イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない

藤永ゆいか

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第4章

◆大切な彼女〜慧side〜

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 真っ青だった空が、燃えるようなオレンジ色に染まる頃。
 我が家での勉強会はお開きとなり、俺はマンションの外まで皆を見送ったあと、部屋に戻ってきた。
 少し前までここに6人もの人がいたなんて嘘なんじゃないかと思うほど、部屋はシンとしている。

 最初は気が進まなかったけど、クラスメイトを家に呼んだのは小学生以来だったから。なんだかんだ、久しぶりに楽しかった。同年代のヤツと一緒に勉強をするのも、たまには良いもんだな。
 依茉にも『慧くん』って呼んでもらえたし。
 みんなが使ったコップをキッチンのシンクで洗いながら、俺はひとり微笑む。

 俺がしばらく洗い物をしていると、ズボンのポケットに入れたままのスマホが振動した。
 誰からだろうと、ロック画面に表示された名前を見て俺は眉をひそめる。

【近くまで来たから、今から慧さんの家にお邪魔しても良いかしら?】

 それは、母親からのメッセージだった。

「母さんが来るのか……」

 そう思うと、憂鬱だ。

 少しでも自立したいと思って始めた一人暮らしだけど。実は、俺に色々と強要してくる両親と毎日顔を合わせるのが嫌という気持ちも少なからずあった。
 だが、ここで一人暮らしをしているとはいえ、この高級タワーマンションは一堂グループが経営する不動産会社のものだから。せめて生活費くらいはと、自分のバイト代でまかなっているけど。それ以外は、まだまだ親の世話になっている身分だ。
 だから、たとえ会いたくないと思っていても嫌とは言えない。

 ──ピンポーン。

「慧さん、久しぶり」

 それから少しして、母が家にやって来た。

「慧さん。テスト前だけど、ちゃんと勉強はしているの?」

 リビングのソファに、母が腰をおろす。

「ああ、してるよ。さっきまでここで、学校のクラスメイト何人かと一緒に勉強していたところ」
「あら、そうなの!? あなたが学校の子と家で勉強だなんて、珍しい」

 母が、目を大きく見開く。

 ていうか相変わらずこの人は、服にしろバッグにしろハイブランドのものばかり身につけてるな。

「……コーヒーでいい?」
「ええ。ブラックでお願い」

 それから俺は母の希望通りにブラックコーヒーを淹れ、テーブルにカップを置きながら尋ねる。

「……で? 母さんが家に来るなんて、何の用?」

 社長夫人として忙しい母親が、わざわざこの家に来るなんて。ついでとか、ただの寄り道なんてことはないだろう。

「……慧さんに、お話があるの」
「話?」

 話って聞くと、なんとなく悪い予感しかしないんだけど。俺はドキドキしながら、母が口を開くのを待つ。

「あのね、実は……慧さんに、名家のご令嬢とのお見合いの話が来てるのよ」

 ……やっぱり。そういうことか。
 俺は、はぁっと大きくため息をつく。

「お相手の方は、大越おおこしグループのお嬢さんなんだけど。大越家は、旧財閥のお家で……」

 大越グループとは、お菓子メーカーをはじめ様々な事業を展開する大企業。

「そこの長女の方が、慧さんと同い年でね。S女学院に通っていて、美人で語学も堪能で。とっても優秀なのよ」

 そしてS女学院は、世間でも有名なお嬢様学校だ。

「お父さんも、ぜひとも慧さんの将来のお相手にって乗り気でね」

 どこの令嬢だろうと、いくら父が乗り気だろうと、俺は誰とも見合いなんてするつもりはない。だって俺には、依茉がいるんだから。

「……悪いけど俺、お見合いなんてしないから」
「あら、嫌なの? 慧さんが気乗りしないのなら、別に今すぐじゃなく来月とかでも……」
「いや、そういう問題じゃない。俺は、お見合いなんて一生しない」
「一生しないって……何を言ってるの?」

 母親の表情が、だんだんと険しくなる。

「俺には今、真剣に付き合ってる大切な彼女がいるんだ」
「……は?」

俺の言葉に、母は目をパチパチとさせる。

「え……かっ、彼女!?」

 そしてしばしの沈黙の後、素っ頓狂な声をあげた母がソファから勢いよく立ち上がる。

 ああ……いずれ話さなきゃいけないとは思っていたけど。今はまだ話すつもりなんてなかったのに。つい、母に言ってしまった。

「ちょっと、慧さん。彼女って……! そんな話、聞いてないわよ!?」
「当たり前だろ。今初めて話したんだから」
「ねぇ。相手は誰なの!? どこの家のご令嬢?!」
「同じ学校の子だけど。別に、誰だっていいだろ。俺が好きで付き合ってるんだから」

 俺は、母から目をそらす。

 中学の頃から密かに想っていた依茉と、やっと付き合えたんだ。だから、依茉のことはまだ極力親に知られたくない。
 今はただ、誰にも邪魔されずにゆっくりと依茉との愛を育みたい。

「とにかく、お見合いはしないから。母さん、話はそれだけなら帰ってくれ」

 俺は、母親から背を背ける。

「慧さんって確か……女の子を1ヶ月ごとに、取っかえ引っ変えしてるのよね?」

なんで今、そんな話を……!

「その子も、どうせ遊びで付き合ってる子なんでしょう?」
「……っ、違う! 遊びなんかじゃない。依茉のことは、本気だ」
「へぇ。本気なの……」

 俺がつい大声をあげると、母親は口の端をくいっと上げる。

「だったら、次の週末に家でパーティーがあるから。そこに、彼女を連れてきなさい」

 家のパーティーに、依茉を? ありえない。

「そんなの、嫌だよ」

 あんな父の仕事関係者ばかりの堅苦しい場に依茉を連れて行って、嫌な思いはさせたくない。

「あら、どうして? 来週末なら、慧さんの学校の定期テストも終わってるし。問題ないでしょう?」
「そうだけど……」
「だったらそのときに、私とお父さんにぜひとも彼女を紹介してちょうだい。お母さん、慧さんの彼女にお会いしたいわぁ」

 作った笑顔なんか貼り付けて、随分とわざとらしい言い方だな。

「慧さんにふさわしい方かどうか、見極めてあげるから」
「……っ」

 見極めるって……。
 あのときだって、そうだった。

 俺が中学1年の頃に付き合っていた彼女との交際がバレたときも、彼女をパーティーに連れて来なさいと母に言われて連れて行ったけど。

『あのお嬢さんは、慧にはふさわしくない。お前には、将来私と母さんが決めた相手とお付き合いし、結婚してもらわないといけないのだから』

 結局は父にそう言われて、二人で強制的に俺を彼女と別れさせたんじゃないか。

 俺は、拳を強く握りしめる。

「それとも慧さん、彼女と一度も会わずに私たちに交際を反対して欲しいの?」
「……いえ」
「それじゃあ、決まりね。パーティーの詳細はまた連絡するから。楽しみにしてるわ」

 今回は、あのときと同じようにはさせない。
 俺は、何よりも依茉のことが大切で大好きなのだから。玄関へと歩いていく母の後ろ姿を見つめながら、俺はひとり固く決意した。
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