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君なら大丈夫

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「あら 金田くん、本当に来たの?」
 校長室のデスクに天海の驚いた顔が上がる。
「呼んでおいて、本当に来たはないでしょう!」
 笑顔で怒る金田。
 まあ そこへお掛けなさい と校長、金田を近くの応接ソファへ座らせる。
「ったく もう、昼休みは屋上で寝ようと思ってたのに」
 きょろきょろと、物珍しそうに辺りを見渡す金田、「あ」といって、正面に飾られた写真に気が付く。
「へぇー、この学校の 卒業生の写真」
 思わず立ち上がって、一つ一つ写真を見て回る。
「そうよ。そこに飾られた写真はみーんな、ここの卒業生たち」と紅茶の香りを楽しみながら、
「我がリボルチオーネ高校を卒業した彼らは、今でも立派に芸能界で活躍している」
「すげー! 倉木アイスの写真がある!」
 金田の随喜した声が上がる。
「そうね、彼女は今、ドラマに音楽にひっぱり凧、ここ十年で、最も活躍した卒業生の一人……。
 て こらこら、その写真、どうするの」
 懐から写真を出して、しぶしぶ元の所へ戻す金田。
「ちっ、高校時代の倉木アイスなんて、超激レア写真だったのに」
 校長は長い髪を手で梳いて、
「その隣に、天海景子の激レア写真があるわ、もし良かったら」
「うわー、『ときめきサマーチケット』のミカヅキ☆モエや、『爆走ベーカー街』のヒロトもいる」
 のけぞる校長、
「金田くん、君、わざとやってない?」
 金田は輝かしい卒業生の写真を眺めながら、
「校長先生、なんで俺を、シャンデリア・ナイト実行委員長に任命したんですか?」
 校長は紅茶を一口飲んでから、
「金田くんは、どうしてだと思う?」
 それを聞いた金田、ボリボリと後ろ頭を掻いて、
「それが分からないから、ここまで来ているんですけど」
 口もとに笑みを浮かべ、ゆっくりと椅子から立ち上がる校長、
「分からない、か。そう。君にはちょっと、難しかったようね。
 それじゃ、そうね、じゃあ今から教えてあげるわ、どうして私が金田くんを実行委員長に任命したのか」
 校長はビシッと天に向かって指を差し、
「それは、適当よ!」
「はあ?」
 気だるい表情を見せる金田。
「まったくの適当、思いつきってやつ?」
「ど、どういう事ですか!」
 金田が校長に詰め寄る。
「というのは半分冗談。本当はね、金田くんが八木さんの隣の席だったから」
「俺が八木の隣の席だから?」
「そ。八木さんは、ひと足先にシャンデリア・ナイト実行『副』委員長に任命してあったの。だから、彼女の隣の席の金田くんが、委員長」
 あ然とする金田、すぐに我に返って、
「ちょ、ちょっと待って下さい、そんないい加減な理由で、俺を委員長に?」
「あら、いい加減な理由などではないわ。これから君たちは、最高のシャンデリア・ナイトを開催しなければならない。そのためには、並々ならぬ苦労がともなう。少なくとも、クラスのみんなを説得して回らなければならないし、定期的に実行委員会も開催しなければならない。そうなると、二人は密に連絡を取り合う必要がある。だから、ね、委員長と副委員長、二人の席は近い方がいいでしょう?」
 金田はあごに指を当てて、
「まー 確かに、席が近い方がすぐに話ができるけど。でも だからって、そんな席順だけで 大事なC組のリーダーを決めていいんですか? 良くないですよね、やっぱおかしいですよね それ。俺なんかよりも、もっと実行委員長にふさわしい人材がいますよ。クラス委員長の久遠だって、図書委員長の鮫島だって、俺よりしっかりした奴はいます。俺は、大ざっぱな性格で、空気が読めなくて、クラスのみんなの面倒を見るなんて、そんな繊細で気の利いた事 できっこないですよ。それにあのクラスって」
「落ちこぼればっかり?」
「分かっているじゃないですか。そうですよ。教室を見渡したって、まともじゃない奴らばっかりで、シャンデリア・ナイトなんて、もうみんなあきらめています。三年にもなって、どんな催しをするのかさえまだ決まっていない。とにかく救いようがなくて、もう誰もその話題に触れもしない。聞けばC組って、ダメな学生ばかりが集められたって言うし、これじゃ留年確定ですよ」
 校長から笑顔が消えた。
「金田くんは、本当にそう思うの?」
「え? だって、どう見てもそうじゃないですか。みーんな、勝手な奴らばっかりで、とにかく卒業する気があるのかって感じですよ」
 そう言って金田は、ふてくされたような舌打ちを見せた。
 それを見た校長は、ゆっくりと金田に背中を向けて、うららかな春の空を見上げる。
「そ。金田くんがそう思っているんだったら、君たちは今すぐ留年ね」
「え? ちょっと それ、どういう意味ですか? まるで俺のせいでみんなが留年になるみたいじゃないですか」
 校長はふり返って、窓枠に両手をついて、
「その通りよ 金田くん。あなたが悪いの。三年C組がこの学校を卒業できないのは、全てあなたのせい」
 乱暴に頭を抱えて 金田、
「はあ⁉ なんで、どうして! 俺はまだやる気がある方ですよ? 俺だって、なんとかしてシャンデリア・ナイトを開催しなきゃ、なんとかしてみんなで笑顔でこの学校を卒業しなきゃって、もどかしい思いをしている一人ですよ? それなのに、なんで俺が悪いんですか! 協力しないのは、あいつらです。あいつらが悪いんです。伝統行事について話し合おうって、俺、みんなを誘ってみたけど、ぜんぜん人が集まらなくて、俺は」
「金田くん、君は今、間違った事を口にしました。それはとても大きな間違いです。その間違いにあなたが気が付かなければ、君たちのクラスは、みんな留年決定―!」
 笑顔で決めのポーズをとる校長。
「な、なに笑ってんだこの人」
「とにかく金田くん、あなたは本日、晴れてシャンデリア・ナイト実行委員長に選任されました。もうその役目からは逃れられません。しっかりとその責務を果たしてもらいます。もしもこの一年の間にシャンデリア・ナイトが開催できなかったら、その時は、分かっているでしょうね」とメラメラと背後に炎をたぎらせて、
「開校三十年、未だかつて在学期間中にシャンデリア・ナイトが開催できなかったクラスはないのですからね。もしもそのような未曾有の事態になったら、私は責任を取らなければなりません」
「責任?」
「クビよ、クビ」と怖い顔を見せる。
「えー!」
「金田くんだって、委員長としての責任を問われて、恐ろしい拷問が待っています」
「ご、拷問⁉」
「ま、それは半分冗談だけど」
 少し考えてから、
「半分冗談の拷問って、なんだ?」
「とにかくシャンデリア・ナイトが開催できないなんて、そんなのはお話になりません。委員長、これから一年、死ぬ気でがんばりなさい」
 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえて、「失礼します」と八木が部屋に入って来る。
「お、副委員長、いい所に来た」
「?」
 不思議そうに二人を見比べながら、八木は静かにドアを閉める。
「委員長と副委員長、あなたたちの任務をもう一度言います。シャンデリア・ナイトを開催しなさい。だれ一人欠ける事なく、みんな一致団結して、一つのことを成し遂げなさい。校則では、退学者が出た場合、その学生を除いたクラス全員となっていますが、それは 私は認めません。退学者が出た時点で、あなたたちは全員留年とします」
「えー! なんで! 退学というのは個人の問題であって、俺は」
「お黙りなさい。もはやC組は退学者を出す事さえ許しません。もしクラスの誰かが退学届を提出したら、それは全て 金田くん、あなたの責任です」
「はー⁉ なんだよそれ、勝手に学校を辞めるヤツまでなんで俺が」
「金田くん」と校長は一つウインクを見せて、
「君なら大丈夫、君ならきっと委員長の責務を全うできるわ。だって、私が適当に選んだ委員長だもの」
 げんなりした顔を八木へ向けて、金田、
「おい聞いたか? この人さっきから言っていること無茶苦茶なんだけど。これで本当にこの学校の校長なのか?」
 八木は胸の前に二つの握りこぶしを上げて、
「金田くん、がんば」
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