サイカイのやりかた

ぎんぴえろ

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一章 神童

7.1人になりたいと思い出の元へ

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  ホテルを飛び出し、ただ我武者羅に走った。建物の間、人の間を、顔を伏せ、どこに向かうでもなく、自身の足が交互に現れる動きだけを見ながら、日も暮れ始めたオレンジ色に染まる道の上を下唇を噛みただ走る。

 もう何もかもが信じられなかった。ドラマのスタッフ、監督、友達、そして母親、家族。彼女の周りにいる人間は皆、彼女の才能だけをみて近づいてきたに過ぎなかったのだ。

 未だ9歳の彼女にはその事実が重く重くのしかかる。辛く心の深い場所を刺激する。もうすでに彼女の心は鎖で固定され、誰の声も届かない。

 --もう誰も信じられない。もう誰も信じない……

 人の声が、自動車の音が、堪らなく嫌になる。少しでも静かな場所へ、少しでも独りになれる場所へと体が自然に向きを変えた。

 1時間ほどだろうか、静かな場所へ静かな場所へと向かっていた彼女がようやく顔を上げると、そこは最初に訪れた森、その奥にある小屋であった。

「……。」

 彼女は自身のことながら呆れた。ただ我武者羅に、ただ無意識に向かった先が、彼と初めて会った場所であるその意味を考え、弱い自分に呆れてしまう。

 時効はすでに19時。街灯もないこの場所は真っ暗闇である。再び重い扉を開け入ったあばら屋には最初来た時と違い様々な遊び道具が置かれている。出会ってから今までほぼ毎日会うようになり、彼の持ってきた遊び道具は彼が負けて泣きながら去っていくたびにこの古屋に増えていった。

 時には散策中に拾った珍しいものを、彼女と彼が独断と偏見で集めた宝物がそこには散らばっている。その一つである彼女が彼と初めて出会った時に座っていたパイプ椅子に座り唇を噛んだ。

「……友達になってくれたの、お金のためだったのかな……」

 初めてここに来た時と同じ、静寂が包む。しかし最初とは大きく違うのは、騒がしかった時のことを思い出しまた胸が痛くなることだ。楽しかったと素直にそう思う。今まで普通の人生を送っていなかったからこそ価値が大きく分かる。普通の子供のように、学校にこそ行けてはいないがそれでもではなく、として遊び歩いたその時間は大切なものだった。

 しかしその実態は、彼女の才能を求めてであって、彼女と遊びたいという訳ではなかったのだ。

 嫌でも遊べ。子供達の親が勝手に子供たちに伝えただけの内容だとマフユも理解している。理解はできるが上手く飲み込めない。親の言いつけを守るだけの彼らは大人の黒い部分を知らず知らずの内に受け継ぎ、彼女を傷つける。

 気持ち悪いと、埃まみれのパイプ椅子を殴った。

 --ダメだ、ここじゃまた思い出しちゃう。

 立ち上がる。周りにちらつく彼との思い出が彼女の心をぐらつかせる。今までの真実が嘘だったらいいのにと願望が溢れ出る前に、堪らず彼女は小屋を飛び出した。

「……。」

 もっと静かな、もう誰も何も思い出さないほどの、未だ行ったことの無い場所へ、誰にも出会うことなく、誰が探しても見つけることが出来ないような、孤独になれる場所を。

 そう考えあたりを見渡した彼女の目に止まったのは、

 木々の間に引かれたロープ、その中央に置かれた「立ち入り禁止」の看板である。

「……。」

 迷いはなかった。この先なら誰もいない、必ず1人になれる。

 管理の行き届いていないその先はさらに足場も悪く、太い木々が無造作に倒れていた。木々の間に足を踏み入れる先は先が見えない、地面があるのかどうかすら分からないほど進みにくい場所であったが、湿った落ち葉を踏みしめながら彼女は目的もなくただ進んだ。

 歩きながら、考える。



 才能とは、何か。



 天才とは”努力により培われた才能を持つ者である”と定義するならば、この白銀髪少女は天才では無い。

 物事は一目見ただけで覚え、演技や格闘術なども全て完璧にこなす、努力など行ったことがない、だからこそ彼女は特別となり、一般人が生涯稼げる賃金より何倍もの金額を手にした。努力なく、無理難題などなく、人生そのものがイージー。

 なのに、なぜ。

 あの少年が、最もキラキラとして見えるのだろうか。

 あの少年は、全てが彼女と真逆なのだ。

 3+3の計算ですらまともにできない、昨日遊んだ内容でさへ思い出せない。演技などできるわけもなく、体力も運動神経も大して良く無い。才能だけで言えば底辺、


 最下位サイカイと、そう呼べるだろう。


 それなのになぜ、才能を持つ彼女が最下位の彼を羨んでしまうのだろうか。

 羨む理由が分からない。羨むことはつまり彼女には無い何かが彼にはあるはずなのだが、

 それが全く思い浮かばない。

「……ふふっ」

 頭の中で「なんでだよ!? 何か一つくらいはあるよね、ね!?」と涙ながらに懇願する彼が容易に想像できて笑ってしまうが、ハッとしてすぐに首を振った。

 違う、彼も彼女の持つ才能による金銭を目的に近づいてきたのだ。あの笑顔も、仲良くしてくれたこともすべて、彼女の望むものでは無い。

 ーー彼が出来て、私が出来ないことがある?……私が、出来ないこと……私はやりたくないことをやってる……??

 彼女に出来ないことはない。知らないことは除外し学んだことは全て行えた、であれば出来ないことから趣向を変える必要がある。

 そして彼女は、自分の本音を探り始めた。

 元々、すべての事象、すべての学びに興味などなかった。それは間違いない。しかし演劇もそうだが、今までやってきたことは決して嫌だったわけではない。興味など無かったが、行ってみて嫌では無かった。この矛盾に彼女は自身のことながら懸命に答えを見出そうとする。

 元々はどうしてだった。元々は、何が楽しくてやっていた。元々は、何を目標に頑張っていた。

 ーー……元々やりたかったわけじゃない。……私が欲しかったのは……私が、したくないことは。

 だだ目的もなく彷徨い到着した終点は、高い高い崖であった。山に亀裂が入ったように向こうとの間に出来た谷のようになっておりその下は太陽の光が無いのもあり深淵のように深い、

「……。」

 その崖のあと一歩で落ちるまで近づき、蹴った小石がパラパラと深淵に落ちるのを彼女はただ無表情で見つめていた。

 そして、

「わた、しは……」

 自分の震える口が勝手に動く。

「……もうお仕事なんて、習い事なんて嫌だ! お金なんていらない、お仕事なんてしたくない! もう人を叩いたり、蹴ったりなんて、お母さんが喜んでくれないのに、そんなことしたくないよ!」

 深淵の谷に、彼女の本音が響いた。

 吐き出した空気を長く吸い直し、そして、空を見上げた。本音が、考えるより早く口から零れ落ちた。辞めたいと思う理由が、母親の喜びがなかったからだけでなく、自身も好んでやっていたわけではなかったのだと。

 辞められる、そう思った時にした理由が今分かった。

 彼女の心は、友人によって傷つけられた。ただそれはすでにボロボロに廃れきった心に最後の一撃をお見舞いしたに過ぎなかったのだ。

 心から辞めたいとそう思う。だが、その本音は結局母親には届かない。また同じことの繰り返しだと、新しい仕事を持ってくるのだろう。

 だから、何かしらの理由を作る必要があった。

 ーー『骨折れたらな、休めるんだよ!』

「……骨、折れたら、休める……」

 その時、思い出した。どうしても気持ちが辛くなった時に出てくる裏切り者の声、それは不注意で起こった事故を嬉々として話す彼の言葉を思い出した。

『……学校、休めるの?』

『そうだぞ、こうきゅう?ってやつ! 入院したらタダで学校お休みなの!』

 思い出し、改めて下を向く。深い深い谷の底、暗闇の中では何も見えない先へ、例えばだが、

 ここから落下したら、自分は骨折出来るんじゃないかと。そしたらきっと、

 ーー……。

 ボロボロの心が、理性を飛ばす。元々頑丈な体が、聡明な頭が、ここから落下した時の衝撃を勝手に計算し始める。


 そして彼女はーー



 ーー……まぁ、いいか。ここでもしとしても別に、構わない。


 彼女は、虚ろな目で、一歩、また一歩と崖に近づき、

 初めて森は入ったときのように、片手広げた程度の水路を飛び越えた時のように、




 ぴょんと、崖から足を離した。










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