恋が下手な私が新社長に恋をした

yuzu

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社長とふたり

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 月曜の朝、出勤してすぐに、空気の違いに気づいた。

 秘書課のオフィスに入ると、西原さんが慌ただしく私に声をかけてきた。

「小鳥遊さん、おはよう! 道永さん、金曜に早退した後、そのまま入院しちゃって……予定よりかなり早いの。全然引き継ぎできてなくて、もうバッタバタなのよ!」
「えっ……そのまま入院……」
思わず息を呑んだ。

 道永さんは産休に入る直前まで仕事をこなす予定だったはずだ。けれど、そんな計画など、母子の命の前では意味をなさない。

「とにかく、社長の今週の予定をすぐ確認して。引き継ぎの資料は整ってるはずなんだけど、彼女の手帳とメモ、全部見直して!」
「わかりました!」

 私は道永さんのデスクへ向かい、整理された手帳と書類を手に取った。几帳面な字で書き込まれたスケジュール。そこには、いくつものアポイントや出張予定がびっしりと詰め込まれていた。

——これは……一人じゃとても回しきれない。

そう思いながらも、胸の奥からじわじわと責任感が込み上げてくる。

 資料を抱え、社長室へ向かった。
ノックの後、扉を開けると、一之瀬社長がデスクに向かい、PC画面と向き合っていた。冷静で鋭い視線。先日、社外で見せたやわらかい表情とはまるで違う。

「失礼します。小鳥遊です」
軽く頭を下げて、私は一歩前へ踏み出した。

「道永の件は聞いている。混乱してるか?」
「はい。まだ引き継ぎ途中でしたので、今週の予定を整理してまいりました」

 手帳とスケジュール表を机に並べ、説明を始める。自分でも驚くほど冷静な声が出ていた。
「こちらが道永さんの記録と照らし合わせた社長のご予定です。未確認のものは赤でマークしてあります」
一之瀬社長は書類に目を通し、ふと視線をこちらに戻した。
「……対応が早いな。助かる」
「ありがとうございます」
緊張はしていた。でも、社長のその一言に、背筋が少し伸びた気がした。

——今は、きちんと信頼されること。それだけを考えよう。

 そのときだった。内線が鳴り、西原さんが受話器を取った。

「はい、秘書課です……えっ?」
西原さんの声に、焦りが滲んでいた。

「先方から連絡があって、今日の午前中に社長がお越しになると聞いてるって! 道永さんがアポ取ってたらしいの!」
「そんな……」
 
 私は慌てて道永さんの手帳をめくった。すると、ページの隅に小さく、「コーホー商事 訪問」と書かれているのを見つけた。今日、午前10時——あと1時間しかない。

血の気が引いた。

「申し訳ございません! 私の確認不足です……!」
「一之瀬社長!」
西原さんの声が響く。
 
 社長は書類から顔を上げ、私を見た。
「聞こえた。行くぞ、車を出す」
「はい!」
私たちはすぐに社長室を飛び出し、駐車場へ向かった。

 エレベーターの中、心臓の音が耳の奥で激しく鳴っていた。

「場所は?」
「隣県になります」
「……ギリギリだな。挨拶だけでも間に合えばいいが」

 社長が運転席に乗り込み、私は助手席へ滑り込んだ。

 エンジンがかかる。走り出す車の中で、私はもう一度頭を下げた。

「重ね重ね、申し訳ありません……」

 頭を下げる私に、一之瀬社長は短く首を振った。

「俺の責任だ。焦るな。到着後の段取りを考えておいてくれ」

 その一言に、胸の奥がじんと熱くなった。

 私はそっと深呼吸をして、資料を膝の上で広げる。今日という一日が、私を試している気がした





 
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