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第4章
真実〜彗side〜②
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俺は、電話の相手との待ち合わせ場所である体育館裏にやって来た。
「あっ、彗! 急に呼び出したりして。話って何?」
壁に背をつけて待っていた蓮が、俺を見た途端、不機嫌そうな顔で尋ねてくる。
「僕、自主練の途中だったんだけど?」
バスケ部の蓮は、今もまだ体操服姿だ。
「悪いな。蓮に話があって……」
俺がさっき電話をした相手は、いとこで友人の蓮だ。
「実は……菜乃花の髪飾りがなくなってさ」
「えっ!?」
俺の言葉に、目を丸くする蓮。
「それって、彗があの子のために買って、プレゼントしたって話してたやつだよね? 見つかったの?」
俺は、首を横にふる。
蓮に、こんなことを聞くのは勇気がいるけど……。
俺は深呼吸すると、心配そうな表情の蓮を真っ直ぐ見つめた。
「単刀直入に言う。蓮、お前が伊集院に……菜乃花の髪飾りを盗るように言ったんだろ?」
自分の声が震えそうになるのを、必死に堪える。
「……は? 彗ったら、いきなり何を言い出すんだよ」
蓮が眉をひそめる。
「さっき、クラスメイトの伊集院から聞いたんだ」
「ちょっと待ってよ。普段から菜乃花ちゃんと仲良くしている僕が、そんなことをする訳ないじゃない。その伊集院さんって子が、嘘でもついてるんじゃないの?」
そうだよな。俺も最初は、信じられなかったけど。
「ここに来る途中、蓮がそこのプールの建物の近くで、伊集院から菜乃花の髪飾りを受け取るところを見たって、水泳部の人からも聞いたんだよ」
「そんな……ひどいよ、彗」
蓮の声が、少し悲しそうに落ちる。
俺だって本当は、こんなことを言いたくはない。自分の身内を……蓮を、疑いたくなんてないんだ。
「まさか彗が、そんな人だとは思わなかったよ。いとこのことを……ううん。実の弟である僕のことを疑うなんて」
「っ!」
そうだ。蓮は、戸籍上は俺のいとこだけど。本当は……血の繋がった俺の双子の弟だ。
弟の蓮は生まれてすぐ、子宝に恵まれなかった俺たちの母の実家である速水家に……。母の兄夫婦の元に、養子に出されたんだ。
「うう。ひどいよ、彗……っ」
目元に手を当て、声を震わせる蓮。
「……泣き真似をしたって、俺には通用しないから。いい加減、観念しろよ蓮」
「くっ」
「目撃者も何人かいるし、俺は伊集院本人からも全部聞いたんだよ。蓮に頼まれてやったって」
「……チッ。あの女……」
冷たい声音に、冷めた視線。忌々しそうに舌打ちをする蓮は、いつもの可愛らしさの欠片もない。
「ああ、そうだよ。僕が伊集院さんに頼んだんだ。そして、彼女に盗ってもらった髪飾りを、学校のプールに投げ捨てた」
投げ捨てたって……。
︎︎︎︎︎︎
ふつふつと、言いようのない怒りが込み上げてくる。
「どうしてだよ? なんでお前がそんなひどいことを……。蓮も菜乃花のことを、良い子だなって思ってたんじゃなかったのかよ?!」
──『菜乃花ちゃん、僕と一緒に走って!』
体育祭の借り物競争のとき、蓮は一番に菜乃花を指名したり。彼女に優しく接したり。
少なくとも俺には、蓮が菜乃花に好意を抱いているように見えた。
それなのに……。
「……」
「おい、蓮。黙ってないで何とか言えよ!」
怒りのあまり、俺は蓮の胸ぐらを掴んだ。
「ははっ、良い子か。確かに、そんなふうに思っていたときもあったけど……」
蓮は、何がおかしいのか、空虚な笑い声を響かせた。その笑い声がやんだ後、彼は俺をきつく睨みつける。
「あの子は……羽生菜乃花は、悪魔じゃないか」
蓮の言葉に、俺は言葉を失った。
「悪魔?」
自分の耳を疑うように、聞き返す。
「ああ、そうだよ。羽生さんは、葵兄ちゃんの命を奪った、悪魔なんだよっ!」
「菜乃花が兄貴の命を奪ったって、何だよそれ」
意味が分からない。
「彗の彼女がどんな子なのか気になって、僕の執事に羽生さんのことを調べさせたんだよ。そうしたら羽生さんが昔、川で溺れたって知って」
嫌な予感に、心臓がバクバクと音を立てはじめる。
「あの子が溺れた川は、葵兄ちゃんがよく絵を描きに行っていた川で。そこで溺れた羽生さんを、葵兄ちゃんが助けたって……。そのせいで、兄ちゃんは持病が悪化して死んだんだ!」
「っ……」
初めて知る事実に、俺は鈍器で殴られたような衝撃を覚え、声を失った。
そして、蓮の胸ぐらを掴んでいた手を力なく離し、ふらふらと後ずさる。
「あのとき羽生さんが溺れていなければ、葵兄ちゃんが川に入ることもなかった。兄ちゃんは、今も生きていたかもしれないのに!」
蓮の怒鳴り声が、右から左へと流れていく。
そういえば前に一度、菜乃花が俺に話してくれたことがあった。
小学2年生の夏に、川で溺れたこと。
そのとき溺れた菜乃花を助けてくれた中学生の男の子が、亡くなってしまったこと。
川で溺れて以来、水が怖くて海やプールに入れずにいることを。
「……っ」
そうか。あのときの話の中学生は……兄貴のことだったのか。
まさか兄貴と菜乃花が昔、知り合っていたなんて……ようやく点と点が繋がった。
「兄ちゃんを死に追いやった子が、彗の彼女だなんてありえない。だから僕は、そんな子と付き合ってる彗が許せなくて……!」
鼻息荒く、拳を握りしめる蓮。
「それで、校舎から俺の頭上を目がけて花瓶を落としたのか?」
「いや。あのときは彗じゃなく、本当は羽生さんを狙った。彼女がケガでもして、今度の三池財閥のパーティーに出席できなくなれば良いと思ったんだ」
そういうことだったのか。まったく、なんて弟だ。
真実を知った俺は、何とも言えない複雑な気持ちになる。
6年前の、あの夏の日。兄貴が全身びしょ濡れで家に帰ってきて。
俺がどうしたのか聞いたら、川に入ったって言ってた。
なぜなのか理由は話してくれなかったけど、程なくして兄貴の容態が急変して……。
俺は、拳をきつく握りしめる。
生まれつき心臓の悪かった兄貴が、どうして入るのを禁じられていた川に入ったのか、ずっと疑問だったけど。
あのとき兄貴は、川で溺れた菜乃花を助けたんだな。
「兄ちゃん……」
俺の口から、兄貴を呼ぶ声が漏れた。
「だから、あの髪飾りも……水が苦手な羽生さんが困れば良いと思って、学校のプールに……」
そうだ。髪飾り……!
蓮の言葉に、俺は慌ててその場から駆け出す。
走っていると、灰色の空からはポツポツと雨が降り出してきた。
雨粒が頬に当たってくるけど、俺は構わず走り続ける。
屋外プールのある建物の階段を駆けのぼり、扉を勢いよく開けて中に入った次の瞬間──。
「!」
目の前に飛び込んできた光景に、俺は息が止まりそうになった。
菜乃花が、プールで溺れていたから。
「菜乃花……!」
俺は、プールサイドへと慌てて駆け寄る。
どうしよう、俺のせいだ……。
全身から、サッと血の気が引いていく。
元はと言えば、俺が菜乃花に彼女役を頼んだせいで、蓮が菜乃花に興味をもったんだ。
俺が菜乃花と、ボディーガード兼カノジョの契約を結んだりしなければ、蓮が菜乃花について調べることもなかっただろうし。
俺たち兄弟が、兄貴と菜乃花の繋がりを知ることもなかったのかもしれない。
何より、菜乃花が危険な目に遭ったり、プールで溺れることもなかったはずだ。
「……ッ」
俺は、唇を震わせる。
「だ、誰か……っぷ」
ふいに溺れる菜乃花の声がして、俺はハッとする。
ダメだ。今は、悔いている場合じゃない。
「待ってろ、菜乃花!」
──バシャーン!!
俺は靴を脱ぐと、菜乃花を助けるため制服のままプールへと飛び込んだのだった。
「あっ、彗! 急に呼び出したりして。話って何?」
壁に背をつけて待っていた蓮が、俺を見た途端、不機嫌そうな顔で尋ねてくる。
「僕、自主練の途中だったんだけど?」
バスケ部の蓮は、今もまだ体操服姿だ。
「悪いな。蓮に話があって……」
俺がさっき電話をした相手は、いとこで友人の蓮だ。
「実は……菜乃花の髪飾りがなくなってさ」
「えっ!?」
俺の言葉に、目を丸くする蓮。
「それって、彗があの子のために買って、プレゼントしたって話してたやつだよね? 見つかったの?」
俺は、首を横にふる。
蓮に、こんなことを聞くのは勇気がいるけど……。
俺は深呼吸すると、心配そうな表情の蓮を真っ直ぐ見つめた。
「単刀直入に言う。蓮、お前が伊集院に……菜乃花の髪飾りを盗るように言ったんだろ?」
自分の声が震えそうになるのを、必死に堪える。
「……は? 彗ったら、いきなり何を言い出すんだよ」
蓮が眉をひそめる。
「さっき、クラスメイトの伊集院から聞いたんだ」
「ちょっと待ってよ。普段から菜乃花ちゃんと仲良くしている僕が、そんなことをする訳ないじゃない。その伊集院さんって子が、嘘でもついてるんじゃないの?」
そうだよな。俺も最初は、信じられなかったけど。
「ここに来る途中、蓮がそこのプールの建物の近くで、伊集院から菜乃花の髪飾りを受け取るところを見たって、水泳部の人からも聞いたんだよ」
「そんな……ひどいよ、彗」
蓮の声が、少し悲しそうに落ちる。
俺だって本当は、こんなことを言いたくはない。自分の身内を……蓮を、疑いたくなんてないんだ。
「まさか彗が、そんな人だとは思わなかったよ。いとこのことを……ううん。実の弟である僕のことを疑うなんて」
「っ!」
そうだ。蓮は、戸籍上は俺のいとこだけど。本当は……血の繋がった俺の双子の弟だ。
弟の蓮は生まれてすぐ、子宝に恵まれなかった俺たちの母の実家である速水家に……。母の兄夫婦の元に、養子に出されたんだ。
「うう。ひどいよ、彗……っ」
目元に手を当て、声を震わせる蓮。
「……泣き真似をしたって、俺には通用しないから。いい加減、観念しろよ蓮」
「くっ」
「目撃者も何人かいるし、俺は伊集院本人からも全部聞いたんだよ。蓮に頼まれてやったって」
「……チッ。あの女……」
冷たい声音に、冷めた視線。忌々しそうに舌打ちをする蓮は、いつもの可愛らしさの欠片もない。
「ああ、そうだよ。僕が伊集院さんに頼んだんだ。そして、彼女に盗ってもらった髪飾りを、学校のプールに投げ捨てた」
投げ捨てたって……。
︎︎︎︎︎︎
ふつふつと、言いようのない怒りが込み上げてくる。
「どうしてだよ? なんでお前がそんなひどいことを……。蓮も菜乃花のことを、良い子だなって思ってたんじゃなかったのかよ?!」
──『菜乃花ちゃん、僕と一緒に走って!』
体育祭の借り物競争のとき、蓮は一番に菜乃花を指名したり。彼女に優しく接したり。
少なくとも俺には、蓮が菜乃花に好意を抱いているように見えた。
それなのに……。
「……」
「おい、蓮。黙ってないで何とか言えよ!」
怒りのあまり、俺は蓮の胸ぐらを掴んだ。
「ははっ、良い子か。確かに、そんなふうに思っていたときもあったけど……」
蓮は、何がおかしいのか、空虚な笑い声を響かせた。その笑い声がやんだ後、彼は俺をきつく睨みつける。
「あの子は……羽生菜乃花は、悪魔じゃないか」
蓮の言葉に、俺は言葉を失った。
「悪魔?」
自分の耳を疑うように、聞き返す。
「ああ、そうだよ。羽生さんは、葵兄ちゃんの命を奪った、悪魔なんだよっ!」
「菜乃花が兄貴の命を奪ったって、何だよそれ」
意味が分からない。
「彗の彼女がどんな子なのか気になって、僕の執事に羽生さんのことを調べさせたんだよ。そうしたら羽生さんが昔、川で溺れたって知って」
嫌な予感に、心臓がバクバクと音を立てはじめる。
「あの子が溺れた川は、葵兄ちゃんがよく絵を描きに行っていた川で。そこで溺れた羽生さんを、葵兄ちゃんが助けたって……。そのせいで、兄ちゃんは持病が悪化して死んだんだ!」
「っ……」
初めて知る事実に、俺は鈍器で殴られたような衝撃を覚え、声を失った。
そして、蓮の胸ぐらを掴んでいた手を力なく離し、ふらふらと後ずさる。
「あのとき羽生さんが溺れていなければ、葵兄ちゃんが川に入ることもなかった。兄ちゃんは、今も生きていたかもしれないのに!」
蓮の怒鳴り声が、右から左へと流れていく。
そういえば前に一度、菜乃花が俺に話してくれたことがあった。
小学2年生の夏に、川で溺れたこと。
そのとき溺れた菜乃花を助けてくれた中学生の男の子が、亡くなってしまったこと。
川で溺れて以来、水が怖くて海やプールに入れずにいることを。
「……っ」
そうか。あのときの話の中学生は……兄貴のことだったのか。
まさか兄貴と菜乃花が昔、知り合っていたなんて……ようやく点と点が繋がった。
「兄ちゃんを死に追いやった子が、彗の彼女だなんてありえない。だから僕は、そんな子と付き合ってる彗が許せなくて……!」
鼻息荒く、拳を握りしめる蓮。
「それで、校舎から俺の頭上を目がけて花瓶を落としたのか?」
「いや。あのときは彗じゃなく、本当は羽生さんを狙った。彼女がケガでもして、今度の三池財閥のパーティーに出席できなくなれば良いと思ったんだ」
そういうことだったのか。まったく、なんて弟だ。
真実を知った俺は、何とも言えない複雑な気持ちになる。
6年前の、あの夏の日。兄貴が全身びしょ濡れで家に帰ってきて。
俺がどうしたのか聞いたら、川に入ったって言ってた。
なぜなのか理由は話してくれなかったけど、程なくして兄貴の容態が急変して……。
俺は、拳をきつく握りしめる。
生まれつき心臓の悪かった兄貴が、どうして入るのを禁じられていた川に入ったのか、ずっと疑問だったけど。
あのとき兄貴は、川で溺れた菜乃花を助けたんだな。
「兄ちゃん……」
俺の口から、兄貴を呼ぶ声が漏れた。
「だから、あの髪飾りも……水が苦手な羽生さんが困れば良いと思って、学校のプールに……」
そうだ。髪飾り……!
蓮の言葉に、俺は慌ててその場から駆け出す。
走っていると、灰色の空からはポツポツと雨が降り出してきた。
雨粒が頬に当たってくるけど、俺は構わず走り続ける。
屋外プールのある建物の階段を駆けのぼり、扉を勢いよく開けて中に入った次の瞬間──。
「!」
目の前に飛び込んできた光景に、俺は息が止まりそうになった。
菜乃花が、プールで溺れていたから。
「菜乃花……!」
俺は、プールサイドへと慌てて駆け寄る。
どうしよう、俺のせいだ……。
全身から、サッと血の気が引いていく。
元はと言えば、俺が菜乃花に彼女役を頼んだせいで、蓮が菜乃花に興味をもったんだ。
俺が菜乃花と、ボディーガード兼カノジョの契約を結んだりしなければ、蓮が菜乃花について調べることもなかっただろうし。
俺たち兄弟が、兄貴と菜乃花の繋がりを知ることもなかったのかもしれない。
何より、菜乃花が危険な目に遭ったり、プールで溺れることもなかったはずだ。
「……ッ」
俺は、唇を震わせる。
「だ、誰か……っぷ」
ふいに溺れる菜乃花の声がして、俺はハッとする。
ダメだ。今は、悔いている場合じゃない。
「待ってろ、菜乃花!」
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