プルートーの胤裔

ゆさひろみ

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三つのお願い

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『とにかく、今後は自分たちの身の安全を第一に考えて行動してくれ。相手は無類の殺し屋だ。君みたいなずぶの素人など、ひとたまりもないからな』
 わたくしは携帯電話を持ち直した。
「ちょっと待ってくれ敷島。俺はもう、バイフーに会っているのか? それは、本当なのか? だったら、そいつは一体誰の事なんだ」
 アームチェアの背凭れが、くるんと回転した。顔を上げると、美咲が胸に手を当てて立っていた。彼女も敷島の話に驚いているらしかった。
『それは、君の身の安全の為に、教えられない』
「教えられないって、犯人が誰かを知らない方が、ずっと危険じゃないのか? 例えば、この後俺は犯人と二人っきりになるかも知れない。そして、俺は何一つ疑いを持たないまま、すんなりと犯人に暗殺されるかも知れない。しかし、俺が犯人の名前さえ知っていれば、そんな恐ろしい状況から事前に逃れられるかも知れないじゃないか」
 わたくしは携帯電話を強く握った。しかし敷島は、悠々と一呼吸置いてから、先を続けた。
『君の気を揉む気持ちはよく分かる。人殺しが誰なのか、それが分からないまま疑心暗鬼の中で時を過ごす恐怖は、俺も散々味わってきたからな。しかし、現実はその反対、今もし君がこの場で犯人の名前を聞く事があれば、それはきっと君のこれからの行動や態度が、百八十度変わってしまう事に繋がるだろう。もしかしたら、君の強い正義感から、何とか犯人を捕まえようとするかも知れない。もしくは反対に、自分の身の安全を考え過ぎて、犯人の存在を意識し過ぎて、相手とおかしな距離をとるかもしれない。いずれにせよ、それらの君の反応が最も危険なのだ。木原たちにしても、今回の江口にしても、つまり彼らは犯人の存在を知っていて、犯人に接近し過ぎた結果、あっさりと殺されている』
『犯人の名前、知りたくないんですか?』
 あずさのキス待ち顔が頭に浮かんだ。
『キスをしてくれれば、教えてあげますから』
 あずさは敷島の言う犯人の名前を知っていたと言うのだろうか。もしもそうだとすると、彼女は犯人の存在を知っていながら、唯一暗殺から免れた一人になるのではないだろうか。
『いい例えが思いつかないが、とにかくまあ、こう考えてみてくれたまえ。犯人は今や自分が透明人間にでもなった気でいる。犯人として誰からも意識されない透明な状態なのだから、今や君たちの回りを自由に行動をしている。その姿を君がもし見えるようになってしまったら、どうだ? 君と犯人の目と目が合ってしまえば、どうだ? その結果は想像にやさしいだろう。犯人を刺激してはならない。今はじっと息をひそめて時を待つのだ』
 ベッドが一つ揺れた。見ると美咲がわたくしの隣りに座っていた。彼女の電話を代わって欲しいような目と目が合った。
「時を待つって、そんなこと言ったって、相手は殺し屋なんだから、どんどん死人が増えるだけじゃないか?」
『いや、俺の予想では、江口が最後の一人のはずだ。犯人は今まさに、最終目的に向かって行動を開始した』
 わたくしは左手で頭を掻いた。
「最終目的だって? おいおい、殺し屋は人を殺してなんぼじゃないのか? その他に、もっとやばい事をやろうとしているというのか?」
『やばい事か。まあ、確かにやばい事になるだろう』
 携帯電話を持ったまま、両肘を膝の上に置いた。
「どうせ、それも教えてくれないんだろう?」
『すまんな。今の段階では、飽く迄推測の域を出ない。しかし、こちらが犯人の計画を読み切った時、俺たちは打って出る準備はできている』
 わたくしは口を尖らせた。
「ふうん。プロフェッショナルな探偵は、すごいな。俺のような素人は、出る幕なしってわけだ」
『何を言う。君は、下手な私立探偵よりずっと役に立っているぞ』
「それ、褒めているのか? まあとにかく、これから俺はどうしていればいいんだ?」
『宗村には明日から三つの事をお願いする』
「三つもあるか」
 天井に目を上げた。
『一つ目は、最初に言った通り、天道葵について調べを続けてくれ。彼女の死は、今回とても重要な意味を持つ。二つ目は、現在ペンションに宿泊している人たちとコミュニケーションをとってくれ。何でも良い、とにかく話しかけて会話をしてくれ。君の職業でもあるライターの取材だと思えば、簡単だろう? 最後に三つ目は、江口の殺害方法を考えてくれ。彼の殺され方は間違いなく密室殺人の類だ。一人でリフトに乗った江口を、バイフーはどうやって殺す事ができたのか。ここが分かれば、今回の事件が大きく進展する』
 わたくしは手のひらを額に当てた。
「遊んでいる暇はないようだな」
『頼んだぞ宗村』
「ずぶの素人なんだから、あまり期待はしないでくれよ」
 敷島の調子が軽くなった。
『君らしいな返答だ。近くに美咲はいるか? ちょっと代わってくれ』
 わたくしは隣りの美咲に携帯電話を渡した。
「お疲れ様です。椎名です。はい、はい」
 わたくしは足を組んで、テレビのリモコンがないか周囲を目探しした。
「え! 何でそんなこと」
 わたくしは思わず振り返った。彼女は顔を反対の方向に向けて、ひそひそと小声になった。
「そんな事をしたら、本当にどうなるかわたし知りませんよ」
 美咲は何を言われたのだろう。彼女は横顔を見せて、ちらりとわたくしを見た。
「わかりました。命令に従います。その結果がどうなるか、わたし全く保証できませんけど」
 美咲は両手で携帯電話を切って、しばらくはホーム画面を見つめていた。
「どうしたの?」
 首を横に振って、美咲は携帯電話を返却した。
「あの、敷島は最後に、何て言ったの?」
 美咲は深い溜め息をついて、こちらを横目で見た。
「何でもありません」
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