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第二章
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それにしてもいきなり公園に来て欲しいだなんて、こうちゃんどうしたんだろう。
もしかして、急にブランコにでも乗りたくなった?
いい大人が一人でブランコに乗るのは恥ずかしくて、それで私にも付き合って欲しいとか……って。さすがに、そんな訳ないか。
色々と考えながら少し早足で歩いていると、近所の公園に到着。こうちゃんは、公園のベンチで座って待っていた。
「こうちゃん。ごめん、待った?」
「環奈。来てくれてありがとう」
私を見て、ホッとした表情を浮かべるこうちゃん。
「どうしたんだよ、環奈。そんな公園の入口で突っ立って」
「だって、こうちゃんには絵里さんが……」
彼には絵里さんという人がいるのに、二人きりで会うのはやっぱりなんだか悪い気がして。私は、公園の入口で足が止まってしまったのだ。
「そっか。ごめんな、気にさせちゃって。絵里には、今日俺が環奈と会うってちゃんと話して来た。幼なじみとの十年前の約束を果たしたいって話したら、絵里も分かってくれたから」
十年前の、約束?
「だから、大丈夫だよ」
そう言って微笑むこうちゃんの手には、シャベルが握られている。
「え、シャベル?」
訳が分からず、つい首を傾けてしまう私。
「ああ。環奈、もしかして覚えてない? 十年前、俺らがこの公園の桜の木の下にタイムカプセルを埋めたこと」
「タイムカプセル……あっ」
そうだ。今まで忘れていたけれど、こうちゃんに言われて思い出した。
今から十年前。私が小学校二年生で、こうちゃんが中学一年生だったとき。
当時人気だったテレビドラマで高校生の幼なじみの男女が、昔一緒に埋めたタイムカプセルを二人で掘り起こすという話をやっていて。
それを見た私は自分もやりたいと、こうちゃんに言ったんだ。
こうちゃんは嫌な顔一つせず、『俺らもやろうか』と優しく笑って私に付き合ってくれて。
確か、クッキーの缶箱に十年後のこうちゃんへと向けて書いた手紙と一緒に当時の自分の宝物か何かを入れて、この桜の木の下に埋めた。
『環奈。十年後の今日。必ず二人でここに来て、一緒にタイムカプセルを掘り起こそう』
『うん。約束ね!』
そうしてこうちゃんと私は、公園の桜の木の下で指切りげんまんをした。
でも、まさかこうちゃんが十年前の約束を今日までちゃんと覚えてくれていたなんて。それなのに、私は……。
「……はい。環奈」
こうちゃんが、私の分のシャベルを渡してくれる。
「ごめんね、こうちゃん。元はと言えば、タイムカプセルは私が言い出したことなのに。今日まで忘れていたなんて」
「まあ、あのときの環奈はまだ八歳だったし。仕方ないよ」
こうちゃんの大きな右手が、私の左肩にポンとのせられる。
「何より環奈は、今日こうしてちゃんとここへ来てくれたんだから。それでいいじゃないか」
こうちゃん……。
「さあ。日が暮れる前に早く掘り起こそう」
「うん」
私とこうちゃんは桜の木の下にしゃがみこみ、シャベルを使って掘り始める。
十年前にクッキーの缶箱を埋めたのは、桜の木のあの一番長い枝の下。確かこの辺りだったはず。
曖昧な自分の記憶を頼りに、土を掘り続けること五分。
あ、あれ? こうちゃんと二人で土を掘っても掘っても、なかなか缶箱は現れてくれない。
もしかして自分が思っていた以上に、もっと奥深くに埋めたのだろうか? それとも、掘る場所を間違えてしまった?
嫌な予感がし、シャベルを持つ手に僅かに疲れを感じ始めたときだった。
「あっ!」
シャベルが、何か固いものに当たる感触がした。
「環奈っ!」
「こうちゃん!」
ようやく缶箱が見え、私とこうちゃんはお互いの顔を見合う。
「よいしょっ」
こうちゃんが穴に腕を突っ込み、缶箱を取り出してくれた。
「あーそうそう。この箱だ」
「うわー、懐かしい」
クッキーの缶箱は十年の時を経て、泥がつき錆がかかっていたけれど。今のものとは少しデザインが違う一昔前の赤い箱が、とても懐かしい。
「いいか? 蓋、開けるぞ」
固定してあったガムテープを外し、こうちゃんが缶箱を開けてくれる。
「おおーっ!」
箱の中に入っていたのは、私とこうちゃんがそれぞれ互いに宛てて書いた手紙。二人で一緒に写っている写真。
そして、当時私がとても大切にしていた、小さなクマのぬいぐるみ。
「え、このぬいぐるみめっちゃ懐かしい」
「環奈、そのクマ毎日持ってたよな」
そうだ。今は亡き祖母が、私の五歳の誕生日にプレゼントしてくれた手作りのぬいぐるみ。
「ていうか写真! 私って、こんなに小さかったんだ」
写真の中の私は、髪を二つに結んでいて。私の隣にいるこうちゃんとの身長差が、かなりある。
「八歳の環奈、小さくて可愛かったよ。まあ、俺からしたら今もあんまり変わらないけど」
「えっ、何それ! もしかしてチビってこと!?」
「違う違う。今でも環奈はめっちゃ可愛いってこと」
えっ!?
そんな。か、可愛いってこうちゃん。またそんなことをさらっと……。
私は、自分の顔が一瞬で熱くなるのが分かる。
「なあ、環奈。十年後のお互いに向けて書いた手紙、交換しない?」
「あっ、そうだね」
私とこうちゃんは、お互いの手紙を交換する。
八歳の自分が、こうちゃんに向けて何を書いたのかも覚えていないけれど。あのとき十三歳だったこうちゃんは、私に一体どんなことを書いてくれたのだろうか。
色あせることなく十年前の状態のままで残ってくれていた彼からの手紙を、私はドキドキしながら開封する。
もしかして、急にブランコにでも乗りたくなった?
いい大人が一人でブランコに乗るのは恥ずかしくて、それで私にも付き合って欲しいとか……って。さすがに、そんな訳ないか。
色々と考えながら少し早足で歩いていると、近所の公園に到着。こうちゃんは、公園のベンチで座って待っていた。
「こうちゃん。ごめん、待った?」
「環奈。来てくれてありがとう」
私を見て、ホッとした表情を浮かべるこうちゃん。
「どうしたんだよ、環奈。そんな公園の入口で突っ立って」
「だって、こうちゃんには絵里さんが……」
彼には絵里さんという人がいるのに、二人きりで会うのはやっぱりなんだか悪い気がして。私は、公園の入口で足が止まってしまったのだ。
「そっか。ごめんな、気にさせちゃって。絵里には、今日俺が環奈と会うってちゃんと話して来た。幼なじみとの十年前の約束を果たしたいって話したら、絵里も分かってくれたから」
十年前の、約束?
「だから、大丈夫だよ」
そう言って微笑むこうちゃんの手には、シャベルが握られている。
「え、シャベル?」
訳が分からず、つい首を傾けてしまう私。
「ああ。環奈、もしかして覚えてない? 十年前、俺らがこの公園の桜の木の下にタイムカプセルを埋めたこと」
「タイムカプセル……あっ」
そうだ。今まで忘れていたけれど、こうちゃんに言われて思い出した。
今から十年前。私が小学校二年生で、こうちゃんが中学一年生だったとき。
当時人気だったテレビドラマで高校生の幼なじみの男女が、昔一緒に埋めたタイムカプセルを二人で掘り起こすという話をやっていて。
それを見た私は自分もやりたいと、こうちゃんに言ったんだ。
こうちゃんは嫌な顔一つせず、『俺らもやろうか』と優しく笑って私に付き合ってくれて。
確か、クッキーの缶箱に十年後のこうちゃんへと向けて書いた手紙と一緒に当時の自分の宝物か何かを入れて、この桜の木の下に埋めた。
『環奈。十年後の今日。必ず二人でここに来て、一緒にタイムカプセルを掘り起こそう』
『うん。約束ね!』
そうしてこうちゃんと私は、公園の桜の木の下で指切りげんまんをした。
でも、まさかこうちゃんが十年前の約束を今日までちゃんと覚えてくれていたなんて。それなのに、私は……。
「……はい。環奈」
こうちゃんが、私の分のシャベルを渡してくれる。
「ごめんね、こうちゃん。元はと言えば、タイムカプセルは私が言い出したことなのに。今日まで忘れていたなんて」
「まあ、あのときの環奈はまだ八歳だったし。仕方ないよ」
こうちゃんの大きな右手が、私の左肩にポンとのせられる。
「何より環奈は、今日こうしてちゃんとここへ来てくれたんだから。それでいいじゃないか」
こうちゃん……。
「さあ。日が暮れる前に早く掘り起こそう」
「うん」
私とこうちゃんは桜の木の下にしゃがみこみ、シャベルを使って掘り始める。
十年前にクッキーの缶箱を埋めたのは、桜の木のあの一番長い枝の下。確かこの辺りだったはず。
曖昧な自分の記憶を頼りに、土を掘り続けること五分。
あ、あれ? こうちゃんと二人で土を掘っても掘っても、なかなか缶箱は現れてくれない。
もしかして自分が思っていた以上に、もっと奥深くに埋めたのだろうか? それとも、掘る場所を間違えてしまった?
嫌な予感がし、シャベルを持つ手に僅かに疲れを感じ始めたときだった。
「あっ!」
シャベルが、何か固いものに当たる感触がした。
「環奈っ!」
「こうちゃん!」
ようやく缶箱が見え、私とこうちゃんはお互いの顔を見合う。
「よいしょっ」
こうちゃんが穴に腕を突っ込み、缶箱を取り出してくれた。
「あーそうそう。この箱だ」
「うわー、懐かしい」
クッキーの缶箱は十年の時を経て、泥がつき錆がかかっていたけれど。今のものとは少しデザインが違う一昔前の赤い箱が、とても懐かしい。
「いいか? 蓋、開けるぞ」
固定してあったガムテープを外し、こうちゃんが缶箱を開けてくれる。
「おおーっ!」
箱の中に入っていたのは、私とこうちゃんがそれぞれ互いに宛てて書いた手紙。二人で一緒に写っている写真。
そして、当時私がとても大切にしていた、小さなクマのぬいぐるみ。
「え、このぬいぐるみめっちゃ懐かしい」
「環奈、そのクマ毎日持ってたよな」
そうだ。今は亡き祖母が、私の五歳の誕生日にプレゼントしてくれた手作りのぬいぐるみ。
「ていうか写真! 私って、こんなに小さかったんだ」
写真の中の私は、髪を二つに結んでいて。私の隣にいるこうちゃんとの身長差が、かなりある。
「八歳の環奈、小さくて可愛かったよ。まあ、俺からしたら今もあんまり変わらないけど」
「えっ、何それ! もしかしてチビってこと!?」
「違う違う。今でも環奈はめっちゃ可愛いってこと」
えっ!?
そんな。か、可愛いってこうちゃん。またそんなことをさらっと……。
私は、自分の顔が一瞬で熱くなるのが分かる。
「なあ、環奈。十年後のお互いに向けて書いた手紙、交換しない?」
「あっ、そうだね」
私とこうちゃんは、お互いの手紙を交換する。
八歳の自分が、こうちゃんに向けて何を書いたのかも覚えていないけれど。あのとき十三歳だったこうちゃんは、私に一体どんなことを書いてくれたのだろうか。
色あせることなく十年前の状態のままで残ってくれていた彼からの手紙を、私はドキドキしながら開封する。
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