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みつ子の訳【ひよっこの死】
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以下、みつ子の訳。
罰利生によって、夫を失い、財を窃られし者は、怨む者。
わざわいは、ひとを野壺へ放り、わざわいは、ひとの模糊を乾竹割りに斫る。
両肌ぬいで、世話した親類が、ためらい、近からぬと或る小路の湯屋が、すかさず助けに来る。これこそ、汚泥に輝く玉のごときもので。
濡れぬうちこそ露をもで、怨む者の過ちは、血を吸う虫はすべて逃れようと、火炎の内に引き籠るにあり。
人のため、酒をたすけようと、習いし手も、いつか己のまどろむために、だらだら流し、独りぼっちをこそばゆく、やなぎに受けた周囲の面々、いよいよ、縁遠く。
怨み、怨みと、夜な夜な礫道ゆけば、晴らせし怨みの先から、汲々と怨みが移る。
して見れば、あなたに咒殺させるは、さしあたって十指に余る。
みだりに変死のいずるを、周囲は倦み困じつつ、あやしき厄の渦中のものを、これ定かにする。
地所家屋の売買、周旋を営む親は、かしましき衆の詮索に頬返しを付けかね、ことごとく、わが杞憂の恥、地下の十畳の間に、つつみうつらせ、ひとやにつながせるがごとく、幽閉する。
こうなっては、儚きみずからの身の上を、嘆き、叫び、見苦しく、目は腫れ、日に日に衰えるに、なぜ己のみが罠にかかってか、今度はそれまでも怨み、とぎはりを打つように、世を怨むに至る。
父を怨み、母を怨み、夫を怨み、隣人を怨み、怨み、怨み、あきたらんと、また怨みをも怨むるに、くりかえすに明け暮れ、おろかなる精衛の来りて大海をうめんとするや、と、かえって頑なに己を守らんとする。
薄月夜、半輪の残月を懸ける頃、遥か山の谷まるが如く、掠れ声の冴えに、寝耳に水と怨む者。
『久しく会わぬうちに、哀れな姿になったな』
夢寐よりさめしは、まぶたを擦って、涙ほのあかめた目をば、ただ、平らの天井へそそぐ。
『さしものひよっこも、銕桿の折れるほどに、すっかり怨み疲れたか』
がばと身を起こし、宙をつかみかからんとする。
「なにを申しましょう。ゆりの根をはがすように、ひとつひとつ、全ての怨みを晴らさねば、枯木に花の咲くような心もちはおとずれませぬ」
『そして、七生まで、親を怨もうか』
いよいよ、怨みのきっさきを現わして、胸さける体にありしも、床にぬかづけば、
「お坊さま、お坊さま、お願いでございます。私を罠にかけし大ぼら吹きたちを皆殺しにして下さいまし。それが、お坊さまのおっしゃるとおり、私の父、母でも構いませぬ。誰もが物怪の凴いたるが如く、まあ、たちまち爪牙をあらわして、樹を鳴らし、家を動かし、砂を捲き、つぶてを投げて、見せしめにするのでございます。
ですから、いっこくも早く、この煩わしき者どもを退けて下さいまし」
しばらくの沈黙、その後に、化け坊主の低い声が響く。
『ひよっこよ。きさまは、それで良いのだな?』
「もちろんにございます。そうして頂けなくては、梅の咲き誇れるのを待たずして、親に鴆毒をもられるか、このうえは、肉という肉は落ち、骨という骨は露われ、餓死するばかりにございます」
夜の闇の静なる時に、燈の光のひとり刷毛にはかれるごとく、枕上に浮んで、また、怨むものを見下ろす。
『すまぬの。じつはもう、怨みを晴らすことが叶わぬ』
「どうしてでございますか。これまでだって、さんざ、私奴の願いを聞き入れてくだすったではありませんか。これで了いにございます。どうか、どうか」
やよいのつごもりなれば、京の花ざかり、みな過ぎて行く。
戸外は天を傾け、まっ白にどっと雨滝あって、ほどなく、神鳴も急にすさまじく、たえず稲妻の梭のごとく飛び違う。
「どうしたことでしょう。柱なぞはひちひちと鳴り揺がれ、ものうちたおす犇き、ひきちぎる音、へし折るはここ、かしこに。まさか………そんな。お坊さま、このあわれ極まる私奴を………いやでございますよ。お坊さま、なぜ黙っておられるのでございますか。さては、お心算がございましょうか」
真紅の爪をちらつかせる、黒竜の、どこからとなく出かと思えば、その十丈あまりの邪悪な影を、一文字に、痩せ枯れた女の頭をめがける。
『勘ちがいしてくれるな。きさまにいたっては、せんじつ殺した達磨茶屋の怨みを買ったまでだ。
十遍もの怨みを晴らしたのと等しく、十遍もの怨みをいまに晴らされるのだ』
「いやでございますよ。しししし、死にたくないのでございます。死んでも、死に切れるものではないのでございますよ。お坊さま、ああ、お見のがし下さいまし………なんでも、なんでも、そらこのとおり致しますから」
胸にやきがね、絶痛絶苦のさけびも空しく、みずからくずおれるがごとく、呻き、ついに息も絶え絶えに、怨む者は亡びる。
罰利生によって、夫を失い、財を窃られし者は、怨む者。
わざわいは、ひとを野壺へ放り、わざわいは、ひとの模糊を乾竹割りに斫る。
両肌ぬいで、世話した親類が、ためらい、近からぬと或る小路の湯屋が、すかさず助けに来る。これこそ、汚泥に輝く玉のごときもので。
濡れぬうちこそ露をもで、怨む者の過ちは、血を吸う虫はすべて逃れようと、火炎の内に引き籠るにあり。
人のため、酒をたすけようと、習いし手も、いつか己のまどろむために、だらだら流し、独りぼっちをこそばゆく、やなぎに受けた周囲の面々、いよいよ、縁遠く。
怨み、怨みと、夜な夜な礫道ゆけば、晴らせし怨みの先から、汲々と怨みが移る。
して見れば、あなたに咒殺させるは、さしあたって十指に余る。
みだりに変死のいずるを、周囲は倦み困じつつ、あやしき厄の渦中のものを、これ定かにする。
地所家屋の売買、周旋を営む親は、かしましき衆の詮索に頬返しを付けかね、ことごとく、わが杞憂の恥、地下の十畳の間に、つつみうつらせ、ひとやにつながせるがごとく、幽閉する。
こうなっては、儚きみずからの身の上を、嘆き、叫び、見苦しく、目は腫れ、日に日に衰えるに、なぜ己のみが罠にかかってか、今度はそれまでも怨み、とぎはりを打つように、世を怨むに至る。
父を怨み、母を怨み、夫を怨み、隣人を怨み、怨み、怨み、あきたらんと、また怨みをも怨むるに、くりかえすに明け暮れ、おろかなる精衛の来りて大海をうめんとするや、と、かえって頑なに己を守らんとする。
薄月夜、半輪の残月を懸ける頃、遥か山の谷まるが如く、掠れ声の冴えに、寝耳に水と怨む者。
『久しく会わぬうちに、哀れな姿になったな』
夢寐よりさめしは、まぶたを擦って、涙ほのあかめた目をば、ただ、平らの天井へそそぐ。
『さしものひよっこも、銕桿の折れるほどに、すっかり怨み疲れたか』
がばと身を起こし、宙をつかみかからんとする。
「なにを申しましょう。ゆりの根をはがすように、ひとつひとつ、全ての怨みを晴らさねば、枯木に花の咲くような心もちはおとずれませぬ」
『そして、七生まで、親を怨もうか』
いよいよ、怨みのきっさきを現わして、胸さける体にありしも、床にぬかづけば、
「お坊さま、お坊さま、お願いでございます。私を罠にかけし大ぼら吹きたちを皆殺しにして下さいまし。それが、お坊さまのおっしゃるとおり、私の父、母でも構いませぬ。誰もが物怪の凴いたるが如く、まあ、たちまち爪牙をあらわして、樹を鳴らし、家を動かし、砂を捲き、つぶてを投げて、見せしめにするのでございます。
ですから、いっこくも早く、この煩わしき者どもを退けて下さいまし」
しばらくの沈黙、その後に、化け坊主の低い声が響く。
『ひよっこよ。きさまは、それで良いのだな?』
「もちろんにございます。そうして頂けなくては、梅の咲き誇れるのを待たずして、親に鴆毒をもられるか、このうえは、肉という肉は落ち、骨という骨は露われ、餓死するばかりにございます」
夜の闇の静なる時に、燈の光のひとり刷毛にはかれるごとく、枕上に浮んで、また、怨むものを見下ろす。
『すまぬの。じつはもう、怨みを晴らすことが叶わぬ』
「どうしてでございますか。これまでだって、さんざ、私奴の願いを聞き入れてくだすったではありませんか。これで了いにございます。どうか、どうか」
やよいのつごもりなれば、京の花ざかり、みな過ぎて行く。
戸外は天を傾け、まっ白にどっと雨滝あって、ほどなく、神鳴も急にすさまじく、たえず稲妻の梭のごとく飛び違う。
「どうしたことでしょう。柱なぞはひちひちと鳴り揺がれ、ものうちたおす犇き、ひきちぎる音、へし折るはここ、かしこに。まさか………そんな。お坊さま、このあわれ極まる私奴を………いやでございますよ。お坊さま、なぜ黙っておられるのでございますか。さては、お心算がございましょうか」
真紅の爪をちらつかせる、黒竜の、どこからとなく出かと思えば、その十丈あまりの邪悪な影を、一文字に、痩せ枯れた女の頭をめがける。
『勘ちがいしてくれるな。きさまにいたっては、せんじつ殺した達磨茶屋の怨みを買ったまでだ。
十遍もの怨みを晴らしたのと等しく、十遍もの怨みをいまに晴らされるのだ』
「いやでございますよ。しししし、死にたくないのでございます。死んでも、死に切れるものではないのでございますよ。お坊さま、ああ、お見のがし下さいまし………なんでも、なんでも、そらこのとおり致しますから」
胸にやきがね、絶痛絶苦のさけびも空しく、みずからくずおれるがごとく、呻き、ついに息も絶え絶えに、怨む者は亡びる。
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