15 / 24
第一章 ~伝説の魔剣~
第14話 嵐の前のなんとやら
しおりを挟む
「っていわれてもわかんないものはわかんないんだよね…」
父であるフィリートから助言をもらい、自室に戻ったフェリスは頭を抱えていた。それはもう、頭に全体重がかかっているかのように抱えていた。
「大体本当にクレアを見つけることが課題なのかな…僕の捉え間違いなんてことはないのかな」
考えれば考えるほど不安になるフェリス。外はもう随分暗くなり、家を出ての調査はできない。となれば、出来ることは考えることのみだ。幸い明日は一日暇だったので課題に充てる時間は十分にある。
しかしだ。あのクレアが本気でかくれんぼをすれば物理的にフェリスが届かないところまで逃げることも可能だろう。いや―そんなことはしないはずだ。今までクレアからは無理難題と思われる課題を散々課せられてきた。中級魔剣技を一週間で会得しろ、とか、シルバをボコボコにしないと破門、だとか。後者は特にきつかった。精神的に。
そんなことを考えていたフェリスにもとうとう限界が訪れ始めていた。
いや、強敵とも言うべきか。
幼い頃…いいや、大人になってもこの強敵が迫り来る場面はいくつもあるだろう。夜になると奴は毎度毎度顔を出す。深い闇へと誘いに。
そう、奴の名は―
「ね…むい…」
睡魔である。
プツン、と電池が切れたようにベッドに向かって倒れ伏し、自然と目が閉じられる。フェリスはそのまま目覚めることなく朝を迎えるのだった…。
「はい、終わった。」
翌朝。フェリスの絶望的な表情がそこにあった。と言ってもこれは仕方の無いことなのだ。フェリスには必ず十時には寝るという特性があり、昨日もそれに従って身体が勝手に寝てしまっただけだ。
「僕は悪くない。身体が悪い」
師匠譲りの理不尽を言葉にしながら寝癖でボサボサになった髪を手櫛で整える。金色の艶やかな髪が台無しだ。
現在の時刻は朝の7時。シトシス学院は普通10時すぎから授業が始まるので起きるにしては早すぎるのだが…。これは毎朝のフェリスの日課に起因している。眠い目をこすり頬をつねって体を起こし、下の階へと降りていく。
「ご飯……作ろ……」
フェリスの日課、それは家族――と言っても父フィリートとフェリス、それに時々クレアが混ざるだけであるが――のちょっとした朝食を作ることだ。とは言えフェリスはまだ10歳。大したものは作れないし、作れるものは数品。それは今はもういない母親に教わった料理だ。
そして、台所に着くやいなや、棚の中から何かを取り出す。それは、鶏卵。父のフィリートが「フェリス~、また鶏卵貰ったからここに置いとくね~」といって一週間のうちに大量に持ってきた鶏卵だ。
どこから仕入れてくるのかわからないが、恐らく高級なのであろうそれを2~3個ほど割り、容器に入れカチャカチャとかき混ぜる。どこぞの東方諸島には「アワダテキ」なる便利な混ぜる機械が存在するらしいが、そんなことを知らないフェリスはスプーンを使ってかき混ぜる。
ほどよく泡立ち、卵黄と卵白の境界がなくなった鶏卵に砂糖を加え、さらに少々の塩を加える。こうすることでより砂糖の甘みを感じやすくなるのだとフェリスの母が言っていたのだ。
そうして下味のついた鶏卵をこれまたどこから仕入れているのかわからないパンにしみこませていく。フィリート曰く「あぁ、これかい?貰い物だよ」とのことであるが、あまり大量に持ってくるものだからもしや盗んでいるのでは……と疑ったこともある。まぁ盗むほど余裕がないわけではないしむしろ余裕しかないオルタナ家がそんなことをする理由もないのであるが…
パンにしっかりと染みこんだことを確認し、それをフライパンに乗せ焼いていく。ジュージューと肉を焼いているような重量のある音と共に、甘い香りが鼻腔をくすぐる。クレアならつまみ食いしそうな程良い香りだ。
手際が大事と言わんばかりに、パンを焼いている間に汁物作りにかかった。小さな鍋に二人分ほどの水を入れ、加熱。まずはキノコを乾燥させ粉末にしたもので出汁を取り、次にアスパラガスを1センチ感覚で刻んだものをその中に投入。さらに、乾燥させていたワカメをある程度の大きさに砕き、これまた鍋の中に投入。
「ん~朝から良い匂いだね。おはようフェリス。今日は卵トーストかな?」
卵トースト、とネーミングがストレートすぎる料理にちらっと目をやりフェリスに挨拶したのは父フィリートだ。今日も若々しいお顔をしていらっしゃるのだが、寝癖によって爆発した髪によって「残念な」が接頭につくことは避けられない。残念。
「おはよう、父上。」
そんな父に対し「またか」と微笑むフェリスが挨拶を返す。フィリートの寝癖は最早天然記念物である。
「卵トーストとアスパラガスの吸い物にしようと思って。なにかリクエストでもある? と言っても僕が作れる料理なんてたかがしれてるけど」
「いいや、十分だよフェリス。それにちっとも料理できない僕に比べたらフェリスは出来るほうさ。自信を持って良いよ」
そう言われたフェリスは頬を緩めてはにかんだ。
丁度トーストが良い焼き加減を迎えたため、アスパラガスの吸い物が完成するまで弱火に切り替え、保温に移る。冷めては美味しくない。
アスパラガスも程よく柔らかくなる頃だと見計らい、最後にフェリスがあらかじめちぎっておいたあげを投入。キノコ風味のアスパラガスの吸い物が完成した。
「それじゃ、食べようか」
適量に分け、配膳を終えたフィリートがフェリスに呼びかける。料理のできないフェリーとは配膳や皿洗いを担当しているのだ。子供と親の役割が逆転しているように思えるが仕方ない。何せ、フィリートは料理が作れないのだから。フェリスには正直、料理を覚える気が無いとしか思えないのだが…
その呼びかけに従って手を洗い終わり、椅子に座る。準備されている椅子は四人分。机は立派な材木で出来ているのだがテラテラと光っていることから相当な加工がされているのだろう。つまりはお高いのだ。
フェリスとフィリートは向かい合うように座り「いただきます」の声と共に食べ始めた。
「ん、美味い。日に日に上達してるぞフェリス」
「ありがと、これも母上が遺してくれたレシピ本のおかげだね」
「……そうだね」
自分でつくったものながら美味しそうに食べるフェリスに、懐かしむような微笑みを浮かべるフィリート。
「あ、そうだ。今日また学校に行ってくるよ。やらなきゃいけないことがあって」
「クレアの件かい? それなら学校に行く必要は無いと思うのだが…」
二階に僅かな気配が漂っている…いや、正確には漂うことなく止まっている何者かを思い出すかのようにフェリスにそう告げる。当の本人はまだ夢の中にいるのだろう。
「いや、違うんだ父上。今日はまた他の用事もあって…」
「そうなのかい? ……あんまり根を詰めすぎないようにね。僕もアリアナもそこまで体が強いわけじゃなかったんだからフェリスもその血を継いで丈夫なわけじゃないんだから」
「分かってるよ父上。無理はしないさ」
父の心配もすこぶる理解しているつもりだ。なにせ、フェリスの母でありフィリートの妻であるアリアナ・オルタナは生まれつき煩っていた持病のせいで早くにして亡くなったのだから。
治癒魔法や治癒に関する特殊技能・テクネーが存在するこの世界だが、アリアナの持つ持病は重すぎたのだ。治療するためにならどこへでも行った。それこそ魔道士領までおしかけたことまであった。しかし、痛みや進行を遅らせることは出来ても、治すことはできなかったのだ。
だが、フェリスは知っている。母が亡くなったのはそれだけのせいではないと。
「無理はしないけど…今日は少しだけ遅くなるかもしれないんだ。だから晩ご飯は遅れると思う」
「そうか…………分かった。待っているよ。何時くらいになりそうなんだい?」
「そうだね…八時くらいかな…」
「そりゃまた遅いね、僕でよければ作っておくけど?」
「あ、あぁ~。うん、帰ってきて作るから父上は何も触らないでね?」
「? …わかったよ」
フィリートの作る料理とは「台所にあるものを鍋にぶち込んでおけば料理になるよね?」といった感じのまさに暗黒物質だ。想像しやすいようで想像し難いのがこの鍋の特徴であり、さらに味までもよくわからないのだからタチが悪い。
逸話を残している父フィリートの料理が完成することを見越して、大人しくさせておくことを選んだフェリス。彼の選択はひどく正しい。
過去に一度だけフィリートの(余計な)心遣いからオルタナ家に異様な暗黒物質が出来上がったことがあるのだが、それを食べたフェリスは物の見事に気絶。さらに「ん!? どうしたんだい!? 美味しさのあまり気絶したのかい!?」と薄れ行く意識の中でフィリートが叫んでいたため、本人には味覚が存在しないことも判明した。
後にフェリスが言っていたことであるが、「あれは、遅効性の毒。食べれば三途の川へ一直線」とのことである。
ちなみに余談であるがフィリートに味覚がないことが判明した後、自分の料理も本当は美味しくないのではないかと疑ったフェリスが、クレアに頼んで自分の料理について本音を言ってほしいと頼んだことがある。「え? 普通に美味しいぞ?」との返答を頂き嬉しさのあまり床に湖が出来るほど泣いたことがあるのだが、そのことをオルタナ家で口にすることは最早禁忌である。
その出来事をフィリートに話したクレアの翌日の夕食が消失していたことは言うまでもあるまい。
さらに「わ゛た゛し゛の゛こ゛は゛んぅぅぅぅ゛!!!」という鳴き声混じりの叫び声がオルタナ家に響いたことも想像に易い…………。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。9時までにはついておきたいからね。」
「そうかい。気をつけて行くんだよ? 転んだりしないようにね?」
「大丈夫だよ父上。昔みたいに泣いたりもしないから。じゃあ行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
そういってご飯を終え秒で家を出て行ったフェリスを見送ったフィリートだったが、心の中では何かを忘れているようでならなかった。
「(なんだ…………? 何を忘れている? 忘れるってことはそんな大事なことではないのかな…………いいや、待て。今日は何かいつもと違って……そうか、クレアがいないのk…………)」
「それだ。」
そういってすぐさま二階へ駆け上るフィリート。その表情からは焦りと呆れが窺(うかが)える。今ではすっかり走ることがなくなったフィリートだが元はフェリスと同じシトシス学院の生徒だったため、身体能力は高い。階段を二段飛ばしで軽やかに上り、足音を消している。そして、二階のフェリスの部屋にたどり着き扉を開けるとそこには――
「おはようございます、フィリートさん」
――そこには、本来であれば艶やかで長い真っ黒な髪を、オルタナ家の二人同様ボサボサに爆発させたクレアの姿があった。
父であるフィリートから助言をもらい、自室に戻ったフェリスは頭を抱えていた。それはもう、頭に全体重がかかっているかのように抱えていた。
「大体本当にクレアを見つけることが課題なのかな…僕の捉え間違いなんてことはないのかな」
考えれば考えるほど不安になるフェリス。外はもう随分暗くなり、家を出ての調査はできない。となれば、出来ることは考えることのみだ。幸い明日は一日暇だったので課題に充てる時間は十分にある。
しかしだ。あのクレアが本気でかくれんぼをすれば物理的にフェリスが届かないところまで逃げることも可能だろう。いや―そんなことはしないはずだ。今までクレアからは無理難題と思われる課題を散々課せられてきた。中級魔剣技を一週間で会得しろ、とか、シルバをボコボコにしないと破門、だとか。後者は特にきつかった。精神的に。
そんなことを考えていたフェリスにもとうとう限界が訪れ始めていた。
いや、強敵とも言うべきか。
幼い頃…いいや、大人になってもこの強敵が迫り来る場面はいくつもあるだろう。夜になると奴は毎度毎度顔を出す。深い闇へと誘いに。
そう、奴の名は―
「ね…むい…」
睡魔である。
プツン、と電池が切れたようにベッドに向かって倒れ伏し、自然と目が閉じられる。フェリスはそのまま目覚めることなく朝を迎えるのだった…。
「はい、終わった。」
翌朝。フェリスの絶望的な表情がそこにあった。と言ってもこれは仕方の無いことなのだ。フェリスには必ず十時には寝るという特性があり、昨日もそれに従って身体が勝手に寝てしまっただけだ。
「僕は悪くない。身体が悪い」
師匠譲りの理不尽を言葉にしながら寝癖でボサボサになった髪を手櫛で整える。金色の艶やかな髪が台無しだ。
現在の時刻は朝の7時。シトシス学院は普通10時すぎから授業が始まるので起きるにしては早すぎるのだが…。これは毎朝のフェリスの日課に起因している。眠い目をこすり頬をつねって体を起こし、下の階へと降りていく。
「ご飯……作ろ……」
フェリスの日課、それは家族――と言っても父フィリートとフェリス、それに時々クレアが混ざるだけであるが――のちょっとした朝食を作ることだ。とは言えフェリスはまだ10歳。大したものは作れないし、作れるものは数品。それは今はもういない母親に教わった料理だ。
そして、台所に着くやいなや、棚の中から何かを取り出す。それは、鶏卵。父のフィリートが「フェリス~、また鶏卵貰ったからここに置いとくね~」といって一週間のうちに大量に持ってきた鶏卵だ。
どこから仕入れてくるのかわからないが、恐らく高級なのであろうそれを2~3個ほど割り、容器に入れカチャカチャとかき混ぜる。どこぞの東方諸島には「アワダテキ」なる便利な混ぜる機械が存在するらしいが、そんなことを知らないフェリスはスプーンを使ってかき混ぜる。
ほどよく泡立ち、卵黄と卵白の境界がなくなった鶏卵に砂糖を加え、さらに少々の塩を加える。こうすることでより砂糖の甘みを感じやすくなるのだとフェリスの母が言っていたのだ。
そうして下味のついた鶏卵をこれまたどこから仕入れているのかわからないパンにしみこませていく。フィリート曰く「あぁ、これかい?貰い物だよ」とのことであるが、あまり大量に持ってくるものだからもしや盗んでいるのでは……と疑ったこともある。まぁ盗むほど余裕がないわけではないしむしろ余裕しかないオルタナ家がそんなことをする理由もないのであるが…
パンにしっかりと染みこんだことを確認し、それをフライパンに乗せ焼いていく。ジュージューと肉を焼いているような重量のある音と共に、甘い香りが鼻腔をくすぐる。クレアならつまみ食いしそうな程良い香りだ。
手際が大事と言わんばかりに、パンを焼いている間に汁物作りにかかった。小さな鍋に二人分ほどの水を入れ、加熱。まずはキノコを乾燥させ粉末にしたもので出汁を取り、次にアスパラガスを1センチ感覚で刻んだものをその中に投入。さらに、乾燥させていたワカメをある程度の大きさに砕き、これまた鍋の中に投入。
「ん~朝から良い匂いだね。おはようフェリス。今日は卵トーストかな?」
卵トースト、とネーミングがストレートすぎる料理にちらっと目をやりフェリスに挨拶したのは父フィリートだ。今日も若々しいお顔をしていらっしゃるのだが、寝癖によって爆発した髪によって「残念な」が接頭につくことは避けられない。残念。
「おはよう、父上。」
そんな父に対し「またか」と微笑むフェリスが挨拶を返す。フィリートの寝癖は最早天然記念物である。
「卵トーストとアスパラガスの吸い物にしようと思って。なにかリクエストでもある? と言っても僕が作れる料理なんてたかがしれてるけど」
「いいや、十分だよフェリス。それにちっとも料理できない僕に比べたらフェリスは出来るほうさ。自信を持って良いよ」
そう言われたフェリスは頬を緩めてはにかんだ。
丁度トーストが良い焼き加減を迎えたため、アスパラガスの吸い物が完成するまで弱火に切り替え、保温に移る。冷めては美味しくない。
アスパラガスも程よく柔らかくなる頃だと見計らい、最後にフェリスがあらかじめちぎっておいたあげを投入。キノコ風味のアスパラガスの吸い物が完成した。
「それじゃ、食べようか」
適量に分け、配膳を終えたフィリートがフェリスに呼びかける。料理のできないフェリーとは配膳や皿洗いを担当しているのだ。子供と親の役割が逆転しているように思えるが仕方ない。何せ、フィリートは料理が作れないのだから。フェリスには正直、料理を覚える気が無いとしか思えないのだが…
その呼びかけに従って手を洗い終わり、椅子に座る。準備されている椅子は四人分。机は立派な材木で出来ているのだがテラテラと光っていることから相当な加工がされているのだろう。つまりはお高いのだ。
フェリスとフィリートは向かい合うように座り「いただきます」の声と共に食べ始めた。
「ん、美味い。日に日に上達してるぞフェリス」
「ありがと、これも母上が遺してくれたレシピ本のおかげだね」
「……そうだね」
自分でつくったものながら美味しそうに食べるフェリスに、懐かしむような微笑みを浮かべるフィリート。
「あ、そうだ。今日また学校に行ってくるよ。やらなきゃいけないことがあって」
「クレアの件かい? それなら学校に行く必要は無いと思うのだが…」
二階に僅かな気配が漂っている…いや、正確には漂うことなく止まっている何者かを思い出すかのようにフェリスにそう告げる。当の本人はまだ夢の中にいるのだろう。
「いや、違うんだ父上。今日はまた他の用事もあって…」
「そうなのかい? ……あんまり根を詰めすぎないようにね。僕もアリアナもそこまで体が強いわけじゃなかったんだからフェリスもその血を継いで丈夫なわけじゃないんだから」
「分かってるよ父上。無理はしないさ」
父の心配もすこぶる理解しているつもりだ。なにせ、フェリスの母でありフィリートの妻であるアリアナ・オルタナは生まれつき煩っていた持病のせいで早くにして亡くなったのだから。
治癒魔法や治癒に関する特殊技能・テクネーが存在するこの世界だが、アリアナの持つ持病は重すぎたのだ。治療するためにならどこへでも行った。それこそ魔道士領までおしかけたことまであった。しかし、痛みや進行を遅らせることは出来ても、治すことはできなかったのだ。
だが、フェリスは知っている。母が亡くなったのはそれだけのせいではないと。
「無理はしないけど…今日は少しだけ遅くなるかもしれないんだ。だから晩ご飯は遅れると思う」
「そうか…………分かった。待っているよ。何時くらいになりそうなんだい?」
「そうだね…八時くらいかな…」
「そりゃまた遅いね、僕でよければ作っておくけど?」
「あ、あぁ~。うん、帰ってきて作るから父上は何も触らないでね?」
「? …わかったよ」
フィリートの作る料理とは「台所にあるものを鍋にぶち込んでおけば料理になるよね?」といった感じのまさに暗黒物質だ。想像しやすいようで想像し難いのがこの鍋の特徴であり、さらに味までもよくわからないのだからタチが悪い。
逸話を残している父フィリートの料理が完成することを見越して、大人しくさせておくことを選んだフェリス。彼の選択はひどく正しい。
過去に一度だけフィリートの(余計な)心遣いからオルタナ家に異様な暗黒物質が出来上がったことがあるのだが、それを食べたフェリスは物の見事に気絶。さらに「ん!? どうしたんだい!? 美味しさのあまり気絶したのかい!?」と薄れ行く意識の中でフィリートが叫んでいたため、本人には味覚が存在しないことも判明した。
後にフェリスが言っていたことであるが、「あれは、遅効性の毒。食べれば三途の川へ一直線」とのことである。
ちなみに余談であるがフィリートに味覚がないことが判明した後、自分の料理も本当は美味しくないのではないかと疑ったフェリスが、クレアに頼んで自分の料理について本音を言ってほしいと頼んだことがある。「え? 普通に美味しいぞ?」との返答を頂き嬉しさのあまり床に湖が出来るほど泣いたことがあるのだが、そのことをオルタナ家で口にすることは最早禁忌である。
その出来事をフィリートに話したクレアの翌日の夕食が消失していたことは言うまでもあるまい。
さらに「わ゛た゛し゛の゛こ゛は゛んぅぅぅぅ゛!!!」という鳴き声混じりの叫び声がオルタナ家に響いたことも想像に易い…………。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。9時までにはついておきたいからね。」
「そうかい。気をつけて行くんだよ? 転んだりしないようにね?」
「大丈夫だよ父上。昔みたいに泣いたりもしないから。じゃあ行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
そういってご飯を終え秒で家を出て行ったフェリスを見送ったフィリートだったが、心の中では何かを忘れているようでならなかった。
「(なんだ…………? 何を忘れている? 忘れるってことはそんな大事なことではないのかな…………いいや、待て。今日は何かいつもと違って……そうか、クレアがいないのk…………)」
「それだ。」
そういってすぐさま二階へ駆け上るフィリート。その表情からは焦りと呆れが窺(うかが)える。今ではすっかり走ることがなくなったフィリートだが元はフェリスと同じシトシス学院の生徒だったため、身体能力は高い。階段を二段飛ばしで軽やかに上り、足音を消している。そして、二階のフェリスの部屋にたどり着き扉を開けるとそこには――
「おはようございます、フィリートさん」
――そこには、本来であれば艶やかで長い真っ黒な髪を、オルタナ家の二人同様ボサボサに爆発させたクレアの姿があった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる