アイドルと七人の子羊たち

ゆさひろみ

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酔余の蛮行①

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 冬の星座が広がる夜空、その下に、ひっそりと佇む夜の学校。真っ暗な窓ガラスが並ぶ中、教員室の窓だけ皓々と明かりが灯っていた。
「片桐先生、片桐先ー生、まだ帰らないんですか?」
 A組の担任の先生、江口智樹が、椅子をスライドさせて来て片桐のデスクに近づく。
「あー はい、まだ、テストの採点がありますから、もうしばらく残っていきます」
 片桐は赤ペンのキャップを使ってカリカリと頭を掻く。
「へー、それ、先週のテストじゃないですか、いやー、片桐先生は相変わらず大様なお方だ」
「そうそう」と美術科の先生、吉川修一まで椅子をスライドさせて来て、
「もう三学期に入っているというのに、いつになったらイベント開催通知が来るんですかって。いやー御見それしますよ、学校創立以来初めての危機だってのに、そうやってのん気に笑っていられるのだから」
 そんな二人に挟まれて、片桐はまた赤ペンのキャップで頭を掻く。
「いやー、彼らには彼らのタイミングというものがありますから、いちいち心配していても仕方がないです」
 江口が椅子の背もたれを抱きしめながら、
「片桐先生が心配しなくても、ほかの先生方は冷や冷やもんですって、この間なんて教頭先生が胃薬を飲んで辛苦を舐めたような顔をしていましたっけ」
 離れた席にあるディスプレイから、原田桃子が半分顔を上げる。
「それは、お気の毒で」と解答用紙に丸を付ける片桐。
 その様子に二人は体をのけぞらせる。
「片桐先生なんですよ、教頭先生の胃痛の原因は。先生、いつか教頭先生に首をしめられますよ、っとにー」
 江口が相手の首を絞める素振りを見せる。
「それは怖いなー、あっはっはっは」
 吉川が原田の方をふり返り、ダメだこりゃと肩を上げて見せる。
 この時間の教員室には 片桐、江口、吉川、原田の四名の教師が残っていた。
 吉川がお猪口を上げる動きを見せて、
「江口先生、どうです これから一杯。K市駅の北口に焼き鳥屋がオープンしたんです」
「え、あんな住宅街に?」
「そうなんです。先日郵便局へ立ち寄ったら、焼き鳥のいい匂いがして来て、ついつい店の前まで誘われて行ってしまいました。電車からだとドラッグストアの陰になっていて、今まで気が付かなかったんですよねー」
 江口は八時を回った時計を振り返り、
「うーん、これから ですかー。明日は土曜で休みだし、しばらくそういうのもやっていなかったし、いいかも知れませんね」
「決まりですね。原田先生、あなたもご一緒しません? これから一杯」
 びっくりした原田が顔を上げる。
「今からですか?」
 吉川は空を飛ぶように原田の元へ舞い降りる。
「ご心配なさらずに、軽くですよ、軽ーく」
「うーん、明日は朝から用事があるんですよねー」
「そんなに遅くまで若い女性を連れ回しませんって。焼き鳥を食べて、少しお酒を嗜む程度」
 吉川が手もみをして見せる。
「焼き鳥かー、しばらく食べていないなー。あ、そうだ、片桐先生はどうします?」
 思わず嫌そうな顔をする吉川。
「片桐先生は、まだ仕事があるんでしたよねー?」と江口が相手の顔を覗き込む。
「は、はあ、僕はまだ」
 その様子を見た原田が、スカートの足を組みながら、
「じゃー こうします。あたし片桐先生が行くなら行きます」
「はあ? なにそれ」と吉川がげんなりと両肩を落とす。
「チッ、片桐先生、原田先生のご指名ですよ。当然、行きますよね」
 江口がむっつりとした顔を相手に近づける。
「は、はあ。少し、時間を頂ければ」


『とりよし』と書かれた暖簾をくぐると、そこは満員御礼の活気ある店内だった。うす暗い廊下を進み、四足の靴が揃えられた小上がりを覗くと、おしぼりで手を拭く江口たちの姿が。
「えーと、とりあえず生四つと、串焼き盛り合わせを二つ。あー、塩とタレ両方で。あとベーコンポテトサラダ二つと、冷やしトマト二つと、鳥皮せんべい人数分」
 慣れた口調で江口がそう注文すると、原田がコートを裏返しに畳みながら、
「素敵なお店ですねー。あたしこんな良いお店が近場にあったなんて知らなかった」
「この冬にオープンしたばかりですって。こんな引っ込んだ所に店を構えているのに、まさかこれほどまでに人気があるとは。予約のキャンセルがなければだいぶ待つ事になったって話ですよ」
 言いながら吉川は煙草を取り出し、『禁煙』の張り紙を見つけて「はあ」と肩を落とす。
 片桐がおしぼりを使って顔を気持ち良さそうに拭いていると、その横で江口がニタニタと笑う。
「片桐先生、それはNGです。若い女性の前でそれをやっちゃダメです。おじさん丸出しです」
 片桐は丁寧におしぼりを畳みながら、
「ああ、つい いつもの癖が」
「原田先生は、結構いける口ですか?」と吉川は酒を飲む真似を見せる。
「あたしですか? あたしは、まあ、新潟の出身ですから、そこそこ」
 江口の目が輝く。
「へえー、日本酒とか」
「まあ、帰省した時とか、よく父と飲んでいます。あ、父は日本酒が大好きで、いい酒が入ったから帰って来いって、うるさくて」
 吉川が体をひねって店員からジョッキを受け取る。
「いいねえ、新潟美人。原田先生、私もあなたとお酒を酌み交わしたい」
 四人にジョッキが行き渡ると、にぎやかな乾杯があり、ぷはーとみんないい顔を上げる。
 江口が焼き鳥の串を串入れに入れながら、
「原田先生、誰かいい人いないの?」
「なんですか、いきなり」
「失礼じゃないですか江口先生。そういうのもハラスメントの対象になるんですよー? で、いないんですか? 原田先生」
 そう言って吉川が赤い顔を近づける。
「いないですよ。今ちょっと家族の事でバタバタしているから、正直そんな余裕はないです」
「妹さんだっけ」と江口がワイシャツの襟を楽にしながら、
「大変ですねー、もしかして明日もその件で?」
「はい、また転院だそうで」
 空になったジョッキを吉川が集めて回る。
「病名は、まだハッキリしないんだって?」
「そうなんです。今度は精神神経科です。郁子も、いい時はいいんですけど、悪くなってしまうとベッドから起きる事さえ出来なくなって。ずっと休職しています」
 煙草の入った胸ポケットに江口は手を当てたまま、
「中学で教員やっているんでしたっけ。同じ教職として、なんとかしてあげたいけどなあ」
 原田はハッと何かに気づいて、急いで回りを見渡す。
「ごめんなさい、なんか、急に重い空気になってしまって。片桐先生、飲んでます?」
「あー はい、頂いてます」
 ニコニコとジョッキを上げて見せる片桐。
「そう言えば、片桐先生も独身でしたよね。ご予定はないんですか?」
「ダメだよ吉川先生、そんなこと聞いては」
 見えない所で江口が腕を交差させる。
「ダメも何も、片桐先生だってまだ……、あ そーだ、片桐先生は原田先生のこと狙っていたんでしたっけ」
 ブーと片桐がビールを吹き出す。
「コラコラ吉川先生、突拍子もない事を言うんじゃない。原田先生と片桐先生では月とすっぽん」
「江口先生、今のは失礼です!」
 原田は座り直してテーブルを手で叩く。
「いやあ、僕と原田先生では釣り合いがとれませんよ。あっはっはっは」
 そう後ろ頭を掻いて見せる片桐、それを見て江口も吉川と笑い合う。
「ほら、本人もああ言っているし」
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