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なかなか良いセンスしているね

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「はい、ここがグラウンド」
 金田の背中を追う八木。
「はい、ここがプール」
 金田の背中を追う八木。
「はい、ここが体育館」
 金田の腕をつかむ八木、
「ねえ金田くん、ちゃんと(学校を)案内して」
 体育館の入口に立って、やり難そうに頭を掻く金田。
「俺、こういうの、苦手なんだよな」
 三十分前、金田が廊下を歩いていると、
「金田くーん」
 担任の片桐から呼び止められ、
「八木さんに、この学校を案内してくれないかな」
 やさぐれた感じで金田が振り返る。
「なんで俺が」
「なんでって、金田くんは、ほら、委員長だから」
 がくんと一つ、金田はうなだれて、
「どうせ俺は適当に決められた委員長ですよ」
 腕時計に目を落し、片桐が体を横にする。
「おっと、これから(僕は)会議があるからさ。それじゃ、頼むね 金田くん。ほら八木さん、彼の後について行って」
「はい」
 誰も居ない体育館へ入って、広々と館内を見渡す八木。
「苦手でも、何でもいいから、もう少しゆっくり歩いて」
「はい、はい」
 金田も体育館の中に入って、近くのカゴからバスケットボールを取り出す。
「えーと、ここが ダンス専攻の学生が授業を受けている場所だよ」
 と言って、近くのゴールにシュートする。
「ふーん、ぜんぜん、変わってない」
「変わってない?」
 ボールはリングに当たって明後日の方向へ飛んで行く。
「あー、なんでもない。へー、ここで私はダンスの授業を受けるのね」
 ボールの跳ねる音だけが体育館に響く。
「ところでさ、八木、本当に大丈夫なの?」
「? なにが?」
 ボールを追い掛ける金田、
「言っとくけど、うちの学校のダンス専攻の奴らって、バケモノばっかりだよ? 全国大会で普通に優勝してるし、バックダンサーとしてもうメシ食っている奴や、アイドルに振付しているヤツなんかもいる」
 ボールを拾って ドリブルした後、近くのゴールに向かってジャンプシュートする。
「八木ってさ、なんか見た目からして、ダンスってツラじゃないし、どっちかっつーと、吹奏楽部とか、囲碁部とか、文化系女子って感じだし。そんなんで、本当にうちのハイレベルな授業について行ける?」
 リングに当たって、またもや明後日の方向へ飛んでいくボール。舌打ちして、金田がそのボールを追い掛けて行くと、いきなり八木がバク転を始めて、最後にフルツイストを決める。
「!」
 目玉が飛び出るほど驚いて、ボールを追うのも忘れる金田。
「私、ダンスは得意なの」
 スカートのひだを直して、腰に手を当てる八木。
「白」
「え?」
「じゃなくて。すげー なに今の! そんなのフツーできるのかよ!」
「だから私、ダンスが得意だって言ったでしょう? 人は見た目では分かりません。分かった? 金田くん」
 そう言って、八木は丸眼鏡のフレームに手を添える。
「ははー。恐れ入りました」
「分かればよろしい」
 八木は遊ぶように歩きながら、
「そういえば金田くんって、専攻、なに?」
 再びボールを取りに行く金田、
「あー、俺? 俺は その、ぜんぜん、芸能とかそんなんじゃなくて、俺はみんなと違って進学コースなんだ」
 意外そうにまばたきをくり返す八木、
「え? そうなの? スポーツ専攻じゃないの?」
「スポーツ?」
 頭の後ろに手を当てる金田。
「だってほら、廊下でサッカーをやっていたから、今朝」
「あー、あれ」と金田はポンポン自分の頭を叩いて、
「あれは ほら、遊びだよ 遊び。酒井のヤツがさ、俺のシュートが取れたらラーメンおごってやるって言うから、やってやろうじゃね―かって、勝負を受けた。だけど結果は、あの通り頭抱えてよけちゃった」
 金田は舌を出す。
「ふーん、そうだったんだ。へー、金田くんって、進学コースなんだ」
 と金田の周りを歩いて、色々と相手を観察しながら、
「リボルチオーネ高校で、進学コースだなんて、なんか珍しい。金田くんは、どうして芸能学校に入学したの?」
 金田はにたりと笑って、胸ポケットからアイドルの写真を取り出す。
「俺、実は、倉木アイスの大ファンなんだ。俺は彼女に憧れて、この学校に入学した」
 ドン引きした八木の顔が、般若の面みたいになる。
「なんて言うのかな、倉木アイスの出身校に入学すれば、なんか、少しでも彼女に近づける気がして」
「バ」
「バカなのは分かっている。うん、俺はバカだ。でもさ、そんなバカな事をしたのには少し理由があって。ホント言うと俺、中学の時に一度挫折しているんだ」
 そう言って、一番遠いゴールに向かってロングシュートを放つ。
「俺、中学の時、有名な進学校に通っていて、その当時の俺は本気で医者を目指していたんだ。中二までは、まずまずの成績で、医学部も狙える偏差値だったんだけど、ちょっとね、アクシデントがあって、学校から停学処分をくらって、それで、まともに授業も受けられなくなって、んで挫折」
 ボールはてんで違う高さで飛んで行って、バックボードを超えて、激しい金属音が鳴り響く。
「それでさ、進路、どうしようかと思っていたら、ラジオの番組で 倉木アイスが、自分の母校の事をとても誇らしく語っていて、リボルチオーネ高校には、ビッグドリームがあって、学生たちはみんな、生き生きと学園生活を送っていたって。その話を聞いていたら、俺 なんだか希望が持てて。こんなどうしようもない俺でも、その学校へ行ったら、何か進むべき道が見つかるんじゃないかって、そう思えて」
 八木が胸のリボンに手を当てる。
「でさ、実際この学校に入学してみたら、やっぱ自由でいい学校だなって、人生、勉強だけが全てじゃないなって、肌で感じられるようになって。だって、一度は挫折したこんな俺だけど、どうにかこうにか、また歩き出せているし」
 八木はじーっと金田の目を見て、
「そうだったの。ふーん。あ、じゃあ金田くんって、実は頭が良い? 進学校に通っていたんでしょう?」
「んー、まー」
 耳の後ろを指で掻いて、とぼけたように視線をそらす金田。
「どれくらい頭が良いの?」
 後ろ手に組んで、上目遣いで金田の事を見つめる八木。
「一応、この学校では、トップかな」
「えーっ! そうなの!」
「でも、偏差値の高い進学校で言えば、中っくらいだよ。一応勉強は続けているけど、エリート校の奴らにしてみたら、鼻で笑われるレベル」
 ロングシュートを外したボールが、ゆっくりと二人の所へ転がって来る。
「こんな不良っぽい格好からは、ぜんぜん想像つかないでしょ? 熱狂的なアイドルのファンだし、言葉使いも荒っぽいし。クラス委員長の久遠の方が、よっぽどインテリっぽく見えるよ。でも、俺の爺ちゃんは、静岡で開業医をやっているし、血筋は悪くない。いい線は行っていたけどなー」
 前屈みになって、八木はバスケットボールを拾いながら、
「もう目指さないの?」
「え?」
「医学部」
 くすぐられたように笑い出す金田。
「無理だって。言っただろ? 進学校で挫折したって。そんなに現実は甘くない。中学の遅れはもう取り戻せない。
 まあ、そうだな。安牌な大学を卒業して、倉木アイスの事務所にでも就職しよっかな」
 それを聞いた八木は、大きくスカートの足を上げて 豪快な投球フォームを見せてから、遠くのゴール目がけて遠投する。
「そんな気持ちじゃ、芸能事務所の面接だって、受からないわ きっと」
 猛スピードでボールは飛んで行って、激しくネットを揺らしてゴールする。
「ウソー⁉ なんで入っちゃうの!」
 そのまま体育館の出口へ向かって、
「学校の案内、続きをお願い。私まだ見たい所があるの」
 急いで金田は下を向いて、
「つーか この子、やっぱ普通じゃない。運動神経がハンパない」
 八木はくすりと笑った口もとを見せて、
「でも 金田くん、倉木アイスの大ファンだなんて、君 なかなか良いセンスしているね」
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