恋が下手な私が新社長に恋をした(完結)

yuzu

文字の大きさ
49 / 70
英介の部屋で

1

しおりを挟む
 玄関に落ちたバッグが鈍い音を立てて床を転がる。その音が消えないうちに、英介の腕に力が込められた。

「おいで、真那」
壊れ物を扱うような声だった。

 躊躇いながら頷くと、英介は私の手を引いて寝室へ向かった。

 2人でベッドに沈み込む。
肩に置かれた手のひらは熱く、背中に回された腕は、崩れかけた心をどうにか支えていた。
 
 英介の体温が、シャツ越しにじんわりと伝わる。私を抱く腕が、わずかに震えていることにも、鼓動が早くなっている事にも気づいた。

 耳元で、英介の呼吸が揺れている。深く、静かに、ひとつ息を吸う音。

「真那……」

 その声は切なくて、優しくて、でも何かを諦めかけているようにも聞こえた。

 顔を上げようとすると、英介の手が私の頭にそっと触れた。まるで、動かないでほしい……このまま時間が止まればいいと願うように。
 
 その手はゆっくりと私の頬へ滑り、顎を優しく持ち上げた。

 視線が絡んで、私が小さく頷くと、唇が重なった。
最初は触れるだけのような、ためらいがちなキス。それが次第に深くなっていく。英介の指が私の髪に絡み、もう片方の手が背中を撫でる。

 そのまま英介の手が肩へ移動し、ワンピースの細い肩紐に触れた。ゆっくりと、ゆっくりと、紐が肩から滑り落ちていく。
肌に触れる空気が、冷たい。

 キスを続けながら、もう一方の肩紐も外された——そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。

 着信を知らせる振動が、規則正しく響く。

 その音が鳴るたびに、現実の冷気が肩口から滑り込んでくる。

 背中に回された英介の手が、ゆっくりと緩んだ。

「出なくて……ええの?」

 英介の声は低く抑えられていて……怒りでも咎めでもない。ただ、私の選択を待っているような声だった。

 もしかして社長かもしれない——そんな予感がよぎる。

……でも、

「出ないよ……」
絞り出した声は、驚くほど小さかった。

 ゆっくりと顔を上げて、英介を見る。私を見つめるその瞳には——もう別れを受け入れているようにも見えた。

「……真那」
呼ばれた名前が、優しく響く。

 「他の男を想ってる目してんのに……抱けるわけないやん。」

 傷つけた……そう思って口を開こうとする私の唇に人差し指を当てる。

「優香さんと社長がどうなったか頭一杯のくせに、オレの心配までいらんて……。」

 目頭に熱いものが込上げる。

「行ってええよ、真那。行ってちゃんと、気持ち伝えてきて。ほんで、ダメだったら戻ったらええよ。オレのところ。」

溢れた涙の粒が頬を伝ってベッドを濡らした。
止まらなかった。

「ごめ……なさい。英介が彼氏だったら幸せなのに……」
「うん。」
「絶対その方が幸せだってわかるのに」
「うん。」
「私…私やっぱり社長の事……」
「いいから早く行ってこい。オレは此処におるから。」

涙を拭い、うなずいて立ち上がると、私は英介に一言「ごめん。」と言って駆け出した。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

トラガール

詩織
恋愛
商社に4年務め、社内恋愛をして別れたら、社内では私が振られたということで、面白がってうわさ広める人さえも…。そんな環境に疲れ転職した先はトラックの運転手!!

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

そして、恋の種が花開く。

松本ユミ
恋愛
高校を卒業して七年、代わり映えのない日々を送っていた赤木さくらの元に同窓会のハガキが届いた。迷った末に同窓会に出席することにしたさくらの前に現れたのは……。

処理中です...