恋が温まるまで

yuzu

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#11 田上さんが家に来る

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 車がゆっくりと走り出す。

 ダッシュボードの奥から、小さくラジオの音……流れているのは夕方の情報番組で、パーソナリティの落ち着いた声が、渋滞情報や週末のイベントを淡々と伝えている。

 気まずさを埋めるにはちょうどいい音量だった。

 私は背筋を正したまま、手のひらに残る感触を意識しないふりをして、目の前の景色をただ追いかける。

 「田上さん……」

 ふと切り出した声が、自分でも驚くほど小さくて、ラジオの音にかき消されそうだった。

 田上さんは信号で車を止めたまま、片手でボリュームを少し絞ると、こちらをちらりと見る。

 「うん?」

 「本当に……うちに来ます?レストランとか……居酒屋さんとかでも」

 ハンドルの上に置かれた手が、一瞬だけぎゅっと握られる。
 それを見て、ふっと息を吐いた。

 「ほんとに、何の準備もしてなくて。部屋も片付いてないし、食材だって……」

「じゃあさ、スーパー寄ってこうか。」

「じゃなくて……田上さん、わりと強引ですね。」

「知らなかった?先手必勝型だって。」

 田上さんの冗談まじりな言葉に、ふたりの間に微かな笑いが溢れた。

 「でも、ほんとに来てもらっていいのか、まだ自分でも迷ってて」

 正直にそう言うと、田上さんはただ、まっすぐな声で言う。

 「じゃあ迷ってるあいだに、着いちゃえばいいんじゃない?」

 それは強引というよりも、優しい押し方だった。

 言葉で考える隙を与えない代わりに、不安を全部請け負ってくれるような。

 助手席の窓に映った自分の顔が、少しだけ赤くなっているのに気づく。
 でも、その顔をもう隠そうとは思わなかった。

 駅前の交差点で、信号が赤に変わり停車する。

 黄昏時の美しい夕日が、田上さんの横顔を照らした。

 その横顔に見惚れる私の瞳に、田上さんの真っ直ぐな瞳が重なって……気づけば柔らかい感触が唇を押しつぶしていた。


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