恋が下手な私が新社長に恋をした

yuzu

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社長とふたり

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 心臓が跳ね上がり、手のひらがじっとり汗ばんでいた。

「ごめんなさい……」
慌てて離れようと顔を上げたとき——ふいに、社長の顔がこんなにも近いことに気づいた。

 緊張と雨音が、空気を重くする。
そのとき、ほんの一瞬。彼の唇が、かすかに私の頬を掠めた。

「……っ!」
 咄嗟に身体を引いた。

 心臓の音が耳に響く。
社長は、ほんの一瞬、私の動きを止めるように手を伸ばしかけて——でも、その手は途中で止まった。

「……小鳥遊」
声が震えていた。

 何か言いかけた一之瀬社長を静止して——その言葉を拒んだ。
「やめてください……」
冷たい言葉が、唇からこぼれる。

「……優香さんがいるのに、なんで……」
その名前を出した瞬間、社長の表情がはっきりと歪んだ。

 いつも静かで感情を見せないその顔が、今は痛むように苦しげだった。
「……違う、俺は……」
ぽつりと、絞り出すように言葉が落ちる。

「……本当に好きなのは……」
一之瀬社長は、拒絶する私の両腕を優しく掴んで、今にも泣きそうな悲痛な表情で言葉を継いだ。

「俺は……小鳥遊のことを、本気で——」
「やめてください!」
私は思わず叫んでいた。
「……彼氏がいるんです……」
言葉が震える。

 目の奥が熱くなる。喉が締めつけられるようだった。
「私、社長のこと……好きです。でも……でも、それは……諦めるって決めたの」
自分でも、何をどう言っているのか分からなくなる。けれど、どうしても押し殺せなかった。

 一之瀬社長は何も言わず、掴んでいた両手を解いた。そして、その手のひらでそっと私の頬に触れ、振り解こうとする私に、唇がもう一度触れた。

次の瞬間——

バンッ!
 運転席のドアが、まるで風に押し開けられたように跳ねた。

 そして、濡れた空気と一緒に現れたのは——英介だった。

 彼は一言も発さなかった。無言のまま、迷いもためらいもなく、一之瀬社長の胸ぐらを掴む。

 その瞳には、冷たい怒りが宿っていた。言葉はなかった。けれど、その沈黙が、何より雄弁だった。

 社長は抗わなかった。ただ、私の手をゆっくりと離し、英介の目をまっすぐに見返した。

もう雷鳴は、止んでいた。

「春馬……」
ハッとして顔を上げた先には、優香さんがいた。

 涙を溢れさせ、雨に濡れながら立っていた。
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