プルートーの胤裔

ゆさひろみ

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コーション

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 救護室と書かれたガラスのドアを開けて、中地下一階分の雪の階段を上ると、そこにはスキー客の行き交うゲレンデが広がっていた。
 ポケットの携帯電話が鳴った。喫煙所を目探ししながら携帯電話の画面を見ると、敷島からだった。わたくしは電話に出ながら、吹きっさらしの喫煙所に入った。
『江口が自殺?』
 携帯電話を持ち替えて煙草に火を着けた。
「間違いないそうだ」
 軽食レストランからエプロン姿の店員が出てきて、窓ガラスに立てかけられたスノーボードを粗っぽく移動させた。
『江口サダユキはリフトに乗っていて、首吊り自殺をしたのか?』
「だそうだ。ペアリフトの手すりにロープを結んで、首吊りの輪を自分の首に巻いて、そのままリフトから飛び降りたって話だ」
 隣りで喫煙していた未成年らしい娘がこちらを見た。
『じゃあ、リフト降り場の係員が、遺体を発見したのか?』
「うん。リフト降り場に首吊り死体が引き摺られて来たってんで、係員が慌てて緊急停止ボタンを押したんだそうだ」
 喫煙所から顔を出して第二リフトの様子を見た。原動装置は完全に停止、乗客を全て降ろした座席が強風に揺れていた。ワイヤーロープは中腹から雲の中に入り、遺体が見つかったというリフト降り場は窺い知る事ができなかった。
『江口サダユキは君らが泊まるペンションに宿泊中だったな』
「ああ。朝食の席で他の客ともめていた」
 敷島は何かを真剣に考えていた。
『宗村、今すぐ美咲とペンションに戻ってくれ。警察が事情聴取に来るはずだ。多少怪しまれても構わない、その時に江口の自殺について詳しい状況を訊いてくれ。いま現地にいても規制がかかっていてこれ以上情報は得られないだろう』
 煙草の吸殻を投げて、喫煙所を後にした。
「ペンションで待機だな。よし分かった」
 携帯電話を持ちながら救護室に戻ると、パッと室内の照明がついた。
『それから宗村、美咲にこう伝えてくれ。これからは十分に警戒をして行動するようにと』
「警戒?」
 美咲は人待ち顔で待合のスツールに座っていた。
『わからんのか。江口サダユキは天道葵の死について嗅ぎ回っていた。そして次には変死体として発見された。君らも天道について嗅ぎ回っているのだろう?』
 わたくしは突っ立ったまま三秒黙った。
「江口は、殺されたのか?」
『断言はできない。しかし江口が何らかの理由で自殺したとして、その首吊り方法が余りに異常だ。いくら彼が天性の目立ちたがり屋だって、自分の遺体をスキー場の晒し者にはしたくないだろう。それに、リフトでは一定の時間が経過すると必ず係員に発見される。もしや自殺が失敗に終わって次には病室で目覚める、なんて最悪なケースだって考えられる。とにかく江口の自殺には合理性がない」
「しかし」
 じゃあ、どうやって。
「今は議論している暇はない。とにかく君らはこれから十分に警戒して行動をとってくれ。可能な限り二人で移動して、何か行動を起こす時は必ず俺に一言相談してくれ。いいな』
 先程の美咲の衝突事故、あれももしかして天道について嗅ぎ回っている我々への警告?
『宗村、わかったのか?』
「ああ、わかったよ」
 美咲の強い視線を受けながら電話を切った。
「敷島さんは何て?」
 スツールに置き忘れた缶珈琲を拾って飲んだ。生ぬるく甘ったるくて思わず舌を出した。
「ペンションで待機しろ。警察が事情聴取に来たら江口の自殺の状況を探れ。あとこれからは十分に警戒をして行動するようにと」
 美咲のリアクションもわたくしのそれと同じだった。
「江口サダユキは誰か殺されたんですか?」
「少なくとも敷島はそう疑っているようだ」
 美咲は人差し指を顎に当てて、二秒黙った。
「わかりました。敷島さんの指示通りペンションへ引き上げましょう。宗村さんが板とウェアを返却している間に、わたし車を回しておきます」
 救護室を後にする彼女を呼び止めるように、わたくしは壁に吊るされた集合写真の横に背中をつけた。
「これ、君だよね?」
 美咲は慌てる様子もなく、ゆっくりと写真の前まで引き返した。
「見つかっちゃいましたか。まだここに飾ってあったんですね」
 ああ懐かしい、と彼女は写真に顔を近づけた。
「この写真は二年前のものです。わたしの隣でふざけているのが婚約者の太古秀勝です。お分かりの通り、彼と宗村さんは本当によく似ています」
「偶然?」
 奥の流しに置かれた八角ミラーに、わたくしの横顔が映っていた。
「だと思いたいですが、何せ今回の人選をしたのが敷島さんです」
 美咲は困ったように斜め下を見た。
「あいつ」
 敷島のにやけている顔が思い浮かんだ。昨夜の美咲の涙も、寝ぼけてわたくしと太古秀勝を混同した結果だったのかも知れない。
「偶然だと願おう」
 わたくしはそのままレンタルコーナーの窓口に行ってスノーボードとウェアを返却した。店員が受け取る際にリーシュコードのフックが破損しているのに気が付き、呼ばれた店長とクリップの開閉を見ていた。わたくしは何だか嫌な気分を味わった後、そのまま帰される形で店を後にした。
「リーシュなんていくらでもあるんだからわざわざ店長を呼ばなくてもいいと思います。そんな簡単に壊れるものじゃないから、初めから欠陥品だったんですよ」
 待機していた車に乗り込むと、美咲はサイドブレーキを解いてギアをドライブに入れた。
「壊しちゃったのかな」
「欠陥品です」
 降雪は小休止といった所だが、とにかく風が強かった。前方の車に積もった雪が雪煙となって上空に舞い上がった。
「江口の自殺、君はどう思う?」
 飛ばしたパトカーとすれ違うかと思ったが、二台のシャトルバスに道を譲っただけだった。
「わかりません。ただ、朝の様子を見る限りでは、これから自殺する人、という印象は受けませんでした」
 いつ化粧を直したのか、こめかみの打身に濃いファンデーションが塗られていた。
「だよね。これって、天道葵の時と同じ展開じゃないのかな? 警察は生前の江口について関係者に事情聴取を行う。みんな彼の様子について自殺をするような素振りはなかったと答える。しかし状況証拠から江口サダユキの死は自殺と発表される」
 美咲は横目でこちらを見た。
「宗村さんも、これは自殺ではないと、そう考えているんですね?」
 頭の後ろで手を組んだ。
「根拠なんてないんだけどさ、そんな気がするんだ。だって三人に共通するのは自殺する動機が見当たらないって事だろう? 天道は岸本と不倫中だったんだし、木原は恋人天道の勤め先に遊びに来ていたんだし、江口は天道について調べ回っていたんだし、みんな何か遂行中だった。なのにみんな自殺した」
 暖房の音がやけに大きく聞こえた。美咲がハンドルを切りながら、
「じゃあ、誰かが三人を殺したと?」
 わたくしと美咲は同時に目を合わせた。
「うん。敷島は俺たちに、これからは十分に警戒をして行動するように注意した。あいつは分かっているんじゃないかな、その何者かの存在が」
 その何者かは深夜の車の中で木原と天道の体に灯油を撒いて火を着けた。そして次にはスキー場のリフトの上で江口の首にロープを巻いて彼を突き落とした。
「でも、それって誰なんでしょうか?」
 雪道の振動で荷台のスノーボードが跳ねて落ちた。
「誰だろう。俺には全く見当もつかない。三人とも晦冥会の人間に関係しているのだから、その関係の人間じゃないかな。そういえばペンションの宿泊客に晦冥会に関係していそうな人物はいなかった?」
 美咲は小さな顎に人差し指を当てた。
「もういないと思います。今朝スキー場へ向かった久慈親子は大手の薬品研究員ですし、江口と口論をしていた羽田太一と大島典子は、都内のアパレル店を経営しています。あのペンションにはもう晦冥会の関係者は存在しないと思います」
「という事は、この先もう自殺者は出ないという事になるのかな」
 美咲はハンドルの下側に指を置いて、真っ直ぐ前方を見つめていた。
「そうだといいんですが、何だか嫌な予感がします。今回江口サダユキが死亡したとしても、何も解決していない気がします」
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