはないが
もちもち感が強いらしい。後で実弦にそう聞いた。

『美味いし食べやすくていいねこれ!
 俺よく垂らして服汚したりしちゃうから助かる!』

『そうか』

一個ずつ刺すのと餡は中に入っているので
口や手が汚れないのもこの団子の利点だな。
真っ白なものはみたらし、黒い生地は胡麻餡
ピンクが桜餡、緑色が漉し餡入りの茶団子。

お客の容姿が中性的なせいか
カラフルでころころとした団子がやけに似合っている。

『あー・・・茶もうまーい・・・』

『・・・悩みはいいのか?』

『あ、よくないよくない!えっと・・・』

お客はナチュラルにタメ口だが
次弥はさほどそういったことは気にしないのでスルーだ。

まあ、気にしないというよりは
「別にどうでもいい」と思っているのが正解か?
「年上に対する礼儀がうんぬんかんぬん・・・」等と
説教するのもかったるいのだろう。

それで肝心の悩みの内容だが、それが何と
【親友のことについて】だったのだ。

「え?その人も?」

「うん、それでね・・・」

何かを理解したような微笑で続きを話す実弦。
お客も不思議そうな顔のままだが
【親友について】という共通点を聞いたからか
うんうんと頷いている。

『俺、楽しいって思えることが全然なくて・・・
 周りからもテンション低いだの冷めてるだのいわれるし・・・
 でも、俺の幼馴染は全く反対で根っからのスポ根馬鹿でさあ。
 人当たりいいし、負けん気も強くって・・・』

『ふむ』

『だからこそ、俺と違って・・・
 アイツは俺にないものをいっぱい持ってんの。
 周囲に何を言われても諦めない強さとか
 成長の為に努力を惜しまない今時いるのか?ってくらい
 真っ直ぐなとことか・・・』

『いい奴じゃないか』

『そう、根っからのお人よし。
 色々酷いこといわれて傷ついたり、悔しい思いだって
 いっぱいしているはずなのに、いつも明るくて・・・
 誰に対しても優しいの・・・
 俺みたいに扱いにくい奴と親友やってる時点で・・・ね』

爪楊枝を弄ってみたり、団子をちまちまと食べたりしながら
そう話すお客はどこか憂い顔だった。
暗いというよりは儚いという言葉が似合う端麗さだったなぁ。

『でもたまに思うんだ。そんなキラキラって眩しい・・・
 青春真っ盛り!な奴の親友が俺なんかでいいのかなって・・・
 何にも夢中になれない、周囲からもすぐに浮く・・・
 秀でたものも誇れるものも何もない、俺なんかがさ・・・』

『話を聞くと、「出来ること」はあるが
「やりたいこと」がない・・・ということか?』

『・・・まぁね』

『器用貧乏というやつか・・・』

『・・・いうね』

『俺も、そうだっただけだ・・・』

『・・・っぽいね』

ふふっと弱く笑うお客。
次弥は腕組みをしたまま本当に表情変わりなく話している。
ただ、眉間に皺がなかったから不機嫌ではない。
要するにそういうこと。

『そういった考えに至ったきっかけでもあったのか?』

『うーん・・・なんとなくだけど・・・この間さ』

学校帰りに小腹がすいたから
コンビニに立ち寄って買い物をしていると
親友と長い一本の三つ編みと左目の泣きぼくろが特徴的な美女と
仲良く歩いているのを見かけたらしい。
今まで、誰か好きな子が出来ると隠さずに教えてくれたはずなのに
その女性のことは全く知らなかったそうだ。

『水臭いなぁと思ってさ。でも、その時ふと思ったんだ・・・
 アイツの隣にいるのは、俺じゃなくてもいいんじゃないかって・・・
 クラスの他の奴でも、その美人さんでも・・・
 アイツなら、誰とでもやってけるから・・・』

『・・・・』

『でも俺は・・・こういう性格だし
 好きなこともないなんとなーくな人間だから』

『・・・そういうことか』

『ああ、やっぱわかる?』

何が通じ合ったのかわからないが、次弥はお客のことを理解し
お客も次弥の中の何かを察しているようだ。
あの時、二人が感じた何かは一体どんなものだったのか
正直少し興味があった。
団子を完食したお客はうーんと両腕を伸ばし
そのまま背もたれに倒れて天井を仰ぐ。

『あーあ・・・アイツと対等になるには、どうしたらいいのかなぁー・・・
 せめて、アイツの剣道に対する気持ちみたいに・・・
 譲れないものが、俺にもあったら・・・」

「へぇっ!!?剣道っ!!?しかも親友って・・・
 自分は楽しいことがないって・・・え!?ええっ!?」

ずっと大人しくしていたが、今のは聞き捨てならんと声を張り上げるお客。
いやぁ、予想以上にいい反応をしてくれる。
実弦もこっそり聞いていた店長もクスクスと笑っている。

「ちなみに、左目に泣きぼくろがある三つ編み美女に覚えは?」

「美女かはわかんないけど・・・うちの姉ちゃん、一致してる・・・」

「あー・・・」

彼女と間違えるということは親友とは面識がなかったのか。
そのままテーブルに突っ伏して

「うわーマジか・・・うわーマジかぁー」

と唸るお客。心なしか耳が赤い気がする。
まあ、思春期男子にはこっ恥ずかしいだろうな今のは。

「僕がどうしてこんな話をしたのか、わかってもらえた?」

「うん・・・にしても、アイツが・・・そんな風に思ってたなんて・・・」

「どちらのお客さんも、親友に対する熱い友情を感じるお悩みですなぁ」

珍しくずっと黙っていた店主がようやく口を開いた。
その声は妙に楽しそうというか浮かれている。

「あ、熱い・・・?」

「はい、うちの店に来店した人、それも友達について悩んでいる人たちは
 『どうやったら嫌われずにすむか』『どう振舞えば仲間外れにされないか』
 そんな感じの人が大半なんですよ。保身的でしょ?」

保身的って・・・間違ってはないが、もう少し言い様があるだろう。

「でも、お客さん達は違うじゃないですか。
 お友達の為になることを真剣に悩み
 更に、親友として恥ずかしくない自分になるにはどうするかを真摯に悩む・・・
 それって、凄く貴重なことだと思いますよ?」

店主のこの言葉はお世辞ではなく本心だ。
どことなくいつもより言葉に感情が篭っている気がする。
だからこそ、いわれたお客は余計に恥ずかしそうに下を向いて

「未熟で要領の悪い俺なんかより
 何でもソツなくこなすアイツの方が凄いのに・・・
 俺なんて、そんな風にいってもらえるような奴じゃないのに・・・」

なんてことをもごもごといっている。
初々しい反応だなぁ、子供らしくて実に良い。

「きっと、この前のお客さんも青葉と同じだったんじゃないかな?
 自分はそんな人間じゃない、そう思っているからこそ
 自分と正反対な相手のことがとても眩しく見えるというか」

「そ、そう・・・かなぁ?うわー、なんかむず痒いわぁ!」

気まずそうに頭を掻くお客はさっきから頬の火照りが取れない。

「そしてどちらも根っこは同じ。
 『自分に無いものを持っている親友に何か出来る自分でありたい』」

反対だけど同じ・・・似ていないけれど似ている・・・か。
何ともいい関係じゃないか。

「いやぁー、青春ですねー!夏の空より爽快で眩い!
 しかも照れ臭くて本人には言えず、お互い心の中で
 悶々と葛藤していたというのがまた何ともいい具合に青臭い!」

「うぅー・・・///」

店主よ、はしゃぐのはやめてやれ。
そろそろお客が沸騰してしまいそうだぞ?
それに大の大人が未成年こどもをからかうなど少々見苦しい。

「一回二人で腹を割って話してみるのもいいかもしれないよ?
 どっちも隠れてコソコソするような後ろめたい悩みじゃないしさ」

「・・・そう、かな?」

「少なくとも僕なら、親友にそう思われていたなら悪い気しないよ?」

流石は実弦。どこぞのちゃらんぽらんと違いしっかりとした受け答えだ。
お客もまだ頬はトマトだが、少し顔を上げてきた。

「青葉も照れはあっても、悪い気はしないでしょ?」

「・・・うん」

それからお客の頬の熱が引くのを待ちつつ店主がお茶を淹れ直す。
その香りと味をじっくり味わったら落ち着いたのか
口数が少なくなっていたお客は

「話聞いてくれてありがと。明日、アイツに会うから頑張って聞いてみるわ」

と、吹っ切れた様子で笑った。

ちょうど明日、部活の練習試合があり親友も見に来ると約束をしていたそうな。

「それって何時頃なんです?」

「10時です。うちの学校の体育館で」

「そうですか、頑張って下さいね」

「へへ、どうも」

・・・店主よ、何故に時間と場所を聞いたんだ?応援行かないだろう?お前は。

「んー?」

そうだよな。聞いたところですっとぼけるだけだよな。
わかっていたのに尋ねた自分が悔しい。

そんなこんなでお客は帰り支度、こちらは後片付け。
悩みへの支払いはボロボロになったお守り。
近所の神社のものだが、そこには何故か【無病息災】の金刺繍が。

「小遣い貯めて買いに行ったはいいんですけど
 小学生だったからどれ買ったらいいかわからなくて。
 【元気になるやつ!】っていったら渡されたんでそのまま・・・」

微笑ましいじゃないか。無病息災も勝負事には大事なことだし
ある意味、正しいと思うぞ。

「今思えば必勝祈願買えよって思うんですけどなーんか愛着湧いちゃって・・・
 試合に負けた時や審査に落ちた時に何度もコレ握り締めて「次こそは!」って
 祈ってたんです。ご利益あったのかは正直、疑問ですけど」

それでも、初めて自分で買ったものだから
捨てられなくて今日まで大事に所有していたと。
いいものを支払ってもらったじゃないか。
世界で唯一つの思いが詰まったお守りだな。

「ふふっ、毎度あり!」

「ご馳走様でした!」

腹の底から出るはきはきとした声と丁寧なお辞儀。
礼に始まり礼に終わる武道を心得た者の挨拶は実に爽快だ。
本当に気持ちのいい少年だな。

「さってとー、準備でもしますか!」

準備?一体何の準備だ?
・・・おや、実弦も腕まくりをして気合十分だが、何なんだ?

そう思ったのも最初だけ。この私の疑問は、翌日の早朝に解決した。



――――――――――――――――――――――




「おーい、青葉ー!」

「お、寝坊しないで来てくれたんだな!楓(かえで)!」

「んだよそれ、いくら俺でも約束は守るっつーの」

高校の体育館前に紺色の道着姿の少年と
ラフな私服の少年が親しげに話している。

「早く来てくれてよかった!実はさ、話したいことがあって!」

「話したいこと?」

「そう!お前、ちょっと前にお菓子屋に行かなかった?
 多分俺も、同じところに行ったんだ!つい昨日の練習帰り!」

「え!?マジで!?」

この言葉をきっかけにお互いの胸のうちを話すことに成功した。
やっぱり思った通りで、お互いがお互いのことを考えていたが
照れ臭くて本人に言えず結局、知らないままがズルズル続いてしまっていたと。

「んだよ、もっと早く言ってくれりゃーいいのにさー」

「お、お前こそ!んなハズいこと他人にペラペラ言うなよな!」

「それはお互い様じゃんかー!」

やいのやいの言い合っている様子は傍から見ても仲のいい喧嘩だ。
周囲の部員たちもそれがわかっているからか
口を挟む者もおらず放っておいている。
中には「またやってる」と笑っている者も
いるのでこのやり取りは日常風景なのだろう。

こういったやり取りは暫くするとあっという間に鎮火する。
ここも例外ではなく言い争いはどんどん勢いをなくしていき
二人とも冷静さを取り戻す。
だからこそ、今二人の頭の中にあるのは

「にしてもあの店さ、今朝は見つからなかったんだけど」

「ああ、俺も。あの日一度行って以来、全然見かけない」

「あそこって一体何だったんだろう・・・?」

「さぁ・・・?」

あの可笑しな店への疑問だけ。

怖い場所でも、不気味な所でもなかったけれど
可笑しなお菓子屋であることは何ら変わりはない。
首を捻るのも最もだ。

「おい青葉、お前に差し入れが届いたぞー」

大柄で髭面の顧問が芥子色の風呂敷に包まれた
大きなお重を運んできた。
しかし青葉には全く心当たりがない。

「差し入れ?」

「ああ、黄色とピンクのワンピースを着た
 顔がそっくりな女の子二人がお前にとな。親戚の子か?」

「黄色とピンクの・・・顔がそっくり・・・」

ハッ!と二人は思わず顔を見合わせる。
慌てて風呂敷を解き、お重の蓋を開けると

「「「「「おおおーーーー!!!!」」」」」

呆然とする二人の後ろで
お重を覗き込んでいた部員たちが感嘆の声を上げる。
中には串に刺して焼き色がつけられたみたらし団子
胡麻餡たっぷりの胡麻団子、生地も餡もピンクの桜団子
漉し餡が塗られた茶団子が右側に。

左側には海苔が巻かれた茶色い団子
ずんだが練り込まれた若草色の団子
栗餡が詰め込まれた黄色い団子
粒餡らしきものがうっすら透けて見える白い団子が
一口サイズでみっしり詰め込まれて
ご丁寧に大量の爪楊枝も添えられている。

「美味そう!」

と喜ぶ部員たちを他所に二人は

「対になってる・・・」

「だな・・・」

自分たちが店で食したものを思い出し、心底驚いているようだ。

しかし、周囲が盛り上がっているのに自分たちだけ
目を見開いているのも可笑しいので

「こんだけあるし、皆で食いましょ!」

と気持ちを切り替えた。

「楓も食ってけよ」

「え?俺、部員じゃないけど?」

「いいよ、折角朝早くから来てくれたし、こんな沢山あるしさ!」

「・・・あんがと」

それから剣道部の皆さん+αで団子を綺麗残らず食して英気を養い
そろそろ試合開始の時刻。
各々準備の為に体育館へと入っていく中

「青葉!」

「ん?」

楓がほいっと青葉に何かを放り投げる。
パシッ!と音を立ててキャッチした手のひらに収まるのは
朱色の布に金色の鷹羽の模様と【勝守】という刺繍文字。
武士に好まれたといわれた鷹羽とは縁起がいい。

「これ・・・」

「剣道では声出し応援はマナー違反だろ?
 だから、俺なりの応援ってことで」

ニッと笑う楓に照れ臭くなったのか、さっさと懐に仕舞い込み

「ありがとな!」

と部員たちが待つ体育館の奥へと急いで走っていった。
咄嗟の行動なのかと思ったが、懐に忍ばせたまま試合に臨むつもりらしい。

「さってと・・・」

試合の邪魔にならないよう、体育館の入り口の隅に座り込み中を伺う楓。

「ごめんなさい、隣いい?」

「え?あ、ああ、はい・・・」

その横で泣きぼくろと長い三つ編みが特徴的な美女が彼に声をかけていたことは

まだ誰も知らない。

・・・ん?誰も知らないのに何故こうして解説しているかって?

ふっふっふっ・・・実は、ちゃんと本人に差し入れが届くかどうか
少し離れたところで見守っていたのだよ。
ちなみに私は動けないので乙季に抱っこされてここまで来た。

「ちゃんと食べてもらえてよかったね!」

「ね!じゃあ入れ物返してもらって、梓雪たちも帰ろっか?」

「うん!」

うむ、実に楽しいおつかいであった。
こういったことは中々ないから貴重な経験だ。


「「ただいまー!!」」

店主よ、帰ったぞー。

「おかえりー!お疲れさん!おやつ用意出来てるから手洗っておいでー?」

「「はぁーい!!」」

テーブルには本日のおやつと飲み物が既に並んでいた。

花見シーズンでも何でもないのに三色団子か。
飲み物は濃い緑と白のマーブル模様が面白い抹茶ミルク。
横にシュガーポットが置かれているということは現段階では無糖か。
じゃないと次弥が飲めないものな。ところで店主。

「うーん?」

わざわざ双子姉妹を使ってまで店の外に届け物。
しかもお代は取らず無料提供とは
随分とまたらしからぬ計らいをするじゃないか。

「まぁ、たまにはね?こういうのも一興でしょ?それに・・・」

それに?

「何か懐かしくなっちゃってさ。俺も一度でも・・・
 いや、一瞬でもいいからあのお客さん二人みたいな青春?
 味わってみたかったなーって・・・」

窓辺に移動し、遠い空を見つめる店主。
その空に負けない青い目が本当は何を映しているのか
私にはとんと検討がつかなかった。
ただ、ひたすら遠い何かに思いを馳せているような・・・。

「さって、固くならないうちにお団子食べよーっと!」

本当にこの男は己の感情を悟らせない振る舞いが上手い。
この兄のことを良く知る次弥なら何かを知っていそうな気はするが
何というか・・・
迂闊に踏み込んではいけない。そんな気がした。

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