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火種
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あずさが二人分の珈琲を運んで来た所で、わたくしたちの熱の入った会話は、一時インタラプトとなった。テーブルの上にカップとソーサーをかちんと置いて、あずさは両手で胸にトレンチを抱いた。
「随分と真剣にお話されているようですけど、一体何の話ですか?」
清掃業務が一区切りついて、あずさは休憩に入る前のちょっとした時間に見えた。わたくしは食事の済んだ小皿をてきぱきと彼女の近くに重ねた。
「ありがとう。もう少しだけここを使わせてもらうよ。いま大事な所なんだ」
あずさは、何か言いたそうな顔を二人に向けて、トレンチの上にオーバルプレートを重ねた。
「あたしはお邪魔虫、ですか。ああつまんない、どうぞごゆっくり」
そう言って立ち去るあずさの背中を、いつまでも美咲が目で追っていた。
「どうした?」
「え?」
背中から呼び止められた時のように、美咲は大きな目を動かした。
「珈琲、苦手だったとか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
わたくしは、曖昧に答えた美咲の顔を見て、珈琲を一口飲んだ。フルーティーな香りと強い酸味から、これはイエメン産のモカ・マタリだとすぐに知れた。浅煎りの珈琲豆を使用しているらしく、青い果実のような爽やかさがあった。
「珈琲ブレイクで一息ついた事でもあるし、ここいらで一つ、君の話をまとめさせてもらうよ」
わたくしは煙草をくわえて、背凭れに左腕を乗せた。美咲は隣の椅子のクラッチバッグの中に腕を入れて、携帯電話の画面を一度確認してから、姿勢を元に戻した。
「君は二年前、婚約者の太古秀勝と雪山で雪崩れの被害に遭った。そして、何とか動ける彼だけが、救援要請の為に一人下山を開始した。しかし、それを最後に彼は行方不明となり、すぐに山岳救助隊の捜索活動が行われたが、ヘリコプターによる上空からの捜索でさえ難航を極め、結局救助隊は止む無く雪山から立ち去った。太古秀勝の生存の可能性は限りなくゼロになった。それから三ヶ月が経過して、突然彼の両親から君に電話があって、私物を引き取りに来て欲しいと頼まれた。君は急いで彼の実家へ車を飛ばして、他に自分の私物がないかどうか、彼の部屋の中を調べる事にした」
美咲と婚約者の思い出のくだりは、敢えて割愛する事にした。
「すると彼の書棚から、晦冥会の情報を集めたファイルが、偶然にも足元に落ちて来た。太古秀勝は地元警察の刑事であり、個人的に晦冥会の闇を調査していた事が、そのファイルの中から分かった。そこで君は、婚約者の失踪の経緯と理由が、もしや晦冥会の闇の中にあるのではないかと思い、晦冥会に入信して命掛けの潜入調査を開始した」
一言も口を挟まずに、美咲は大人しく聞いていた。
「その内に晦冥会の謎を同じように追っている記者と出会い、君は支部精舎の地下にある晦冥会の秘密の部屋の話を聞いた。さらに君はその男にそそのかされる形で、晦冥会の秘密の部屋へ単独で侵入した。そこで君は×印の付いた謎の名簿と、壁一面に貼られた不可解な登山地図と、二枚の肖像画が祀られた晦冥会の仏壇を見ている内に、先程立ち去ったはずの幹部たちが、突然地下室へ引き返して来るのに会い、君は首尾よく彼らによって身柄を拘束された。それから君は目隠しをされて、車のトランクへ押し込められると、二時間ほど車に揺られて、見知らぬ建物の中へと連行され、遂には独房のような地下室に幽閉された。君は死をも覚悟して一人椅子に蹲っていると、四日目の朝になって、或る女性が君に面会に現れた。それは、他でもない敷島レナだった」
わたくしは早口でそこまで話し終えると、一息入れるように煙草に火を点けた。
「敷島がなぜ、犯罪者の巣窟のような建物に姿を現したのか、それはまあ一旦置いておくとして、あいつは何の目的があって、晦冥会に拘束された君の所へ顔を出したんだ?」
洋白のミルクポットを傾けて、ブラック珈琲がキャラメル色になるまで、美咲はミルクを注いだ。入れ過ぎだろう。
「あの時がわたしの初めて敷島さんにお会いする運命的な瞬間でした。わたしの初めの内は、敷島さんを晦冥会の幹部の一人だと思い違いをしていましたから、わたしは椅子の上で虚ろな目を上げただけで、一向に立ち上がろうともしませんでした。その様子を見て敷島さんは、余計な話など一切無く、単刀直入にわたしの名前を聞かれました。わたしは開きかけた口を一度止め、ゆっくりと瞬きを一つしてから、晦冥会に登録した偽りの名前を口にしました。それに対して敷島さんは、さもつまらなそうに首を横に振って、改めてわたしの名前を聞かれました。わたしは戸惑うように視線を動かし、膝の上に重なった手の平を見つめてから、自分の本当の名前、椎名美咲だと告げました。それを聞いた途端敷島さんは、右手で大きく顔を覆われて、『君は何て馬鹿な真似をしたんだ』と失望の色を顔に浮かべて大きく嘆かれました」
指に煙草を挟んだ手を、テーブルの角の上に置いた。
「敷島は、その時にはもう君の名前を知っていた?」
「どうやら敷島さんは、太古秀勝という刑事の事を既に知っている様子でした。さらに、彼が晦冥会の裏の顔を調べ回っている事も、その後で雪崩れの被害に遭って行方不明になっている事も、全て知っているような口振りでした。ですから、彼の婚約者だったわたしの名前も、当然頭の片隅に残っていたようで、彼の不幸になった原因を調べる為、捨て身になって晦冥会に潜入調査をした挙句、まんまと幹部たちに身柄を拘束されてしまったわたしの事を、きっとその時大変嘆かれているようでした」
美咲はキャラメル色の珈琲を一口飲んで、カップをソーサーに置くと、今度はシュガーポットの蓋を取った。もはや珈琲と言える代物ではなくなっている。
「うーん、気になる点は山ほどあるけど。とにかく、それから敷島はどうしたんだ?」
美咲はテーブルの上に右肘を置いて、そのまま頬杖を突いた。
「その時の敷島さんは、やはり余計な言葉は一言も口にせず、『何とかしよう』そう言い残して分厚い扉の向こうへ消えました。それから二日間は何事もなく、三日目の夜になると、わたしはわたしの少ない荷物を懐目がけて投げられ、晦冥会から永久追放という重い処分を言い渡されました。わたしは夜の地下室で目隠しをされ、待っていた敷島さんの手に引かれて、彼女の運転する車の後部座席に乗せられました。わたしは、死刑囚のようであった自分の身柄が、突如として現れた謎の女性によって救い出されたという現実を、まだうまく飲み込めていない精神状態のまま、数時間は車に揺られていました。そして目隠しが外されて、ふらつく足取りで車から降りて見ると、そこは東京都S区にある、敷島探偵グループの本社ビルの前でした」
わたくしは指を鳴らして、美咲の顔を指差した。
「それで君はSТGの社員となったわけか。つまり君は、晦冥会の幹部たちが処分に困っていた状態から、突然現れた敷島の働きによって、運良く晦冥会の闇の中から開放された」
美咲は頬杖を突いたまま、左手で珈琲の中のスプーンを回した。
「どうやら宗村さんが今言われた通りの事が、当時のわたしの身の回りで起きていたようです。しかしわたしの命の恩人である敷島さんは、あれから一年が経過した今でさえ、未だにあの当時の真相を教えてはくれません。それどころか、わたしと敷島さんの間で、わたしが晦冥会に入信していた時の話をした時に、『それは口に出してはいけない』そう厳重な注意を受けて、それっきりあの時の謎は謎のまま今に至っています。
ただ、前後の流れからして、どうも敷島さんはあの牢獄のような部屋の中で、わたしの本名を確認してから、晦冥会の幹部たちと交渉の場を設けて、彼らを説得して納得させた上で、わたしの身柄を晦冥会からSТGへと引き受けた、わたしが秘密の部屋で見た事を闇に葬り、その状態を常に監視する条件を飲んで、わたしの命を繋いでくれたのではないかと、そう思うようになりました」
わたくしは煙草を揉み消して、深く腕を組んだ。
「それじゃあやっぱり、敷島は晦冥会と裏で繋がっているんだな?」
美咲は急に口ごもって、テーブルの上に視線を落した。
「その件については、何とも」
「だってあいつは、君が拘束された地下室に顔を出したり、晦冥会の幹部と直接交渉をしたり、通常では考えられない行動をとっているじゃないか」
わたくしはテーブルを叩くように言った。
「それはそうですけど、しかしわたしがSТGに入社して、一年間はほぼ毎日敷島さんと御一緒させて頂いていますが、その間にあの人は、一度だって晦冥会と関わっている様子を見せた事がありません。それどころか、SТGと晦冥会は、なぜかお互いが近づく事を毛嫌いするような犬猿の仲にあります。ですから、そういった現状から考えて、敷島さんが晦冥会と裏で繋がっているというのは、とても考えられる話ではありません」
わたくしはぼりぼりと頭を掻いた。
「だったら何であの日、敷島は君の所に顔を出せたんだ? 晦冥会とSТGが犬猿の仲であるならば、そんなの絶対に不可能じゃないか」
美咲は言葉に詰まって、ペーパーナプキンを細かく折始めた。
「わたしが知っているのはここまでです。結局の所わたしは、行方不明になった婚約者の謎を追って、晦冥会に潜入調査を行い、九カ月の間に今言った秘密の鉄扉の向こう側に入って、ほんの短い時間に室内の様子を見た他は、これと言って晦冥会の闇は暴けなかったという事です」
わたくしは美咲の顔から目を離さなかった。彼女が今さら嘘をついているようにも見えないし、当人だって当時の真相を敷島に聞きたいのは山々だろう。
「それでも、わたしが信者でいた短い期間に、一つだけ、晦冥会にとって大きな出来事が起きました」
「大きな出来事?」
いつの間にか食堂の隅のテーブルを陣取って、携帯電話を操作しているあずさの姿を、美咲は一目見た。
「はい。信者たちの中には、その不幸な出来事を受けて、その場で泣き崩れる人もいましたし、気を失ってばたんと倒れる人も見かけました。他の支部では、その知らせを聞いたが為に、死んでしまった人もあったそうです」
「不幸な知らせを聞いて、死んだ? おいおい冗談だろう? 一体何なんだその出来事って」
美咲は、細く折ったペーパーナプキンを止め結びで結んで、ソーサーの上に置いた。
「その出来事とは、晦冥会の統主不破昂佑の長女、不破斎が亡くなったというものでした」
「統主の長女の死? はて、確か、統主の長男が統主の座を継承したんだよな。そうか、統主には長女もいたのか」
「不破昂佑には、長男の不破巽と、その妹に当たる不破斎の二人の子供がいました」
一年半前に長女が死んで、直に長男が統主を継承した? 何だか妙な話だな。
「そうか。それじゃあ、その不破斎ってのは、まだ歳も若かったんじゃないか?」
「享年十九歳でした」
わたくしの眉がぴくんと動いた。
「十九だって? ちょっと若過ぎるな。一体どんな理由で亡くなったんだ? 病死か?」
美咲はカップに口をつけて、ゆっくりと目を上げた。
「自殺です」
「随分と真剣にお話されているようですけど、一体何の話ですか?」
清掃業務が一区切りついて、あずさは休憩に入る前のちょっとした時間に見えた。わたくしは食事の済んだ小皿をてきぱきと彼女の近くに重ねた。
「ありがとう。もう少しだけここを使わせてもらうよ。いま大事な所なんだ」
あずさは、何か言いたそうな顔を二人に向けて、トレンチの上にオーバルプレートを重ねた。
「あたしはお邪魔虫、ですか。ああつまんない、どうぞごゆっくり」
そう言って立ち去るあずさの背中を、いつまでも美咲が目で追っていた。
「どうした?」
「え?」
背中から呼び止められた時のように、美咲は大きな目を動かした。
「珈琲、苦手だったとか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
わたくしは、曖昧に答えた美咲の顔を見て、珈琲を一口飲んだ。フルーティーな香りと強い酸味から、これはイエメン産のモカ・マタリだとすぐに知れた。浅煎りの珈琲豆を使用しているらしく、青い果実のような爽やかさがあった。
「珈琲ブレイクで一息ついた事でもあるし、ここいらで一つ、君の話をまとめさせてもらうよ」
わたくしは煙草をくわえて、背凭れに左腕を乗せた。美咲は隣の椅子のクラッチバッグの中に腕を入れて、携帯電話の画面を一度確認してから、姿勢を元に戻した。
「君は二年前、婚約者の太古秀勝と雪山で雪崩れの被害に遭った。そして、何とか動ける彼だけが、救援要請の為に一人下山を開始した。しかし、それを最後に彼は行方不明となり、すぐに山岳救助隊の捜索活動が行われたが、ヘリコプターによる上空からの捜索でさえ難航を極め、結局救助隊は止む無く雪山から立ち去った。太古秀勝の生存の可能性は限りなくゼロになった。それから三ヶ月が経過して、突然彼の両親から君に電話があって、私物を引き取りに来て欲しいと頼まれた。君は急いで彼の実家へ車を飛ばして、他に自分の私物がないかどうか、彼の部屋の中を調べる事にした」
美咲と婚約者の思い出のくだりは、敢えて割愛する事にした。
「すると彼の書棚から、晦冥会の情報を集めたファイルが、偶然にも足元に落ちて来た。太古秀勝は地元警察の刑事であり、個人的に晦冥会の闇を調査していた事が、そのファイルの中から分かった。そこで君は、婚約者の失踪の経緯と理由が、もしや晦冥会の闇の中にあるのではないかと思い、晦冥会に入信して命掛けの潜入調査を開始した」
一言も口を挟まずに、美咲は大人しく聞いていた。
「その内に晦冥会の謎を同じように追っている記者と出会い、君は支部精舎の地下にある晦冥会の秘密の部屋の話を聞いた。さらに君はその男にそそのかされる形で、晦冥会の秘密の部屋へ単独で侵入した。そこで君は×印の付いた謎の名簿と、壁一面に貼られた不可解な登山地図と、二枚の肖像画が祀られた晦冥会の仏壇を見ている内に、先程立ち去ったはずの幹部たちが、突然地下室へ引き返して来るのに会い、君は首尾よく彼らによって身柄を拘束された。それから君は目隠しをされて、車のトランクへ押し込められると、二時間ほど車に揺られて、見知らぬ建物の中へと連行され、遂には独房のような地下室に幽閉された。君は死をも覚悟して一人椅子に蹲っていると、四日目の朝になって、或る女性が君に面会に現れた。それは、他でもない敷島レナだった」
わたくしは早口でそこまで話し終えると、一息入れるように煙草に火を点けた。
「敷島がなぜ、犯罪者の巣窟のような建物に姿を現したのか、それはまあ一旦置いておくとして、あいつは何の目的があって、晦冥会に拘束された君の所へ顔を出したんだ?」
洋白のミルクポットを傾けて、ブラック珈琲がキャラメル色になるまで、美咲はミルクを注いだ。入れ過ぎだろう。
「あの時がわたしの初めて敷島さんにお会いする運命的な瞬間でした。わたしの初めの内は、敷島さんを晦冥会の幹部の一人だと思い違いをしていましたから、わたしは椅子の上で虚ろな目を上げただけで、一向に立ち上がろうともしませんでした。その様子を見て敷島さんは、余計な話など一切無く、単刀直入にわたしの名前を聞かれました。わたしは開きかけた口を一度止め、ゆっくりと瞬きを一つしてから、晦冥会に登録した偽りの名前を口にしました。それに対して敷島さんは、さもつまらなそうに首を横に振って、改めてわたしの名前を聞かれました。わたしは戸惑うように視線を動かし、膝の上に重なった手の平を見つめてから、自分の本当の名前、椎名美咲だと告げました。それを聞いた途端敷島さんは、右手で大きく顔を覆われて、『君は何て馬鹿な真似をしたんだ』と失望の色を顔に浮かべて大きく嘆かれました」
指に煙草を挟んだ手を、テーブルの角の上に置いた。
「敷島は、その時にはもう君の名前を知っていた?」
「どうやら敷島さんは、太古秀勝という刑事の事を既に知っている様子でした。さらに、彼が晦冥会の裏の顔を調べ回っている事も、その後で雪崩れの被害に遭って行方不明になっている事も、全て知っているような口振りでした。ですから、彼の婚約者だったわたしの名前も、当然頭の片隅に残っていたようで、彼の不幸になった原因を調べる為、捨て身になって晦冥会に潜入調査をした挙句、まんまと幹部たちに身柄を拘束されてしまったわたしの事を、きっとその時大変嘆かれているようでした」
美咲はキャラメル色の珈琲を一口飲んで、カップをソーサーに置くと、今度はシュガーポットの蓋を取った。もはや珈琲と言える代物ではなくなっている。
「うーん、気になる点は山ほどあるけど。とにかく、それから敷島はどうしたんだ?」
美咲はテーブルの上に右肘を置いて、そのまま頬杖を突いた。
「その時の敷島さんは、やはり余計な言葉は一言も口にせず、『何とかしよう』そう言い残して分厚い扉の向こうへ消えました。それから二日間は何事もなく、三日目の夜になると、わたしはわたしの少ない荷物を懐目がけて投げられ、晦冥会から永久追放という重い処分を言い渡されました。わたしは夜の地下室で目隠しをされ、待っていた敷島さんの手に引かれて、彼女の運転する車の後部座席に乗せられました。わたしは、死刑囚のようであった自分の身柄が、突如として現れた謎の女性によって救い出されたという現実を、まだうまく飲み込めていない精神状態のまま、数時間は車に揺られていました。そして目隠しが外されて、ふらつく足取りで車から降りて見ると、そこは東京都S区にある、敷島探偵グループの本社ビルの前でした」
わたくしは指を鳴らして、美咲の顔を指差した。
「それで君はSТGの社員となったわけか。つまり君は、晦冥会の幹部たちが処分に困っていた状態から、突然現れた敷島の働きによって、運良く晦冥会の闇の中から開放された」
美咲は頬杖を突いたまま、左手で珈琲の中のスプーンを回した。
「どうやら宗村さんが今言われた通りの事が、当時のわたしの身の回りで起きていたようです。しかしわたしの命の恩人である敷島さんは、あれから一年が経過した今でさえ、未だにあの当時の真相を教えてはくれません。それどころか、わたしと敷島さんの間で、わたしが晦冥会に入信していた時の話をした時に、『それは口に出してはいけない』そう厳重な注意を受けて、それっきりあの時の謎は謎のまま今に至っています。
ただ、前後の流れからして、どうも敷島さんはあの牢獄のような部屋の中で、わたしの本名を確認してから、晦冥会の幹部たちと交渉の場を設けて、彼らを説得して納得させた上で、わたしの身柄を晦冥会からSТGへと引き受けた、わたしが秘密の部屋で見た事を闇に葬り、その状態を常に監視する条件を飲んで、わたしの命を繋いでくれたのではないかと、そう思うようになりました」
わたくしは煙草を揉み消して、深く腕を組んだ。
「それじゃあやっぱり、敷島は晦冥会と裏で繋がっているんだな?」
美咲は急に口ごもって、テーブルの上に視線を落した。
「その件については、何とも」
「だってあいつは、君が拘束された地下室に顔を出したり、晦冥会の幹部と直接交渉をしたり、通常では考えられない行動をとっているじゃないか」
わたくしはテーブルを叩くように言った。
「それはそうですけど、しかしわたしがSТGに入社して、一年間はほぼ毎日敷島さんと御一緒させて頂いていますが、その間にあの人は、一度だって晦冥会と関わっている様子を見せた事がありません。それどころか、SТGと晦冥会は、なぜかお互いが近づく事を毛嫌いするような犬猿の仲にあります。ですから、そういった現状から考えて、敷島さんが晦冥会と裏で繋がっているというのは、とても考えられる話ではありません」
わたくしはぼりぼりと頭を掻いた。
「だったら何であの日、敷島は君の所に顔を出せたんだ? 晦冥会とSТGが犬猿の仲であるならば、そんなの絶対に不可能じゃないか」
美咲は言葉に詰まって、ペーパーナプキンを細かく折始めた。
「わたしが知っているのはここまでです。結局の所わたしは、行方不明になった婚約者の謎を追って、晦冥会に潜入調査を行い、九カ月の間に今言った秘密の鉄扉の向こう側に入って、ほんの短い時間に室内の様子を見た他は、これと言って晦冥会の闇は暴けなかったという事です」
わたくしは美咲の顔から目を離さなかった。彼女が今さら嘘をついているようにも見えないし、当人だって当時の真相を敷島に聞きたいのは山々だろう。
「それでも、わたしが信者でいた短い期間に、一つだけ、晦冥会にとって大きな出来事が起きました」
「大きな出来事?」
いつの間にか食堂の隅のテーブルを陣取って、携帯電話を操作しているあずさの姿を、美咲は一目見た。
「はい。信者たちの中には、その不幸な出来事を受けて、その場で泣き崩れる人もいましたし、気を失ってばたんと倒れる人も見かけました。他の支部では、その知らせを聞いたが為に、死んでしまった人もあったそうです」
「不幸な知らせを聞いて、死んだ? おいおい冗談だろう? 一体何なんだその出来事って」
美咲は、細く折ったペーパーナプキンを止め結びで結んで、ソーサーの上に置いた。
「その出来事とは、晦冥会の統主不破昂佑の長女、不破斎が亡くなったというものでした」
「統主の長女の死? はて、確か、統主の長男が統主の座を継承したんだよな。そうか、統主には長女もいたのか」
「不破昂佑には、長男の不破巽と、その妹に当たる不破斎の二人の子供がいました」
一年半前に長女が死んで、直に長男が統主を継承した? 何だか妙な話だな。
「そうか。それじゃあ、その不破斎ってのは、まだ歳も若かったんじゃないか?」
「享年十九歳でした」
わたくしの眉がぴくんと動いた。
「十九だって? ちょっと若過ぎるな。一体どんな理由で亡くなったんだ? 病死か?」
美咲はカップに口をつけて、ゆっくりと目を上げた。
「自殺です」
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