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放課後の探偵たち

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「でさあ、きのう会ったプロデューサーから、この秋の番組で 新しい女性ヴォーカルバンドを作りたいから、そのバンドに参加しないかって、言われたわけ」
 ライブハウス『リキッド・ザ・タイム』の 客の少ない時間帯に、赤髪坊主の若者が、カウンター越しに店長と話し込んでいた。
「俺だけ? て聞くと、君だけでいいって、こう来るわけ。これってさあ、俗にいう引き抜きってやつだろう?」
 マイクのグリルを洗剤に浸けて、一個一個タオルで拭きながら、店長、
「それで、プロデューサーにはなんて答えたの?」
「なんてって、俺は(バンドの)仲間を裏切るわけにはいかない。あいつらとは中学時代からのキズナがある。だから俺は、あんたのバンドには参加しない」
 深いため息が聞こえる。
「もったいない話だね。『チャンピオン・レコード』の担当者は、君の才能を見込んで、君に声を掛けたんだよ? 番組の寄せ集めでもなんでも、スポンサーが付くと付かないとじゃ ぜんぜん違うよ」
 若者は両手で頭を掻きむしって、
「店長なら 今の俺の気持ち、分かってくれると思ったんだけどなー。俺がいま抜けたらあのバンドはどうなるよ。解散だよ、解散。やっと客も集められるようになって、ロックバンドとして軌道に乗って来た所なのに、リーダーがそんな無責任な事はできない」
 ゆっくりとタバコをくわえて、それに火を点けて、
「両方やってみたら? プロデューサーの言う通り、我慢してやってみて、それでもダメなら、この話はあきらめればいい。話はそれからでも遅くはないよ。君だってもうこんな小さなライブハウスで無駄口を叩いている場合じゃない。これからはビジネスだ。なんでも人生一度きりのチャンスだと思って、なりふり構わずやってみなきゃ。プロのミュージシャンになるって、そういう事だろう」
「俺は!」と若者がカウンターに身を乗り出すと、突然 店内が暗くなった。
「あ」
「停電……かな?」
 手探りでカウンターから出て来る店長、そのタバコの火がホタル火のように闇をさまよう。
 と、しばらくしてまた電気がつく。
「戻った。なんだったんだろう、今の」


 スタジオが並ぶ廊下を颯爽と歩いて行く一人の男。
「やめとけ、やめとけ。お前はプロデューサーに利用されるだけだ。用が済んだらお払い箱。世の中 お前のような捨て駒であふれている」
 風のように廊下を曲がって、その先にあるドアを開けて、なかへ忍び込む若者、部屋の明かりを点けて、そこで九条修二郎の顔が明らかになる。
「さてと、あいつらがバカ騒ぎしている 密室の犯行現場とやらを見せてもらおうか」
 オールバックの髪を掻き上げて、室内を調べ始める九条、一つ一つ、ロッカーの扉を開けて、ぐるりと楽屋の様子を見て回る。
「やけに暑いな」とエアコンに目を上げて、『故障中』という張り紙を見る。
「この楽屋は、使われていないのか?」
 打ちっぱなしのコンクリート壁に両手を当てて、そのまま天井を見上げる。
「窓は一つも無い。換気扇といっても、あの(ダクトの)細さじゃ猫くらいしか通れない」
 奥にあるメイク台に腰を掛け、ふてぶてしく足を組む九条。
「この状態でドアに鍵が掛かっていたとすると、やはりこれは密室の犯行。一時間の間に犯人はどうやって目的の物を盗んだのか。
 ん?」
 床に大きなしみが広がっていた。それは水たまりが干上がって出来たような白っぽいしみだった。
「雨漏り?」と天井のあちこちをのぞき込んで、
「ん? 待てよ。あっ、あー、そういう……事か?」
 将棋の棋士が長考するみたいに、腕を組んで動かなくなる九条。
「なるほどな、それ以外に、考えられないか」
 その内に廊下から足音が近づいて来た。
「ふん、この一件、案外手が込んでいる」
 そっとドアにすき間ができて、
「あれ? いま中から人の声が聞こえたような」
 恐る恐る楽屋に顔を出したのは、この店の男性スタッフだった。ギョロギョロと両目を動かし、中に誰もいないのを確かめる。部屋の電気は消えていた。
「いきなり店の電気が消えるし、誰もいないはずの楽屋から声が聞こえるし、なんか今日は うす気味が悪いな」
 両腕をさすりながら、楽屋のドアを閉めるスタッフ。そのドアの後ろから、オールバックの髪を掻き上げる九条の姿が。
「果たして あのバカどもに、この密室トリックの謎が解けるかな」


「第二回、シャンデリア・ナイト実行委員会を始める!」
 放課後の教室に向かって、金田が握りこぶしを前に出す。
「って、やっぱり参加者は増えないか」
 教室にはいつもの久遠、雛形、海老原。それに加えて、早川と そのバンドのメンバーである井岡の姿があった。
「それでも、早川くんたちが参加してくれた」
 ルンルンと八木がうれしそうに黒板に題名を書く。
 赤いおしゃれメガネを掛けた、ツンツン頭の井岡が、深ぶかと腕を組んで、
「おい金田、お前 ホンマに大丈夫なんか? 早川の話やと、実行委員会で高木のギターを見つけてくれるゆう話やけど、あらーそう簡単には見つからんで。俺らかて、ホンマに死ぬ気で探したんやから」
「見つけてみせる!」と金田が大きく胸を張る。
「どっからその自信が出て来るんか知らんけど、有言実行にしてや。俺らホンマに困っとるんやから」
 その近くの席で、パラパラと学生手帳をめくりながら、久遠、
「なあ 早川、井岡、もう少しその当時の状況を詳しく教えてくれないか? 現時点で俺たちが把握している情報は、次の通りだ。
 ①ライブから楽屋へ帰って来た時、高木のギターはあった。
 ②楽屋は暑く、三人は近くのコンビニへ出かけた。
 ③楽屋を出る時、しっかりとドアに鍵を掛けていた。
 ④コンビニから帰って来た時、楽屋のドアには鍵が掛かったままだった。しかし中に入ってみると、高木のギターは無くなっていた」
 驚いた顔をみんなに向ける井岡、
「よう知ってんなあ」
「楽屋へ連れて行って、俺が説明した」
「ホンマに? 現場検証しとるし、本格的やな」
 久遠がトントンとペンで手帳を叩きながら、
「俺たちは真剣に高木のギターを探している。だから、もっと詳しい情報が欲しい。ほかに何か当時の状況で気づいた事はないか? 俺が一つ気になっているのは、楽屋が暑かったという点だ」
 通知音がして、携帯電話を取り出す井岡、
「あー、あれな。あれはエアコンが壊れとったんや。スイッチ入れて、いくら待っとっても熱風しか出んかったし。あの日は異様に暑い日でな、ライブ会場もせやったけど、みんな汗だくやった。俺らの後のバンドなんて、バケツに氷を入れて来て、ジュースを冷やして飲んでいたくらいやから」
 久遠が手帳に何かを書き込みながら、
「うん? みんな汗だく? ライブハウス全てのエアコンが壊れていたのか?」
 井岡は肩をすくめて、
「俺らの楽屋だけや。ドア開けて、換気扇全開にしとったんけど、ぜんぜん涼しくならんくて、もうアカン我慢の限界やって、涼みがてら近くのコンビニにアイスを食いに行った」
 雛形が眉間にしわを寄せて、
「一時間も?」
「そうや。俺ら一時間もアイス食うとった。って なんでやねん、コンビニでファンの子らに会うてな、差し入れとかもろうて、いろいろしゃべくっていたら、あっという間に一時間も経っとった」
 早川がため息まじりに、
「んで 楽屋に戻って来てみたら、高木のギターが無くなっていた」
 雛形がスカートのひざを抱えて、
「帰って来た時ってさあ、楽屋の中は出て行った時のままだった?」
「ああ、別に、荒らされた形跡とかはなかった」と早川が天井に目を上げて、当時の状況を思い出しながら、
「言われてみれば、おかしな話だな。テーブルの上には 十万以上はするクロムハーツのジッポや、人気の携帯用ゲーム機や、金目の物が結構置いてあったけど、盗まれたのは高木のギターだけだった」
 八木が手にしたチョークを見つめて、
「高木くんのギターだけ、ピンポイントに狙った犯行」
 金田が早川の方を向いて、
「あいつのギターって、そんなに高価な代物なのか?」
「うーん、一般的な中古買取なら、それほど高値はつかないって、あいつ自身 言っていたな。ギブソンでもないし、結構型は古いし、ネックも反ってて ピックアップの交換もしていて、付加価値を無視したら、売ってもせいぜい五万くらいにしかならないって」
 こめかみに指を当てて、久遠、
「たかが五万円のギターが欲しくて、密室トリックを使った? なんか、対費用効果が見合わない話だな。ほかには? 帰って来たら、楽屋の換気扇が点いていたとか、イスやテーブルの位置が変わっていたとか」
 井岡が深く腕を組んで、うんうん唸りながら、
「そういやあ、床に水たまりが出来とったな」
「水たまり?」とみんな口をそろえる。
 早川も手を叩いて、
「そういや そうだった。楽屋を歩いていたら、ぴちゃぴちゃっいって、床を見たら水びたしだった。エアコンのドレンホースが詰まったのか、冷蔵庫の霜取りの水が漏れ出したか、部屋のあちこちをいろいろ見て回ったけど、結局よく分からなかった」
「ふーん、気になるね、その水たまり」と頬杖をついた雛形が、海老原の方へ顔を向けて、
「ねえ海老原、あんた小説書いているんでしょう? だったらこういうの得意じゃないの? ミステリ小説の密室トリックとか」
 焼きそばパンを頬張っていた海老原が、ゆっくりと顔を上げて、
「別に小説書くからって、そういうのが得意ってわけじゃないよ。僕は探偵じゃないし。でもまあ 話を聞いている限りでは、ギターを盗んだ犯人は 合鍵を使って中に入ったんじゃないかな」
「合鍵」と金田が真剣な顔を見せる。
「そら無理やって。あそこの鍵はしっかりと店長が管理しているんやから、合鍵なんて作ろう思ても作られへん。ライブが終わったら、すぐに鍵を返さなあかんから、鍵屋へ行って合鍵を作る暇もあれへん」
「じゃあ、どうやって高木のギターを盗むんだよ!」
 バンと金田が黒板を叩く。
「そりゃこっちのセリフや金田、最初に見つけてみせるゆうたんはお前やないか!」
「楽屋に戻った時、ギターケースは開いていたの?」
 黒板に話の要点をまとめながら、八木。
「閉まっていた。だから俺たちは ギターが無くなっている事に気づくまで時間が掛かった。楽屋の熱気を外(廊下)へ逃がして、おつかれさん、とちらほら他のバンドのやつらが帰る姿を見て、俺らも もう帰ろうぜって時に、高木がギターケースを持ったら、軽くて、あわてて中を開けてみたら空っぽだった」
 金田が突然ガッツポーズを見せて、
「あー! 分かった! 俺 天才!」
「なんやねん いきなり ビックリしたあ」
「犯人は、最初から楽屋の中にいたんじゃねえ? ずっと楽屋に隠れていた」
 それを聞いて、その状況を想像するみんな。
「あー、なるほどな」と久遠がペンで頭を掻きながら、
「ライブが終わって、高木たちが楽屋に帰って来た時、犯人はすでに楽屋の物影に潜んでいた。コンビニへ出かけている間も、楽屋の中にいて、三人が帰って来た時に、ドアの後ろか何かに隠れていて 隙を見てささっと逃げ出す」
 海老原がスーパーの袋の中をガサガサ漁りながら、
「ギターって、結構 重くてかさ張るよ? そんな邪魔なものを持って、ささっと逃げ出す? 狭い部屋に三人もいるんでしょう? それはちょっと無理があるんじゃない?」
 井岡もそれに賛同して、
「そうやて、無理やて。お前ら楽屋を見たんやろ? あんな ちっさい部屋のどこに隠れる場所があんねん。ドアの後ろやて、俺らがドアを閉めたら終わりやん」
「ダメかあ。んじゃ、犯人は、店長! 合鍵を作って、外出をしている間に楽器を盗む」
 金田がそう人差し指を立てると、みんな変な顔をしてお互いを見合う。
「まあ、可能っちゃ、可能かもしれんけど、客の楽器盗む店長なんて、どうなんやろ。自分の店で窃盗事件が起きるっちゅう話やろ?」
 早川が両手を前に出して横へ振る。
「いやいや、無理だ。井岡も見ただろ 監視カメラの映像。犯行当時 店長は楽屋方面の廊下を歩いていなかった」
「せやったな。金田、無理や」
「ぬわー、分からん、密室の楽屋から高木のギターを盗めるやつなんて、結局 一人もいねーじゃねえか!」
 金田が頭を抱えて 大声でわめいていると、教室の前の戸がガララと開いて、クラスメートの男子が勢いよく飛び込んで来た。
「おい みんな、大変だ 来てくれ! 高木のやつがB組のやつらとモメている!」
「なにぃ!」とみんな一斉に席を立つ。
「父親の事をバカにされて あいつ、完全にブチ切れて、今にも殴り合いのケンカになりそうだ!」
『それもさ、無理もない話でさ。その盗まれたギターというのが 父の形見だって話なんだ』
『そんな偉大な父のギターを譲り受けて、あいつはずっとギターを練習して来た』
 八木が口を両手で覆って、
「たいへん、暴力沙汰は、問答無用で停学処分!」
「みんな ついて来い、高木を止めに行くぞ!」
 金田はもう教室を飛び出して、風のように廊下を曲がって行った。
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