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第15話 もしかしてだけど・・・

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 ダンジョンから出ると、ダンジョンスターズ社の社屋に入り、一目散に社長室に向かうと扉を勢いよくあけた。


「ひよっこ、すぐにダンジョンを閉鎖して――」


「すでにダンジョンの閉鎖は実施しております」


 ひよっこは、俺の来訪を予期していたのか、こちらを見ても驚いた顔を見せた様子はなかった。


「分かっているじゃないか。よくやったぞ! ひよっこ!」


「すでにSランク探索者たちを招集し、1階層を中心に他に転移した魔物がいないかを捜索するよう指示を出してありますので、ご安心を」


「すでに、そこまで対応をしていたのか!? 戦士としてはひよっこだが、危機管理はきちんとしているようだ」


 葵の攻撃により活性化したスライムの逃走を許し、ダンジョン内の危険度がかなり上がってる。


 そのことをすでに把握しているひよっこが、被害軽減への最善の手段であるダンジョンの入口封鎖と、実力者だけで組織した探索隊を送り込むことを行っていたのには驚いた。


「お任せください。戦いの腕はひよっこでも、魔物との戦いは何十年もやってきております。何を今するべきかの判断には自信があります」


「よい判断だ!」


 隣にいる葵が、俺たちの会話を聞いて、しきりに首をひねっている。


 自分がしでかしたことの重大さをまだ理解していないらしい。


 スライムという超凶悪な魔物を魔法攻撃によって活性化させ、ダンジョン内に取り逃がしたのだ。


「安全が確保されるまでは、Aランク以下のダンジョン探索も中止としておりますので、三郎様にはこちらで待機してもらいたいと思っております」


 ひよっこが社長室の応接ソファに座るよう勧めてきた。


 まぁ、弟子がしでかしたことでもあるし、捜索隊は実力者を集めたとはいえ、ダンジョン内で喧嘩をしかけてきたやつらでは、倒し切れるとは思えない。


 ひよっこの助言に従い、緊急事態への対処をするため待機するのが、師匠としての筋を通すことになるだろう。


「分かった。待機させてもらう」


「葵さんも同席してくださいませ」


「あ、あたしもっすか?」


「葵、文句を言うな。座って反省してろ」


「は、反省……承知っス」


 ガクリと肩を落とした葵が、俺とともにソファに腰を下ろす。


「そのように葵さんに厳しいことを言われなくても。無事に戻って来れたわけですし」


「ゆいなさん、サブローししょーが厳しいっす」


「不肖の弟子が迷惑をかけてすまんな」


「お気になさらず。お茶の用意もできたようですので、ここでゆっくりとお待ちください。お話ししたいこともありますので」


 ひよっこと同じくらいの女性が扉を開けて現れると、テーブルの上に飲み物とチョコバーを置く。


「これはっ!」


「お茶請けとしてご用意しました。遠慮なく」


「腹ごしらえさせてもらう」


 すぐに手に取ると、袋を破いて中身を口に放り込む。


 やはり、糖分は正義。


 それに待機はいつまで続くか分からんからな。


 腹が減っては、すぐに対応もできないし、魔力の回復もままならん。


「お口に合いましたか?」


「ふむ、保存性と栄養と腹持ちと糖分のバランスが最高にいい。これこそ、至高の保存食」


「口もとに溶けたチョコが付いてるっす。まったく、子供っすねー。サブロししょーは」


 葵がハンカチを取り出すと、俺の口元を拭ってくる。


 チョコなど口に付けた覚えがない。


 弟子の葵に子供扱いされるのはとても心外である。


「ふふふ」


 ほら見ろ、ひよっこに笑われた。


 師匠としての威厳は台無しだ。


『ゆいな様、この待機時間を利用して、三郎様にあの件の説明を求められた方が。各所からどうなっているかの問い合わせが殺到してます』


 茶菓子を持ってきた女性が、ひよっこに耳打ちしている声が漏れ聞こえた。


 ひよっこはこちらの様子を窺いながら、こまった表情を浮かべている。


「俺になにか聞きたいことがあるのか?」


「サブローししょーが、いろいろとやらかしたことには心当たりしかないっす」


 普通に葵に魔法の使い方を教えて、ダンジョンの探索をハイシンしてただけだが。


 ただ、凶悪なスライムを取り逃したのは、申し訳ないと思う。


「ダンジョン封鎖という手間もかけさせたので、質問くらいなら答えてやってもいいぞ」


 俺の言葉を聞いたひよっこの顔がパッと明るく変化する。


「ほ、本当ですか!? わたくしが質問したら、気分を害して、魔法とかで建物爆破をされるということは――」


 ひよっこが、自らのポケットに隠していた新しいチョコバーを1本、恐る恐る差し出してくる。


「ない。ダンジョン封鎖の件で世話になったからな。俺は恩を忘れない男だ」


 差し出されたチョコバーを受け取ると、袋を破って口に咥えた。


「よかった……。話を切り出そうにも三郎様の気分を害してはと思っておりましたので……」


「問題ない。で、質問とはなんだ?」


 ひよっこの隣に立つ女性が、端末を俺の前に置くと、動画の再生を始めた。


 これはさっき倒したクリスタルゴーレムか。


「ちょ! サブローししょー! これって! 転移してきたってことっすよね! 急に姿を現してますよ!」


「ああ、そうだな。クリスタルゴーレムの足元に転移魔法陣ができてるから、誰かが下層から転移させたんだろうよ」


「て、転移魔法陣? な、なんですかそれは!?」


「そんなのも知らんのか? これだ、これ」


 動画を止めると、ひよっこの方へ端末を向け、クリスタルゴーレムの足元に輝く転移魔法陣を指で示す。


「ただの発光現象ではないんですね……」


「そんなわけがあるか。って、まさかお前も精霊が見えないというのか? ひよっこ?」


 俺の質問にひよっこが黙って頷く。


「恥ずかしながら、三郎様が葵様に魔法指導している配信で、初めて精霊の姿を見させてもらいました」


「今、葵の肩にいるサラマンダーも見えないってことか?」


 葵の肩に乗っているサラマンダーを指差してみるが、ひよっこの目には見えていないらしい。


「配信では見えてましたが、今は見えてません」


 ひよっこの隣に立つ女性も同じように頷いている。


 本当にこの世界の連中は、精霊の存在に対し、相当鈍感なようだ。


 ひよっこくらいなら精霊の声や姿を見てたと思ったのだがな。


 俺がひよっこの頭に手を添えると、葵と同じように精霊たちの声や姿が見えるようにする。


「風精よ。我が手が触れし者へ数多の精霊の姿と声を届けよ! 元素語者エレメント・トーカーズ!」


 近くにいたフロストフェアリーが、ひよっこの目の前を飛び回る。


 他の精霊たちもひよっこの存在に気付いたようで、ワラワラと近づき始めた。


「こ、これが精霊!? こんなにいっぱいいたのですか?」


「いるんすよ。びっくりっすよね。うちのサラちゃんも、ゆいなさんに存在を気付いてもらえて喜んでるみたいっすよ」


 ひよっこと相性がよさそうなフロストフェアリーが、葵のサラマンダーを威嚇してるみたいだけどな。


「見たいですね。でも、喧嘩はダメですよ。フロストフェアリーさん。こちらへどうぞ」


 ひよっこは、サラマンダーを威嚇していたフロストフェアリーを自らの手に止まらせた。


 ほぅ、初見でちゃんと言うことを聞かせられてるか。


 案外、サラマンダーと同じくらい気難しい精霊だが、ひよっことの相性はかなりいいらしいな。


 凍らせる特性からして、氷属性の精霊とは相性がいいとは思っていたが。


「これで、精霊の姿や声が聞こえるようになっただろう。映像を見ろ」


 もう一度動画を見るようにひよっこへ促す。


「たしかに、クリスタルゴーレムの足もとに人の形をしたものが見えますね!?」


「光の精霊デーヴァだ。物体を瞬時に移動させる力を持ってる。こいつに力を貸してもらえば、術者が行ったところに一瞬で跳躍できる魔法を発動させられるはずだ」


「三郎様はこの魔法を使えますでしょうか?」


「ああ、使えるが。光の精霊デーヴァは、わりと上位精霊なので、代償に提供する魔力はかなりいると思うぞ」


 ひよっこが映像を見ながら、顎に手を当て考え込み始めた。


「つまり上位の精霊に対し交渉ができ、その力を借りて魔法を行使できる者がいるということですか?」


「そういうことだな」


「ありえません。精霊の存在を見える人が探索者にいるとは思えない」


「そういうものなのか?」


「ええ、特性を使う時、声が聞こえたとかいう報告事例はありましたが……。このように精霊が特性発動に介在していたとは誰も知らなかった情報です」


 まさかとは思っていたが、ひよっこの口から葵と同じようなことが聞けるとはな……。


 探索者と言われてる者たち全員が、精霊の力の残りカスを特性と呼ばれる力で発動させてたとは。


 それなら、戦士足りえる人材が、この世界に少ないのは納得できる……。


 もしかしたら、身体を強化するプラーナの使い方も分かってないのかもしれん。
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