転生勇者はスマホで殴ると死ぬ

服部ユタカ

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九.基本的に大体のことが気に食わない

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九.基本的に大体のことが気に食わない

「派遣ー!」

「はい」

「派遣さん、こっちよろしく」

「はい」

「これお前のミスだろ、派遣!」

「はい」

 俺の立場は派遣社員だ。名前すら覚えられていない可能性が高い。同じく派遣社員の櫻井はうまく周囲に溶け込んでいる。もともとそこにいたかのように、彼女は正社員と対等に話をしている。

 先日の部長へぶちかました粗相ですら、一部では、むしろ喜ばしいことのように同僚から褒められていた。それだけのことをしていた部長の横暴を一瞬で沈黙させたのは、ある種の功績であったらしい。

 本性がむき出しになった状態の櫻井は、相当にアレな性格だと俺は知っているが、その辺をつつくとむしろ嬉しそうにこう言うのだった。

──化けの皮もネコも被ってどんどこしょー!

 意味の方はさっぱりだったが、コミニュケーション能力と胆力は相当なものだ、と思わされた。

 櫻井はそういった人間だ。俺とは違う。俺のような、半端な暗がりに生きる人間とは。

「松浦さん、お疲れ様、です」

「ただいま、マーちゃん」

 帰宅後、自室ではエプロン姿のマーちゃんが、とりあえず白米と味噌汁を用意してくれていた。俺は買った惣菜をレンジに詰め込むと、適当なワット数で温めボタンを押す。

 温まった、ハネも焼き目も微妙なふにゃふにゃの餃子を口元に運んでいると、マーちゃんは小首を傾げながら言った。

「人間とは、難儀、です。自ら苦難に近寄っては、疲弊して帰ってくる。非常に、難儀、です」

「魔物の国は仕事という概念がないのか?」

「生きるためには行動する、です。でも特別なにかを誇示するために財宝類は必要としない、です。必要な時に必要なものだけ、です」

 自給自足的な意味で言っている、と俺は彼女の言葉を飲み込んだ。

「聞いているだけで、仕事、嫌になる、です」

「でもさ、マーちゃん。欲しいものとかあったら働くしかないでしょ」

「たとえば」

 語尾が若干上がったので、これは疑問形だ。最近それをようやく理解した。

「向こうの世界で言ったら、なんだろうな。城とかの居住地とか」

「作ってしまうので、働かない、です」

「いや、作るって充分働いてない?」

「対価が欲しくてやることではない、です」

 マーちゃんと話していると、どんどん人間の無駄な行為が浮き彫りになってくる。

 たとえば貨幣。物々交換をするのではなく、価値を担わせた紙やら金属やらに信頼を作り出して作り出された概念だ。これを得るために、俺たちは働き続けなければならない。

 たとえば紛争。小規模なものから、大規模なものまで、法律をもって争う。自分の権利を保証するために用いられているものだ。これのおかげで、人間は守られている、と錯覚する。

「シンプルが一番、です。それぞれが、互いにテリトリーから不用意に出ず、多くを望まない。今のこの一日を大切に生きる、です」

 スピリチュアルな本やらに書いてありそうな文言だが、彼女が言うと含蓄があった。さすが魔王様というところか。

「マーちゃんはさ、なんで魔王になったの? だれかの上に立って働かせるため?」

「周りが持ち上げただけ、です。私が求めたのではなく、です。ですから、自分の実利を求めての結果ではない、です」

「無欲だな」

「です」

 そこでちょうどスマホの充電がマックスになった。俺は食器を流しに運ぶと、テーブルの向こうに着座しているマーちゃんへと頷いた。

「それでは、勇者殺し様。行きます、です」

 スマホに奪取した転移の加護を起動し、俺は目を瞑った。体がふわりと柔らかくなったような感覚の直後、足が土を踏んでいた。

「さあて、二人目の勇者様は、と」

 すぐさま木陰から様子を伺う俺とマーちゃん。

 月(に相当する天体のなにか)に照らされて、何人か、武装した人間たちが大型の魔物を相手取って戦闘をしていた。

 いや、よくよく見れば、腕が四本の熊に似た魔物は、抵抗はしているものの、自らは仕掛けていない。

「こいつ全然強くねえな。図体ばっかりの見掛け倒しかよ!」

 勇者と思しき人物が、その役割らしからぬ口の悪さを見せた。それを受けて、なお、大型の魔物は殺意ある攻撃を繰り出さない。

「よし、新技試そうぜ!」

 一人の剣士が提案すると、全員が嬉々として声を上げた。

「松浦さん、あの子、助けられますか、です。あの子は、どこにも属さない、争いを好まないタイプの魔物、です」

 ただの弱いものいじめでしかない戦闘もどきに、マーちゃんの表情は珍しく曇っている。それを俺は、鈍麻した感受性のどこかで、痛ましい、と感じていた。

 なんたらかんたらブレイドとかいう必殺技を打ち込むために、剣士と勇者が駆け出した。

「そぉい!」

 俺はとりあえず、スマホを二人に向けてぶん投げた。そして、勇者はそれに気付き、最低限の動きで身をかわす。

 一方、剣士はその大上段に構えた両腕の肘から先が音もなく、スマホにかき消された。

「あっ!? なんだ、これ……!?」

「誰だてめえら!」

 困惑する剣士の言葉にかぶせるように、勇者がヤンキー口調でこちらに向き直る。その間に、俺のスマホは手元に出現した。こういう時便利な機能だと思う。

 月明かりに照らされた此度の勇者様は、一口に言えば、古いタイプの不良だった。なんせ手にしている武器が、しこたま釘の打ち込まれたバットだ。

 高校生程度の見た目の勇者は、唾を横に吐いてからメンチを切ってくる。が、俺は呪術でビビることがそうそうない体質に変化させられている。

「勇者釘バットくん」

「ああ!?」

「そういうのはやめた方がいい。抵抗していない相手をいたぶるのは、趣味が悪いぞ」

「てめ誰だ! やんのかコラァ!!」

 木陰に完全に隠れて気配を消しているマーちゃんが囁く。

「攻撃一辺倒で数々の魔物を狩っている、厄介な勇者、です。近づくと危険、です」

 小さく頷くと、勇者釘バットは再度意味のわからないようにすごんできた。筆舌に尽くしがたい謎の音の羅列で、マジで非常に意味がわからない。

「釘バットくん、そういうのはやめた方が」

「勇者に手ェ出すってことがどんなことか教えてやらァッ!」

 勇者様は、ほとんど倒れこむように低姿勢を取り、そこから一気に駆け出した。加速力が高い。少々焦りはするが、これも事前の情報通りだ。

「スマホフラッシュ!」

 なんのことはない、スマホの撮影用ライトを操作して目くらましをしただけだ。

「くっ!」

「スマホチョップ!」

 なんのことはない、角に当たるように握りしめたスマホで殴りかかっただけだ。

「くっそがァッ!」

「スマホドッヂ!」

 なんのことはない、釘バットから逃れるべく、後方にステップしただけだ。スマホ関係ねえな、もはや。

「気に食わねえ、お前みてえな大人は特に気に食わねえ! 服装からしてあっちから来たんだろうが、なんで邪魔しやがる!」

「スゥマァホォ──!!」

 俺が繰り出すであろうなにかに警戒した相手は、釘バットを前に、剣のように構えて飛び退いた。

「なにもしなーい」

「なにもしねェのかよ!」

「俺はな」

「っ!?」

 そこで初めて、勇者様は周囲の異変に気付いた。いたはずの勇者パーティのメンバーが消えているのだ。

「全員、各国に移動させました、です」

 マーちゃんの転移呪術により、ここには三名しかいない。

「しゃらくせえ真似してんじゃねェよ!!」

 激昂する勇者様だったが、ヤンキーは大概群れないでいると不安を煽られることを、俺は知っていた。

 おそらく、彼は今、非常に焦っている。

 前情報では、この勇者様は完全なる前衛タイプ。怪我をものともしないスタイルの戦闘が成立するのは、それを支える魔術師か、僧侶などのサポートがあってこそだ。

「じゃあ、まあ、恨みはないけどこの辺で。スマホフラッシュ!」

「くっ!?」

「二度も同じ手を食うのはおバカさんのやること、です」

 釘バットを振り回しながら後ずさりする勇者様に、狙いを澄ませ、ピッチャーよろしくスマホをぶん投げた。

「うあっ!? な、なんだ、なにが起きた!?」

 的中箇所、左の肩口。消失した部位から血は出ない。元からなにもなかったかのように、傷口もなく、そこは空間が補修された。

「そぉい!」

 スマホが手元にワープしてから投擲。次は右足だ。バランスを崩し倒れる勇者様。なんと半泣き。

「クソが! 俺はこんなところで死にたかねェ!」

「同じことを魔物に言われた時どうしてたんだ、君は」

「お前、人間のくせに魔王軍に協力してやがんのか!?」

「そうとも言える。そぉい!」

 腹部に大穴。そこで、勇者様は呼吸を止めた。

「ああ……勇者って本当にスマホで殴ると死ぬんだな……」

 びくんびくん、と残った体を跳ねさせる元ヤンの勇者様、ご臨終。

「俺さ、マーちゃん」

「はい」

「大体のことが気に食わないんだけどさ。ヤンキーの類は特に気に食わなかったんだよね」

「やんきい、というのが何かは知りませんが、私も得意なタイプではない、です」

 俺は、勇者様の存在を完全に消失させてから、両手を合わせて「南無」と言った。意味は知らないし、仏教徒でもないので、なにがどうなるかも分からないが、そうした。

 スマホのバッテリが切れて、元の部屋に戻ると、俺はいくらかスッキリした気分で、シャワーを浴びに風呂場へと向かった。
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