アイドルと七人の子羊たち

ゆさひろみ

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ほろ酔いデート

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 終電間近の駅の階段から、ぞろぞろとたくさんの人が降りて来る。スーツ姿の人が多く目に付き、みな一様に携帯電話を片手に信号待ちの列へ加わる。その横顔の向こうに、サンチェスカフェの青い花のステンドグラスが見えていた。
「とは言ってみたものの」
 ウールコートのポケットに両手を入れながら、金田が店の外を走って来る。
「どうせ店で待っているのは八木の方だよな。まさかこんな所に倉木アイスがいる訳ないし、いたら大変だし」
 ドアベルを鳴らして金田が店内に顔を出すと、深夜にもかかわらず店はほぼ満席の状態だった。
「おー、けっこう混んでいるー。昼間しか俺来たこと無かったけど、夜になるとこんなに客が入るのかー。えーと、八木はどこだ?」
 手庇をして店内をキョロキョロ見て回る金田、赤い丸眼鏡がなかなか見つけられない中 大きく後ろ頭を掻いて、
「おっかしーな、まだ店には来ていないのかなー」
 後ろから来る店員に道をゆずるなどして、二階席へ上がろうとした所で、奥の方の席で大きく手が上がった。
「ん? えっ? く、倉木さん⁉」
 両足を広げて固まる金田の視線の先に、ジョン・レノン愛用のボストンメガネをかけた倉木アイスの姿が。
「ウソー、あんなバレバレな姿で普通に座っているし」
 金田が恐る恐るその席に近づいて行くと、少し怒ったような倉木が腕を組む。
「さっき一回こっち見たのに、ぜんぜん気付いてくれないんだもん」
 金田はイスを引いて座りながら、今も驚きが隠せない様子。
「だ だって、てっきり八木の格好をして来ると思ったから」
 倉木は眼鏡を少し下の方へずらして、
「あの変装は結構手間が掛かるのよね。髪をしっかりとまとめなきゃいけないし、メイクだって初めからやり直さなきゃいけないし。まさかこんな夜遅くに変装なんてしない。それにこの格好だって、案外周りにバレないんだから」
 それとなく金田が周囲をうかがうと、話に夢中になっている客の姿に気付く。
「確かに。誰もこっちを見ていない。へえー、倉木さんがあまりに堂々としているから逆に誰も怪しまないんだ」
 現れた店員にコーヒーを一つ頼み、金田はメニュー表をテーブルの脇へ置く。
「こうやって二人で会うのって、初めてかな」
 倉木は頬杖をついて、コーヒーカップに口をつける。
「そうですね。しかも八木じゃない倉木さんに会うのは、えーと」
「プレミアムコンサート以来?」
 救急車の赤色灯が夜の街並みを高速で照らす。
『自分勝手にあの子を連れ回して、緊急搬送までさせて。あなた、いい加減にしなさい!』
 金田はとっさに左の頬を押さえる。
「ハハハ、そうですね、甘酸っぱい思い出……。
 あ、あれ? 倉木さん、少し酔ってます?」
 倉木の目のまわりがほんのり赤かった。
「酔っているわ。悪い? 今日はね、野口さんって事務所の人の結婚式があったの。その三次会でね、マネージャーの田淵さんが暴走しちゃってさあ、私の顔を見るなり説教ばかりして来てもうウンザリ。こっそり抜け出して来ちゃった」
 そう悪戯っぽく笑うアイドルの横顔に、金田はボーっと赤くなって見惚れる。
「そ、そうだったんですか。それでこんな時間に、ハハハ」
 金田のコーヒーが運ばれて来て、それに口をつけていると、
「ごめんね金田くん、本当は、もう寝ていたでしょう?」
 金田はポリポリと首すじを掻きながら、
「俺 さっきまで、久遠にもらった動画を観ていたから」
 それを聞いた倉木の顔から笑みが消えた。
「そう」
 テーブルの隅に置いた携帯電話がブーブーと鳴り出す。
「金田くんは、どう思った? 早見、涼真くんのこと」
 チラッと着信画面を見て、それを無視して倉木は金田の顔を見る。
「うーん、久遠のやつも言ってましたけど、話の真相は誰にも分からない、というのが俺の率直な感想です。なんど見返しても本当の所が見えて来ない。シーンによっては白にも黒にも見える。それに俺は、数日前にこの話を知ったばかりで、早見って人も会った事はないし」
 倉木はやや視線を下げて、口元に笑みを浮かべながら、
「そう……よね」
 店内にマネスの悲しい曲が流れ出す。
「でも、俺に出来る事があるとすれば」
「? あるとすれば?」
 そこで二人の視線がバッチリと合って、金田は妙に下を向く。
「いえ、なんでもないです」
 隣の女性が突然席を立って、相手の男性に向かってコップの水を掛けた。
「もういい! 聞き飽きた! あたしをバカにするのもいい加減にして!」
「ミカ! おい待て、ミカ! まだ話は終わっていない!」
「聞きたくない!」と女性はヒールの音を鳴らして店から出て行った。
 青年は周囲の視線に気が付き、静かに目礼をしてから、いそいそと私物を手にレジへと向う。
 倉木は瞳を大きくして、グッと金田に顔を近づけて、手のひらで口もとを隠しながら、
「すごいもの見ちゃった。本当にこういうのってあるんだ」
「ビックリしました。まるでドラマのワンシーンを見ているみたい」
 二人は肩を揺らして笑い合う。
「倉木さん、そう言えば見せたい物があるって」
 頭の上で電球が光るみたいに、倉木は手を叩いて脇にあるトートバッグの中に手を入れる。
「そうそう、忘れていた。これ、金田くんに見てもらいたくて」
 そう言って倉木はテーブルの上に一枚の写真を置く。
「写真?」
 両手を膝の上に置き、妙にかしこまった様子で金田はその写真を覗き込む。
「これ、五年前に撮った私たちC組の写真。シャンデリア・ナイトが終って、興奮冷めやらぬうちに撮った集合写真よ」
 金田の目が点になる。
「あのコレ、見てもいいんですか?」
「もちろん、そのために持って来たんだから」
 神職から玉ぐしでも受け取るみたいに、しっかりと両手で写真を持ち上げて、それをまじまじと眺める金田。
「すごい、みんなまだ息が上がっている。どの目もみんな熱狂している。シャンデリア・ナイトの舞台裏で撮った、奇跡の一枚」
 その写真には、倉木と早見を中心に、当時のC組のクラスメート全員が写っていた。
「なんて、いい写真なんだろう。クラスのみんなが一丸となっている」
 金田の視線は自然と倉木と早見が仲良く肩を組み合う姿に。
「その写真は、今でも私のお気に入りなの」と倉木は組んだ両手にあごをのせて、
「ドラマの収録で何回もセリフを間違えたり、コンサートの本番でいきなり音を外したり、そんな落ち込んだ時には私はこの写真を見るようにしている。最高の仲間たちと、最高の時間を過ごした三年間、それを思い出させてくれる私のルーツとなる写真。ま、私のお守りのようなものね」
 金田は上目遣いをみせて、
「写真の中心にいるって事は、もしかして早見さんって、実行委員長?」
 倉木は満面の笑みを浮かべながら、
「そうよ。涼真くんが委員長で、私が副委員長」
「あっ」と金田はパチンと指を鳴らし、
「じゃあ、倉木さんは二期目の副委員長なんだ。どおりで慣れた感じがあると思った」
 倉木はカップの中のスプーンを丁寧にかき混ぜながら、
「慣れていたとしても、今も昔も大変は大変。あの頃のC組も、最後の最後までクラス全員がそろわなくて、本当に冷や汗ものだった。涼真くんと私とで、いっこうに実行委員会に顔を出さないクラスの問題児を相手に、毎日毎日学校中を走り回った。その中でも本当に大変だったのは……」
『あいつ、俺たちの忠告を無視して 一人でやつらの島へ乗り込んで行った。案の定愚霊夢林(グレムリン)の連中に連れ去られた』
『お前ら、それをただ何もしないで見ていたのか』
『そ、だって、愚霊夢林と言えば神奈川一のヤバい奴らだ。あいつらにボコられて今でも植物人間になっている奴がいるって』
『涼真くん、どこ行くの!』
『決まってるだろ、俺はあいつを助けに行く。愚霊夢林のやつらの居場所は分かっている』
『バカ野郎! お前一人で行ってどうなる! これはもう俺たちの手に負えない、警察に相談して助けを求めよう!』
『そんな暇はない。今も仲間が半殺しの目に遭っているかも知れない! 一刻を争う事態だ! おい、仲間を救いたいやつは俺に続け!』
『やめろ早見、お前も、やられるぞ』
 早見は立ち止まり、すさまじい背中を見せて、
『おい、仲間が死ぬような事があってもいいのか? ああ? 俺たちの仲間は今、死に目に遭っている。それでもお前は黙っていられるのか? いいかお前ら、よく聞け、これが正義というやつだ。正義は勝つ。必ず勝つ。それを今からお前らに見せてやる!』
 テーブルにぽたぽたと涙が落ち始めた。
「!」
 驚いた金田が顔を上げると、倉木は笑顔に涙を流していた。
「涼真くんは、本当に勇敢な人だった。私の中のヒーローだった。私、けっこう叱られる事も多かったけど、彼に会ってからというもの、少しずつ考え方が変わって行った。自分の気持ちがブレなくなった。涼真くんのいつもの口癖は、正義は勝つ。本当に怖いもの知らずで、悪いやつらには正々堂々と立ち向かって行った」
 途中からテーブルに突っ伏して、倉木はくやしそうな声を漏らす。
「そんな涼真くんが突然いなくなって、私たちのC組は、バラバラになった。みんな連絡を取らなくなった。顔もろくに合わせなくなった。どうして涼真くんは、みんなを見捨てたの? どうして涼真くんは、私を見捨てたの?」
 肩を震わせて、さめざめと泣いている倉木を、金田は言葉もなく見守っていた。


 バン、とタクシーのドアが閉まり、窓から倉木の笑顔があらわれると、タクシーはハザードを消してゆっくりと走り出す。赤いテールランプが見えなくなるまで、金田は右手を上げていた。
「倉木さんは」
 その腕がゆっくりと下りて来る。
「まだ、早見の死を乗り越えていない」
 近くのヤマナラシの木から、カサカサと葉の擦れる音が聞こえて来る。
「今でもしっかりと早見の事を引きずっている」
『俺たちはみな、それぞれの目的をもって、この学校に入学する。そうだろう? 金田』
 力なく、金田は自分の影を見下ろす。
「倉木さんは、一体どんな目的をもって、五年後のC組に戻って来たのだろう」
『どうして涼真くんは、みんなを見捨てたの? どうして涼真くんは、私を見捨てたの?』
 テーブルに突っ伏した倉木の背中が揺れていた。
「もしかして」
 早見の死と、向き合おうとしている?
 そこで金田は倉木の泣き顔を思い出す。
「あ、……そうか」
『……金田くんは、気にならないの?』
 ? なにがです?
『金田くんが好きな倉木アイスは、いったい誰が好きなのか』
 その時倉木と早見が肩を組み合う写真が思い出された。
「倉木さんは、早見の事が好きだったんだ」
 駅の方から酔っぱらいの声が聞こえて来る。
「だとしたら」
 その酔っぱらいはゴミ箱に突っ込んで派手な音を立てた。
「早見は俺の、恋がたき?」
 金田はズボンのポケットに手を入れたまま、さみしそうに家の方へと歩き出す。
「そんなわけない、か。早見はテレビに出ていた大スターで、俺なんか平凡な高校生。張り合うってレベルじゃない」
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