プルートーの胤裔

ゆさひろみ

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プルートーの胤裔

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「本当に、君なのか? りお」
 砂嵐が止まった。
『そうです、わたしです、久慈、りおです』
 精神感応が始まって、辺りは静寂に包まれた。
『おじさん、精神感応の乱用は禁止です。やめて下さい。前にも言いましたが、おじさんが精神感応を発信したという事は、携帯電話で言えば、おじさんは電磁波を発信して、わたしに電話をかけている状態です。そうなると、悪魔の世界からわたしを追って来た、怪しい影は、その電磁波の気配に反応します。つまりおじさん、あなたが発信している精神感応に、怪しい影の動きが変わりました』
「巽の暴挙に、怪しい影、クソッ、泣きっ面にハチだな」
『おじさん聞いて下さい、晦冥会の秘密の祠で、最悪のシナリオになってしまっても、もうどうにもならなくなってしまっても、投げなりにならないで下さい。あきらめるのはまだ早いです。言っておきますけど、おじさんは何も悪くありません。卑怯な人間でもありませんし、恥ずべき存在でもありません。あなたは今、そこにいる。あなたは最悪のシナリオの場面に立って、わたしと精神感応を交わしている。それは、大変な功績です。運命と運命とを引き止める、大切な〝かなめ〟です。だから、自分で自分を責めないで下さい。それどころか、褒めて下さい。ここまで逃げ出す事なく、よくがまんして踏み止まったと、胸を張って下さい。
 そして、後の事はわたしに任せて下さい』
「任せるって、君はまだ、駅のホームにいるのだろう?」
『そうです。でも、えーと、説明は後です。時間がありませんから、手短に行きます。おじさん、今すぐ忍さんにこう伝えて下さい。〝全ては反対〟だと。相手が目を閉じた時、世界は反対になると』
「世界は反対? それは、どういう意味だ」
『いいから、その通り忍さんに伝えて下さい。世界は反対になる、そう知りさえすれば、忍さんはきっと分かります。なんて幼稚で、せこい手に引っ掛かってしまったのだろうと』
「せこい手」
『それでは、お願いします。ではまた後で』
「お、おい、ちょっと」
 わたくしの視界は、中心から外側へ向かって、祠の景色へと変わっていった。目の前には敷島の顔があって、口をぱくぱく動かしている。何か言っている。
「敷島?」
「どうした、宗村、おい、しっかりしろ」
 わたくしの両肩をつかんで、強く揺すっていた。
「精神感応が、終わった」
「精神感応? 何だそれは、寝ボケているのか」
 すぐそこの床には、不知火の瀕死の姿があった。
「そうだ」
 わたくしは敷島を押しのけて、
「聞け、不知火! 全ては反対だ! 相手が目を閉じた時、世界は反対になる!」
 巽に踏みつけられ、虫の息だった不知火、その憔悴しきった目が、大きくなる。
 ぴくりと耳を動かして、ゆっくりと石臼のように回転してふり返る巽、まゆ毛を八の字に押し上げて、
「なんだてめえ、いまなんつった?」
 思いがけない出来事に、巽の注意はわたくしに反れた。不知火はそれを見逃さなかった。下半身から上半身へと体をねじって、ブーツの下から頭を引き抜き、そのまま後方倒立回転跳び、いわゆるバク転をくり返して祠の奥まで逃れた。足の下にしていた相手が消えて、巽は、おっとっとと体勢を崩す。
「チッ! これだけ出血して、まだ動けるのか」
 不知火は、立ちひざの状態から、ゆっくりと立ち上がる。
「まあいい、タマは腐るほどあるからな。次はどこへ撃ってほしいんだ?」
 ベロンと舌を出して、拳銃のスライダをなめ上げる巽。不知火は、暗殺着の袖を歯で噛んで、ビリビリと光沢ある生地を引き裂いた。それを左腕の付け根と、右足の付け根に、手早く巻いて、きつく結ぶ。緊縛圧迫という止血法だ。
「きさまは絶対に許さない。この身が破滅しようとも、きさまだけは地獄の底まで道連れにしてやる」
 風もないのに、不知火の髪が広がった。
「ほう、それだけ死にそうな顔をして、威勢だけはいい。よし、今度こそおまえの心臓を撃ち抜いてやる」
「やってみなよ、その、子供のおまじないを」
 不知火は、ふくみ笑いを浮かべて、巽の方へと歩き始めた。その眼光は、黒から青紫色へと変わり、様々な色を経て、最終的に真っ白にその虹彩を変化させた。
「ガキのまじないかどうか、その身をもって知れ!」
 巽の奇妙な行いが始まった。目を閉じて、肩の力を抜いて、リラックスした心境から、まぶたを開ける。そこからの発砲。不知火には、もはや戸惑いの色はなかった。巽が発砲する前に、左肩を後方へ引いて、そのまま前進。直後、背後の壁が爆ぜて、小石が弾け飛ぶ。
「なに!」
「どうした、あたらないじゃない」
 不知火は、白眼の残像効果によって、二つの白い曲線を描いて、ゆっくりと巽との距離を詰める。
「馬鹿な、そんなはずは」
 後退しながら、大慌てで、同じ行いをくり返す。目を閉じて、薄目を開けて発砲、薄目を開けて発砲、開けて発砲。不知火は、右へ、左へ、上体を反らして、それら全弾を回避した。カチッ、カチッと、撃針が空を切る。ホールドオープンになった拳銃を見て、巽は、マガジン交換もままならず、眼前に迫った不知火に向かって拳銃を投げる。
「クソ! なぜだ! なぜあたらない!」
 軽々と拳銃をよけて、不知火はさらに早足になる。
「こんなせこい手に引っ掛かるとは、私としたことが不覚。しかし、タネさえ分かってしまえば、こんなもの、百人に撃たれてもあたらない」
 巽は、白兵戦でもするように、腰からランドールのナイフを抜き出して、相手に向かって大きく振った。不知火はその刃の軌道を見切って、一時、足を止める。その隙に巽は、敗北者の背中を見せて、祠の入口へ向かって走り出した。
「逃がすものか」
 忍者走りというのか、低い前傾姿勢をとった不知火は、巽の背中を追い、背後から右腕を回して、立ち姿勢からの完璧な固め技に入った。それは、女性の、しかも手負いの腕力にもかかわらず、巽がいくら暴れても、抜け出す事ができなかった。
「放せ! クソったれ!」
 巽はかかとを打って、ブーツに内蔵されたナイフを出して、背中の相手に刃を向けた。しかし所詮、そのような小細工は暗殺者の十八番、プロ相手に通用するはずもなく、やすやすとナイフは踏まれて、折られた。
「宗村、どうして君は、巽の意識が反対になる事に気がついたのだ? この俺でさえ、見破れなかったのに」
 敷島がわたくしの肩に手を置いた。
「意識が反対? なんだ、それ」
 敷島の目が大きくなった。
「分かって、いないのか? 分かっていないで、あんなことを」
「分かるも何も、りおがそう言えって」
「りお? 誰だそいつは」
 敷島はわたくしの目の奥をのぞき込んだ。
「久慈りおだって、ずっと俺は言っているじゃないか。久慈さんの娘で、透視能力者だ。彼女、駅のホームから、精神感応というテレパシーを使って、困っている俺を助けてくれるんだ」
 敷島の表情に、恐怖の念があらわれた。
「まさか。宗村、そいつは」
 と言い掛けて、次に何かを言う前に、
「宗村さん」
 脱走した羊でもつかまえて来るように、暴れる巽を抱えて、その背中がわたくしの名を呼んだ。
「どうやらあなたには感謝をしなければならないようね。さっき〝相手が目を閉じた時、世界は反対になる〟というあなたの助言がなければ、あなたがこの男にかかっている迷惑な催眠術の種明かしをしてくれなければ、私は、おまじないのカラクリが解けずに、時間切れになっていた」
 乱れた黒髪の間から、青白い横顔が現れて、白く澄んだ瞳がわたくしをとらえる。
「まあ、この男が突然〝変性意識〟に落ちる、という奇妙な精神状態から、私は、こいつは誰かに暗示でもかけられているのではないか、と、うすうすは感じていた。呪われた魔女と噂される超能力者、そいつが対マインドリーディングとして施した、催眠術。けれども分かったのはそこまで。催眠術のカラクリまではたどり着けなかった。銃口から発射される銃弾はいつも通り見えていた。その軌道もハッキリとしていた。それは他の発砲と変わらなかった。しかし実際は、その弾筋が直前で反対になる。対応しきれない。銃弾を受ける。では、見えていた銃弾は一体、なんだったのか。そこをずばり、宗村さんに言い当てられて、私の迷いはいっさい消えた」
 不知火に感謝の意を表されても、わたくしは、その内容について理解ができなかった。ただ、何とかうまくいったとりおに感謝するばかりだった。
「本当はもう少し、なぜ暗示の意味が分かったのか、その理由について聞いてみたかったけど、時間がない。悪いけど宗村さん、そこの扉を開けてもらえる?」
「扉」
 わたくしは御神体の奥にある、石の扉へと目をやった。そこでは、息も絶え絶えの上月加世が、血だまりの中で両手を伸ばしていた。その、血のついた手の痕が、ぺたぺたと扉に残っている。
「扉さえ開けてくれれば、私は、このままこいつを連れて中へ入る。そうなれば、安心して。もうあなたたちとは金輪際、関わり合う事はない。なんたって、極秘文書が焼けてしまったんだもの、代わりにこの男を連れて行くしかない」
 それを聞いた巽、釣り上げて活き〆前のマグロのように、暴れに暴れて、背中にいる相手に手を伸ばす。
「馬鹿野郎! なに考えている! この扉の向こう側へは、絶対に行ってはいけない! この中は人のおもむく場所ではない! 不知火! この向こうに何があるのか、おまえは知っているのか!」
 不知火は、涼やかな顔を見せて、
「さあ。どうせ、晦冥会の財宝でも眠っているんでしょ」
「馬鹿を言え! この先は、絶対に人間が立ち入れないようになっている。行けば、生きては戻れない!」
「さあ宗村さん、早く」
 不知火は、両手両足をバタつかせて、子供のように嫌々をやる巽を引きずって、一歩、また一歩と、祠の奥へと向かう。
 わたくしは判断に困って、おろおろと敷島を見た。
「宗村、俺はもう、動く事が出来ない。不知火の言う通りにするんだ」
「いいのか」
「ああ。扉を開けて、彼らが中に入ったら、すぐに閉めろ。俺も君も、相当危ない」
 唾を飲み込んで、無言で頷く。警戒を怠らないように、音を立てないように、わたくしは走って、御神体を裏から回り込み、ダイヤル付きの扉に手のひらを当てる。扉の表面は熱をもっていた。奥へと押し込みながら、左の方向へ移動させてみる。石の扉は、そこそこの重量があるはずだが、足にローラーでもついているのか、天井から吊られているのか、とにかく造作もなく開いた。
「おい馬鹿、開けるんじゃねえ!」
 扉に隙間が生まれると、熱のこもった中の空気が、ふわ~っと祠に流れ込む。と同時に、敷島の立っている位置から、ビービーとアラームの音が鳴る。わたくしは、この場でいったい何が起きているのか、皆目見当もつかなかった。
「やめろ! やめろ!」
 これ以上ないくらい、体を反らして、巽は扉の中に入るのを拒んだ。その首を、背後から締め上げる不知火、一歩、一歩と、扉の隙間へ向う。
「きさまがどのくらい万死に値する男だとしても、晦冥会の統主である事には相違ない。だとすれば我われバイフーは、統主をその手にかける事はできない。ならば、一緒に向かいましょうか、統主様。〝プルートーの胤裔〟として、地獄の神が眠る、終焉の間へ」
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