プルートーの胤裔

ゆさひろみ

文字の大きさ
10 / 131

STGサーバー

しおりを挟む
 翌朝はひどい吹雪に見舞われた。窓の外は白いばかりで、ただただ雪が縦横無尽に乱舞していた。
 パジャマを着替え、ノートパソコンに向かった美咲、おはようございますと明るい笑顔を見せる。携帯電話で時刻を確認すると、七時二〇分。不摂生のわたくしの生活から考えれば、十分な睡眠時間が取れた方だ。
「宗村さん、はい、今日のスケジュールです」
 小型のプリンタで印刷した、A4の紙を差し出す美咲。首の裏に手を置いて、それを受け取るわたくしは、そこにある本日の聞き込みスケジュールを見て、少し驚いた。
「これ、いま作ったの?」
 紙にはこれから一日のスケジュールが記載され、それは非常に緻密で、重要なポイントや注意点なども、マーカーペンでハイライトされていた。あまりの完成度の高さに、どこかの書類の様式を使っているのかと思った。
「朝食は六時三〇分からと聞いていますから、わたしたちは他の宿泊客と比べて起床は遅い方です。けど、この悪天候ですから、早朝からスキー場へ出かける予定の客は足止めです。食堂はきっと今も混雑していると思われます」
 美咲は立ち上がって、吹雪の窓に顔を寄せた。すらりとしたスキニージーンズに、ピンクのタートルネックをかぶり、少し背伸びしたお尻をこちらへ突き出す。自然と昨夜の水着姿が頭に浮ぶ。わたくしはブルブルと首を振って、もう一度スケジュール表を見た。
「この計画表、最初にAスキー場ゲレンデレストランとあるが、これは何かな?」
 美咲は少し窓を開けて、吹き込む風に髪をなびかせた。
「何って、決まっているじゃないですか。亡くなった天道葵について、最初に聞き込みをする場所です。わたしたちはこの後、下で朝食を取ってから、Aスキー場へ向かいます。天道葵は、ペンションの仕事の合間に、スノーボードに興じていたと言います、とりわけ『樹氷』というゲレンデレストランに出入りして、そこの店員とよく会っていたそうです」
 美咲は腕を組んで人差し指を立てた。
「ふうん。ペンションでバイトするくらいだから、当然ウィンタースポーツ目的というのもあったわけだ。ゲレンデレストランの店員って、男?」
「いいえ、女性です。名前は倉石留美、元プロスノーボーダーです。彼女は休み時間を利用して、天道葵にスノーボードを教えていたそうです」
 わたくしは顎を撫でた。
「それほど懇意にしていたという事は、何か天道の死について知っているかもしれないね」
「倉石留美は四年前に夫の浮気から離婚、元夫の実家の一室を間借りして、一人息子をK大学へ通わせています。昼間はレストランの店員、夜は駅前の居酒屋で働いて、息子の学費を稼いでいます」
 女子アナウンサーが原稿を読み上げるみたいに、すらすらと倉石の素性を語る美咲。わたくしはゆっくりと顔を上げて、
「おいおい。一体どこからそんな情報を仕入れたんだ? まだ聞き込みだってろくにしていないというのに」
 美咲は横顔を見せて、くすりと笑った。
「聞き込みをしなくても、これくらいの情報だったら、STGサーバーから入手可能です」
「STGサーバー?」
 耳慣れない言葉だった。
「そうです。STGサーバーとは、敷島探偵グループの、専用のデータベースです。社員のわたしですら驚くほどの、膨大な個人情報が、STG管理センターに保存されています。実際にこの目で見た事はありませんが、グループ内には、データ管理システム部があるらしく、インターネット上の情報が、日夜自動で収集され、最新版へとアップデートされていると聞きます。最近では、フェイスブックやインスタグラムなど、それらの登場によって、より細かな個人情報が入手可能になっているそうです。わたしや宗村さんの個人情報だって、ひとたびSTGサーバーへアクセスすれば、数分で、しかもレポート形式で発行されます」
 美咲は視線を下げて、愛おしそうにパソコンを撫でる。
「それって、現実の話? にわかには信じがたいけど、本当だとしたら、そんな危ない話はない。そもそも、警察にバレでもしたら」
「一般公開されているデータであれば、問題ありませんが、ハッキングで収集したデータは、まずいなんてものではありません。ある程度の証拠をもって、リークされれば、敷島探偵グループは即刻家宅捜索を受ける事でしょう。
 ですから、サーバーのセキュリティーは、チャージ・レスポンス・システムという、鉄壁で保護されていますし、嘘か真か、世界的にも有名なハッカー集団、あのアノマニスでさえ、制限時間内には侵入できなかったと聞いています。今回わたしが、本件の関係者のデータを入手したのだって、本人確認とパスワード、認証に次ぐ認証の末、やっと関係者の個人情報を取得しました」
 話の途中で疑問を持った。
「そんな大それた情報を、昨日今日出会ったばかりの俺に話していいの?」
 美咲は横顔に人差し指を立てて、またくすりと笑った。これが彼女の癖のようだ。
「大丈夫です。敷島さんがOKを出しています。宗村には我が社の秘密を全て話しても構わない、こう許しを得ています。でも、こんな事って、今までに例がありません。宗村さんは、一体どれだけ敷島さんから信頼を受けているのか、本当に不思議に思います」
 わたくしの頭には、十年前の敷島の顔が浮かんだ。彼は今でもわたくしの事を兄弟のように思っていてくれているのだろうか。
 ナイトテーブルの上のリモコンを取って、美咲は暖房を『弱』にした。エアコンから目を戻し、壁に吊るしてあった、都会的なトレンチコートに目が行った。
「しかし、ゲレンデのレストランで、二人とも私服で歩き回るとすると、結構スキー客の目に留まるな。君ら探偵にとって、人目に付くってのは、不都合な事が多いんじゃないか?」
 美咲は手で口を覆って、笑いを堪えていた。
「何を言っているのですか宗村さん。あなたとわたしは恋人同士です。冬の休暇を利用して、ウィンタースポーツを楽しみにやって来ているのです。だったら、スノーボードの一つや二つ、やるに決まっているではないですか」
「え」
 わたくしのウィンタースポーツの経験はないに等しかった。大学時代に一度だけ、やるにはやったが、素人のそれと変わりなかった。
「心配しなくても大丈夫です。宗村さんがスノーボードの経験がない事くらい、ベータベースで確認済みです。安心して下さい、わたしがやさしく教えてあげますから」
 雪国の出身なのか、美咲のスノーボードに自信がありそうなのが分かった。
「さあ早く身支度を済まして、下で朝食を取りましょう。このペンションには石釜があって、朝食には焼き立てのおいしいベーカリーが食べられるそうです」
 スリッパにつま先立ちをして、気分転換のような大きな伸びを見せる美咲。
「それも、STGサーバーの情報?」
 わたくしはぽりぽりと首筋を掻いた。
「いいえ、談話室にあった雑誌の情報です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...