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ビッグ・サプライズ

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 スモークにより、ハッキリとした光のすじが ステージ中をさ迷う。そこへ突然ドラムのカウントが始まって、『目つぶし』と呼ばれる 客席へ向けたライトが放たれると、ジャジャーンと『アンド・ロックス』の演奏が始まった。
 ステージからの明かりにより、拍手して喜ぶ雛形と八木の姿が照らされる。金田と久遠も、ほかの若者たちに混ざって、右手を大きくふり上げている。
「間に合ったな、久遠!」
「ああ。結局、約束していた夕方までには間に合わなかったが、まあ とにかく何とかはなった」
 あの後 タクシーで直接 高田の家へ行った四人は、玄関に顔を出した高木にいきなりギターを渡した。信じられないといった表情で、けれどもしっかりとギターを受け取った高木を見て、みんなやっとホッとひと息つけた。
『間に合うか? 明日のライブに』
 金田が人差し指で鼻の下をこする。
 高木は色々にギターを見て、
『弦も張り替えてあるし、トラスロッド調整もしてあるし、一見分からないが、電子パーツの接点の汚れも落してある。このギターは完璧にメンテナンスされている』
 そこへ八木が新しいギターケースを持って来て、
『これもお付けするわね。ギターに詳しい人が預かっていたから、なにかと良かったみたい。高木くん、これで明日のライブは、思いっきりプレーできそう?』
 思い出したように、みんなの顔を見る高木、
『簡単に言うなよ。一週間以上もギターを弾いていないんだ。明日までに勘を取り戻すって、結構 無茶な相談なんだぞ』
 二階席の観客が赤や青に照らされる。
「すごーい、高木のやつ、あんなにギターが上手かったんだ」
 雛形が見ている前で、ジミー・ノーランを彷彿とさせる 切れのあるカッティングを聴かせる高木、そのままマイクの前まで移動して、彼らの代表曲『青い鼓動』を歌い出す。
「それにしても すごい客入り。高木くんたちって、こんなに人気があったんだ」
 いつもの赤い丸眼鏡に、灰色のワントーンコーデと、他の子より地味な服装の八木は、騒ぎまくる周囲の観客に少し引き気味の様子。
「雑誌にも紹介されているらしいから、アレであいつら結構 注目されているんだって。わ、見て見て、井岡がステージの端に立ってキャーキャー言われている。あたしもキャーキャー言って来よ!」
 そう言って 人の背中を押し分けて行く雛形、そのマイペースな姿に苦笑いして、ゆっくりと金田の所へ戻って来る八木、
「ねえ 金田くん、この演奏、シャンデリア・ナイトでもやってくれたら、きっと私たち大成功ね」
「ったりめーだ。C組にアンド・ロックスがいるって、誇らしいぜ。俺らをバカにしやがったA組やB組の奴らを、見返してやるんだ。最高のシャンデリア・ナイトにしてやろうぜ!」
 こぶしを振り上げて、鼻息を荒くする金田、それを見上げて 素直に「うん」とうなずく八木、と、その視線を一番後ろのコンサートPAのブースへ向けて、彼女は不穏な表情を見せる。
 ステージのモニター映像や、ミキシング・コンソールを前に、ド派手な衣装をまとったイベントの主催者、東ポン太が 足を組んで座っている。その横に、倉木アイスのマネージャーの田淵ありさの姿が。
『なんで田淵さんが、こんなアマチュアバンドのライブに来ているんだろう』
 コソコソッと、八木は金田の影に隠れる。


 金のネックレスに、金のソバージュヘアーを揺らす東ポン太、彼は大きく頭の後ろで手を組んで、
「なーんか、パッとしねえなあ。あいつら、前に見た時より成長して、パフォーマンスも上がっている。それなのに、なんかパッとしねえ。俺が見たかったのは、こんなライブか?」
 田淵が隣でタバコを吸いながら、
「さすがは敏腕プロデューサー、東ポン太様。これだけイベントが成功しているのに、まだ満足していないようで」
 未来から来たようなサングラスに、田淵の姿を映す。
「ありさよぉ。正直な感想を聞かせてくれ。このライブ、おもしれーか?」
 ゲホゲホとタバコでむせる田淵、
「おもしろくないわけがないじゃないですか。今やアンド・ロックスは全国ツアーが出来るくらい、各地にファンをもっていて、この間の音楽番組でも注目のアマチュアバンドとして取り上げられていましたよ。ほら、あれだけたくさんの取材陣も来ていますし」
 有名音楽雑誌のライターたちが、ステージと客の間でカメラを構える。
「違うんだよ、違う。俺ぁ そんなうわべっ面の話をしているんじゃねえ。もっと本質的な話だ。俺が言いてえのは、サプライズなんだ」
「サプライズ?」
 田淵の細い眉が寄る。
「そう。エンターテイメントってのはさ、結局サプライズなんだ。俺たちの興奮ってのは、みんなそこから来る。それがどうもこのライブには欠けている」
 観客の、たくさんの頭の上にあるステージ、そこではファンク・ロックにクセの強いメロディーを乗せた、高木たちのキレキレの演奏が続く。
 田淵は少し間を置いて、わざと明るい声を使って、
「ところで東さん、毎年恒例となった『パシフィック・ビーチ・フェス』に、うちの倉木を使って頂けません? 地元のアーティストを積極的に使うのもいいですが、倉木だったらもっともっと集客を見込めますよ!」
 口をへの字にする東。
「お宅んとこの子、高けぇんだよなあ。質がいいのは分かるんだが、こっちはボランティアまで使ってやっているから、余裕がねえんだ」
 待っていましたとばかりに、田淵は電卓を叩いて見せて、
「これくらいで、いかがでしょう?」
 眼鏡を下げて、その数字を見る東、
「ほう、ほう! がんばるじゃねーか。こっちは安けりゃ安いだけ助かるんだが、お宅ら、その数字で食っていけるの?」
「弊社は、経費を切り詰めるだけ切り詰めてやっていますから、ご安心ください」
 ワーッとひときわ会場が盛り上がる。その光景を未来的な眼鏡に映して、
「そうだなぁ。この単調なライブに、華を添えるような、ビッグ・サプライズが起きねえかなぁ。俺ぁ 今、そのコトで頭がいっぱいだ」
 作り笑いをしたまま、田淵は片方の眉をヒクヒクと動かす。


 ライブの演奏が遠くに聞こえる、事務所棟の二階のトイレ、そこで田淵は洗面台の鏡に向かって、
「なーにがサプライズだよ。なーにか華が欲しいだよ。んなもん、自分でなんとかしろっての! こんなアマチュアバンドの汗臭いライブに、華もへったくりもないっつーの」
 ブランド物のポシェットから、化粧品を取り出して、鏡に向かってメイク直しをする田淵。
「でも、若手アーティストから絶大な人気を誇る、東ポン太と、早い段階で何かしらのコネをで作っておかないと、ライバル事務所に差をつけられてしまう。うちの看板娘の倉木が不在なんだから、ここはなんとか踏ん張って、東ポン太を死守せねば。そのためにも、華の一つや二つ」
 と、こぶしを前に突き出して、目の中に炎を見せる田淵、その後ろを てててと八木が通り過ぎる。
「ん?」
「あ」
 バッタリと二人は顔を合わせて、それから勢いよく相手の肩をつかむ田淵。
「倉木! あんたこんな所で何やっての!」
「しーっ」と慌ててトイレの中を確認する八木。
「私を倉木って呼ばないでって言っているでしょう。私は八木、八ー木っ。クラスメートに聞かれたらどうするの」
 田淵は肩をすくめて、
「ここはスタッフが使うトイレだから、大丈夫だよ。
 それにしてもあんたがこのライブハウスにいるって事は、もしかしてクラスメートの誰かがライブに出ているってこと?」
 観念したように、田淵に耳打ちをする八木。
「へえ、それは奇遇だね。まさかアンド・ロックスのメンバーが、あんたのクラスにいたとはね。確かにプロフィールにリボルチオーネの名前があったわ」
 そのまま個室に入って、八木はドアに鍵を掛ける。
「田淵さんこそ、なんでこんなアマチュアバンドのライブを観に来ているの。スカウト?」
「なに言ってんだよ。うちの事務所は芸能タレントと俳優がメイン。社長は音楽に暗いからミュージシャンは取ったことがない。
 今日のあたしはねえ、未来を見据えて営業活動をやっているんだよー。ターゲットは音楽プロデューサーの東ポン太。今はまだどのテレビ局も彼を取り上げていないけど、これからの若い世代が こぞって彼へのリスペクトを表明しているから、今後絶対に東ポン太の時代が来る。その前にあたしは彼と約束を取り付けておかないとな。ま、東ポン太といえば、気難しくって、クセも強いから、まだどこの事務所も手を出していない。ココ! うちにとってはココが大チャンス」
 個室から出て来て、八木は鏡に向かって手を洗う。
「仕事熱心ね」
「あんたと違ってねー。あたしは会社員だから遊んで暮らすわけにはいかないんだよ」
「遊んでなんか、いませんよーだ」
 小さく舌を出す八木。
「まあ それには、東ポン太が言うような ライブに華を添える算段をつけないといけないんだけどねー。彼が満足するような とっておきの華なんて、そんじゃそこらに」
 嫌な予感を察して、そーっと逃げようとする八木、その襟を田淵がつかまえて、
「おーっと、いたいたぁ、とんでもない華がここにぃ」


 誰もいないステージに、最新のヒット曲が小さく流れる。ガヤガヤと、困惑した観客たちが絶えず会場を移動している。
 金田がソフトドリンクを片手に、
「あれー、おっかしーなあ、あいつら楽器を置いて ステージから降りたっきり、ぜんぜん戻って来ねーや」
 運休が放送された駅のホームみたいに、携帯電話を手にした観客が会場のあちこちに集まっている。
「終わったんじゃないの? 中途半端な感じだけど」
 カウンターチェアーに座った雛形が、Tシャツの胸をパタパタあおぐ。
 久遠が双眼鏡で会場の端から端まで見回して、
「何かトラブルでも起きたのかもしれない。さっきからステージの裏をスタッフが走り回っている」
 金田は何かに気づいて、雛形の肩を叩く。
「おい雛形、八木は?」
「八木さん? 知らなーい」
 携帯電話の明かりに顔を照らす雛形。
「知らないって、何だよ。お前ずっと八木と一緒にいただろう」
 雛形は小さく舌を出して、
「ライブに夢中になって、はぐれちゃった。いま連絡入れているんだけど、返信来ない」
「ライブあるあるだな」と久遠が双眼鏡でステージを見て、
「おっと、動きがあったぞ」
 アンド・ロックスのメンバーが 早足でステージ上に現れ、思い思い自分の持ち場につく。そして余裕のない表情で楽器の準備を始める。
 わらわらと、また観客がステージ前に集まり出す。
 その内に高木がマイクを掴んで、
「えー、俺たち、結成当時からトリオバンドとしてやって来たんスけど、今夜だけ、四人バンドやりまーす」
 あちこちから どよめきが起こる。
「どういう事だ?」
 金田が二人をふり返る。
「さあな、とりあえず、プログラムにはそんなこと書いてない」
 明るいステージで頭を掻く高木、そして少し照れたように 笑って、
「マジでこんな事、ホントありえないんだけど、俺らアマチュアバンドに、超スーパースターが飛び入り参加してくれました。
 みんな、聞いて腰を抜かすなよ? 『アンド・ロックス・ウィズ・倉木アイス!』」
 紺ブレザーにティアードスカートを穿いた倉木アイスが、両手を振りながらステージそでから走って来る。
 困惑していた会場が、一気に歓喜に変わる。
「うお! 倉木アイスだ!」
「聞いてねえぞー! ヤバすぎだろ!」
「テレビだ、ぜったいテレビの企画だ! どこかにテレビ局のカメラがあるはずだ!」
 突然アイドルが乱入した教室のように、会場は狂喜乱舞する。
「こんばんはー、みんなさーん、盛り上がっていますかー!」
 二階席まで見渡して、倉木はあちこちに手を振る。
 金田は大きく頭を抱えて、
「オーマイガッ! オーマイガッ! なんでこんな所に倉木アイスが! やべーぞ、やべーぞ! 雛形、一眼レフ(カメラ)! 一眼レフ!」
「持ってるわけないでしょ!」
 笑顔を絶やさず、ステージ上を歩く倉木、高木や井岡の所へ行って、肩に手を置いて、
「えー、今日はこちらのアンド・ロックスさんたちと、急きょコラボ企画となりました。ご存知でしょうか、彼らは私の後輩に当たるんですよ。がんばって欲しいものですねー。という事で、これから彼らに私のデビュー曲を演奏してもらいまーす。大丈夫ですかね、準備はできましたかね、はい。それではみなさん、聴いて下さい、『夏色のアイスクリーム』」
 倉木がステージ中央で歌い出しのポーズを取ると、高木たちはフォークバンドみたいに譜面スタンドに向う。
「やばくない? ねえ やばくない?」と雛形がジャンプしてステージの様子を見ながら、
「これって、サプライズでしょう⁉ 高木たち、あたしたちに何も言ってなかったよ!」
 倉木の歌声が会場いっぱいに響き渡ると、建物の外で待機していた人たちが、次から次へとホールへ雪崩れ込んで来る。その様子を 首を振って眺める金田、
「もしかしてあいつら、俺らにこの事 黙っていたんじゃねー? こんなサプライズあるって事をよぉ! くそー、カメラ持ってくれば良かった」
 会場の後ろ、コンサートPAのブースで、イスを倒して東が立ち上がる。
「これだッ! これこそビッグ・サプライズ! 誰も予想ができないってのが、エンターテイメントの神髄なんだ! イイじゃねえか、アンド・ロックスとスーパーアイドル、この組み合わせは悪くねえ! やるなぁ、ありさぁ、リアルタイムでこんな華を持って来れるとは」
 倉木はマイクを手に歌って踊りながら、ステージそでにいる田淵を見つけると、キッと相手をにらみつけた。
「おうおう、にらめ にらめ」
 田淵は腕を組んでタバコを吸いながら、
「これで東ポン太に借りが出来た。夏のイベントはあたしのモンだ。おうおう、まだにらんでいる。まあ あんたににらまれるくらい、安いもんだ」
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