アイドルと七人の子羊たち

ゆさひろみ

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こそ練

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 白百合の花が上へ上へと咲き広がるみたいに、巨大なシャンデリアが闇の中に姿を現した。
 降り注ぐ満々の光の中、ダンスウェアを着た八木がゆっくりと舞台中央へ歩いて来る。
 会場のスピーカーからエレクトロニック・ダンス・ミュージックが流れ出し、八木は腕を組んでベースポーズを取る。そして膝でリズムを取り出し、流れでラウンジに入って次第に動きにグルーヴが生まれる。
 無人の二階席が闇に沈む中、けれども彼女の瞳には熱狂する観客の姿が映っていた。
 踊りの中で自然と笑顔になって行く八木、内股と外股をリズミカルに繰り返す、チャールストンを見せながら、JBステップを織り交ぜつつ、最後はコンビネーションで滑らかに舞台を移動する。
 誰もいない会場にみどりの非常灯の明かりが点々と見えた。
 調子が出て来た八木は、次に床の上を転げ回るウィンドミルに入り、そこから助走なしの空中技、くるくると体にひねりを入れるコークスクリューを決める。会場の盛り上がりにもっともっとと両手を上げて、さらに高難易度のエアートラックスやクリケットを連発する八木。
 しばらく踊った後、八木は携帯電話を操作して音楽を止め、ひざに手をつきはあはあと肩で息をしている。
 パチパチパチと突然会場に拍手の音が響いた。
「!」
 誰もいないと思っていた所、突然の人の気配に驚き、急いで暗い会場に目を凝らす八木。
「……片桐、先生?」
 闇の中を歩いて来る片桐の顔がだんだん明らかになる。
「いやー、黙って見ていてごめんねー。声を掛けようかとも思ったんだけどね、あまりに真剣に踊っているものだから、声を掛けそびれてしまった」
 会場作りの途中の、物が散乱した状態の会場に、片桐の軽やかな声が響く。
「それに、観る者を圧倒するとても美しいダンスだったから、ついつい見惚れてしまって」
「そ、そんな」と八木が恥ずかしそうにうつむく。
「僕って ほら、書道が専門でしょう? だからダンスの事なんてぜんぜん分からなくて、僕にとってのダンスなんて、せいぜい子供の頃の盆踊りくらい」と片桐はボリボリと後ろ頭を掻いて、
「そんな僕でもさ、五年前、倉木さんと早見くんがすごい事をやっているっていうのは分かったんだ。いま目の前で奇跡が起こっているって、これはそうそう見られるものではないって。まさに会場は割れんばかりの歓声に包まれて、あの時の観客は異様に熱狂していた。次世代のスーパースターがプライドをかけてぶつかり合う白熱のダンスバトル」
「そ、そこまでは」
 汗を飛ばしながら八木が指で頬を掻く。
「だからね、見てみたいんだ。あの興奮の続きを。
 倉木さんと九条くんの、ダンスバトルを」
 八木の瞳が大きくなる。
「僕はずっと楽しみにしていたんだ。あれから五年後のシャンデリア・ナイトの舞台で、あの時以上にヒートアップしたダンスバトルを」
 片桐は遊ぶように会場を歩きながら、
「以前にも、今みたいに、ここで早見くんが一人 ダンスを踊っているのを目撃した事があったんだ。僕はほら、ここの施錠を任されているからさ」
 そう言って片桐は顔の前で鍵を揺らして見せる。
「早見くんは本当に踊りが上手な子でね。動きがダイナミックで、ジャンプも高くて、どんな姿勢からでもピタッと体を止める事が出来て。あ、ごめんね、語彙力なくて。
 それでね、今のように拍手をしながら、いやー 早見くんはダンスの天才だねって、心底感心していたら、彼はこう言ったんだ。
『先生、俺なんかよりもっとダンスが上手いやつがいますよ』
 僕はビックリしてね、海外の有名なダンサーかねって聞いたら、なんの迷いもなく『俺の弟です』って言うんだ。へえー、そんなにすごいのかい、見てみたいものだねって言うと、
『見れますよ、先生。あいつ、五年後にはこの舞台に立って、史上最高のシャンデリア・ナイトを成功させます』って断言したんだよ。
 当時の僕はただ笑って済ましていたけど、それって、まさにその通りになるんだよね」
 スッと八木の視線は下がり、なんとも言えない口もとを見せる。
「そんな事、言ってたんだ」
「普通言えないよね、自分より弟の方がすごいって。その後で彼、トップアイドルグループに加入して、芸能界で成功を収め、日本メディア大賞で最優秀賞まで取って。兄としてのプライドってのもあるし、威厳ってのもあったろうに。それなのに、簡単に弟の方がダンスが上手いだなんて言ってさ。僕にも弟はいるけど、うん、僕だったらそんな事は言えないね。弟に得意な顔をされるの、嫌だもん。
 だからね、早見くんにそこまで言わせた九条修二郎くんって、どれだけダンスが上手なんだろうって、僕はとても興味があるんだ。それがあと数日で見る事が叶う」
 八木は腕の裏を触るような姿勢を見せて、
「でも、九条くんはイベントには参加しないって、だから、シャンデリア・ナイトは開催されないって」
 片桐は腰の所で腕を組み、しみじみと天井を見上げて、
「あー そのこと。大丈夫だよ。彼はちゃんとシャンデリア・ナイトに参加するよ。準備も万全だ。彼はそのためにこの学校に入学して来たのだから」
「……え?」
「ま、先生の中には、彼を退学にした方がいいと言っている人もいるみたいだけど、大丈夫だよ。九条くんはね、最初から全部分かっている。ぜーんぶ分かった上で、何ていうのかな、自分が言った事に対して、引っ込みがつかなくなっていると言うか、金田くんというあまりに大きな存在に、簡単には屈したくないって言うか、うん、彼らしいよね。きっと子供のように駄々をこねているんだ。シャンデリア・ナイト開催のギリギリまで、彼は駄々をこねるつもりだ」
 八木は次第に明るい表情になって行く。
「じゃあ、九条くんは」
「金田くん、よくがんばったよね、彼、本当にすごいと思うよ。
 金田くんがいなかったら、僕はこんなに落ち着いてなんかいられなかっただろうね。もしかしたら本当にシャンデリア・ナイトは開催できなかったかもしれない、彼が必死になって仲間を説得してくれなかったら。
 九条くんは、金田くんと出会ってから、明らかに変わったよ。口ではああ言っているけど、しっかりと彼の事を認めている。特に新木さんをまた走らせる事が出来た事については、きっとライバルに出し抜かれた気分だったと思うよ。あれは九条くんにはできなかったこと」
「…………………」
「金田くんがこの一年間、学校中を飛んで回って、一人一人イベントに反対しているクラスメートを説得して行った。そんな金田くんの姿を遠い所から九条くんは見ていた。そんな九条くんの背中を、僕は陰ながら見ていたんだ。九条くんだって馬鹿じゃない、むしろ頭のいい子だ。金田くんがどれだけ苦労して、どれだけすごい事をやってのけたのか、それが分からない子じゃないよ。彼はね、しっかりと金田くんの事をリスペクトしている。
 そしてね、これはまあ僕の想像なんだけど、もしも今のC組に、早見くんが委員長として在学していたら、やっぱり金田くんと同じように学校中を飛び回っていたんじゃないかな。仲間思いで、正義感が強くて、困っている仲間がいれば絶対に見過ごせない。金田くんって、まるで早見くんだよ」
『どんな事があっても、どんな裏切りにあっても、どんな大きな嘘をつかれても、俺は最後まで仲間を見捨てない』
 八木は照れたような上目遣いを見せ、
「そんなに、似ています? 彼に」
「おっと、それを僕に聞くのかい? 早見くんとずっと一緒にいた倉木さんが、その事を一番よく分かっていると思うけど。九条くんにしてもそうだ、早見くんに近ければ近い人ほど、二人に多くの共通点がある事に気が付く。それだから、九条くんはあんなに反発しているのかも知れないね。似ているから、金田くんが、自分を捨てた兄の存在に。
 後はまあ、そうだね、あとは彼にきっかけというものが必要なんだろうね」
「………きっかけ」
 頭上にあるシャンデリアの明かりが増して、八木の頬にまつ毛の陰ができる。
「そう、九条くんが素直になれる、きっかけだ。それは金田くんでも僕でも校長先生でもない。それは誰にでもできる事ではない。
 それは倉木さん、あなたにしか出来ない」
 そこで片桐は姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「この通りです、倉木さん。彼を、九条くんを、兄の死から立ち直らせてあげて下さい。お願いです」
 あわてて八木は両手を前に出す。
「や、やめて下さい、先生」
「それはあなたにしか出来ないこと。彼の閉ざされた心を開くのは、あなたの真実の告白です」
「…………………」
「酷だと思う、そんなの。とても残酷な事を僕はあなたにお願いしている。校長先生だって、直接は倉木さんに頼めなかった。
 でも、倉木さんにしか、九条くんを立ち直らせてあげる事ができない」
『しっかりとスクープされているんですよ! 週刊誌の記事では、そこで意に沿わない行為があったと』
 サングラスの横顔が遠ざかり、逃げるように早見は車に乗り込む。
『何もおっしゃらないのは、記事の内容をお認めになったという事ですか!』
『被害に遭われた女性たちに対して、謝罪の気持ちは一つもないんですか!』
 片桐はもう一度深く頭を下げ、
「この通りです、倉木さん。彼に、九条くんに、早見くんの死の真相を伝えてあげて下さい。それは、あなたにしか出来ないこと」
 八木は、震える指先をしっかりと握り締める。
「これ以上、早見くんを悪者にしてはいけないよ。そうだろう?」


 夜の森の中を、あやしく駆け抜ける男たちの影。
 その手の中には、金属バットや木刀など、危険な凶器が握られていた。
 茂みにしゃがんだ男が黒いフェイスマスクを着ける。
「本当に、やるんスね。冗談じゃなかったんスね」
 タバコの火がゆっくりと動き、白い煙が月夜の晩に立ち昇る。
「ああ、最後はこうするしかねーんだよ。遠慮はするな、とにかく思いっきりやれ。責任はすべてこの俺が持つ」
 五人の人影が茂みから飛び出し、明かりの消えた大きな建物へと走って行く。
 遅れてバットを肩に乗せた男が現れ、煙草を地面に投げジリジリとそれを踏み潰す。
「これでシャンデリア・ナイトは終わりだ。天海さんよ、これが俺たちの答えだ」
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