星降る夜のキス〜見えない私の恋物語〜

蒼獅

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桜香る中庭に、響く恋歌

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彼女は朝の優しい歌声が頭から離れなかった。目覚ましにしている曲と同じそのメロディーが心に響いていた。

颯斗が朝食を買って戻ってきて、彼女に優しく声をかけた。「おはよう、なぎ。よく眠れた?」彼女は微笑みながら頷いた。「お兄ちゃん、さっきの歌声、聞こえた?」と尋ねると、颯斗は首をかしげた。「歌声?何のこと?」

彼女は歌声のことを詳しく説明したが、颯斗は何も聞いていないと言う。彼女は少し不思議に思いながらも、気にしないようにした。

朝食を終えた頃、彼女の部屋に看護師がきた。検温と体調確認をし、採血があることを告げて出ていった。
彼女は目が見えないこともあり、本来なら看護補助の人が入院中のお世話をするのだ。彼女は自分で、できることも多いから必要ないと断ることが多い。ただし処方してもらった飲み薬がある場合は別だ。

入院したときに点滴が外れるまでは点滴の中に薬を入れてもらうようにしている。抗生剤を入れるときには整腸剤も必ず入れてもらう。抗生剤が体に入るとおなかが痛くなるからだ。点滴の中に注入してくれるから気分的にも楽なのです。飲み薬の時は点字シールを貼るか、ぷっくりデコペンで自分がわかるようにマークをつける。見えないからこそ工夫が必要だ。

入院中で大問題といえば採血です。採血の時に限らず、見えない人にとって声をかけずに、触る行為は目をとじた状態で大量の虫、ヘビなどが落ちてくるような感じだ。想像するだけで寒気がするものだ。見えない患者に慣れている看護師は必ず声をかけてくれる。しかし、慣れていない看護師も多いので結構、困ることが多い。


採血は慣れている主任看護師か、看護師長にお願いすることが多い。これは彼女の血管が細く針を刺すことが難しいからだ。彼女が点滴をしたときは必ずと言っていいほど、腕の色が紫色に変色する。慣れていない看護師の場合、腕が腫れることもあった。

見えないが腕の腫れは痛みでわかるが、変色した腕はわからない。痛そうだねと言われる時は色が変わっているのだろうと想像する。目が見えないことで血の色を見ることはないが、血の流れる感覚は、おそらく見える人より、感覚が鋭い。

颯斗も朝食をすませ、昼から中庭に、車椅子で行こうと誘った。彼女は小さく頷いた。桜が植えられている病院の中庭は、車椅子の患者たちも花見ができるように整備され、そこで読書をしている人も多い。
彼女は桜が散っていないか少し心配になり、颯斗に聞いた。4月初旬だから、

その日の昼、母親が病院に来て、彼女が好きなフルーツのサラダを作ってきてくれた。彼女は音楽を聴きながら、病室でリラックスする時間を過ごした。午後になると、颯斗が提案したとおり、車椅子で病院の中庭に行くことにした。

彼女が散っていないかと心配していた桜の花は満開で、中庭は美しい桜の香りで満ちていた。彼女は目をとじ、桜の匂いと風の感触を楽しんだ。その時、再びあの優しい歌声が聞こえてきた。あの曲を歌う声が、どこか近くから響いていた。

颯斗が驚いたように辺りを見渡した。「あの声だ!」彼女は興奮気味に言った。「朝、聴こえた歌声と同じだ!」

颯斗は歌声の方向に目を向けると、一人の少年が車椅子に座って歌っているのを見つけた。少年は目をとじて、心から歌を楽しんでいるようだった。颯斗は彼女の車椅子を、ゆっくりとその少年の方へと近づけた。

その少年は足をけがしているようだった。颯斗は、その少年の顔を見てどこかで見たような、誰かに似ているような気がしたが、そこまで気にしなかった。


「こんにちは。」と颯斗が声をかけると、少年は歌うのをやめて驚いたように顔を上げた。「あ、こんにちは。僕の歌、聞こえてましたか?」

颯斗は頷き、「はい、妹があなたの歌声に魅了されて。素晴らしい歌声ですね。」彼女は微笑みながら、「あなたの歌声、すごく素敵です。クラリティ、大好きです。」

少年は少し笑いながら、「ありがとう。」といった。

その少年の態度はどこか冷たく感じた。颯斗は彼女の目に、その少年の態度が見えなくて良かったと思ったのだ。
おそらく、君たちとは世界が違うというような感じだった。颯斗はどこかで見た気がする少年だと思い、よく思い出してみようと記憶を手繰り寄せた。

母親の経営する芸能事務所にはいなかったけど、所属しているタレントと同じような雰囲気がすることに気がついた颯斗。

「どこかで、見たような少年だ」と考えながら彼女と病室に戻った。
すると、なぎの病室の前で母親が見知らぬ、女性と話をしていたが、終わりそうになったので颯斗となぎは病室に入った。

病室の中には、誰かにもらった花が飾られ、彩りを添えていた。白い部屋に映える感じの花瓶に花が美しく咲いていた。「お兄ちゃん、この部屋に花があるの?」と彼女が聞くと、颯斗は「すごくきれいな花が咲いていて、いい匂いだね」と伝えた。

部屋に入って異変に気づくことは視覚障がい者の彼女の方が早い。
彼女の母親は、毎日仕事が忙しいこともあり、花を楽しむ心を持ち合わせてはいない。

だから、知らない客人が、花を準備してくれたということだと理解していた。
その人が、さっき病室の入り口で母親と会話していた女性だと思った。

「お兄ちゃん、さっきの女性は社員の人では、ないよね?」と聞いた。

「見たことがない女性だ」と颯斗が答え、会話は終わった。

颯斗は、花のことより、中庭にいた少年のことが気になっていた。どこかで見た顔・・・一体どこで観たのだ?と一生懸命考えていた。おそらく年齢は彼女より少し上ぐらいか、それとも自分と同じぐらいか。
その答えは、母親が持っていた。

女性との会話を終え、母親は彼女のころに来てこう言った。
「この花、お見舞いでいただいたのよ」と言ったが、彼女は誰からもらったのか全く興味がなかった。
見えないから、仲の良い人以外、知る必要がないと考えているからだ。

彼女は、色々な出来事で人のやさしさを知るが、人の残酷さや冷酷さも知っている。
だから、必要以上に人に興味を示さないようにしている。見えない人を騙すことは、容易い。だからこそ、騙されない人間であろうとしなければ、家族に迷惑をかけてしまうと考えているのだ。

障がい者の人格は、おそらく、この国では下位なのだろう。
支援法があっても、支援されていない現実をよく耳にするから、人間扱いされていないと思ってしまう。心のない、自己中心的な人は多くいる。

ドライに生きていかないと障がい者はやっていけない。彼女はそう言い聞かせて日々を送っている。
そんな彼女が、はじめて見知らぬ少年を気にかけている。こんなことは珍しいことなのだ。
病室に戻ってきてからも曲を口ずさんでいる。気持ちが高揚してるようだ。

颯斗は母親に目で合図し、病室の外で話がしたいと合図を送った。
彼女にはおなかが減ったから、コンビニに行くと伝え、母親は彼女に仕事の電話をしてくると言い、2人は病室を後にした。

「うん。わかった、お兄ちゃん、ソフトクリームを食べたいから買ってきて」

「バニラでいいの?」と聞くと「うん」と返事した。

彼女は気分が良いとき、必ずソフトクリームを食べる。それもバニラ味だ。
颯斗は余計に、心配になってきた。

病室を出た2人は喫茶ルームへと行った。
そこで颯斗が、核心に触れようと母親に話を切り出した。

「なぎの病室のとなりに入院している少年は、翔(ショウ)だよね?」

「そうみたいよ、颯斗知っていたの?」と母が聞き返してきた。颯斗は心配させないように考えていたものの芸能の世界に詳しい母親に、話さないといけないと決意し話すことにしたのだ。

今日の朝の話から、中庭での話を事細かに話した。母親は「慎重にいかないといけないことね」と言い、颯斗に彼女が傷つかないように、できるだけ距離をとったほうが良いという結論に至ったのだ。

翔(ショウ)は大手芸能事務所のダンスユニットのボーカルだ。
年齢は17歳。つまり、颯斗の一つ下ということだ。
そんな彼がケガで入院。それもなぎの隣の病室というのも運命のイタズラかと思う颯斗。
彼女が、彼に対して、確実に少し興味を示していることは明らかだ。

颯斗が中庭で彼に声をかけたとき、迷惑そうに愛想笑いをしていたことを思い出した。
おそらく、彼は自分が有名だから、知っていて話しかけてきたのだと勘違いしていたのだろう。
颯斗は彼のことを知らずに声をかけたのだ。

彼女も、颯斗も芸能にまったく興味がない。
母親が芸能事務所を経営していることも関係しているのかもしれない。

颯斗は、彼と歳が近いこともあり、どんな言葉を使うのか想像できる。
彼女が傷つかない相手ではないと思っている。
車椅子に座っていた彼女の目が見えないことに気付いていなかった。
彼にとっては、ただのファンという認識なのかもしれない。

彼女は、相手の心を読む力が強い。これは視覚からの情報がないこともあり、視覚以外の感覚が鋭いのだ。例えば言葉やその人特有のエネルギーを感じ取り、相手を見極める。
颯斗が彼に話しかけたときの表情からすると、迷惑という感じだった。これは表情を見ることができない彼女にとって良かったと思っている。


母親と会話した後、なぎのいる病室に戻った颯斗。
バニラ味のソフトクリームを彼女の手に持たせると、うれしそうに話しかけた。

「ソフトクリームさん、今日は元気かな?」

知らない人が聞いたら、何を言っているの?と不思議に思うだろう。
これは、ソフトクリームの先端がツンッと立っていると元気があるというおまじないのようなものだ。
彼女はソフトクリームの先端にそっと唇をつける。優しく確認した。

「お兄ちゃん、元気なソフトクリームさんだよ」

颯斗は複雑な気持ちで、うれしそうに食べる彼女を見ていた。そして今朝のことを考えていた。
彼女が朝の目覚ましの曲を変えることは無理だ。
だから明日の朝、彼が今朝みたいに歌わないでくれることを願うしかない。颯斗はそう思った。

うれしそうにしている彼女にとって、声の力と言葉の力は計り知れないものだ。
視覚障がい者が、音を大事にすることには大きな意味がある。それは生命の危険を察知し、それを回避する役割を担っているのだ。だから、目が不自由な人を見かけたとき、声をかけてから触れることが大事なのだ。人の声は指標になり、怖い存在にもなるのだ。形はないが力があるもの、それが言葉なのだ。

声を指標にする彼女にとって、翔の声は心地の良い声なのだ。
彼女は声の主が誰なのか知らない。声だけで彼女は何を感じたのだろうか。彼女の真意は誰にもわからない。

目が見えない彼女にとって、外見は何の判断材料にもならない。いくらブランドにこだわり、化粧を施し、着飾っても何も意味を持たない。しかし、言葉は人格そのものを表す指標だ。言葉の本質には化粧ができない。

言葉という武器は面白い。例えば傷つける言葉を平気で口にした人が、逆の立場になるとキレる。
人を傷つけても同じ言葉を自分が言われると傷ついてしまう。変な話だ。障がい者は言い返せない人も多い。だから人として扱わないのか?と考えることがある。

普段の生活の中で理不尽なことは数多くある。例えば、彼女が白い杖も握り、歩いているとき相手が彼女にぶつかってくることがある、そのとき文句を口にするのは、決まってぶつかってきた相手なのだ。「どこ、見てるんだ!」という。これが世の中の現実なのだ。

人は言葉を暴力だと思っていない。
「刺す言葉を使う人間は大嫌い」だと彼女は言う。

この言葉の意味は深い。14歳の彼女は今まで、どれだけ言葉で傷ついたのだろうか。
そう考えると涙が出てくる。
障がい者になりたくて、生まれた人は一人もいない。それなのに生きている価値すらないかのように話す人が、この世界には存在する。

彼女が彼と距離を置くことで、傷つくことを防げるのであれば、颯斗は何でもしようと決意していた。
颯斗は、翌日の朝の目覚ましの時間に病室にいることにした。父親が夜には、なぎの病室に来るから、そのとき自宅に戻り、入浴をすませ、着替えてから、病院から高校へ行くことにした。

そして、翌日の朝。
彼女の目覚ましが心地よいメロディーを奏でた。「・・・ん?」聴こえてくる。
歌うな!そう颯斗は心で叫んだ。どうして歌うんだ。

なぎが目覚めかけた。
歌うのをやめてくれ!!そう思う颯斗だったが、彼女の耳に歌声が響いた。

「お兄ちゃん、ほらっ、聴こえるでしょ?」とうれしそうに言った。

そうだね。どこから聞こえるのかなーと知らないふりをした颯斗だが、彼女はとなりの部屋だと言った。
彼女は歌声がとなりの部屋に入院している人が歌っていることに気がついていた。

声は間違いなく、翔の声だ。颯斗は昨日、自宅に帰ったとき、ショウのダンスユニットのPVを見てきた。あの声が本人かどうか、確認するためでもあった。
きらびやかなステージで歌い踊る翔。颯斗は複雑な心境だった。

彼女が、邦楽を好きになるとは思ってもいなかった。
いや、洋楽を、それも彼女の大好きな歌を唄う彼の声に魅了されたのだと思った。
人を信用しない彼女は、簡単に心を許さない。
だからこそ、どうして翔の声に魅了されたのか、不思議に感じた。

彼女の耳に、彼の声がどんな風に聴こえているのか。
それは本人にしかわからないことだった。

いろいろ、心配しながら、颯斗は高校へと行った。

颯斗が出かけた後、看護師がきて、採血も検査もないから、昼勤務の人がきたら車椅子で散歩に行こうと誘ってくれた。うれしそうに頷いた彼女。
車椅子は目が見えないことを気になくて良いから負担が少ない。だから誘われて頷いたのだ。

桜の中庭に行きたいと彼女が言うと、看護師は今日は日差しも強くないから、ゆっくりしようかと言った。
桜のある中庭へ向かった。看護師の車椅子を押す手が止まり、「あらっ、翔(カケル)くん」と声をかけた。
なぎは患者さんなのかなと思っただけで、それ以上、気にすることはなかった。

翔は芸名がショウであって、カケルが本名なのだ。
つまり、同一人物なのだ。

なぎの車椅子が翔の前を通り過ぎようとしたときでした。
「あれ?昨日の女の子だよね?」と声をかけた。車椅子を押していた看護師が「彼女と話したことあるの?」と聞くと彼は昨日、この場所で会ったと言った。
そしてZeddの曲が好きなんだよね?と彼女に聞いた。

彼女は、「・・・」無言だった。

看護師が「翔くん、この子の名前はなぎちゃん。」と教えた。「素敵な名前だね」と言い、彼女が彼の方を見ないことに気がついた。そのことに気がついた看護師。

「なぎちゃんは目が見えないの」と伝えた。彼の表情が変わった。

「えっ?!」言葉を失った。

なぜなら、今まで視覚障がい者の人と話す機会などなかった。
翔は顔を隠すことなく、彼女を見ている。まったく彼を見ようとしなかった。
本当に見えないのだと理解した。

トップアイドルだけあって、顔をだしている状態で何の反応もないことが少し嫌だったのだろう。
だから声をかけてきたのだ。声をかけたきっかけは少し問題があるが、彼は見えない彼女が少し気になった。

翔は彼女と話がしたいと思った。何か今まで感じたことがない感情があふれたのだ。それが何か本人にもわからない。そんな彼の顔をみて看護師が彼女に提案した。

「なぎちゃん、翔くんと少し話してみる?」と聞いた。彼女は少し照れくさそうに頷いた。

それから彼は凪との会話に花を咲かせた。春風が心地よく、なぎが手を広げると桜の花びらが舞っていることに気がつき、「すごーい、桜の香りがする」とうれしそうに言った。

彼は彼女と同じ感覚で会話をしようと考え、目をゆっくりととじ視覚からの情報を遮断した。
そうしたことで、彼は今までに感じたことのない感覚を得た。彼は驚きを隠せなかった。
「すごいね、春風と桜が音楽を奏でているようだね」と彼女に言うと、彼女も同じように感じたのか「この場所はZeddの曲がすごくあっている場所だよね」そう彼女が呟いた。

翔があの曲を歌い出した。

彼女は驚き、「もしかして、病室がとなりだったりする?」と聞いた。
「そうかも」と答えた。つまり彼は、彼女がとなりの部屋に入院していることに、すでに気付いていたのだ。

朝、歌ってくれる人だよね?と聞くと「そうだね、いい曲がとなりの部屋から流れてきたから思わず歌ってしまった」と笑いながら言った。彼女も楽しそうに会話をしていた。彼女は彼の声を聞き、心に響くものを感じた。
楽しそう、そして悲しそうな声。孤独感を感じ取る彼女。

彼の歌声が桜の花の香りと春風にのって、彼女の心に響いた。
この時、彼女は彼の飾らない姿を見た唯一の存在になった。

彼は飾らない自分が、こんなにラクなのだと知った。彼女の透明で純粋な心に触れ、彼の心に新しい風が吹いた。

この出会いが大きな風となり、運命を変えるとは誰も想像していません。
見えない彼女が恋をした相手がトップアイドルだと知ったとき・・・二人の関係が音を立てて崩れるのか?!

正直に生きたい翔。それが許されない環境。

大きく動き出した二人の運命。
彼女は悲しい現実を知ることになる。
そして、彼女は愛を教えてくれた人との最期の別れを経験する。



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