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白状しろ

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 離れ小島みたいに、ポツンとみちの真ん中に建つ神社、そこへみんなが集まって、鳥居の下で胡坐をかくヤスを見下ろす。ひざには転んで出来た土のあと。
「もう逃げられないぞ。いい加減 白状したらどうだ。高木のギターをどこへやった」
 金田が前かがみになって 相手に顔を近づける。
「知らねーな」
 チラッと相手の顔を見て、すぐに顔を反らすヤス。
「とぼけるんじゃねーよ。お前はあの日、ライブが終わった後、『アンド・ロックス』の高木に近づいて 機材撤収を手伝った。そしてあいつからギターを受け取って、それをケースに入れるふりをして、何食わぬ顔であいつに空のギターケースを渡した。その撤収している姿を ここにいる二人が見ているんだよ」
 仁王像のような厳しい表情で立つ早川と井岡。
「ふん、なんの話かさっぱり分からんな」
 目を閉じ鼻をほじるヤス、見かねた久遠が両手を広げて前に出て、
「シラを切ってもムダだ。君らのバンドがジュースを氷で冷やしている所を目撃されている。あの場に大量の氷があったのは、君らのバンドの所だけだ」
 ヤスは相変わらず余裕の顔を見せて、
「確かに 俺らは バケツに氷を入れて持って来た。あの日はすげー暑かったからな。キンキンに冷えたジュースが飲みたかったんだ。ただ、それだけだ」
「それだけじゃない、君は」
「しつこいな、証拠はあんのか?」
 口を閉ざす久遠。
「証拠もねえのに、人をドロボー呼ばわりするんじゃねーよ」
 しどろもどろになる久遠、
「でも、どう考えても 君にしかあの犯行は」
「証拠!」とヤスが食ってかかる。
 たまらず金田も加勢して、
「じゃあなんで 高木のギターと聞いてお前は逃げ出したんだよ。怪しすぎるだろう。それが証拠みたいなもんだろう」
 イライラしたヤスが片ひざ立ちになって、
「証拠を見せろって言ってんだよ! 俺が高木のギターケースに氷を入れたという、ハッキリとした証拠を今すぐこの場で見せろよ!」
 久遠の眼鏡がきらりと光った。
「おや? 俺はまだ、ギターケースの中に氷が入っていたなんて ひと言も言っていないぞ? なんで君は、高木のギターケースに氷が入っていた事を知っているんだ?」
 ハッとして、あわててみんなの顔を見るヤス。
「引っかかったな?」と金田が指を色々に動かして、
「犯人しか知りえない情報を知っているって事は、やっぱりお前が高木のギターを盗んだんだな」
 ヤスは身をもがいて悔しがる。
「てめーら、カマをかけやがったな! やり方が汚ねーぞ」
 見かねた八木が二人の間に割って入って、
「相手をダマすようなやり方はダメ。ね、建設的な話し合いをしましょう。
 ねえ、加藤さん。私たち、高木くんのギターを探しているの。今日の夕方までに、彼にギターを渡さなければならないの。この際 誰がギターを盗んだかなんて、どうでもいい。だから、ギターがどこにあるのかだけ教えて。ギターを盗んだ事は、内緒にしてあげるから」
「八木! そんな生やさしい事を言うな!」
 金田が地団太を踏む。
「いいの 金田くん、ここは私にまかせて。
 ねえ お願い。あのギターは高木くんのお父さんの大切なギターなの。あれがないと高木くん、明日のライブで演奏ができない」
 ヤスは何かを思いついて、
「そういう事か。やっぱりあいつのギターが見つかる前提で、急にライブが決行になったんだ」
「お願い 教えて」
 八木が深く頭を下げる。
「おい、こんな盗人に頭なんか下げるなよ! こいつは」
「本当に、この事みんなに黙っていてくれるんだな」
 ヤスは立ち上がって、パンパンとひざの土を払う。
「もちろん」
 にっこりほほ笑む八木。
「あいつにも、高木にも、黙っていてくれるんだな」
「ええ」
 イラつく金田の脇腹を、ニタニタした雛形が指でつつく。
 わざとのようにヤスは大声を出して、
「あーあ、ライブは明日だったなー。今からじゃ、もう間に合わないだろうなー。あのギターはもうとっくに蜂ノ宮駅前の楽器店に売られているんだからー」
「ぬぁーにー⁉」
 金田がヤスの胸ぐらをつかむ。
「おい、それは本当か!」
「急いだ方がいいぞ。今この瞬間にも 高木のギターは売れて どこか遠くへ行ってしまうかも知れない」
 ヤスを手放して、金田は久遠をふり返る。
「久遠!」
「わかっている」と久遠がスマートフォンを取り出して、
「今からその楽器店へ向かうと……、うーん、各駅停車の電車はダメだな、快速は、うーん、四十分待ち、この時間いいのがない」
「ほかに何かないか? バスとか、新幹線とか」
 ビルの合間の夕日をふり返り、金田がやきもきして体を動かす。
「くそー、なんで蜂ノ宮なんて遠い所で売っちゃうんだよ!」
 その時 雛形は車道へ走って行って、両手を大きく振って、
「へい、タクシーッ!」
 黒塗のタクシー、クラウンセダン・スーパーサルーンが ウインカーを出して雛形の近くに停車する。
「みんな、これで行こう?」
 ダダダダと走って来て、相手の顔スレスレまで顔面を近づけて、
「馬鹿野郎。こんな高級タクシーに乗って二、三十キロ以上も離れた蜂ノ宮まで行ったら、一体いくらかかると思ってんだ」
「いくらかかるの?」
「知らねーで(タクシーを)停めるんじゃねー!」
 慣れた手つきでタクシーのドアを開ける八木。
「いいわ 金田くん。せっかくだからこれに乗りましょう? 一分一秒あらそう時なんだから、お金の事を言っていても仕方がない」
 そう言って、平然と八木が助手席へ乗り込む。
 後部座席のドアがゆっくりと開いて、それを見て金田は大きく唾を飲む。
「こんな社長が乗るようなタクシー、高校生の俺らが乗っていいのか?」


 白手袋をはめた運転手の、華麗なるハンドルさばきで、四人は目的地である蜂ノ宮駅へ到着する。極上の本革シートの後部座席では、久遠、雛形、金田が、借りて来た猫のように座っていた。
「おい、雛形、なんてタクシーを停めたんだ」
 金田はひじで雛形をつつく。
「だーって、たまたま停まっちゃったんだもん」
 タクシーメーターの表示が三万円を超えていた。
「あ、見て、あたしの全財産を超えた」
 ルームミラー越しに笑顔を見せる運転手、
「どうしますか。ここで、待機していますか?」
 三人はブルブルと首を横へ振る。
 タクシーを降りると、蜂ノ宮駅と書かれた大きな文字が白いライトに照らされていた。改札口からは、たくさんの通勤者の靴音が地鳴りのように響いて来る。
 クレジットカードでタクシー代を払い終え、テキパキと領収書を財布に仕舞う八木。
「なあ、もしかして八木って、お金持ちなのか?」
 金田が久遠に耳打ちをしていると、お、おい、と反対に肩を叩かれる。
「見ろ、プラチナカードだ。間違いない、八木の親は相当な資産家だ」
 平気な顔をしてタクシーを見送る八木、それからみんなに笑顔を見せて、
「なにをしているの? 早く行こ、モタモタしていると夜になっちゃう」
 金田が頭の後ろを搔きながら、
「お、おう。わりーな、タクシー代、払わせちゃって」
「気にしないで。これも高木くんのギターを取り戻すため。お安い御用よ」
「お安い……」と雛形が青ざめた顔を見せる。
 二台のバスがすれ違う大きなロータリー、そこを四人は小走りで渡り、高木のギターが売られたという 五階建ての楽器店の中へと入る。中は ストラトやレスポールタイプのエレキギターや、ゴールドに輝くサックスやトランペットなど、大量の楽器が展示してあった。
 雛形が一本、一本めずらしそうにギターを見て回る。
「うわー、この中から高木のギターを見つけるの?」
 金田がカウンターに肘をついて、
「店員に聞くに決まってんだろ。すいませーん、誰かいますかー?」
 カウンターの奥からツルツル頭の中年男性が顔を出す。
「はい、いらっしゃいませ」
 いきなり四人の学生に囲まれて、少し当惑した表情を見せる男、ネームプレートには店長と書かれていた。
「すいません、高木のギター、知らないっスか?」
 横から金田を押しのけて 久遠、
「そんな言い方で分かるか。あの すいません、つい最近ここへエレキギターを売りに来たヤツがいるのですが、覚えていますか? 僕らと同じくらいの年で、名前は加藤安成」
「加藤……さん?」
「はい、レスポールギターで、色々と改造してあったらしいんですけど、コレです」と久遠が スマートフォンの写真を相手に見せると、ああ といって店長は手を叩く。
「このギターはちょうど私が対応させて頂きました。ネックが反っているけど音がビリつかない、変わったコイルタップの付いたギターでしたね」
「それ、今どこにありますか!」
 カウンターに勢いよく両手を突く金田。
「お持ちしましょうか? なかなか値段がつけられなくて、実はまだ売り場に出していないんですよ」
 雛形が「やったー」とみんなに笑顔を見せる。
 御家宝でも扱うみたいに 両手でギターを持って、店長が店の奥から現れる。そしてそれをカウンターの上にゆっくりと寝かせる。
「このギターで間違いありませんね」
「うお、これだ! ついに見つけた!」と金田が写真とギターを見比べながら、
「このギター、返してもらえませんか? 盗まれたギターなんです。盗品です盗品」
『盗品』という言葉を聞いて、店長の顔つきが変わった。
「そう、なんですか?」
「そうなんです。このギターの持ち主は高木ってやつで、ライブが終わった直後に悪いやつに盗まれちゃったんです。今すぐこのギターをそいつの手に返してあげないと、明日のライブが中止になっちゃうんです」
 目の前のギターと、金田の顔を交互に見る店長、だんだん汗で頭が光って来る。
「返せ と、ひと言に言われましても。こちらはお客様より当店が買い取ったものです。売買承認書もありますし、このギターの所有権は当店にあります」
 八木が一歩前に出て、
「店長さん、そのギターは盗難品です。ギターを盗んだ人が盗難品をお金に換えたんです。窃盗の被害に遭った人がいますから、このギターを持ち主に返してあげて下さい」
 店長はハンカチで額の汗を拭きながら、
「えー、大変申し訳ありませんが、それは無理なご相談です。こちらの商品は、価格未定の状態ですし、店頭にもお出ししていませんから、非買品となります」
「えー! なんでだよー!」と金田が床を踏み鳴らして、
「いいじゃねーか 店長。このギターは盗まれて売り払われたんだ。盗まれた奴が可哀そうだと思わねーのか? 高木に返してやってくれよー!」
 店長は深々とお辞儀を見せて、
「申し訳ありませんが、ご要望には沿えません。お引き取り願います」
 みんなお互いの困った顔を見て、どうする? と目で合図しあう。
 すると八木が一人だけ相手に背を向けて、
「分かりました。それでしたら私たち、これから警察署へ向かいます」
「え?」
 ゆっくりと八木は出口へ向かいながら、
「古物営業法には、商品を買い取った後、盗難品だと気付いた場合、そのまま保管したり、売却したり することなく、警察に通報するという『申告義務』がある事を、当然 店長さんはご存知ですよね?」
「!」 
「そして、この申告義務に違反すれば、行政処分として 営業停止や、被害者から損害賠償の請求される恐れがある事も、とーぜん ご存知ですよね?」
 青ざめる店長、一歩、一歩と後じさりを見せて、ドンと壁に背中を打ち付ける。その壁のすぐ横には、『古物商』と書かれた青い許可証が。
「どうして、それを」
 八木は横顔を見せて、赤い丸眼鏡を光らせて、
「私たちが高校生だと思って、何も知らないと思って、申告義務を黙殺しようだなんて、言語道断です。
 それでは私たち、これより警察に出向いて、盗難届を提出して参りますから、失礼」
 慌ててカウンターから飛び出す店長、店の入り口で両手を広げて、
「おー、お待ちを、お待ちを! 分かりました、この通りです。このギターを持ち主に返してあげて下さい。そうだ、こちらの新しいギターケースもお付けします。高級フライトケースです。断熱性に優れた素材で、急激な温度変化にも対応できます」
 八木はふり返って、みんなにウインクを見せて、
「まあ、本当ですか? 悪いですわね、こんな立派なケースまでつけて頂いて。最近ギターケースの中で氷が溶けてしまう事があって、ほとほと困っていたものですから、大変 助かりますわ」
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