恋が温まるまで

yuzu

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#11 田上さんが家に来る

#6

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✳︎✳︎✳︎

 「どうぞ。」

 そう言った自分の声に、いつにない緊張の色が滲んだ。

 目の前に広がるのは自分の部屋なのに、どうしても非日常を感じてそわそわしてしまう。

 「お邪魔します。」

 田上さんはいつも通り落ち着いた様子で、抱えられている買い物袋のビニールが、かすかに擦れる音が響いた。

 「適当にくつろいでいて下さい。」

 そう言って脱衣場に滑り込み、詰まりそうだった息を静かに逃した。

 洗面台の鏡に映る自分の顔は赤く染まっている

 「手伝うよ、荷物はキッチンでいい?」

 その優しい声に、心がざわめく。

「あ、じゃあお願いします。」

 多分、私の返事は物凄くワザとらしかった気がする。でも、田上さんは少しも気にする様子がなくて、ホッとした。

 ひとつずつ袋から取り出していると、田上さんは隣に並んで鼻歌を歌いながら、海老のパックを開封し始めた。

 心臓が落ち着きなく胸を叩く。

 視線を合わせないようにしているのに、意識はどうしても彼の動きに引き寄せられてしまう。

 キッチンに立つ田上さんが自然にフライパンを取り出し、オリーブオイルの瓶の蓋を開ける。

 そんな何気ない動作ですら、いちいち輝いて見える気がしてしまう。

 「エビ、剥くの手伝ってもらっていい?」

 田上さんの声に、思わず肩が跳ねた。でも本人は気づかないふりをして、まな板の前を譲ってくれる。

 「……はい」

 落ち着いたように見せたいのに、手のひらにはわずかな汗が滲んでいた。

 隣から伝わってくる体温のせいで、火加減を調整する音までが、やけに大きく聞こえてしまう。

 「緊張してるでしょ?」

 不意に問われて、エビを持った手がぴたりと止まった。

 視線を逸らしても、熱は頬から喉にかけてじわりと広がる。

 「……いえ、あの……はい、すみません」

 しどろもどろでそう答えれば、田上さんは目尻に皺を寄せて優しく笑った。

 「何で謝るの?嬉しいけどな、俺は。」

 振り向くことができなかった。

 言葉の意味を深く考える余裕も無く、心臓が更に暴走し始める。

「か……からかわないでください。あ、フライパン!温まってますよ。」

 話題を変えたくて、田上さんにオリーブオイルを押し付ける様に渡す。

 香ばしいにんにくとオイルの香りが立ち上って、火にかけられたフライパンが小さく鳴る。

 その音に紛れて、静かに呼吸を整えた。

 すぐ横ではコンロに置かれた鍋が湯気をあげている。

 ブロッコリーを茹でていた事が頭から抜け落ちていた事に気がついて、慌てて沸騰した鍋を持ち上げる。

 ザルのあるシンクへ向かおうと振り向いた瞬間、田上さんも鍋を振るために振り返り、二人の肩が軽くぶつかった。

 「あ、ごめ――」

 避けようとした瞬間、手が滑って鍋が傾き、熱湯が手にかかる。

 「――熱っ!」

 痛みが走った。
 思わず鍋をシンクに落とすと同時、田上さんがすぐに私の手を取り、蛇口を捻った。

 「ごめん!!」

 蛇口の水に手を差し出し、田上さんの腕の中で俯いたまま言った。

 「ありがとうございます。ほんと、私ってドジで」

 「いや、俺のせいだよ。ぶつかったの、俺だから」

 田上さんは指先を撫でるように冷やしながら、表情を歪めた。

「ごめんね、火傷させて。」

 何か言葉を返そうとした瞬間――

 お互い視線が重なったまま、自然に距離が縮まる。

 どちらともなく、瞳をゆっくり閉じかけた、その時だった。

 ――田上さんのスマホが振動し、着信音が静かな部屋に鳴り響いた。

 現実に引き戻されたように、私は手を引き、ぱっと視線を逸らした。

 何気なく視線を落としたその先にはスマホが置かれていて、表示されていた名前を見てしまった。

 着信元の登録名は……伊東美優。


 

 
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