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第2章
◇一堂くんとランチ②
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一堂くんに手を引かれながらやって来たのは、中庭だった。
中庭には大きな噴水があって、その周りを取り囲むように設置されている花壇には色とりどりの花が咲いている。
今日はいいお天気だからか、中庭のベンチはどこも人でいっぱいだ。
「あっ。あそこ、空いてる」
ひとつだけ誰も座っていないベンチがあったので、わたしは人が1人座れるスペースを空けて座る。
「依茉、なんでそんなに離れて座るの?」
「なんでも何も……」
単純に、一堂くんとあまり近づきたくないから。この前みたいに、またいきなりキスされたら嫌だし。
それに……。中庭にいる人たちが、さっきからチラチラとこっちを見てくるんだよね。
「1年生が慧くんと一緒にいる~」
「もしかして、新しい彼女かな?」
そんな声も聞こえてくる。
「ただでさえ、さっき一堂くんに教室でみんなの前で『付き合ってる』って言われて。教室から中庭までも手を繋いで歩いてきたから。これ以上、変な噂がたって欲しくなくて」
わたしはもう少し離れようと、反対側に腰をずらす。
「変な噂がたって欲しくないって……学校のみんなに、俺らが付き合ってるって思ってもらわなくちゃ意味ないだろ? でないと、依茉の男避けにならないじゃない」
そう言うと、一堂くんは距離をつめてくる。
「依茉、まさか怜央との約束忘れてないよね?」
「わ、忘れてないです……」
いつの間にか、空いていたはずのスペースはなくなっていて。わたしの真横に座る、一堂くん。
ちょっと。ちっ、近いよ、一堂くん……。
わたしはもうベンチの手すりギリギリまで来ちゃってるから、これ以上は動けない。
「依茉が覚えてるなら良かった。だったら怜央のためにも、学校ではちゃんと恋人として振る舞わなくちゃな。という訳で、これから1ヶ月間、毎日お昼は俺と一緒に食べるってことで」
「ええ!? まっ、毎日!?」
毎日だなんて、拷問だよぉ。
「でも、一堂くんには他にも彼女さんがいるから。毎日わたしと食べなくても……」
『慧くんを独占しないで』って、他の彼女に睨まれでもしたら嫌だし。
「複数いる彼女の中でも、そりゃあ普通は親友の妹を優先するでしょ? 俺、怜央との友情にヒビが入ったら嫌だし。約束した以上、依茉の男避けの役目はちゃんと果たさないと」
一堂くんが、そんなことを言うなんて。前に『彼女を3人掛け持ちしたことはないから、面白そう』とか言ってたから。ちょっと意外だな。
「まあ、『キスもハグも禁止』っていう約束は、守れる自信ないけどね」
──チュッ。
「なっ……!」
一堂くんの唇が、わたしの額に落ちた。
こっ、この人は、またすぐキスをしてー!
わたしは、たった今キスされた額を手で押さえる。
「一堂くん、ここ外なんだけど」
「前に言ったでしょ? キスもハグも、俺のしたいときにするって」
「そっ、そうだけど……」
男の人って、好きでもない人にこんなに何度もキスできるものなの? それとも、一堂くんがただのキス魔なだけ!?
「さあ、ご飯食べよっか。あー、腹減った」
一堂くんは、紙袋からメロンパンとサンドウィッチを取り出す。
あっ、あのメロンパンは、普通の高校生にはなかなか手が出せない1個800円する高級メロンパン……!
きちんと手を合わせて「いただきます」とつぶやくと、彼はメロンパンにかぶりついた。
「美味い! やっぱ腹が減ってるときの飯は、最高だな」
そりゃあ、美味しいだろうなぁ。彼を横目で見ながら、わたしはゴクリと唾を飲み込む。
一堂くんが食べ始めたので、わたしも自分のお弁当を広げる。
今日のお弁当は、鮭のふりかけがかかったご飯に、卵焼きとたこさんウィンナー。それに、ほうれん草の胡麻和えとミニトマトだ。
「いただきます」
わたしは、ご飯をパクッと口に含む。
うん。一堂くんが言ってたとおり、お腹が空いてるときのご飯は最高だな。
こんな日差しが暖かな、お天気の良い日に外でお弁当を食べて。ちょっとしたピクニック気分だ。
それからしばらくして、わたしがお弁当を食べ終える頃。
「あれ? ミニトマトだけ残して……もしかして、依茉ってトマト苦手?」
わたしの空になったお弁当箱に、ミニトマトだけがひとつ、ぽつんとあるのを見て一堂くんが聞いてくる。
「いや。トマトは好きだよ? わたし、好きなものは最後に食べる派なんだよね」
わたしはミニトマトを手で摘むと、口の中にポイッと入れる。
「んーっ、美味しい」
「えっ、うそ。好きなの!? なんだー。依茉もてっきり、俺と一緒でトマトが嫌いなのかと……」
そういえば一堂くん、サンドウィッチに挟んであったトマト、食べずに残していたな。
一堂くんのほうに目をやると、彼が食べていたサンドウィッチの包み紙には、トマト一切れだけが手つかずのまま。
「一堂くんって、トマト嫌いなの?」
「うん。俺、トマトってどうも苦手なんだよね」
苦笑いする一堂くん。
「どうして? 美味しいのに。残したら勿体ないよ」
「食べ物を粗末にしたら、ダメなのは分かってるんだけど。どうもトマトの食感とか味が、昔から苦手で……」
「そうなんだ。トマトが苦手だなんて。一堂くん、年上なのに子どもみたい。ふふっ」
これは、一堂くんの意外な弱点を発見しちゃったかも?
「ふふふっ」
「そ、そんなに笑うことないだろ?」
珍しく頬を赤らめている一堂くんが、何だか新鮮で。ちょっと可愛くて。思わず笑ってしまった。
「ねぇ、一堂くん。トマトってね、低カロリーで、ビタミンCとか色々な栄養成分が豊富な健康野菜なんだよ」
「そうなの?」
「うん。リコピンも豊富で、生活習慣病の予防にもなるし。体にすごく良いんだよ。だから、絶対に食べたほうが良い。食べないなんて勿体ないよ」
「……」
「わたしはトマトが大好きだから。毎日必ず食べてて。特にこれからの季節は、トマトの甘酢漬けが最高で……」
一堂くんの返事が全く聞こえなくなって、わたしはハッとする。
し、しまった。わたしったら、何をトマトについて語っているんだろう。
一堂くん、黙り込んじゃってるよ。
好きな食べ物の話をしていたら、つい周りが見えなくなってしまってた。
「ご、ごっ、ごめんなさい。苦手なものはどうしたって苦手なのに、わたしったら食べたほうがいいとか無神経なことを言ってしまって」
「……」
一堂くん、さっきから俯いたまま何も言わない。もしかして、怒った?
「依茉、まじでありえないんだけど……」
一堂くんのいつもよりも低い声に、わたしはビクビクしながら一堂くんのほうを見る。
「……ぷっ。トマトについて、そんなにも語るなんて。依茉、本当に女子高生かよ? キミみたいな子は、初めてだわ。ふはっ」
「……え」
おっ、怒ってないの?
一堂くんがお腹に手を当てて爆笑しているのを見て、わたしは拍子抜けする。
「やばい。そんなに力説されたら、久しぶりに食べてみたくなったわ。トマト」
すると一堂くんは、残してあったトマトを指でつまむと、何度か躊躇した後に口の中へと入れた。
うそ……!
「うわ……トマトなんて食ったの、小学生以来だけど。やっぱりこの味は、まだちょっと苦手だわ。ゴホッゴホッ」
トマトを飲み込んだあと、紙パックのカフェオレをごくごくと一気飲みする一堂くん。
彼の薄茶色の瞳が、ほんのりと涙目になっている。
「だっ、大丈夫!? 一堂くん」
まさか、トマトを食べるなんて思わなかった。
「ゴホッゴホッ……!」
「な、なんで食べたの!? むせるくらい苦手なら、無理して食べなくても良かったのに」
わたしは、咳き込む一堂くんの背中をさすってあげる。
「だって、依茉がトマト好きだって言うから」
「え?」
「依茉が、あんなに嬉しそうにトマトについて喋るから。残すなんて出来ないって思った。やっぱり、自分の彼女が好きな食べ物は好きになりたいじゃない?」
“ 彼女 ” って。わたしは彼女といっても、仮の彼女なのに……。
「ね。ちゃんと残さずにトマト食べたからさ。俺のこと、褒めてよ」
一堂くんが『撫でて』とでも言うように、ハチミツ色の髪をわたしのほうへと寄せてくる。
「褒めてって……子どもですか?」
「俺、16歳だから。まだ立派な子どもでーす」
「何それ。こんなときだけ子どもぶるなんて」
「間違ってないし。いいでしょ?」
わたしに甘えるような眼差しを向けてくる、一堂くん。
「もう、しょうがないなぁ……」
そんな目で見られたら、断るなんてできなくて。わたしは仕方なく、彼の頭をポンポンと撫でてあげた。
「一堂くん、エライエライ」
「依茉ちゃん、めっちゃ棒読み」
「文句言うなら、止めますが」
「えっ、そんなこと言うなって。もう少しだけ」
ため息をつくと、わたしは再び一堂くんの頭を優しく無でる。
彼の髪はふわふわしてて、まるで犬のトイプードルでも撫でているみたい。
「いやー。依茉ちゃんに頭撫でてもらえるなら、トマト食べて良かったな」
そう言う一堂くんは、ご満悦。
「俺、これからトマトを克服できるように頑張るからさ。もし苦手を克服できたときには、俺に何かご褒美をくれる?」
「え? ご褒美?! 何がいいの?」
「うーん、そうだなぁ。あっ! 依茉から俺にキス……とか? もちろん濃厚なやつね」
パチンとウィンクする一堂くん。
「キッ、キスって! だったら一堂くん、トマトなんて一生克服しなくて良いから」
「ええ。ひどいなぁ、依茉ちゃん~」
トマトが苦手だったり、褒めてって言ってきたり。
一堂くんはわたしよりも1歳年上のはずなのに、全然先輩らしくない。
「じゃあキスがダメなら、さっき言ってたトマトの甘酢漬けだっけ? それを作って欲しいな」
「え?」
「俺、食べたことないから。一度食べてみたくって。それって、どんな料理?」
「えっと。砂糖とお酢と塩を混ぜたものに、皮を剥いたトマトを漬けておくんだけど。甘酸っぱくて美味しいの」
「へぇ。知らなかったな。それじゃあ俺、まじで頑張るから。いつか本当に作ってくれよな」
いつか……。もしかしたらその頃には、今のこの仮のカップルの関係は終わっているのかもしれないけど。
「うん。いつかね」
なぜかこのときわたしは、一堂くんの喜ぶ顔が見たいと思ってしまった。
中庭には大きな噴水があって、その周りを取り囲むように設置されている花壇には色とりどりの花が咲いている。
今日はいいお天気だからか、中庭のベンチはどこも人でいっぱいだ。
「あっ。あそこ、空いてる」
ひとつだけ誰も座っていないベンチがあったので、わたしは人が1人座れるスペースを空けて座る。
「依茉、なんでそんなに離れて座るの?」
「なんでも何も……」
単純に、一堂くんとあまり近づきたくないから。この前みたいに、またいきなりキスされたら嫌だし。
それに……。中庭にいる人たちが、さっきからチラチラとこっちを見てくるんだよね。
「1年生が慧くんと一緒にいる~」
「もしかして、新しい彼女かな?」
そんな声も聞こえてくる。
「ただでさえ、さっき一堂くんに教室でみんなの前で『付き合ってる』って言われて。教室から中庭までも手を繋いで歩いてきたから。これ以上、変な噂がたって欲しくなくて」
わたしはもう少し離れようと、反対側に腰をずらす。
「変な噂がたって欲しくないって……学校のみんなに、俺らが付き合ってるって思ってもらわなくちゃ意味ないだろ? でないと、依茉の男避けにならないじゃない」
そう言うと、一堂くんは距離をつめてくる。
「依茉、まさか怜央との約束忘れてないよね?」
「わ、忘れてないです……」
いつの間にか、空いていたはずのスペースはなくなっていて。わたしの真横に座る、一堂くん。
ちょっと。ちっ、近いよ、一堂くん……。
わたしはもうベンチの手すりギリギリまで来ちゃってるから、これ以上は動けない。
「依茉が覚えてるなら良かった。だったら怜央のためにも、学校ではちゃんと恋人として振る舞わなくちゃな。という訳で、これから1ヶ月間、毎日お昼は俺と一緒に食べるってことで」
「ええ!? まっ、毎日!?」
毎日だなんて、拷問だよぉ。
「でも、一堂くんには他にも彼女さんがいるから。毎日わたしと食べなくても……」
『慧くんを独占しないで』って、他の彼女に睨まれでもしたら嫌だし。
「複数いる彼女の中でも、そりゃあ普通は親友の妹を優先するでしょ? 俺、怜央との友情にヒビが入ったら嫌だし。約束した以上、依茉の男避けの役目はちゃんと果たさないと」
一堂くんが、そんなことを言うなんて。前に『彼女を3人掛け持ちしたことはないから、面白そう』とか言ってたから。ちょっと意外だな。
「まあ、『キスもハグも禁止』っていう約束は、守れる自信ないけどね」
──チュッ。
「なっ……!」
一堂くんの唇が、わたしの額に落ちた。
こっ、この人は、またすぐキスをしてー!
わたしは、たった今キスされた額を手で押さえる。
「一堂くん、ここ外なんだけど」
「前に言ったでしょ? キスもハグも、俺のしたいときにするって」
「そっ、そうだけど……」
男の人って、好きでもない人にこんなに何度もキスできるものなの? それとも、一堂くんがただのキス魔なだけ!?
「さあ、ご飯食べよっか。あー、腹減った」
一堂くんは、紙袋からメロンパンとサンドウィッチを取り出す。
あっ、あのメロンパンは、普通の高校生にはなかなか手が出せない1個800円する高級メロンパン……!
きちんと手を合わせて「いただきます」とつぶやくと、彼はメロンパンにかぶりついた。
「美味い! やっぱ腹が減ってるときの飯は、最高だな」
そりゃあ、美味しいだろうなぁ。彼を横目で見ながら、わたしはゴクリと唾を飲み込む。
一堂くんが食べ始めたので、わたしも自分のお弁当を広げる。
今日のお弁当は、鮭のふりかけがかかったご飯に、卵焼きとたこさんウィンナー。それに、ほうれん草の胡麻和えとミニトマトだ。
「いただきます」
わたしは、ご飯をパクッと口に含む。
うん。一堂くんが言ってたとおり、お腹が空いてるときのご飯は最高だな。
こんな日差しが暖かな、お天気の良い日に外でお弁当を食べて。ちょっとしたピクニック気分だ。
それからしばらくして、わたしがお弁当を食べ終える頃。
「あれ? ミニトマトだけ残して……もしかして、依茉ってトマト苦手?」
わたしの空になったお弁当箱に、ミニトマトだけがひとつ、ぽつんとあるのを見て一堂くんが聞いてくる。
「いや。トマトは好きだよ? わたし、好きなものは最後に食べる派なんだよね」
わたしはミニトマトを手で摘むと、口の中にポイッと入れる。
「んーっ、美味しい」
「えっ、うそ。好きなの!? なんだー。依茉もてっきり、俺と一緒でトマトが嫌いなのかと……」
そういえば一堂くん、サンドウィッチに挟んであったトマト、食べずに残していたな。
一堂くんのほうに目をやると、彼が食べていたサンドウィッチの包み紙には、トマト一切れだけが手つかずのまま。
「一堂くんって、トマト嫌いなの?」
「うん。俺、トマトってどうも苦手なんだよね」
苦笑いする一堂くん。
「どうして? 美味しいのに。残したら勿体ないよ」
「食べ物を粗末にしたら、ダメなのは分かってるんだけど。どうもトマトの食感とか味が、昔から苦手で……」
「そうなんだ。トマトが苦手だなんて。一堂くん、年上なのに子どもみたい。ふふっ」
これは、一堂くんの意外な弱点を発見しちゃったかも?
「ふふふっ」
「そ、そんなに笑うことないだろ?」
珍しく頬を赤らめている一堂くんが、何だか新鮮で。ちょっと可愛くて。思わず笑ってしまった。
「ねぇ、一堂くん。トマトってね、低カロリーで、ビタミンCとか色々な栄養成分が豊富な健康野菜なんだよ」
「そうなの?」
「うん。リコピンも豊富で、生活習慣病の予防にもなるし。体にすごく良いんだよ。だから、絶対に食べたほうが良い。食べないなんて勿体ないよ」
「……」
「わたしはトマトが大好きだから。毎日必ず食べてて。特にこれからの季節は、トマトの甘酢漬けが最高で……」
一堂くんの返事が全く聞こえなくなって、わたしはハッとする。
し、しまった。わたしったら、何をトマトについて語っているんだろう。
一堂くん、黙り込んじゃってるよ。
好きな食べ物の話をしていたら、つい周りが見えなくなってしまってた。
「ご、ごっ、ごめんなさい。苦手なものはどうしたって苦手なのに、わたしったら食べたほうがいいとか無神経なことを言ってしまって」
「……」
一堂くん、さっきから俯いたまま何も言わない。もしかして、怒った?
「依茉、まじでありえないんだけど……」
一堂くんのいつもよりも低い声に、わたしはビクビクしながら一堂くんのほうを見る。
「……ぷっ。トマトについて、そんなにも語るなんて。依茉、本当に女子高生かよ? キミみたいな子は、初めてだわ。ふはっ」
「……え」
おっ、怒ってないの?
一堂くんがお腹に手を当てて爆笑しているのを見て、わたしは拍子抜けする。
「やばい。そんなに力説されたら、久しぶりに食べてみたくなったわ。トマト」
すると一堂くんは、残してあったトマトを指でつまむと、何度か躊躇した後に口の中へと入れた。
うそ……!
「うわ……トマトなんて食ったの、小学生以来だけど。やっぱりこの味は、まだちょっと苦手だわ。ゴホッゴホッ」
トマトを飲み込んだあと、紙パックのカフェオレをごくごくと一気飲みする一堂くん。
彼の薄茶色の瞳が、ほんのりと涙目になっている。
「だっ、大丈夫!? 一堂くん」
まさか、トマトを食べるなんて思わなかった。
「ゴホッゴホッ……!」
「な、なんで食べたの!? むせるくらい苦手なら、無理して食べなくても良かったのに」
わたしは、咳き込む一堂くんの背中をさすってあげる。
「だって、依茉がトマト好きだって言うから」
「え?」
「依茉が、あんなに嬉しそうにトマトについて喋るから。残すなんて出来ないって思った。やっぱり、自分の彼女が好きな食べ物は好きになりたいじゃない?」
“ 彼女 ” って。わたしは彼女といっても、仮の彼女なのに……。
「ね。ちゃんと残さずにトマト食べたからさ。俺のこと、褒めてよ」
一堂くんが『撫でて』とでも言うように、ハチミツ色の髪をわたしのほうへと寄せてくる。
「褒めてって……子どもですか?」
「俺、16歳だから。まだ立派な子どもでーす」
「何それ。こんなときだけ子どもぶるなんて」
「間違ってないし。いいでしょ?」
わたしに甘えるような眼差しを向けてくる、一堂くん。
「もう、しょうがないなぁ……」
そんな目で見られたら、断るなんてできなくて。わたしは仕方なく、彼の頭をポンポンと撫でてあげた。
「一堂くん、エライエライ」
「依茉ちゃん、めっちゃ棒読み」
「文句言うなら、止めますが」
「えっ、そんなこと言うなって。もう少しだけ」
ため息をつくと、わたしは再び一堂くんの頭を優しく無でる。
彼の髪はふわふわしてて、まるで犬のトイプードルでも撫でているみたい。
「いやー。依茉ちゃんに頭撫でてもらえるなら、トマト食べて良かったな」
そう言う一堂くんは、ご満悦。
「俺、これからトマトを克服できるように頑張るからさ。もし苦手を克服できたときには、俺に何かご褒美をくれる?」
「え? ご褒美?! 何がいいの?」
「うーん、そうだなぁ。あっ! 依茉から俺にキス……とか? もちろん濃厚なやつね」
パチンとウィンクする一堂くん。
「キッ、キスって! だったら一堂くん、トマトなんて一生克服しなくて良いから」
「ええ。ひどいなぁ、依茉ちゃん~」
トマトが苦手だったり、褒めてって言ってきたり。
一堂くんはわたしよりも1歳年上のはずなのに、全然先輩らしくない。
「じゃあキスがダメなら、さっき言ってたトマトの甘酢漬けだっけ? それを作って欲しいな」
「え?」
「俺、食べたことないから。一度食べてみたくって。それって、どんな料理?」
「えっと。砂糖とお酢と塩を混ぜたものに、皮を剥いたトマトを漬けておくんだけど。甘酸っぱくて美味しいの」
「へぇ。知らなかったな。それじゃあ俺、まじで頑張るから。いつか本当に作ってくれよな」
いつか……。もしかしたらその頃には、今のこの仮のカップルの関係は終わっているのかもしれないけど。
「うん。いつかね」
なぜかこのときわたしは、一堂くんの喜ぶ顔が見たいと思ってしまった。
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