恋が温まるまで

yuzu

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#11 田上さんが家に来る

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 スマホの画面に表示された一文を、しばらく見つめ、ため息を溢した。

 『じゃあ、花田さんの手料理が食べたいな。』

 画面を伏せる。

 「この間のお礼に、今夜食事でもどうですか?」

 それは、何度も打っては消した文面のひとつで……削除したはずだったのに。

 ……もう後戻りは出来そうもない。

 “この間のお礼”――その一言に自分を縛ろうとするけれど、それが単なる口実に過ぎないことは、誰よりも自分が知っていた。

 瞬時に始まる脳内会議。

《ごめんなさい。やっぱり後日でお願いしますって言う?》
《材料は冷蔵庫にあるんだっけ?》
《それより、部屋は綺麗なんだっけ!?》

 "田上さんがアパートに来る"というだけで、脳内会議室は慌ただしく騒ぎだし、一つも解決しない問題ばかりが脳裏を行ったり来たりする。

 それに過去の記憶までもが引きずり出され、不安は増すばかりだ。

 不意に心の奥で、もう1人の自分が囁いた。

 《——でも、田上さんは彼氏だし。》

 その言葉に、思考が停止した。

 何を言っているの、と自分で自分をたしなめながら、顔の熱をひとりで持て余す。

 恋人……っていってもお試し期間だし。もし呆れられたり、合わないって思われたら……。

 心がざわついたまた無言で駅までの道を歩く。

 ガラス越しに映る自分の姿の傍らに、もうひとつの影が重なったのに気づいたのは、そのときだった。

 「何か考え事?」

 声に驚き、肩がわずかに揺れた。

「田上さん!?」

 咄嗟に視線を逸らす。
 なにか言わなくては、と言葉を探しながら口を開いた。

 「いつから!?じゃなくて、ごめんなさい。やっぱり、今日は……」

 断ろうとしたその一言を、彼は遮るように、ごく自然な動きで私の手を取った。
 強引なのに掴む力は優しくて、けれど迷いのない手つきだった。

 「じゃ、行こっか。」

 夕暮れの光が落ちかけた駐車場。
 ロック音が響き、彼が車のドアを開ける。

 助手席側にまわった田上さんが、私をエスコートするように車内に招き入れた。

 まだ覚悟も何も出来ていないまま乗り込むと、緊張と警戒の滲む空気がじわじわと波紋を描く様に広がった。
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