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第2話 伝説の古龍ワンパン配信

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 入ってきた入口に向かっていると、ダンジョンの奥の方が急に騒がしくなる。


「おい! なんで、第一階層に深層階のエンシェントドラゴンが出てくるんだよ! ありえねぇ! 逃げろ! 消し炭にされるぞ!」


「非番のSランク探索者たちをすぐに呼び出せ! 早くしろ! ダンジョンから街に出たら大惨事だぞ!」


「巻き込まれたやつが死んで、配信事故が起きてる! 回戦を落とせ! 早くしろ!」


 ダンジョンの奥から仰々しい装備を付けた連中が、わらわらと転がるように駆け込んでくる。


 逃げてきた男の一人を掴まえると、何が起きているのかを問いただした。


「どうした?」


「深層階に居るはずのエンシェントドラゴンが、何かに反応したのか第一階層まで上がって来やがったんだ! お前も早く逃げないと消し炭にされるぞ!」


 たかが、エンシェントドラゴンごときでうろたえやがって……。


 こいつらは本当に戦うために集められた戦士なのか。


 どいつもこいつも揃って腑抜けぞろいだ。


「戦士なら、エンシェントドラゴンなんて雑魚に怯えるんじゃない」


「あんた、頭おかしいのかよっ! あれはSランク探索者がチームを組んで討伐するようなダンジョンの魔物の中で最強の一角だぞ」


「はっ! あれが最強? そんなわけあるか!」


「頭おかしいやつに付き合ってらんねぇ! 手を放せ!」


 男は俺の手を払いのけると、入口に向かって逃げ出していった。


 まったく、これだから素人どもは……。


 ピロン!


 ”サブローさん、マジヤバいって! エンシェントドラゴンってSランク害獣指定っすよ! いくらサブローさんが強いからって倒すのなんて無理っス! 早く逃げて! 帰って来てくださいって!”


「うるせぇ、うるせぇ。俺は3歳でドラゴン狩りを成し遂げてる男だ。雑魚に後れを取るわけねえだろうが」


 逃げ出してくる人の数が増えると、ダンジョンの奥に、黒い鱗を全身に纏ったエンシェントドラゴンの姿が浮かび上がってきた。


 エンシェントドラゴンの超高熱ブレスによって、骨すら残らず消し炭になる者、尻尾に叩かれて身体が半分に千切れ飛ぶ者、巨大な脚に踏みつぶされ血を辺りに巻き散らす者など、何人もの戦士が戦いを挑んでは、なすすべなく蹴散らされ、死ぬことを無慈悲に強要されている。


 何人か戦ってやがるな。


 こっちの世界にも戦士の魂を持った者はいたか。


 ただ、惜しむらくは実力が皆足りてない。


 さらに目を凝らすと、若い黒髪の女性が鎧に身を包み、味方と思しき者と一緒に槍を振り回しながら、エンシェントドラゴンに挑んでいるのが見えた。


 あいつは、腕は悪くないが、実戦経験が足りてないようだな。


 あんな見え見えの攻撃なんぞが当たるわけない。


 それに、大振りすぎて隙がでかすぎる。


 予想通り、大振りの攻撃を避けられ、エンシェントドラゴンの尻尾で叩かれた黒髪の女性が、俺の方へ飛ばされてきた。


「氷帝様があんなに簡単にっ! エンシェントドラゴン強すぎるだろ!」


「逃げろ! Sランクのやつでも歯が立たない!」


「退避! 退避だ!」


 黒髪の女性が飛ばされたことで、混乱はさらに広がり、逃げ出すので精いっぱいの者たちが、叫び声や罵倒を繰り返しあげ、ダンジョンの入口は混沌とした状況に陥りつつあった。


「おっと、あんた大丈夫か?」


「に、逃げなさい。あれはただのエンシェントドラゴンではない。強さが別格です。ここはわたくしが……あれを止めます」


 黒髪の女性は、着ていた鎧が凹んでおり、内臓に傷を負ったのか、口の端から血が垂れていた。


「さっき見てたが、お前程度の腕じゃ無理だ。俺に任せて、そこで寝てろ。内臓の傷は見えないからすぐに癒した方がいい。回復薬くらい自前で持ってるだろ?」


「何を言って――」


 受け止めた黒髪の若い女性を地面に降ろすと、鞘にしまった剣を取り出す。


 ピロン!


 ”サブローさん! その人、Sランク探索者で人気配信者の『氷帝 氷川ゆいな嬢』っス! 探索者協会会長兼ダンジョンスターズの運営会社の社長令嬢であり、単独で深層階に潜る実力を持ちつつ、同接20万とかって記録を持ってるヤベー人っすよ!”
 

「はいはい、分かった。分かった。実力もねえのに『氷帝』とか自称してる痛いひよっこの尻拭いは任せろ。そういうのは何度もやってるから得意だぞ!」


 剣を構えると、こちらを見つけたエンシェントドラゴンが、巨大な体躯に見合わない速度で一気に近づいてきた。


 動きがえらく単調だな。こいつ、本当にエンシェントドラゴンか?


 まだ、エルダードラゴン止まりじゃないのか? だとしたら、さらに格下の魔物ってことになるが……。


 こんな雑魚とじゃ、わくわくも起きねえな。


 一直線に突っ込んできたエンシェントドラゴンモドキに向かって、狙いすました一閃を放つ。


 次の瞬間、エンシェントドラゴンモドキは、身体ごと真っ二つに割けて俺たちの横を駆け抜けていった。


「な、何が起きて!?」


「ふぅ、つまんねえもん、斬っちまったぜ。今日はせっかく最強のスライムを倒して気分がよかったのになー。帰ろ、帰ろ」


 ピロン!


 ”サブロ―さん! すごい! 一撃! すごい人とか思ってたけど、本当にすごかったっス!”

 ”勇者サブローヤベーっすよ。氷帝ゆいな嬢が苦戦したエンシェントドラゴンをワンパン達成っス! マジヤベー、神回だこれ!”


「おい、俺は――」


 ピロン!

 ”そうだ! 忘れてた! サブローさん! そのエンシェントドラゴンの素材を持ち帰ってくださいって! それがあれば数年働かなくてもいい褒賞金がー!”


「うるせぇ、うるせぇ。こんな雑魚の素材を持ち帰って戦士の矜持が保てるかってんだよ。それよりか、最強のスライム討伐を成し遂げたことを褒め称えろ」


 魔核と言われるスライムの素材を飛んでる魔導具へ誇らしげに見せた。


 ピロン!


 ”サブロ―さんのバカ、バカー! そっちはゴミっす! ドラゴン! ドラゴンがいい! ドラゴン持ってこい! クソアホ、サブロー!”


 あいつはこの魔核の凄さを知らないから、見た目だけゴツく見えるドラゴンの素材が欲しいとか言い出し始めるんだよ。これだから素人は……。


 葵の罵倒が並ぶコメントがうっとおしいので、ポケットの中の『すまほ』を取り出すと、『ハイシン』を切り、通知が来ないようにした。


「あ、あの、ありがとうございます。貴方の名前は?」


 呆けたままだった黒髪の若い女性が、正気を取り戻したようで、俺に名を尋ねた。


 あの女から、俺の本名は不審がられるから、やたらと周りに喋るなと言われてるが……。


 かといって、サトウサブロウは俺の本名ではないし……。


 ここは適当に誤魔化しておくか。


「未熟者に名乗る名はない。俺の名を聞きたかったらもっと立派な戦士になれ。じゃあな」


 俺は若い女性の肩を軽く叩くと、剣をしまってダンジョンの外に出ることにした。
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