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優香の話
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「今日はね、お願いがあって来てもらったの」
その声で、私は思考を遮られた。
「お願い……ですか?」
彼女はカップを置いて続けた。
「来月、予定より早いけど、式を挙げることにしたの。」
胸の奥が、小さく音を立てて崩れた。
「……そう、ですか」
「取引先や関係各社も呼んで披露宴をしなきゃいけないから、ちょっと大変なんだけど。」
私はなんとか、唇を動かして言葉をつなげた。
「おめでとうございます……では、秘書課で共有して準備を進めさせて頂きます。」
「いいえ。真那さんはスタッフとして入らなくていいわ。」
顔を上げると、優香さんの目がまっすぐ私を捉えていた。
「八坂さんと一緒に、参列していただこうと思ってるの。私たちの友人として。」
……息が詰まる音が、自分にだけはっきりと聞こえた。
「……私が、ですか?」
「ええ。真那さんにそこにいてほしいと思ってる。」
私がどれだけその場に立つことが苦しいか、わかっているはずなのに……。
彼女の柔らかい笑顔が、私を追い詰めてくる。
「社長は……その件に同意されましたか?」
感情を押し込める様に聞いた私の問いに、優香さんは一瞬、表情を消した。
「ダメとは言わせない。」
言葉が喉の奥でつかえて、何も返せなかった。
「……すみません、すぐには……答えが出せそうにありません」
それが、私の精一杯だった。
優香さんは、少しだけ目を細めた。
「そうよね。考えてくれるだけで、嬉しいわ。」
再び柔らかな笑顔に戻った優香さんを、私は直視することが出来なかった。
私は俯いたまま、視線をテーブルに落とした。
絡めた指先に意識を集中させることで、心のざわめきを封じ込めようとした。
でも……無理だった。
静けさの中、優香さんの視線が私に刺さる。
彼女は何も言わず、微笑んでいる。
その静かな笑顔は、言葉以上に私を責めてくる。
社長と二人きりだった車の中。
彼に抱きしめられた、あの一瞬。
彼の体温に触れたあの一瞬を、優香さんは見ていた……。
なのに、問いただすことも触れることもしない。
そんな事をしなくても、社長は優香さんを選ぶと、確信している様な……そんな余裕が滲んでいる。
「……すみません……」
かろうじて絞り出した声。
何に誤っているかもわからない謝罪に、返事はなかった。
その代わり、優香さんは静かに会計札を手に取った。
立ち上がる動作は淀みなく、迷いの色は一切ない。
「お会計、私が済ませておくわね」
その声もまた、穏やかで優しい。
けれど、それは凍るほど冷たく、私の心を切り離していった。
振り返らず、すっと出口へ向かうその背中。
追いかけて否定すればあるいは、無かった事になるかも知れない。
けれど、私は何も言えなかった。
言い訳も、謝罪も、この空気の中では一層、軽蔑されるだけだ。
扉が開いて、夜の空気が差し込む。
軽やかなヒールの音が、ドアの鈴とともに遠ざかっていった。
私は椅子に沈んだまま、一筋の涙をカフェラテに落とした。
その声で、私は思考を遮られた。
「お願い……ですか?」
彼女はカップを置いて続けた。
「来月、予定より早いけど、式を挙げることにしたの。」
胸の奥が、小さく音を立てて崩れた。
「……そう、ですか」
「取引先や関係各社も呼んで披露宴をしなきゃいけないから、ちょっと大変なんだけど。」
私はなんとか、唇を動かして言葉をつなげた。
「おめでとうございます……では、秘書課で共有して準備を進めさせて頂きます。」
「いいえ。真那さんはスタッフとして入らなくていいわ。」
顔を上げると、優香さんの目がまっすぐ私を捉えていた。
「八坂さんと一緒に、参列していただこうと思ってるの。私たちの友人として。」
……息が詰まる音が、自分にだけはっきりと聞こえた。
「……私が、ですか?」
「ええ。真那さんにそこにいてほしいと思ってる。」
私がどれだけその場に立つことが苦しいか、わかっているはずなのに……。
彼女の柔らかい笑顔が、私を追い詰めてくる。
「社長は……その件に同意されましたか?」
感情を押し込める様に聞いた私の問いに、優香さんは一瞬、表情を消した。
「ダメとは言わせない。」
言葉が喉の奥でつかえて、何も返せなかった。
「……すみません、すぐには……答えが出せそうにありません」
それが、私の精一杯だった。
優香さんは、少しだけ目を細めた。
「そうよね。考えてくれるだけで、嬉しいわ。」
再び柔らかな笑顔に戻った優香さんを、私は直視することが出来なかった。
私は俯いたまま、視線をテーブルに落とした。
絡めた指先に意識を集中させることで、心のざわめきを封じ込めようとした。
でも……無理だった。
静けさの中、優香さんの視線が私に刺さる。
彼女は何も言わず、微笑んでいる。
その静かな笑顔は、言葉以上に私を責めてくる。
社長と二人きりだった車の中。
彼に抱きしめられた、あの一瞬。
彼の体温に触れたあの一瞬を、優香さんは見ていた……。
なのに、問いただすことも触れることもしない。
そんな事をしなくても、社長は優香さんを選ぶと、確信している様な……そんな余裕が滲んでいる。
「……すみません……」
かろうじて絞り出した声。
何に誤っているかもわからない謝罪に、返事はなかった。
その代わり、優香さんは静かに会計札を手に取った。
立ち上がる動作は淀みなく、迷いの色は一切ない。
「お会計、私が済ませておくわね」
その声もまた、穏やかで優しい。
けれど、それは凍るほど冷たく、私の心を切り離していった。
振り返らず、すっと出口へ向かうその背中。
追いかけて否定すればあるいは、無かった事になるかも知れない。
けれど、私は何も言えなかった。
言い訳も、謝罪も、この空気の中では一層、軽蔑されるだけだ。
扉が開いて、夜の空気が差し込む。
軽やかなヒールの音が、ドアの鈴とともに遠ざかっていった。
私は椅子に沈んだまま、一筋の涙をカフェラテに落とした。
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