隠れ御曹司は、最強女子を溺愛したい

藤永ゆいか

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第5章

契約終了

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目を開けると、視界いっぱいに真っ白な天井が広がっていた。
消毒液のにおいが鼻をくすぐる。

ここは……。

何だか、頭が少し重くて痛い。

「あっ。気がついた?」

耳元で聞こえた優しい声に顔を向けると、養護教諭の女性の先生が微笑んでいた。

「えっと、私……」
「羽生さん、さっきプールで溺れたのよ」

その言葉で、途切れていた記憶が蘇る。

そうだ。私、髪飾りを取ろうとしてプールに入って、足をつって……。

「溺れていたあなたを、宇山くんが……じゃなくて。三池くんが助けて、ここまで運んできてくれたの」

彗くんが?

「羽生さん、体の調子はどう? 溺れたときに水を飲んでしまったみたいだけど、呼吸は苦しくない?」
「あっ、はい。少し頭痛がするだけで、あとは大丈夫です」

まだ少し頭がボーッとするなか、私はベッドから上半身を起こした。

うん。身体はいつも通り動くし、水中でつった足も平気だ。

「良かった。それじゃあ私、羽生さんの親御さんに連絡してくるわね」

そう言うと、先生は保健室から出て行った。

──ガラガラ。

「菜乃花」

先生と入れ替わるようにして保健室の扉が開き、彗くんが入ってきた。

「彗くん!」
「菜乃花、起きてて大丈夫なのか?」

彗くんが心配そうな顔で、ベッドのそばの丸椅子に腰をおろす。

「うん。いつも通りだよ」
「そっか。良かった……」

私が微笑んでみせると、暗かった彗くんの表情がほんの少し明るくなった。

「そういえば、彗くんが私のことを助けてくれたんだよね? ありがとう」
「いや……。つーか、菜乃花。水が苦手だって言ってたのに、どうしてプールに入るなんて無茶したんだよ? 溺れて……下手したら、死んでたかもしれないんだぞ!?」
「っ!」

珍しく彗くんの語気が強くて、肩がビクッと跳ねた。

「ごっ、ごめん。水は怖かったけど、プールに浮いていた髪飾りを、どうしても取りに行きたくて」

枕元に置かれていた黄色い花の髪飾りを、私は手に取る。

少し汚れてしまってるけど、髪飾りは無事だ。


「髪飾りなんて、またいくらでも買ってプレゼントするのに」 
「他のじゃダメなの。私は、この髪飾りが良かったの」
「え?」
「この髪飾りは、彗くんが私にくれた、初めての宝物だから」

私は髪飾りを胸の前でぎゅっと抱きしめ、彗くんの目を見つめた。

「だから、これがなくなったら、彗くんと出会ってからの、嬉しかった思い出まで全部消えてしまうみたいで……嫌だったの」
「菜乃花……」

私の言葉に、彗くんはそれ以上何も言わず、ただじっと私のことを見つめていた。

その瞳の奥には、申し訳なさそうな色と、何かを堪えているような光が宿っているように見えた。

「だからって、無茶なことをして彗くんに迷惑をかけて……本当にごめんなさい」
「いや、俺のほうこそごめん。そもそも俺が菜乃花に、強く言える立場じゃないのにな」

彗くんが、私から視線をそらす。

あれ。彗くん、どうしたんだろう?
何だか様子が変というか。いつもよりも元気がないような?

「あのさ、菜乃花……髪飾りのことなんだけど、ごめん」

彗くんが、私に向かってガバッと頭を下げた。
どうして彗くんが……?

「なんで彗くんが謝るの? 彗くんは何も悪くないでしょ?」

困惑しながらも、私は尋ねる。すると彗くんは、沈んだ声で言った。

「実は……菜乃花の髪飾りを伊集院に盗ませたのは、蓮なんだよ」
「……え?」

彗くんの言葉が、耳の中でぐるぐると反響する。

“蓮”? そんな、まさか……。

「う、うそだよね?」

私は、震える声でそう尋ねるのが精一杯だった。

彗くんは、首を左右に振る。

「うそじゃない。伊集院から髪飾りを受け取った蓮が、それを学校のプールに捨てたんだ。俺たちが中庭を歩いていたとき、校舎から花瓶を落としたのも……蓮だ」
「そんな……」

彗くんの言葉に、頭の後ろをハンマーで殴られたような心地がした。

クラスメイトの堀田さんから、伊集院さんが誰かに髪飾りを渡すところを見たって聞いていたけれど。
まさか、その相手が蓮くんだったなんて。

「……っ」

予想外の黒幕の正体に、私は言葉が続かずに固まってしまう。

「でも、どうして? どうして、蓮くんが……」

頭に浮かぶのは、蓮くんの人懐っこい笑顔。

先生から、重たい資料を運ぶよう頼まれた私に『僕も手伝うよ』と優しく声をかけてくれた、蓮くんの姿。

「やっぱり、何かの間違いなんじゃ……」
「間違いなんかじゃないよ。蓮はいとこじゃなく、本当は俺の双子の弟だから」
「えっ、蓮くんが彗くんの……弟!?」

彗くんの口から次々と明かされる衝撃の事実に、頭がついていかない。


「蓮は戸籍上はいとこだけど、本当は俺の双子の弟なんだよ。蓮は生まれてすぐ、母の実家に養子に出されたんだ」
「そっ、そんな……」

まさか蓮くんと彗くんが、双子の兄弟だったなんて。

私の手から、髪飾りがぽとりと床に落ちる。

「それで蓮は亡くなった兄貴のことで、菜乃花を恨んで……菜乃花にあんなことをしてしまったと、白状したよ」

ショックで、彗くんの話が全く頭に入ってこない。

床に落ちた髪飾りを拾わなきゃって思うのに、それを拾う気にすらなれない。

「ごめんな、菜乃花」

彗くんが床に落ちたままの髪飾りを拾い、汚れを落とすように一撫でしてから渡してくれた。

「明後日の、うちのパーティーのことだけど。こういうことがあったあとだから、菜乃花は欠席ってことにしようか」


そうだ。彗くんに頼まれていた三池財閥のパーティーが、もう明後日に迫ってるんだ。

私は、首を慌てて横にふる。

「ううん。予定通り、パーティーには出席させて欲しい」

だって、彗くんと約束したから。

「でも、無理しなくても……」
「ううん。私が出たいの。彗くんの……彼女として」

真っ直ぐ彗くんの顔を見て、私は言い切った。

「ありがとう、助かるよ。でも……菜乃花が俺の彼女役としてパーティーに出るのは、明後日で最後で良いから」

……え?

突然の予告に、心臓がドクンと音を立てた。

「明後日で、最後?」
「ああ」
「どっ、どうして?!」

彗くんに尋ねる声が、震えてしまう。

いつか終わりが来ることは、最初から分かっていたけれど。

「明後日が最後だなんて、どうして急に?」
「蓮のせいで……いや。元はと言えば俺のせいで、菜乃花がひどい目に遭ったんだ。それに、蓮から全部聞いた。6年前、兄貴が川で助けた女の子が菜乃花だってことを」
「あっ」

そうだった。さっき彗くんが、蓮くんは亡くなったお兄さんのことで私を恨んで、あんなことをしたって話していたから。

「……っ」

昔のことを隠すつもりは、なかったけれど。彗くんに、全部知られてしまったんだ。

「だから、俺のボディーガードも明後日で終わりにして欲しい」

彼の言葉が、深く胸に刺さった。


そりゃあ、そうだよね。大切なお兄さんが、私を助けたことで亡くなったのだと知ったら……私のことはもう、そばに置いておけないよね。

目には、じわじわと涙があふれてくる。

できることならもう少し、彗くんのそばにいたかった。

彼のボディーガードとして、彗くんのことを守りたかった。

お兄さんとのことがあるから、彼に想いは伝えられなくても、せめて好きな人のそばにいたかった。

だけど、私にこんなことを思う資格なんてない。

もちろん、彗くんからの申し出を拒否することも。だから……

「分かった。お兄さんのこと、本当にごめんなさい」

私はただ、そう言うことしかできなかった。
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