如月さん、拾いましたっ!

霜月

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4話(2)

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「卯月さん、ごゆっくり」そう言い、私は玄関を出た。

 睦月がドアに鍵をさし、戸締りをしている。私は睦月の背中に頭を擦りつけた。

「どした?」睦月が軽く振り返る。
「……別に」

 執筆が行き詰まっていた。基本は官能小説をメインに活動しているが、恋愛小説を依頼され、執筆している。
 書いている恋愛小説に物足りなさを感じてしまい、無理矢理、官能的方向へ捻じ曲げたら担当と大喧嘩した。
 今は担当から姿をくらましている。

 今は小説から逃げたい、少し甘えたい、そんな気分だ。

「行き詰まってんの? 小説」バレてしまった。薄々勘付かれていたのかもしれない。
「……そんなとこ」
「少し外の空気吸えば、気分転換になるんじゃね」睦月が私の頭を撫でる。
「……ですかね」私は睦月から頭を離した。

 こんな情けない姿、今は睦月さんにしか見せられない。私は、この家に来て、それほど心を開いていた。

「さ、行こう」睦月が声をかける。
「まさか、歩いて行くのですか?」
「隣町ていったって、徒歩10分だぜ? そこからスーパーまで20分だから余裕で歩ける」

 話しながら歩いていると、あっという間に目的のスーパーまで着いた。少し古い外観だ。
 スーパーは開店前なのに、長蛇の列が出来ていた。

「まさか、これに並ぶのですか?」
「当たり前でしょ! 到着が遅いくらいだわ」
「いつもここで買い物を?」私は訊く。
「そうだよ、近所で一番安いからね」睦月は答えた。

 開店と共に、大勢の人が店内へ傾れ込む。
 中へ入ると『キャベツ一玉100円!』『大根一本100円!』など、安さを表すような黄色い張り紙が目に付く。
 普段買い物なんて、ネットで済ます私には、安いのかどうかも判断できない。

「ほら、持って!」睦月からカゴを渡された。
「カートで良くないですか?」
「店内が狭いし、人も多いからカゴで行く!」睦月もカゴを取る。

(どれだけ買うつもりなんだ……)

 キャベツ、大根、玉ねぎ、手当たり次第、カゴに入れ、進んでいく。睦月のカゴは入店10分でいっぱいになった。

「如月、今から卵のタイムセールがあるんだ。1パック88円。俺行ってくるから、このカゴよろしくね」満面の笑みでカゴを押し付けられた。
「ちょっと、待ってくださーーもう居ないし。も~~」

 重たいカゴを持ち、店内を探す。卵売り場らしきところには人が集まっており、先頭の方に睦月はいた。
 しばらくすると、卵を2パック抱えた睦月が戻ってきた。

「戦いを制し、戦利品を手に入れた!!」嬉しそうだ。
「カゴ持ってください」睦月は受け取ろうとしない。
「カ ゴ !」強めに言い、目の前に差し出す。
「カゴ持つから一緒にワゴンの10円タイムセールへ乗り込もうね」屈託のない笑みを向けてくる。

 あの、人が溢れかえる戦地の最前線に私を乗り込ませようとしているのか? バカじゃないのか。正気じゃない。
 こんなの、絶対お断りだ。

「喜んでカゴをお持ち致しますので、どうぞ行ってきてください」笑顔で送り出す。
「釣れないね~~」睦月は私の空いてるカゴを受け取り、人混みへと消えていった。

 中々帰ってこないので、店内をウロウロする。ふと苺が目に留まった。おもむろに手を伸ばし、苺を取る。
 ツヤとハリがあって美味しそうだ。

(ま、一個ぐらい増えていても分からないでしょう)

 隠すようにカゴの中へ苺を入れる。
 私も家にお金を入れているのだから、買っても文句は言われないだろう。
 空だったカゴを山盛りにして、睦月は戻ってきた。

「買い物終わった~~お会計する」満足げである。
「……良かったですね」私は完全に荷物持ちだ。


 レジも大行列だ。
 睦月は大体の金額の目処がついているのか、財布から現金を取り出していた。会計をスムーズに終わらせたいのだろう。
 
 自分たちの会計の番になると、睦月はサッと現金をトレイに乗せる。
 表示された金額を見て、睦月は首を傾けた。

「あれ? 少し高い気がする」気づかれたか?
「充分安いと思いますよ」私は誤魔化した。
「それも、そうか」会計を済ませ、袋詰め台へ移動した。

「なんでイチゴ~~?! 高いから買わないのに!」苺をみるなり驚いている。
「間違えて入れたんじゃないですか」
「絶対如月おまえだろ」睦月が睨んでくる。
「さぁ、どうでしょう?」私は苺を睦月から奪って、エコバッグに入れた。


 エコバッグを担ぎ、スーパーを出る。
 これを持ちながら、日差しの下を30分、歩くのか。少し憂鬱な気持ちになった。


 歩いている途中、睦月が小さなアクセサリーショップの前で立ち止まった。「見てく?」私は声をかける。

「卯月誕生日だし……少しみる」

 二人はアクセサリーショップへ足を運んだ。睦月はネックレスを手に取り見ていると可愛らしい女性の店員が「恋人への贈り物ですか?」と声をかけてきた。私は少し離れた場所で二人を見守ることにした。


「あ……いや、そんなんじゃないですけど……妹の誕生日で……アクセサリーを探してます」恥ずかしそうに相談している。
「妹さんの! 優しいお兄さんですね! こちらのハートのモチーフがついたネックレスはいかがですか?」
「た、確かに良いと思います……」女性に耐性がないのか? 緊張しているように見える。私は観察を続ける。

「他にもいいものありますか?」
「こちらの四つ葉モチーフはどうですか? こんなかっこいいお兄さんに贈り物されるなんて、妹さんが羨ましいです! 私もお兄さんから欲しいくらいです!」
「いや、そんなことは……お姉さん綺麗だから、えっと、その……彼氏とかに贈ってもらったら良いと思います」


 店員と楽しそうにネックレスを選ぶ姿を眺めているうちに、段々イライラしてくる。
 なんだ、この気持ちは。離れたのは私だが、私のことを放置するつもりか。あの店員も、睦月さんに近づきすぎじゃないか。ワタシカワイイ、ナンパしてアピールをしているように見える。睦月さんも睦月さんだ。あんな女に鼻の下を伸ばして、なんなんだ。モヤモヤするし、同時に、腹が立つ。
 イライラに耐えきれなくなり、睦月の肩に顎を乗せ、店員を牽制した。


「睦月さん、良いのありました?」
「なんか決められなくて」悩んでいるようだ。
「卯月さんは、可愛らしいのが似合うと思いますけど」そっと花のモチーフのネックレスを手に取る。
「ハートはやめる。恋人じゃないし。これください」私の手にある花モチーフのものを指差し、睦月は会計へ向かった。

 私は店内を歩いてまわる。メンズもののアクセサリーコーナーで足を止めた。
 黒いスタッドピアスを見ていると、睦月が隣にきた。

「ピアス開いてるの?」睦月が私の髪の毛にそっと触れ、耳を見る。
「一応」髪に触れたことで鼓動が早くなる。顔が熱い。手の甲で鼻を触り、顔を隠す。

 ーーラッピング番号1番でお待ちのお客様、お品物のご用意が整いましたので、恐れ入りますがーー

「呼ばれてるの睦月さんじゃなくて?」早まる鼓動と薄く染まる頬を隠すため、取りに行くことを促す。
「そうだね、行ってくる」睦月は受け取りカウンターへ向かった。私はその間に先程のピアスの会計を済ませた。

「何か買ったの?」睦月は訊く。
「別に」
「別にって何さ~~」

 私たちは店を出て、帰路につく。
 今はまだ、この気持ちに結論を出したくない。曖昧なまま、少しずつ、近寄りたい。感情を、気持ちを、行動を、抑えることは出来るだろうか。
 一緒に居ると、大人気ないことをしてしまいそうだ。

「如月? どした?」睦月が心配そうにこちらを見る。その表情にドキッとすらする。
「鈍感そうだから、多少強引にいかないと気づいてもらえないかなって」
「なんの話? 執筆の話?」きょとんとする。
「別に~~睦月さんが気にすることじゃないです」

 どうやら、私は気持ちを抑えきれそうにない。かなしいくらい、頭と身体は違う反応をする。
 まずは外堀から埋めていくか。
 
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