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英介の部屋で
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玄関に落ちたバッグが鈍い音を立てて床を転がる。その音が消えないうちに、英介の腕に力が込められた。
「おいで、真那」
壊れ物を扱うような声だった。
躊躇いながら頷くと、英介は私の手を引いて寝室へ向かった。
2人でベッドに沈み込む。
肩に置かれた手のひらは熱く、背中に回された腕は、崩れかけた心をどうにか支えていた。
英介の体温が、シャツ越しにじんわりと伝わる。私を抱く腕が、わずかに震えていることにも、鼓動が早くなっている事にも気づいた。
耳元で、英介の呼吸が揺れている。深く、静かに、ひとつ息を吸う音。
「真那……」
その声は切なくて、優しくて、でも何かを諦めかけているようにも聞こえた。
顔を上げようとすると、英介の手が私の頭にそっと触れた。まるで、動かないでほしい……このまま時間が止まればいいと願うように。
その手はゆっくりと私の頬へ滑り、顎を優しく持ち上げた。
視線が絡んで、私が小さく頷くと、唇が重なった。
最初は触れるだけのような、ためらいがちなキス。それが次第に深くなっていく。英介の指が私の髪に絡み、もう片方の手が背中を撫でる。
そのまま英介の手が肩へ移動し、ワンピースの細い肩紐に触れた。ゆっくりと、ゆっくりと、紐が肩から滑り落ちていく。
肌に触れる空気が、冷たい。
キスを続けながら、もう一方の肩紐も外された——そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
着信を知らせる振動が、規則正しく響く。
その音が鳴るたびに、現実の冷気が肩口から滑り込んでくる。
背中に回された英介の手が、ゆっくりと緩んだ。
「出なくて……ええの?」
英介の声は低く抑えられていて……怒りでも咎めでもない。ただ、私の選択を待っているような声だった。
もしかして社長かもしれない——そんな予感がよぎる。
……でも、
「出ないよ……」
絞り出した声は、驚くほど小さかった。
ゆっくりと顔を上げて、英介を見る。私を見つめるその瞳には——もう別れを受け入れているようにも見えた。
「……真那」
呼ばれた名前が、優しく響く。
「他の男を想ってる目してんのに……抱けるわけないやん。」
傷つけた……そう思って口を開こうとする私の唇に人差し指を当てる。
「優香さんと社長がどうなったか頭一杯のくせに、オレの心配までいらんて……。」
目頭に熱いものが込上げる。
「行ってええよ、真那。行ってちゃんと、気持ち伝えてきて。ほんで、ダメだったら戻ったらええよ。オレのところ。」
溢れた涙の粒が頬を伝ってベッドを濡らした。
止まらなかった。
「ごめ……なさい。英介が彼氏だったら幸せなのに……」
「うん。」
「絶対その方が幸せだってわかるのに」
「うん。」
「私…私やっぱり社長の事……」
「いいから早く行ってこい。オレは此処におるから。」
涙を拭い、うなずいて立ち上がると、私は英介に一言「ごめん。」と言って駆け出した。
「おいで、真那」
壊れ物を扱うような声だった。
躊躇いながら頷くと、英介は私の手を引いて寝室へ向かった。
2人でベッドに沈み込む。
肩に置かれた手のひらは熱く、背中に回された腕は、崩れかけた心をどうにか支えていた。
英介の体温が、シャツ越しにじんわりと伝わる。私を抱く腕が、わずかに震えていることにも、鼓動が早くなっている事にも気づいた。
耳元で、英介の呼吸が揺れている。深く、静かに、ひとつ息を吸う音。
「真那……」
その声は切なくて、優しくて、でも何かを諦めかけているようにも聞こえた。
顔を上げようとすると、英介の手が私の頭にそっと触れた。まるで、動かないでほしい……このまま時間が止まればいいと願うように。
その手はゆっくりと私の頬へ滑り、顎を優しく持ち上げた。
視線が絡んで、私が小さく頷くと、唇が重なった。
最初は触れるだけのような、ためらいがちなキス。それが次第に深くなっていく。英介の指が私の髪に絡み、もう片方の手が背中を撫でる。
そのまま英介の手が肩へ移動し、ワンピースの細い肩紐に触れた。ゆっくりと、ゆっくりと、紐が肩から滑り落ちていく。
肌に触れる空気が、冷たい。
キスを続けながら、もう一方の肩紐も外された——そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
着信を知らせる振動が、規則正しく響く。
その音が鳴るたびに、現実の冷気が肩口から滑り込んでくる。
背中に回された英介の手が、ゆっくりと緩んだ。
「出なくて……ええの?」
英介の声は低く抑えられていて……怒りでも咎めでもない。ただ、私の選択を待っているような声だった。
もしかして社長かもしれない——そんな予感がよぎる。
……でも、
「出ないよ……」
絞り出した声は、驚くほど小さかった。
ゆっくりと顔を上げて、英介を見る。私を見つめるその瞳には——もう別れを受け入れているようにも見えた。
「……真那」
呼ばれた名前が、優しく響く。
「他の男を想ってる目してんのに……抱けるわけないやん。」
傷つけた……そう思って口を開こうとする私の唇に人差し指を当てる。
「優香さんと社長がどうなったか頭一杯のくせに、オレの心配までいらんて……。」
目頭に熱いものが込上げる。
「行ってええよ、真那。行ってちゃんと、気持ち伝えてきて。ほんで、ダメだったら戻ったらええよ。オレのところ。」
溢れた涙の粒が頬を伝ってベッドを濡らした。
止まらなかった。
「ごめ……なさい。英介が彼氏だったら幸せなのに……」
「うん。」
「絶対その方が幸せだってわかるのに」
「うん。」
「私…私やっぱり社長の事……」
「いいから早く行ってこい。オレは此処におるから。」
涙を拭い、うなずいて立ち上がると、私は英介に一言「ごめん。」と言って駆け出した。
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