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第一章 ~伝説の魔剣~
第19話 恐封山
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「あの家相当やばくない?」
オルタナ宅を出た尾行ご一行様のうちの一人、シルバからの第一声は本当に酷いものだった。
フェリスを尾行し、勝手に他のお宅の敷地内に上がり込み、そして逃げるようにそそくさと帰ったお前らが言うか、とバッシングを受けても何も反論出来ないだろう。
しかもあの台詞を真顔で言ったのだ。脊髄反射的に、お前の方がやばい、とツッコまなかったレイヴンに賛美歌でも贈るべきだろう。
「シルバちゃん……その言い草は流石の僕でもひくよ」
「……だって…」
レイヴンもシルバが言わんとすることはわかる。いきなり戦闘を始めたかと思えば、フェリスがクレアの腹を貫き、貫かれたクレアは涙を浮かべながら褒めていたのだ。そしてその後に出てきたフェリスの父だろうと思われる若いおじさま(?)が、致命傷とも言える傷をいとも容易く治した挙げ句、そんなに怖くない説教を手短に済ませ、何事もなかったかのように家に入っていったのだ。
起こった出来事を改めて並び直してみると、まさに狂気の沙汰である。レイヴンも内心では「フェリス君やばいなぁ……」と思っているが、口に出すなんて事はしない。何故ならレイヴンは元王族だから。元王族は陰口なんて絶対に言わないのである!!
「いや、確かにやばかったけど」
それは幻想であった。さようなら元王族。
「でしょ? あの家で育ったならあのナルシストがどうしてあんなにナルシスト出来るのかわかるわ……あいつも大変なのね」
「そうだねぇ……」
フェリスに初めて向けられたシルバからの同情。同情を向けられた本人ですらまさかこのタイミングで初めてを奪われたなんて思ってもいないだろう。
「でも、あの違和感の正体は結局分からなかったんだよね。シルバちゃんは何か感じた?」
「いいえ?」
「…だよね?」
「え? 私が何か感じると思ったの?」と、さも当然のように否定を返したシルバに、何故だか納得せざるを得ない雰囲気を感じたフェリスが肯定を返す。シルバの言葉の真意を汲み取れなければ、その先にあるものが男性器喪失であることをレイヴンはそうれはもう深く理解している。海溝など足下にも及ばないほど深く。
「クレア先生とは何回も戦ってるみたいだったし……勝てなかったからかな?」
「なら明日にはその違和感は消し飛んでるはずよ。今日勝ってたみたいだし」
「みたいって……実際に見てたでしょ? フェリス君のあの実力を認めなくないのはわかるけどさあ」
「うぐっ」
「自分は血が見られなかったのにフェリス君が血溜まりに動揺もせずクレア先生を支えた時、え!?血を触れるの!?って感じで小声で「え!?」って言ったの聞いてたけどさあ」
「あぐっ」
「フェリス君のお父さんみたいなおじさんが出てきた時、え!?うちの親より全然若いしかっこいい!って感じで小声で「ふぁ!?」って言ってたのも聞こえてたけどさあ」
「はぎっ」
「ってか「ふぁ!?」ってなんなのさ」
「……」
シルバは痛恨の数撃を受けた!シルバは死んだ!
「あぁ!ごめんごめん、言い過ぎちゃったよ」
綿飴ほどの重みを持った謝罪と共に「てへぺろ☆」と効果音が流れてきそうな顔をするレイヴン。シルバは蘇った!
「いたたたた!!ごめんって!!本当に謝るから!だから首の根っこをグリグリするのやめてぇ!あ、まっていまグリョッっていった!!首から変な音が鳴ったから!!」
「次はない」
「ごめんなさい。……あれ?シルバちゃんなんか顔が赤いけど…それに耳まで真っ赤だよ? そんなにフェリス君に嫉妬してr」
「あ゛?」
「本当にごめんなさい。もうこれ以上は言いません。」
「いつもの」を終え、本題へと仕切り直す。シルバの頬と耳の火照りはしばらく冷めることはなかったのだが、レイヴンは内心「そんなに嫉妬してるんだ。シルバちゃん負けず嫌いだからなぁ」ととんでもないブーメランを放ち、しかし、これ以上言えば殺されると察して口を閉ざした。
「さて……シルバちゃんの言ったとおり、違和感の原因がクレア先生に勝てなかったことなら明日にはいつも通りのフェリス君に戻ってるはずなわけだけど」
「まあ、明日まで気長に待ちましょう」
「そうだね、明日になったらわかるもんね。でも…もし違和感が消えてなかったら」
「それについてはまた明日考えるってことでいいわよ。いつも通りに戻ってたら考え損よ」
「それもそうだね」
「…じゃあ、私はこっちだから」
そう言われ、レイヴンは学院のすぐそばにある分岐路に差し掛かっていることに気がついた。自分でも驚くほどに周りが見えていなかったのだ。
「あ、うん。今日はありがとうね!」
「別にいいわよ、なんだかんだ為になったわ」
「…? そう? ならよかったけど」
「それじゃ、また明日」
「うん! また明日ね!!」
シルバが控えめに手を振るのに対し、レイヴンがブンブンと手を大きく振る。それを見たシルバはクスッと笑い、顔を隠すように踵を返し、レイヴンとは別の方向へ歩いていった。レイヴンはシルバが曲がり角を曲がり見えなくなるまでしっかりと見送り、その間ずっと手を振っていた。律儀なのかアホなのかわからない。
シルバが曲がり角を曲がる寸前、シルバがちょこっと振り向き、先程と全く変わらない勢いで手を振っているレイヴンに目を丸くして、直後再びクスリと笑い小さく手を振り返した。律儀とアホの二択はなんとか律儀の方へ針が振れたのだった。
「やばい」と好評の古屋敷に二人が訪れたその翌日。
「やぁ、おはよう」
「「あ、ダメだこれ」」
フェリスはやはりどこかおかしかった。違和感マックスである。いつも腰に付けている羽根飾りを頭に、しかも2本も生やし、どこかの孤島の原住民を連想させるその出で立ちには、レイヴンとシルバ以外のクラスメイトもびっくりである。
加えて、真夏だというのに見ている方まで暑くなってきそうな長袖長ズボン。
そして、とどめの一撃と言わんばかりの漆黒の眼帯である。眼帯の端部分に小さく『オルタナ』と刺繍が入っているのだが、何事もないかのように振る舞うフェリスを見て、なにもツッコまないようにしようとクラス全員が心に決めたのだった。
とは言え、どう見てもおかしい。おかしいどころではない。それが一体何なのか、恐らくみんな聞きたくてウズウズしているはずだ。だが、勇気を出せない。聞いてしまった瞬間フェリスの大切な何かが失われてしまうような気がするから。
しかし、そんな雰囲気に呑まれない、唯一の存在がこのクラスには存在した。
「フェリス君……それ…なに?」
言葉の主は勿論、みんなの希望の星レイヴンである。
しかし、その希望の星でさえ、若干ひきながら眼帯と羽根飾りを交互に指さしていた。
「あぁ、これかい? ん~…願掛けかな?」
「なるほどね…? ごめん全くわかんない」
クラス全員の気持ちが一致した。すなわち「なるほど、わからん」と。女子生徒の中には自分の頬をつねり、何かを確認している子も見受けられる。普段からしっかりしており、顔もよく成績もよく強いフェリスがモテないはずもないのであるが、今限定で言えば彼は「痛い人ポジション」の頂点に立っているわけで……
丁度その時、ガラガラと教室のドアが開けられた。
「お? どうした皆。授業始め……始めるぞ~席に着け~」
入ってきたのは勿論我らが担任クレアである。言葉の途中で、明らかにフェリスの方をガン見したにも関わらず、何事もなかったかのように言葉を続けた。
しかし、レイヴンは見逃さなかった。クレアの額からツーっと冷や汗のようなものが垂れていたことを。
「ほら、席に着け。早くしないと宿題倍にするぞ~」
誤魔化すように警告するクレアに、全員渋々ではあるが従い、席に着いた。そして、同時にゴーン……ゴーン……という授業の始まりを告げる鐘の音が響いた。
「ごめん、今日はちょっと早く帰らせてもらうね」
「「お疲れ様。ゆっくり休んで」」
昨日よりもかなり早いタイミングで深刻そうに言い出したのはフェリスだった。未だに漆黒の眼帯を付け、羽根飾りを生やしているため、全く深刻そうに見えない。むしろ「何かの茶番が始まったかな?」と感じられる。
しかし、それに対して「はい、そうですか」となる程、レイヴンもシルバも脳天気ではない。レイヴンとシルバの企みを孕んだ瞳がまざまざとそれを表している。
フェリスが教室を出た瞬間、二人が尾行を始めたのがその証拠だろう。
昨日と同じように門を出て、そこを右に曲がり、次の分岐を左に曲がり……
「あれ?」
「うん、そうよね。昨日はここを真っ直ぐ進んだわ」
道が違うのだ。その後もフェリスを追うも、フェリスの家から全く違う方角へと進んでいる。
「これって…」
「えぇ、やっぱりクレア先生に勝てていなかったのが原因ってわけではないようね。……まぁそれは朝から分かっていたことだけれど…」
「かなり気持ち悪かったもんね。朝のフェリス君」
「えぇ、ナルシストもあそこまでくれば立派なものよ。あれがかっこいいとでも思っているのかしらね」
「うーん……流石に違うと信じたいけど……」
ここぞとばかりの酷い言いようである。
その後も、シルバがフェリスに対する不満を止めどなく吐き続け、それをレイヴンがなだめ続けるという不思議な尾行が行われた。
そうして歩いているうちに次第に人気がなくなり、木々が増えていく。
二人の直感はこう告げていた。「何かが起こる」と。
一時間ほど歩いた頃だろうか。やがて、山道に入った。シルバはそこで顔をしかめる。
(なんで恐封山なんかに……?)
幼い頃から親や、他の親戚から口を酸っぱくして言われていた「恐封山には入るな」という言葉。シルバ自身、実際に恐封山には入ったことはない。入ったことはないがしかし、この山の全貌を一度だけ目にしたことがある。その時悟ったのだ。「この山には入ってはいけない」と。
今、踏み入れようとしているこの坂は、そんな山へと続く道である。
一方のレイヴンはまだこちらに来て日が浅いせいか、それを知らない。しかし、やはり察しているようだ。シルバと同様に「この山は何かが違う」と。
普通のなだらかな山とは全く違う、歪な造形を模した奇妙な形。山の周りは穏やかな坂で包まれているが、中心に近づくにつれ加速度的に山の高度が酷く増していく。中心近くともなると、さながら壁のように切り立っている。山の中心を取り囲むようにしてそびえ立つ大きな壁はまるで、中心にある何かを隠しているようだ。
そして何より、山の放つ重圧的で威圧的な雰囲気。瘴気でもないのに、息苦しさを感じるのはそのせいだろう。
「ここに……入るの?」
「……いこう」
二人は決心し、そのおぞましい山へ足を踏み入れたのだった。
そう、これから起こる悲劇をしらなかったのだ。
オルタナ宅を出た尾行ご一行様のうちの一人、シルバからの第一声は本当に酷いものだった。
フェリスを尾行し、勝手に他のお宅の敷地内に上がり込み、そして逃げるようにそそくさと帰ったお前らが言うか、とバッシングを受けても何も反論出来ないだろう。
しかもあの台詞を真顔で言ったのだ。脊髄反射的に、お前の方がやばい、とツッコまなかったレイヴンに賛美歌でも贈るべきだろう。
「シルバちゃん……その言い草は流石の僕でもひくよ」
「……だって…」
レイヴンもシルバが言わんとすることはわかる。いきなり戦闘を始めたかと思えば、フェリスがクレアの腹を貫き、貫かれたクレアは涙を浮かべながら褒めていたのだ。そしてその後に出てきたフェリスの父だろうと思われる若いおじさま(?)が、致命傷とも言える傷をいとも容易く治した挙げ句、そんなに怖くない説教を手短に済ませ、何事もなかったかのように家に入っていったのだ。
起こった出来事を改めて並び直してみると、まさに狂気の沙汰である。レイヴンも内心では「フェリス君やばいなぁ……」と思っているが、口に出すなんて事はしない。何故ならレイヴンは元王族だから。元王族は陰口なんて絶対に言わないのである!!
「いや、確かにやばかったけど」
それは幻想であった。さようなら元王族。
「でしょ? あの家で育ったならあのナルシストがどうしてあんなにナルシスト出来るのかわかるわ……あいつも大変なのね」
「そうだねぇ……」
フェリスに初めて向けられたシルバからの同情。同情を向けられた本人ですらまさかこのタイミングで初めてを奪われたなんて思ってもいないだろう。
「でも、あの違和感の正体は結局分からなかったんだよね。シルバちゃんは何か感じた?」
「いいえ?」
「…だよね?」
「え? 私が何か感じると思ったの?」と、さも当然のように否定を返したシルバに、何故だか納得せざるを得ない雰囲気を感じたフェリスが肯定を返す。シルバの言葉の真意を汲み取れなければ、その先にあるものが男性器喪失であることをレイヴンはそうれはもう深く理解している。海溝など足下にも及ばないほど深く。
「クレア先生とは何回も戦ってるみたいだったし……勝てなかったからかな?」
「なら明日にはその違和感は消し飛んでるはずよ。今日勝ってたみたいだし」
「みたいって……実際に見てたでしょ? フェリス君のあの実力を認めなくないのはわかるけどさあ」
「うぐっ」
「自分は血が見られなかったのにフェリス君が血溜まりに動揺もせずクレア先生を支えた時、え!?血を触れるの!?って感じで小声で「え!?」って言ったの聞いてたけどさあ」
「あぐっ」
「フェリス君のお父さんみたいなおじさんが出てきた時、え!?うちの親より全然若いしかっこいい!って感じで小声で「ふぁ!?」って言ってたのも聞こえてたけどさあ」
「はぎっ」
「ってか「ふぁ!?」ってなんなのさ」
「……」
シルバは痛恨の数撃を受けた!シルバは死んだ!
「あぁ!ごめんごめん、言い過ぎちゃったよ」
綿飴ほどの重みを持った謝罪と共に「てへぺろ☆」と効果音が流れてきそうな顔をするレイヴン。シルバは蘇った!
「いたたたた!!ごめんって!!本当に謝るから!だから首の根っこをグリグリするのやめてぇ!あ、まっていまグリョッっていった!!首から変な音が鳴ったから!!」
「次はない」
「ごめんなさい。……あれ?シルバちゃんなんか顔が赤いけど…それに耳まで真っ赤だよ? そんなにフェリス君に嫉妬してr」
「あ゛?」
「本当にごめんなさい。もうこれ以上は言いません。」
「いつもの」を終え、本題へと仕切り直す。シルバの頬と耳の火照りはしばらく冷めることはなかったのだが、レイヴンは内心「そんなに嫉妬してるんだ。シルバちゃん負けず嫌いだからなぁ」ととんでもないブーメランを放ち、しかし、これ以上言えば殺されると察して口を閉ざした。
「さて……シルバちゃんの言ったとおり、違和感の原因がクレア先生に勝てなかったことなら明日にはいつも通りのフェリス君に戻ってるはずなわけだけど」
「まあ、明日まで気長に待ちましょう」
「そうだね、明日になったらわかるもんね。でも…もし違和感が消えてなかったら」
「それについてはまた明日考えるってことでいいわよ。いつも通りに戻ってたら考え損よ」
「それもそうだね」
「…じゃあ、私はこっちだから」
そう言われ、レイヴンは学院のすぐそばにある分岐路に差し掛かっていることに気がついた。自分でも驚くほどに周りが見えていなかったのだ。
「あ、うん。今日はありがとうね!」
「別にいいわよ、なんだかんだ為になったわ」
「…? そう? ならよかったけど」
「それじゃ、また明日」
「うん! また明日ね!!」
シルバが控えめに手を振るのに対し、レイヴンがブンブンと手を大きく振る。それを見たシルバはクスッと笑い、顔を隠すように踵を返し、レイヴンとは別の方向へ歩いていった。レイヴンはシルバが曲がり角を曲がり見えなくなるまでしっかりと見送り、その間ずっと手を振っていた。律儀なのかアホなのかわからない。
シルバが曲がり角を曲がる寸前、シルバがちょこっと振り向き、先程と全く変わらない勢いで手を振っているレイヴンに目を丸くして、直後再びクスリと笑い小さく手を振り返した。律儀とアホの二択はなんとか律儀の方へ針が振れたのだった。
「やばい」と好評の古屋敷に二人が訪れたその翌日。
「やぁ、おはよう」
「「あ、ダメだこれ」」
フェリスはやはりどこかおかしかった。違和感マックスである。いつも腰に付けている羽根飾りを頭に、しかも2本も生やし、どこかの孤島の原住民を連想させるその出で立ちには、レイヴンとシルバ以外のクラスメイトもびっくりである。
加えて、真夏だというのに見ている方まで暑くなってきそうな長袖長ズボン。
そして、とどめの一撃と言わんばかりの漆黒の眼帯である。眼帯の端部分に小さく『オルタナ』と刺繍が入っているのだが、何事もないかのように振る舞うフェリスを見て、なにもツッコまないようにしようとクラス全員が心に決めたのだった。
とは言え、どう見てもおかしい。おかしいどころではない。それが一体何なのか、恐らくみんな聞きたくてウズウズしているはずだ。だが、勇気を出せない。聞いてしまった瞬間フェリスの大切な何かが失われてしまうような気がするから。
しかし、そんな雰囲気に呑まれない、唯一の存在がこのクラスには存在した。
「フェリス君……それ…なに?」
言葉の主は勿論、みんなの希望の星レイヴンである。
しかし、その希望の星でさえ、若干ひきながら眼帯と羽根飾りを交互に指さしていた。
「あぁ、これかい? ん~…願掛けかな?」
「なるほどね…? ごめん全くわかんない」
クラス全員の気持ちが一致した。すなわち「なるほど、わからん」と。女子生徒の中には自分の頬をつねり、何かを確認している子も見受けられる。普段からしっかりしており、顔もよく成績もよく強いフェリスがモテないはずもないのであるが、今限定で言えば彼は「痛い人ポジション」の頂点に立っているわけで……
丁度その時、ガラガラと教室のドアが開けられた。
「お? どうした皆。授業始め……始めるぞ~席に着け~」
入ってきたのは勿論我らが担任クレアである。言葉の途中で、明らかにフェリスの方をガン見したにも関わらず、何事もなかったかのように言葉を続けた。
しかし、レイヴンは見逃さなかった。クレアの額からツーっと冷や汗のようなものが垂れていたことを。
「ほら、席に着け。早くしないと宿題倍にするぞ~」
誤魔化すように警告するクレアに、全員渋々ではあるが従い、席に着いた。そして、同時にゴーン……ゴーン……という授業の始まりを告げる鐘の音が響いた。
「ごめん、今日はちょっと早く帰らせてもらうね」
「「お疲れ様。ゆっくり休んで」」
昨日よりもかなり早いタイミングで深刻そうに言い出したのはフェリスだった。未だに漆黒の眼帯を付け、羽根飾りを生やしているため、全く深刻そうに見えない。むしろ「何かの茶番が始まったかな?」と感じられる。
しかし、それに対して「はい、そうですか」となる程、レイヴンもシルバも脳天気ではない。レイヴンとシルバの企みを孕んだ瞳がまざまざとそれを表している。
フェリスが教室を出た瞬間、二人が尾行を始めたのがその証拠だろう。
昨日と同じように門を出て、そこを右に曲がり、次の分岐を左に曲がり……
「あれ?」
「うん、そうよね。昨日はここを真っ直ぐ進んだわ」
道が違うのだ。その後もフェリスを追うも、フェリスの家から全く違う方角へと進んでいる。
「これって…」
「えぇ、やっぱりクレア先生に勝てていなかったのが原因ってわけではないようね。……まぁそれは朝から分かっていたことだけれど…」
「かなり気持ち悪かったもんね。朝のフェリス君」
「えぇ、ナルシストもあそこまでくれば立派なものよ。あれがかっこいいとでも思っているのかしらね」
「うーん……流石に違うと信じたいけど……」
ここぞとばかりの酷い言いようである。
その後も、シルバがフェリスに対する不満を止めどなく吐き続け、それをレイヴンがなだめ続けるという不思議な尾行が行われた。
そうして歩いているうちに次第に人気がなくなり、木々が増えていく。
二人の直感はこう告げていた。「何かが起こる」と。
一時間ほど歩いた頃だろうか。やがて、山道に入った。シルバはそこで顔をしかめる。
(なんで恐封山なんかに……?)
幼い頃から親や、他の親戚から口を酸っぱくして言われていた「恐封山には入るな」という言葉。シルバ自身、実際に恐封山には入ったことはない。入ったことはないがしかし、この山の全貌を一度だけ目にしたことがある。その時悟ったのだ。「この山には入ってはいけない」と。
今、踏み入れようとしているこの坂は、そんな山へと続く道である。
一方のレイヴンはまだこちらに来て日が浅いせいか、それを知らない。しかし、やはり察しているようだ。シルバと同様に「この山は何かが違う」と。
普通のなだらかな山とは全く違う、歪な造形を模した奇妙な形。山の周りは穏やかな坂で包まれているが、中心に近づくにつれ加速度的に山の高度が酷く増していく。中心近くともなると、さながら壁のように切り立っている。山の中心を取り囲むようにしてそびえ立つ大きな壁はまるで、中心にある何かを隠しているようだ。
そして何より、山の放つ重圧的で威圧的な雰囲気。瘴気でもないのに、息苦しさを感じるのはそのせいだろう。
「ここに……入るの?」
「……いこう」
二人は決心し、そのおぞましい山へ足を踏み入れたのだった。
そう、これから起こる悲劇をしらなかったのだ。
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