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第4章
◇一堂家のパーティー
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「なぁ、依茉。今週の日曜日って空いてる?」
2日間の中間テストが終わった翌日。昼休みにいつものように、中庭で慧くんと並んでベンチに座り昼食を摂っていると、慧くんに突然予定を聞かれた。
「日曜日は、空いてるけど……どうしたの?」
「ああ……」
どうしたんだろう。慧くんの表情が、いつもよりも少し暗い気がする。
「いや、実は……日曜日に俺の実家でパーティーがあるんだけど、良かったら来てくれない? 両親が依茉に会いたいみたいで」
「ええっ!? 慧くんのご両親が、わたしと……うっ、ゴホッゴホッ」
びっくりしすぎて、食べていた卵焼きが喉に詰まりそうになった。
「依茉、大丈夫!?」
慧くんが、わたしの背中をポンポンと軽く叩いてくれる。
「うっ、うん。大丈夫だよ」
わたしは少し涙目になりながら、慧くんのほうを見つめる。
「大丈夫なら、良かった」
慧くんがわたしを見て、安心したように微笑む。
でも、慧くんのご両親に会うってことは……お父さんは、あの一堂グループの社長さん……なんだよね。
慧くんが中学の頃に付き合っていた彼女との交際を反対して別れさせたっていう、あの厳しいご両親。そう思うと、途端に緊張してきた。
「依茉、もしかして緊張してる?」
わたしは、慧くんに素直に頷く。
「大丈夫だよ。パーティーと言っても、ホームパーティーみたいなものだから。当日は、気軽な気持ちで参加してくれたら良いから」
「うっ、うん」
そっか。ホームパーティーなんだ。といっても、わたしたちが家でする誕生日パーティーとか、そういうものとはまた訳が違うんだろうなぁ。
「依茉」
慧くんに、名前を呼ばれたと思ったら。
わたしのこめかみに慧くんの大きな手が添えられ、わたしはそっと頭を彼の肩へとのせられた。
「け、慧くん!?」
わたしは、隣に座る慧くんの肩に寄りかかる体勢になり、慧くんがいつもつけているシトラスの香水の香りがふわりと鼻を掠める。
「依茉なら、大丈夫だよ。いつもみたいに笑っていれば、それで良い。だって依茉の陽だまりみたいな笑顔は、世界一可愛くて素敵だから」
慧くん……。
「大丈夫、大丈夫」
慧くんはそう言いながら、何度もポンポンと頭を優しく撫でてくれる。
慧くんの温かくて大きな手に頭を撫でられると、すごく安心する。
慧くんに大丈夫って言われたら、本当に大丈夫な気がしてきたよ。
そして、日曜日。一堂家のパーティー当日。
この日は朝から慧くんが執事の寺内さんと一緒に、家までリムジンで迎えに来てくれた。
わたしは慧くんが用意してくれたドレスに身を包み、慧くんの知り合いのヘアメイクさんに身なりを綺麗に整えてもらった。
「依茉、準備できた……?」
栗色のロングヘアをふんわりと巻いてもらい、ヒラヒラのレースがついた淡いピンクのドレス姿のわたしを見た慧くんが、目を大きく見開く。
「慧くん……?」
慧くん、わたしの姿を見た途端黙り込んでしまったけど。もしかしてこの格好、似合ってないのかな?
「依茉、やば……いい」
「え?」
「依茉、めちゃめちゃ可愛い」
口元を手の甲でおさえている慧くんの頬が、ほんのりと赤く染まっている。
「そのドレスも、依茉のために作られたんじゃないかってくらい本当によく似合ってる」
「あっ、ありがとう」
慧くんに褒めてもらえると、やっぱり嬉しい。
「けっ、慧くんも……すごくかっこいいよ」
「ほんと? 嬉しいなあ」
今日の慧くんはネイビーのスーツをビシッと着こなし、いつもはおろしている前髪をアップスタイルにセットしている。いつもよりも更に大人っぽくて、素敵だ。
「それじゃあ準備もできたし。そろそろ行こうか、依茉」
慧くんが差し出してくれた手に、自分の手を重ねる。
わたしは彼にエスコートしてもらいながらリムジンに乗り込み、慧くんの実家へと向かった。
しばらく車に揺られ、慧くんの実家の豪邸に到着すると、大きな部屋へと通された。
天井からつるされた、豪華なシャンデリア。
真っ白な壁には、洋風の絵画。
ドレスや高級スーツに身を包んだ紳士淑女たち。
「うわぁ、すごい……」
まるで外国のお城のパーティーを思わせるような煌びやかな光景に、わたしは目を輝かせる。
「あっ、あの人。テレビで見たことがある」
そこにはテレビで何度か見たことのある有名大企業の社長や、大御所俳優の姿もあった。
あんな凄い人たちが家のパーティーにやって来るなんて……さすが一堂グループ。
慧くんは小さな頃からずっとこんな世界にいるんだと、それを初めて目の当たりにしたわたしは身が縮こまってしまう。
庶民のわたしがここにいるのは、場違いじゃないだろうかという思いに駆られる。
「依茉」
慧くんが、わたしの肩を後ろからトントンと軽く叩く。
「大丈夫? 少し顔色が悪いよ?」
「ちょっと、緊張しちゃって」
「この前も言ったけど、笑って。それだけで、見た目の印象もけっこう変わるし。笑顔でいたほうが、自分の気持ちも上がるはずだから」
そうだ。笑顔……!
「依茉、いつも通りに。リラックスリラックス!」
慧くんに優しい笑みを向けられるとホッとして、わたしは自然と口角が上がる。
「うん。やっぱり依茉は、笑顔が一番だね。可愛い。あと、これ良かったら……」
慧くんが、オレンジジュースの入ったグラスを渡してくれる。
「ありがとう……美味しい」
わたしがオレンジジュースを、少しずつ口にしていると。
「慧さん」
40代から50代くらいの二人の男女が、慧くんの元へとやって来た。
黒のスーツ姿の厳格な雰囲気の男性は、顔立ちが慧くんにそっくりで。
少しウェーブがかったミディアムヘアの隣の女性も、女優顔負けのとても綺麗な人だ。
セレブなオーラが全身から漂うこの方たちは、もしかして……。
「依茉、紹介するよ。この二人が、俺の父と母」
やっぱり、慧くんのご両親……!!
「慧さん。この方が、この前話していた例の……?」
「ああ。父さん、母さん。この子が高校のクラスメイトで、俺の彼女の西森依茉さんだよ」
慧くんの言葉に、ご両親の顔が揃ってわたしへと向けられ、心臓がドキッと大きく跳ねる。
「はっ、は、初めまして! けっ、慧さんとお付き合いさせて頂いている……西森依茉です!」
わたしは、ご両親へと向かって深々と頭を下げる。
「へぇ。あなたが、慧さんの彼女……」
わたしが頭を上げると、慧くんのお母さんの見定めるようなあからさまな視線が刺さる。
「随分と可愛らしいお嬢さんだから、最初に見たときは小学生かと思っちゃったけど。慧さんのクラスメイトだったのね。ふふっ」
慧くんのお母さんは、わたしを見てクスクスと笑っている。
しょ、小学生って……いくら何でもひどくないですか?
わたしは身長155cmで、慧くんとは30cmほどの身長差があるし。童顔で、お子さま体型ってことも自覚しているけど……。
ショックで感情がつい顔に出そうになるが、なるべく笑顔でいようとわたしはお母さんにニコリと笑みを浮かべる。
「依茉さん……だったかな。君のお父さんは、どういったお仕事を?」
慧くんのお父さんに突然尋ねられ、わたしは肩が跳ねる。
「えっと……父は、サラリーマンだったのですが、わたしが中学1年の頃に病死しまして……。なので今は、看護師の母が病院で働いています」
お父さんの眉が、ピクリと動く。
「まあ! それじゃあ依茉さんのお家は、母子家庭なのね?」
「はい……」
「だから、依茉は家族のために毎日ご飯を作ってて。家事も頑張ってるんだよな。ほんと優しくて、良い子なんだ。俺の自慢の彼女だよ」
わたしのことをフォローしてくれた慧くんが、ご両親を真っ直ぐ見据える。
「自慢の彼女……」
終始厳しい表情のお父さんが、ポツリと呟く。
「ちなみにだけど、依茉さん。あなた、勉学や語学のほうは? 英語はできるの?」
「べ、勉強は人並みといいますか。英語は……どちらかというと苦手です」
先日の中間テストの英語の点数は、60点とあまり振るわなかった。
「そう、苦手なの」
「はい。だけど、英語もこれからは頑張りたいと思っています」
さっきから慧くんのお母さんにじっと見られるたびに、ドキドキして。心臓が痛い。
「なあ、母さんたち。今日はもうこれくらいで良いだろ。せっかくのパーティーなんだから」
「……そうだな。慧の言うとおりだ。依茉さん、今日はお会いできて良かったよ。母さん、行くぞ」
「はい。それじゃあ、依茉さん。パーティー、どうぞゆっくりと楽しんで行ってくださいね」
「どうもありがとうございます」
わたしはご両親に向かって、ペコッと頭を下げる。
「……はぁ。緊張した……」
慧くんのご両親が去った途端、一気に身体の力が抜け、わたしはフラフラとよろめいてしまう。
「ちょっ、依茉!?」
そんなわたしを、慧くんが後ろからしっかりと抱きとめてくれる。
「おい、依茉。大丈夫か!?」
「う、うん。なんとか大丈夫だけど……多分わたし、慧くんのご両親に釣り合ってないって思われたよね」
向こうのテーブルで初老男性と談笑するご両親は、先ほどわたしと話していたときとは違い、とても柔らかな表情だ。
相手が仕事関係者と初対面の息子の彼女とでは、態度が違うのも当然なのだろうけど。
お金持ちの家の子でもない自分は、おそらく歓迎されていないだろうということだけは、さっきのご両親との短い会話のなかでも何となく伝わってきた。
「さっきはごめんな。親が失礼な態度をとって」
「ううん」
謝る慧くんに、わたしは首を横に振る。
「わたしこそ、上手く答えられなくてごめんね。時々、噛んじゃったし」
「依茉は、ありのまま正直にちゃんと答えてたじゃない」
慧くんが、わたしの頭をそっと撫でてくれる。
「でも……」
「依茉は、何も気にする必要なんてないから」
いつもと変わらない慧くんの笑顔に、わたしは泣きそうになる。
「さあ、お腹空いただろ? せっかくパーティーに来たんだから、食べよう」
赤いテーブルクロスのかかったテーブルには、ローストビーフをはじめ、豪華な料理が並ぶ。
どれも美味しそうだけど、なんだか食欲がわかないかも。
「はい、どうぞ」
慧くんが、小皿に料理をいくつか盛りつけてわたしに渡してくれる。
「ありがとう」
慧くんの優しさが嬉しくて、料理を口に運ぶけれど。あまり喉を通らなかった。
2日間の中間テストが終わった翌日。昼休みにいつものように、中庭で慧くんと並んでベンチに座り昼食を摂っていると、慧くんに突然予定を聞かれた。
「日曜日は、空いてるけど……どうしたの?」
「ああ……」
どうしたんだろう。慧くんの表情が、いつもよりも少し暗い気がする。
「いや、実は……日曜日に俺の実家でパーティーがあるんだけど、良かったら来てくれない? 両親が依茉に会いたいみたいで」
「ええっ!? 慧くんのご両親が、わたしと……うっ、ゴホッゴホッ」
びっくりしすぎて、食べていた卵焼きが喉に詰まりそうになった。
「依茉、大丈夫!?」
慧くんが、わたしの背中をポンポンと軽く叩いてくれる。
「うっ、うん。大丈夫だよ」
わたしは少し涙目になりながら、慧くんのほうを見つめる。
「大丈夫なら、良かった」
慧くんがわたしを見て、安心したように微笑む。
でも、慧くんのご両親に会うってことは……お父さんは、あの一堂グループの社長さん……なんだよね。
慧くんが中学の頃に付き合っていた彼女との交際を反対して別れさせたっていう、あの厳しいご両親。そう思うと、途端に緊張してきた。
「依茉、もしかして緊張してる?」
わたしは、慧くんに素直に頷く。
「大丈夫だよ。パーティーと言っても、ホームパーティーみたいなものだから。当日は、気軽な気持ちで参加してくれたら良いから」
「うっ、うん」
そっか。ホームパーティーなんだ。といっても、わたしたちが家でする誕生日パーティーとか、そういうものとはまた訳が違うんだろうなぁ。
「依茉」
慧くんに、名前を呼ばれたと思ったら。
わたしのこめかみに慧くんの大きな手が添えられ、わたしはそっと頭を彼の肩へとのせられた。
「け、慧くん!?」
わたしは、隣に座る慧くんの肩に寄りかかる体勢になり、慧くんがいつもつけているシトラスの香水の香りがふわりと鼻を掠める。
「依茉なら、大丈夫だよ。いつもみたいに笑っていれば、それで良い。だって依茉の陽だまりみたいな笑顔は、世界一可愛くて素敵だから」
慧くん……。
「大丈夫、大丈夫」
慧くんはそう言いながら、何度もポンポンと頭を優しく撫でてくれる。
慧くんの温かくて大きな手に頭を撫でられると、すごく安心する。
慧くんに大丈夫って言われたら、本当に大丈夫な気がしてきたよ。
そして、日曜日。一堂家のパーティー当日。
この日は朝から慧くんが執事の寺内さんと一緒に、家までリムジンで迎えに来てくれた。
わたしは慧くんが用意してくれたドレスに身を包み、慧くんの知り合いのヘアメイクさんに身なりを綺麗に整えてもらった。
「依茉、準備できた……?」
栗色のロングヘアをふんわりと巻いてもらい、ヒラヒラのレースがついた淡いピンクのドレス姿のわたしを見た慧くんが、目を大きく見開く。
「慧くん……?」
慧くん、わたしの姿を見た途端黙り込んでしまったけど。もしかしてこの格好、似合ってないのかな?
「依茉、やば……いい」
「え?」
「依茉、めちゃめちゃ可愛い」
口元を手の甲でおさえている慧くんの頬が、ほんのりと赤く染まっている。
「そのドレスも、依茉のために作られたんじゃないかってくらい本当によく似合ってる」
「あっ、ありがとう」
慧くんに褒めてもらえると、やっぱり嬉しい。
「けっ、慧くんも……すごくかっこいいよ」
「ほんと? 嬉しいなあ」
今日の慧くんはネイビーのスーツをビシッと着こなし、いつもはおろしている前髪をアップスタイルにセットしている。いつもよりも更に大人っぽくて、素敵だ。
「それじゃあ準備もできたし。そろそろ行こうか、依茉」
慧くんが差し出してくれた手に、自分の手を重ねる。
わたしは彼にエスコートしてもらいながらリムジンに乗り込み、慧くんの実家へと向かった。
しばらく車に揺られ、慧くんの実家の豪邸に到着すると、大きな部屋へと通された。
天井からつるされた、豪華なシャンデリア。
真っ白な壁には、洋風の絵画。
ドレスや高級スーツに身を包んだ紳士淑女たち。
「うわぁ、すごい……」
まるで外国のお城のパーティーを思わせるような煌びやかな光景に、わたしは目を輝かせる。
「あっ、あの人。テレビで見たことがある」
そこにはテレビで何度か見たことのある有名大企業の社長や、大御所俳優の姿もあった。
あんな凄い人たちが家のパーティーにやって来るなんて……さすが一堂グループ。
慧くんは小さな頃からずっとこんな世界にいるんだと、それを初めて目の当たりにしたわたしは身が縮こまってしまう。
庶民のわたしがここにいるのは、場違いじゃないだろうかという思いに駆られる。
「依茉」
慧くんが、わたしの肩を後ろからトントンと軽く叩く。
「大丈夫? 少し顔色が悪いよ?」
「ちょっと、緊張しちゃって」
「この前も言ったけど、笑って。それだけで、見た目の印象もけっこう変わるし。笑顔でいたほうが、自分の気持ちも上がるはずだから」
そうだ。笑顔……!
「依茉、いつも通りに。リラックスリラックス!」
慧くんに優しい笑みを向けられるとホッとして、わたしは自然と口角が上がる。
「うん。やっぱり依茉は、笑顔が一番だね。可愛い。あと、これ良かったら……」
慧くんが、オレンジジュースの入ったグラスを渡してくれる。
「ありがとう……美味しい」
わたしがオレンジジュースを、少しずつ口にしていると。
「慧さん」
40代から50代くらいの二人の男女が、慧くんの元へとやって来た。
黒のスーツ姿の厳格な雰囲気の男性は、顔立ちが慧くんにそっくりで。
少しウェーブがかったミディアムヘアの隣の女性も、女優顔負けのとても綺麗な人だ。
セレブなオーラが全身から漂うこの方たちは、もしかして……。
「依茉、紹介するよ。この二人が、俺の父と母」
やっぱり、慧くんのご両親……!!
「慧さん。この方が、この前話していた例の……?」
「ああ。父さん、母さん。この子が高校のクラスメイトで、俺の彼女の西森依茉さんだよ」
慧くんの言葉に、ご両親の顔が揃ってわたしへと向けられ、心臓がドキッと大きく跳ねる。
「はっ、は、初めまして! けっ、慧さんとお付き合いさせて頂いている……西森依茉です!」
わたしは、ご両親へと向かって深々と頭を下げる。
「へぇ。あなたが、慧さんの彼女……」
わたしが頭を上げると、慧くんのお母さんの見定めるようなあからさまな視線が刺さる。
「随分と可愛らしいお嬢さんだから、最初に見たときは小学生かと思っちゃったけど。慧さんのクラスメイトだったのね。ふふっ」
慧くんのお母さんは、わたしを見てクスクスと笑っている。
しょ、小学生って……いくら何でもひどくないですか?
わたしは身長155cmで、慧くんとは30cmほどの身長差があるし。童顔で、お子さま体型ってことも自覚しているけど……。
ショックで感情がつい顔に出そうになるが、なるべく笑顔でいようとわたしはお母さんにニコリと笑みを浮かべる。
「依茉さん……だったかな。君のお父さんは、どういったお仕事を?」
慧くんのお父さんに突然尋ねられ、わたしは肩が跳ねる。
「えっと……父は、サラリーマンだったのですが、わたしが中学1年の頃に病死しまして……。なので今は、看護師の母が病院で働いています」
お父さんの眉が、ピクリと動く。
「まあ! それじゃあ依茉さんのお家は、母子家庭なのね?」
「はい……」
「だから、依茉は家族のために毎日ご飯を作ってて。家事も頑張ってるんだよな。ほんと優しくて、良い子なんだ。俺の自慢の彼女だよ」
わたしのことをフォローしてくれた慧くんが、ご両親を真っ直ぐ見据える。
「自慢の彼女……」
終始厳しい表情のお父さんが、ポツリと呟く。
「ちなみにだけど、依茉さん。あなた、勉学や語学のほうは? 英語はできるの?」
「べ、勉強は人並みといいますか。英語は……どちらかというと苦手です」
先日の中間テストの英語の点数は、60点とあまり振るわなかった。
「そう、苦手なの」
「はい。だけど、英語もこれからは頑張りたいと思っています」
さっきから慧くんのお母さんにじっと見られるたびに、ドキドキして。心臓が痛い。
「なあ、母さんたち。今日はもうこれくらいで良いだろ。せっかくのパーティーなんだから」
「……そうだな。慧の言うとおりだ。依茉さん、今日はお会いできて良かったよ。母さん、行くぞ」
「はい。それじゃあ、依茉さん。パーティー、どうぞゆっくりと楽しんで行ってくださいね」
「どうもありがとうございます」
わたしはご両親に向かって、ペコッと頭を下げる。
「……はぁ。緊張した……」
慧くんのご両親が去った途端、一気に身体の力が抜け、わたしはフラフラとよろめいてしまう。
「ちょっ、依茉!?」
そんなわたしを、慧くんが後ろからしっかりと抱きとめてくれる。
「おい、依茉。大丈夫か!?」
「う、うん。なんとか大丈夫だけど……多分わたし、慧くんのご両親に釣り合ってないって思われたよね」
向こうのテーブルで初老男性と談笑するご両親は、先ほどわたしと話していたときとは違い、とても柔らかな表情だ。
相手が仕事関係者と初対面の息子の彼女とでは、態度が違うのも当然なのだろうけど。
お金持ちの家の子でもない自分は、おそらく歓迎されていないだろうということだけは、さっきのご両親との短い会話のなかでも何となく伝わってきた。
「さっきはごめんな。親が失礼な態度をとって」
「ううん」
謝る慧くんに、わたしは首を横に振る。
「わたしこそ、上手く答えられなくてごめんね。時々、噛んじゃったし」
「依茉は、ありのまま正直にちゃんと答えてたじゃない」
慧くんが、わたしの頭をそっと撫でてくれる。
「でも……」
「依茉は、何も気にする必要なんてないから」
いつもと変わらない慧くんの笑顔に、わたしは泣きそうになる。
「さあ、お腹空いただろ? せっかくパーティーに来たんだから、食べよう」
赤いテーブルクロスのかかったテーブルには、ローストビーフをはじめ、豪華な料理が並ぶ。
どれも美味しそうだけど、なんだか食欲がわかないかも。
「はい、どうぞ」
慧くんが、小皿に料理をいくつか盛りつけてわたしに渡してくれる。
「ありがとう」
慧くんの優しさが嬉しくて、料理を口に運ぶけれど。あまり喉を通らなかった。
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