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第4章
◇一堂くんのヤキモチ
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一堂くんと両想いになった翌日。
「ほら、見て。あの人だよ。栗色のロングヘアの……」
「えっ、うそ。あんな普通の子が、一堂先輩が本気で好きになったっていう彼女!?」
朝。登校したわたしが昇降口から教室までの廊下を歩いていると、やたらと女の子たちに見られる。
もしかして、昨日中庭で一堂くんに告白されたところを、誰かに見られていたから……さっそく噂になったのかな?
──ドンッ!
「あっ、ごめんなさ……」
「ちょっと。ちゃんと前を見て歩きなさいよ」
廊下を歩いていると、反対側から歩いてきた派手な見た目の2年生女子と肩がぶつかり、思いきり睨まれてしまった。
「あんた、一堂くんの本命彼女になれたからって、調子に乗ってるんじゃないわよ」
こ、怖い……。わたしは、ただ普通に歩いていただけなのに。なんだか昨日までとは違って、急に他の女子からの風当たりが強くなった気がする。
──ガラガラ。
「おはよう……」
「あっ、依茉ちゃん。おはよ~っ!」
「おはよう、依茉!」
わたしが1年5組の教室に入ると、杏奈と真織がこちらへと駆け寄ってきた。
「ねぇ。依茉、聞いたよ。昨日、一堂先輩に告白されたんだって!?」
「えっと……うん」
真織に尋ねられ、嘘をつくのもな……と思ったわたしは、正直に答える。
「キャーッ! やっぱり依茉ちゃんは、一堂先輩にとって特別だったんだ。私たちの予想は当たってたね、まおりん!」
「ねーっ! おめでとう、依茉」
「依茉ちゃん、おめでとう~!」
「真織、杏奈……っ、ありがとう」
いつもと変わらない様子の二人に、わたしは胸がじんわりと熱くなる。
「依茉!」
わたしが友達二人の祝福に感動していると、後ろから声をかけられた。
「い、一堂くん」
やばい。一堂くん、今日も朝からかっこいい……! ていうか、今日はいつも以上にかっこよく見えるよ。
「依茉、今日も朝から可愛いね」
ま、まさか。お互い同じようなことを思うなんて……照れるんですが。
「あれ、依茉。なんか顔赤くなってない?」
一堂くんが、整った顔をこちらにグッと近づけてくる。
いきなりの一堂くんのドアップに、わたしは咄嗟に後ずさってしまう。
「ちょっと。せっかく依茉の可愛い顔を、もっと近くで見ようと思ったのに。逃げないでよ」
「だっ、だって……」
一堂くんの手が伸びてきて、わたしの頬へとそっと添えられる。そして彼は、わたしの鼻先に軽くキスを落とした。
「おはよう、依茉。挨拶まだだったから」
「そうだったね。おはよう」
朝、好きな人に会って、笑顔で「おはよう」と言い合える幸せを噛み締める。
「そうだ、依茉。もうすぐ中間テストだけど、勉強してる?」
「いや、それが……まだなんだよね」
一堂くんに苦笑いしながら教室のカレンダーで日にちを確認すると、中間テストまであと1週間を切っている。
「あのさ。良かったら次の週末、俺の家で一緒に勉強しない? その……付き合ってから初めてのデートも兼ねて」
「えっ、デート!?」
テスト目前だというのに、一堂くんのデートという言葉にわたしはつい舞い上がってしまう。
「テスト前は、俺もバイト休みもらってるから……どうかな? 良かったら、依茉の苦手な英語も教えるよ」
「それは、ぜひとも教えて欲しい……!」
この間の英語の小テストが満点だった一堂くんに教えてもらえるとなると、心強い。
「えっ、なになに? 西森さん、慧先輩の家でテスト勉強するの!?」
わたしたちの会話が聞こえていたのだろうか。
一堂くんの中等部の頃のバスケ部の後輩で、クラスメイトの有働くんが声をかけてきた。
「あの、その勉強会……良かったら、俺も一緒に参加してもいいかな?」
えっ、有働くんが!?
「……却下」
有働くんに、冷たく言い放つ一堂くん。
「そんなこと言わないでくださいよー。慧先輩って、英語得意でしたよね!? 俺、この間の英語の小テストが赤点で……やばいんっすよ」
有働くんによると、世間でも有名な進学校である花城学園は勉学にとても厳しくて。
定期テストで1教科でも赤点をとった場合、次の定期テストまで部活動には参加できなくなるらしい。
その代わりに、放課後は毎日赤点をとった教科の補習が待っているのだという。
「俺、バスケができなくなるのだけは嫌なんで……慧先輩、どうかお願いします」
有働くんが、一堂くんに深々と頭を下げる。
「……嫌だね。有働、お前空気読めよ。そんなこと言うなんて、俺たちのデートを邪魔する気?」
一堂くんが、有働くんをギロリと睨みつける。
「い、いえ。そんなつもりは……俺はただ、純粋に英語を教えて欲しいだけで……」
有働くんの顔が、サッと青くなる。
有働くん、困ってる……。好きなバスケができなくなるなんて嫌だよね。
「ねぇ、一堂くん。有働くんもせっかく頼んでるんだし。赤点をとって部活停止になったら、可哀想だよ」
「依茉……」
「だから、今回は皆で一緒に勉強しよう? 2人も良いけど、3人のほうがもっと頑張れるだろうし。ねっ?」
「やっぱり依茉は、優しいな。依茉がそう言うのなら仕方ない……有働、いいよ」
「ありがとうございます! 西森さんもありがとう!」
こうして、週末は一堂くんの家でテスト勉強をすることになったのだけど……。
──週末の勉強会当日。
一堂くんが一人暮らしをしている高級タワマンにやって来たのは……わたしと有働くんだけでなく。
「お邪魔しまーす!」
「わー。一堂先輩の家って、めちゃくちゃ広い~!」
わたしの友達の杏奈と真織。そして……。
「依茉の友達ならまだしも、なんで三原まで俺ん家にいるんだよ」
「いやぁ。一堂グループの御曹司の住む家、僕も一度見てみたかったんだよね」
クラスメイトの三原くんだった。
「別に、三原は来なくて良かったのに……」
不機嫌そうな顔で、三原くんを見る一堂くん。
あの日、有働くんと3人での勉強会が決まったあと、わたしのそばで話を聞いていた杏奈と真織も行きたいと言い出して。成り行きで、三原くんも参加することになったんだよね。
長めのテーブルを挟んで、3人ずつ向かい合って座ることに。
杏奈、真織、三原くんの順に横並びに座り、その向かいに有働くん、一堂くん、わたしの順に並んで座る。
わたしの横が一堂くんで、わたしの向かいが三原くん。なんだか、二人に挟まれてるような気分。
「慧先輩! さっそく英語、教えてもらってもいいですか?」
「ああ」
一堂くんの左隣に座る有働くんが、彼に英語を教えてもらうらしいので、わたしは先に他の教科を勉強することにした。
まずは数学からしようと問題集を広げたものの、わたしはさっそく1問目からつまずいてしまう。
うう……因数分解って苦手なんだよね。えっと、これはどう解くんだっけ。
しばらくわたしが問題とにらめっこしていると、ふと誰かの視線を感じた。
わたしが顔を上げると、向かいの三原くんがじっとこちらを見ていた。
「……?」
わたしが首を傾げながら三原くんのほうを見つめると、爽やかに微笑んでくれたので、わたしもニコッと笑みを返す。
「ねぇ、西森さん。さっきからずっとシャーペンを持つ手が止まったままだけど、大丈夫?」
わたしが同じ問題のところでずっと止まっていたから、気にかけてくれたんだ。
「もしその問題が分からないのなら、僕で良ければ教えようか?」
そういえば三原くんって、高校から花城学園に来たけど。高校受験のときに、成績首位で合格したって噂を耳にしたなぁ。
「えっ、教えてもらっていいの?」
「もちろん」
「それじゃあ……お願いします」
それから三原くんに分からない問題の解き方を教えてもらい、わたしはようやく解くことができた。
「ありがとう、三原くん。三原くんの説明、先生よりも分かりやすかったよ」
「良かった。また分からなかったら、いつでも聞いて?」
「うん!」
1問目を解けたわたしは、次の問題に取り組む。
「えっと。これは、さっきのと類似問題だから。三原くんに教えてもらった解き方でいいんだよね……」
呟きながら、わたしがカリカリとペンを走らせていると。
──ギュッ。
隣に座る一堂くんが突然、わたしの手を繋いできた。
えっ、一堂くん!?
咄嗟にわたしが一堂くんのほうを見ると、彼は顔を有働くんのほうへと向けて英語を教えている最中で。
もしかして、間違って繋いじゃったのかな?
「いいか、有働。この場合は、I must……」
一堂くんの英語の発音、すごく良いな。ネイティブの人みたい。
「なるほど。それじゃあ、この答えは……」
「うん、そう。正解だ。有働もやればできるじゃない」
「ありがとうございます!」
有働くんが英語の問題をちゃんと解けたようで、一堂くんの声もいつもより少し弾んでいる。
一堂くん、最初は渋々って感じだったけど。いざとなると、有働くんにじっくり丁寧に英語を教えてあげていて。やっぱり優しいなと思いながら、わたしは彼に繋がれていた手をそっと解く。
──ぎゅう。
だけど、またすぐに一堂くんに手を繋がれてしまった。しかも今度は、ただ繋ぐのではなく指先をひとつひとつ絡めた恋人つなぎ。
ちょっと! いくらテーブルの下とはいえ、みんながそばにいるのに手を繋ぐなんて。一堂くんってば、大胆すぎる……!
「い、一堂くん……」
わたしが小声で名前を呼ぶと、一堂くんはようやくこちらを見る。
手、手……!
わたしは持っていたペンを置き、ジェスチャーで繋いでいる手を解くように彼に伝える。
それなのに一堂くんは首を傾け、手を離してくれるどころか逆に力が込められる。
うそ。もしかして、伝わってない……!?
「あれ、西森さん。さっきよりも少し顔色が悪くない?」
「えっ!?」
向かいに座る三原くんが、わたしに声をかけてくる。
やば。なるべく顔に出さないようにしていたつもりなのに、焦りが顔に出ちゃってた?!
「ほんとだ。依茉、いつもよりちょっと顔が赤いような……大丈夫?」
三原くんの声を聞いてか、彼の隣に座っている真織まで心配そうな顔でわたしのほうを見てくる。
ああ、みんな……今、わたしに注目しないで。
そう思うと、心臓が更にばっくんばっくん鳴り始める。
「だっ、大丈夫だよ……ちょっと暑いだけだから」
わたしは平静を装い、一堂くんに繋がれていないほうの手でパタパタと自分の顔をあおぐ。
隣の一堂くんをちらっと見ると、いつもと変わらない様子で。
もう、なんで一堂くんはそんなに平気な顔していられるの!? 変にドキドキしてるのって、わたしだけ!?
それから彼に手を繋がれたまま、30分ほどが過ぎ……。
「それじゃあ、勉強始めて1時間になるし。ここで1回休憩しよっか」
そう言うと、一堂くんはずっとテーブルの下で繋いでいた手をようやく離してくれたので、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
ああ……皆にバレないか、この30分ずっとドキドキしっぱなしだったよ。ふたりきりのときなら全然問題ないけど、さすがに今はちょっとね。
「俺、お茶の用意するから。依茉、悪いけどちょっと手伝ってくれる?」
「あっ、うん。手伝うよ」
わたしは一堂くんのあとに続いて、隣のキッチンへと移動する。
「ねぇ、一堂くん。なんでさっき、わたしにあんなことしたの!?」
水道でやかんに水を入れる一堂くんに、わたしは思わず尋ねる。
「ん? あんなことって?」
「手だよ。皆がいるのに、こっそり手を繋ぐなんて!」
「ああ……」
コンロにやかんをセットし、紅茶をいれるためのお湯を沸かし始めた一堂くんがわたしのほうを見る。
「あのときは、依茉と手を繋ぎたかったから繋いだんだけど……ダメだった?」
手を繋ぎたかったって……。一堂くんにそんなことを言われたら、やっぱり嬉しいって気持ちが勝ってしまって。何も言えなくなる。
「さすがに俺も皆がいるところでは、ああいうことはしないほうが良いって分かってたけど……。依茉が、三原と笑いあったり仲良くしてるのをそばで見てたら……無理だった」
「え?」
「あいつじゃなくて、依茉にもっと俺のことを意識して欲しいって思ってしまった。依茉の彼氏は、俺なのにって……」
「一堂く……っ」
一堂くんに首筋に口づけられ、かすかな痛みが走る。
「今日家に来てから、三原がずっと依茉のことをチラチラ見てるし。やっぱり心配になるだろ」
「心配しなくてもっ。わたしが好きなのは、一堂くんだけだよ……んっ」
わたしはキッチンの戸棚に隠れる位置で一堂くんに抱き寄せられ、彼に唇を塞がれてしまう。
「だったら……俺のこと、慧って呼んで?」
「え?」
「三原と同じ苗字じゃなくて、これから俺のことは……慧って名前で呼んで」
な、名前で?
「……っ、けい……くん」
「うん。もっと呼んで、依茉」
「慧くんっ」
嬉しそうな笑みを向けられたかと思えば、再び慧くんに口づけられる。
「一堂せんぱーい。テレビ観てもいいですかー?」
「……っ。あっ、ああ。いいよーっ」
隣の部屋から杏奈の声がし、少し焦った様子で慧くんが返事をする。
まずい。すぐそばにみんながいるから、いい加減やめなくちゃ。
杏奈の声で我に返ったわたしが彼から離れようとすると、頭の後ろをぐっと引き寄せられる。
離さないとばかりに唇が重なり、彼の熱が潜り込んできた。深く絡まっては擦り合わされ、甘い痺れが広がっていく。
「……っふ」
「ん……」
吐息まで奪うようなキスに、頭の中も溶けそうになってくる。
「はぁ……っ」
「依茉、もう少しだけ……」
こんなふうに慧くんに求められると嬉しくて、もっとして欲しいって思ってしまう。まだ、やめたくないって思っちゃう。これが、大好きな人とするキスなのかな。
「好きだよ、依茉」
「わたしも……好きっ」
隣の部屋に聞こえないよう、キスの合間に互いに小声で囁き合うわたしたち。
勉強会の休憩中とはいえ、こんなふうにクラスのみんなに内緒でキスをして。何だか悪いことをしているって気持ちにもなったけれど……。
やかんのお湯が沸くまでの慧くんとの束の間のキスは、癖になりそうなくらい甘くてすごく幸せなものだった。
そしてそのあとは美味しい紅茶を飲んで、真剣にみんなと一緒に勉強を頑張ったのだった。
「ほら、見て。あの人だよ。栗色のロングヘアの……」
「えっ、うそ。あんな普通の子が、一堂先輩が本気で好きになったっていう彼女!?」
朝。登校したわたしが昇降口から教室までの廊下を歩いていると、やたらと女の子たちに見られる。
もしかして、昨日中庭で一堂くんに告白されたところを、誰かに見られていたから……さっそく噂になったのかな?
──ドンッ!
「あっ、ごめんなさ……」
「ちょっと。ちゃんと前を見て歩きなさいよ」
廊下を歩いていると、反対側から歩いてきた派手な見た目の2年生女子と肩がぶつかり、思いきり睨まれてしまった。
「あんた、一堂くんの本命彼女になれたからって、調子に乗ってるんじゃないわよ」
こ、怖い……。わたしは、ただ普通に歩いていただけなのに。なんだか昨日までとは違って、急に他の女子からの風当たりが強くなった気がする。
──ガラガラ。
「おはよう……」
「あっ、依茉ちゃん。おはよ~っ!」
「おはよう、依茉!」
わたしが1年5組の教室に入ると、杏奈と真織がこちらへと駆け寄ってきた。
「ねぇ。依茉、聞いたよ。昨日、一堂先輩に告白されたんだって!?」
「えっと……うん」
真織に尋ねられ、嘘をつくのもな……と思ったわたしは、正直に答える。
「キャーッ! やっぱり依茉ちゃんは、一堂先輩にとって特別だったんだ。私たちの予想は当たってたね、まおりん!」
「ねーっ! おめでとう、依茉」
「依茉ちゃん、おめでとう~!」
「真織、杏奈……っ、ありがとう」
いつもと変わらない様子の二人に、わたしは胸がじんわりと熱くなる。
「依茉!」
わたしが友達二人の祝福に感動していると、後ろから声をかけられた。
「い、一堂くん」
やばい。一堂くん、今日も朝からかっこいい……! ていうか、今日はいつも以上にかっこよく見えるよ。
「依茉、今日も朝から可愛いね」
ま、まさか。お互い同じようなことを思うなんて……照れるんですが。
「あれ、依茉。なんか顔赤くなってない?」
一堂くんが、整った顔をこちらにグッと近づけてくる。
いきなりの一堂くんのドアップに、わたしは咄嗟に後ずさってしまう。
「ちょっと。せっかく依茉の可愛い顔を、もっと近くで見ようと思ったのに。逃げないでよ」
「だっ、だって……」
一堂くんの手が伸びてきて、わたしの頬へとそっと添えられる。そして彼は、わたしの鼻先に軽くキスを落とした。
「おはよう、依茉。挨拶まだだったから」
「そうだったね。おはよう」
朝、好きな人に会って、笑顔で「おはよう」と言い合える幸せを噛み締める。
「そうだ、依茉。もうすぐ中間テストだけど、勉強してる?」
「いや、それが……まだなんだよね」
一堂くんに苦笑いしながら教室のカレンダーで日にちを確認すると、中間テストまであと1週間を切っている。
「あのさ。良かったら次の週末、俺の家で一緒に勉強しない? その……付き合ってから初めてのデートも兼ねて」
「えっ、デート!?」
テスト目前だというのに、一堂くんのデートという言葉にわたしはつい舞い上がってしまう。
「テスト前は、俺もバイト休みもらってるから……どうかな? 良かったら、依茉の苦手な英語も教えるよ」
「それは、ぜひとも教えて欲しい……!」
この間の英語の小テストが満点だった一堂くんに教えてもらえるとなると、心強い。
「えっ、なになに? 西森さん、慧先輩の家でテスト勉強するの!?」
わたしたちの会話が聞こえていたのだろうか。
一堂くんの中等部の頃のバスケ部の後輩で、クラスメイトの有働くんが声をかけてきた。
「あの、その勉強会……良かったら、俺も一緒に参加してもいいかな?」
えっ、有働くんが!?
「……却下」
有働くんに、冷たく言い放つ一堂くん。
「そんなこと言わないでくださいよー。慧先輩って、英語得意でしたよね!? 俺、この間の英語の小テストが赤点で……やばいんっすよ」
有働くんによると、世間でも有名な進学校である花城学園は勉学にとても厳しくて。
定期テストで1教科でも赤点をとった場合、次の定期テストまで部活動には参加できなくなるらしい。
その代わりに、放課後は毎日赤点をとった教科の補習が待っているのだという。
「俺、バスケができなくなるのだけは嫌なんで……慧先輩、どうかお願いします」
有働くんが、一堂くんに深々と頭を下げる。
「……嫌だね。有働、お前空気読めよ。そんなこと言うなんて、俺たちのデートを邪魔する気?」
一堂くんが、有働くんをギロリと睨みつける。
「い、いえ。そんなつもりは……俺はただ、純粋に英語を教えて欲しいだけで……」
有働くんの顔が、サッと青くなる。
有働くん、困ってる……。好きなバスケができなくなるなんて嫌だよね。
「ねぇ、一堂くん。有働くんもせっかく頼んでるんだし。赤点をとって部活停止になったら、可哀想だよ」
「依茉……」
「だから、今回は皆で一緒に勉強しよう? 2人も良いけど、3人のほうがもっと頑張れるだろうし。ねっ?」
「やっぱり依茉は、優しいな。依茉がそう言うのなら仕方ない……有働、いいよ」
「ありがとうございます! 西森さんもありがとう!」
こうして、週末は一堂くんの家でテスト勉強をすることになったのだけど……。
──週末の勉強会当日。
一堂くんが一人暮らしをしている高級タワマンにやって来たのは……わたしと有働くんだけでなく。
「お邪魔しまーす!」
「わー。一堂先輩の家って、めちゃくちゃ広い~!」
わたしの友達の杏奈と真織。そして……。
「依茉の友達ならまだしも、なんで三原まで俺ん家にいるんだよ」
「いやぁ。一堂グループの御曹司の住む家、僕も一度見てみたかったんだよね」
クラスメイトの三原くんだった。
「別に、三原は来なくて良かったのに……」
不機嫌そうな顔で、三原くんを見る一堂くん。
あの日、有働くんと3人での勉強会が決まったあと、わたしのそばで話を聞いていた杏奈と真織も行きたいと言い出して。成り行きで、三原くんも参加することになったんだよね。
長めのテーブルを挟んで、3人ずつ向かい合って座ることに。
杏奈、真織、三原くんの順に横並びに座り、その向かいに有働くん、一堂くん、わたしの順に並んで座る。
わたしの横が一堂くんで、わたしの向かいが三原くん。なんだか、二人に挟まれてるような気分。
「慧先輩! さっそく英語、教えてもらってもいいですか?」
「ああ」
一堂くんの左隣に座る有働くんが、彼に英語を教えてもらうらしいので、わたしは先に他の教科を勉強することにした。
まずは数学からしようと問題集を広げたものの、わたしはさっそく1問目からつまずいてしまう。
うう……因数分解って苦手なんだよね。えっと、これはどう解くんだっけ。
しばらくわたしが問題とにらめっこしていると、ふと誰かの視線を感じた。
わたしが顔を上げると、向かいの三原くんがじっとこちらを見ていた。
「……?」
わたしが首を傾げながら三原くんのほうを見つめると、爽やかに微笑んでくれたので、わたしもニコッと笑みを返す。
「ねぇ、西森さん。さっきからずっとシャーペンを持つ手が止まったままだけど、大丈夫?」
わたしが同じ問題のところでずっと止まっていたから、気にかけてくれたんだ。
「もしその問題が分からないのなら、僕で良ければ教えようか?」
そういえば三原くんって、高校から花城学園に来たけど。高校受験のときに、成績首位で合格したって噂を耳にしたなぁ。
「えっ、教えてもらっていいの?」
「もちろん」
「それじゃあ……お願いします」
それから三原くんに分からない問題の解き方を教えてもらい、わたしはようやく解くことができた。
「ありがとう、三原くん。三原くんの説明、先生よりも分かりやすかったよ」
「良かった。また分からなかったら、いつでも聞いて?」
「うん!」
1問目を解けたわたしは、次の問題に取り組む。
「えっと。これは、さっきのと類似問題だから。三原くんに教えてもらった解き方でいいんだよね……」
呟きながら、わたしがカリカリとペンを走らせていると。
──ギュッ。
隣に座る一堂くんが突然、わたしの手を繋いできた。
えっ、一堂くん!?
咄嗟にわたしが一堂くんのほうを見ると、彼は顔を有働くんのほうへと向けて英語を教えている最中で。
もしかして、間違って繋いじゃったのかな?
「いいか、有働。この場合は、I must……」
一堂くんの英語の発音、すごく良いな。ネイティブの人みたい。
「なるほど。それじゃあ、この答えは……」
「うん、そう。正解だ。有働もやればできるじゃない」
「ありがとうございます!」
有働くんが英語の問題をちゃんと解けたようで、一堂くんの声もいつもより少し弾んでいる。
一堂くん、最初は渋々って感じだったけど。いざとなると、有働くんにじっくり丁寧に英語を教えてあげていて。やっぱり優しいなと思いながら、わたしは彼に繋がれていた手をそっと解く。
──ぎゅう。
だけど、またすぐに一堂くんに手を繋がれてしまった。しかも今度は、ただ繋ぐのではなく指先をひとつひとつ絡めた恋人つなぎ。
ちょっと! いくらテーブルの下とはいえ、みんながそばにいるのに手を繋ぐなんて。一堂くんってば、大胆すぎる……!
「い、一堂くん……」
わたしが小声で名前を呼ぶと、一堂くんはようやくこちらを見る。
手、手……!
わたしは持っていたペンを置き、ジェスチャーで繋いでいる手を解くように彼に伝える。
それなのに一堂くんは首を傾け、手を離してくれるどころか逆に力が込められる。
うそ。もしかして、伝わってない……!?
「あれ、西森さん。さっきよりも少し顔色が悪くない?」
「えっ!?」
向かいに座る三原くんが、わたしに声をかけてくる。
やば。なるべく顔に出さないようにしていたつもりなのに、焦りが顔に出ちゃってた?!
「ほんとだ。依茉、いつもよりちょっと顔が赤いような……大丈夫?」
三原くんの声を聞いてか、彼の隣に座っている真織まで心配そうな顔でわたしのほうを見てくる。
ああ、みんな……今、わたしに注目しないで。
そう思うと、心臓が更にばっくんばっくん鳴り始める。
「だっ、大丈夫だよ……ちょっと暑いだけだから」
わたしは平静を装い、一堂くんに繋がれていないほうの手でパタパタと自分の顔をあおぐ。
隣の一堂くんをちらっと見ると、いつもと変わらない様子で。
もう、なんで一堂くんはそんなに平気な顔していられるの!? 変にドキドキしてるのって、わたしだけ!?
それから彼に手を繋がれたまま、30分ほどが過ぎ……。
「それじゃあ、勉強始めて1時間になるし。ここで1回休憩しよっか」
そう言うと、一堂くんはずっとテーブルの下で繋いでいた手をようやく離してくれたので、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
ああ……皆にバレないか、この30分ずっとドキドキしっぱなしだったよ。ふたりきりのときなら全然問題ないけど、さすがに今はちょっとね。
「俺、お茶の用意するから。依茉、悪いけどちょっと手伝ってくれる?」
「あっ、うん。手伝うよ」
わたしは一堂くんのあとに続いて、隣のキッチンへと移動する。
「ねぇ、一堂くん。なんでさっき、わたしにあんなことしたの!?」
水道でやかんに水を入れる一堂くんに、わたしは思わず尋ねる。
「ん? あんなことって?」
「手だよ。皆がいるのに、こっそり手を繋ぐなんて!」
「ああ……」
コンロにやかんをセットし、紅茶をいれるためのお湯を沸かし始めた一堂くんがわたしのほうを見る。
「あのときは、依茉と手を繋ぎたかったから繋いだんだけど……ダメだった?」
手を繋ぎたかったって……。一堂くんにそんなことを言われたら、やっぱり嬉しいって気持ちが勝ってしまって。何も言えなくなる。
「さすがに俺も皆がいるところでは、ああいうことはしないほうが良いって分かってたけど……。依茉が、三原と笑いあったり仲良くしてるのをそばで見てたら……無理だった」
「え?」
「あいつじゃなくて、依茉にもっと俺のことを意識して欲しいって思ってしまった。依茉の彼氏は、俺なのにって……」
「一堂く……っ」
一堂くんに首筋に口づけられ、かすかな痛みが走る。
「今日家に来てから、三原がずっと依茉のことをチラチラ見てるし。やっぱり心配になるだろ」
「心配しなくてもっ。わたしが好きなのは、一堂くんだけだよ……んっ」
わたしはキッチンの戸棚に隠れる位置で一堂くんに抱き寄せられ、彼に唇を塞がれてしまう。
「だったら……俺のこと、慧って呼んで?」
「え?」
「三原と同じ苗字じゃなくて、これから俺のことは……慧って名前で呼んで」
な、名前で?
「……っ、けい……くん」
「うん。もっと呼んで、依茉」
「慧くんっ」
嬉しそうな笑みを向けられたかと思えば、再び慧くんに口づけられる。
「一堂せんぱーい。テレビ観てもいいですかー?」
「……っ。あっ、ああ。いいよーっ」
隣の部屋から杏奈の声がし、少し焦った様子で慧くんが返事をする。
まずい。すぐそばにみんながいるから、いい加減やめなくちゃ。
杏奈の声で我に返ったわたしが彼から離れようとすると、頭の後ろをぐっと引き寄せられる。
離さないとばかりに唇が重なり、彼の熱が潜り込んできた。深く絡まっては擦り合わされ、甘い痺れが広がっていく。
「……っふ」
「ん……」
吐息まで奪うようなキスに、頭の中も溶けそうになってくる。
「はぁ……っ」
「依茉、もう少しだけ……」
こんなふうに慧くんに求められると嬉しくて、もっとして欲しいって思ってしまう。まだ、やめたくないって思っちゃう。これが、大好きな人とするキスなのかな。
「好きだよ、依茉」
「わたしも……好きっ」
隣の部屋に聞こえないよう、キスの合間に互いに小声で囁き合うわたしたち。
勉強会の休憩中とはいえ、こんなふうにクラスのみんなに内緒でキスをして。何だか悪いことをしているって気持ちにもなったけれど……。
やかんのお湯が沸くまでの慧くんとの束の間のキスは、癖になりそうなくらい甘くてすごく幸せなものだった。
そしてそのあとは美味しい紅茶を飲んで、真剣にみんなと一緒に勉強を頑張ったのだった。
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「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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