蜜色キャンバス〜御曹司とオメガの禁断主従〜

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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26話 『線香花火は、すぐに夜を焦がした』

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 昼の賑わいはまるで夢だったみたいに、夜の帳がゆっくりと降りた。淡い群青の空には、点々と無数の星が瞬く。


 バーベキューもこの夜が過ぎると、お終いだ。色々あったけど、こんな楽しいバーベキューは初めてだった。


 春の風が頬を撫でながら、昼間の熱気を緩やかに冷ましていく。別荘の広いウッドデッキに出て、水都を手招きした。


「おいで、水都」
「なに?」


 あらかじめ用意しておいた線香花火を水都の手のひらに乗せる。水都が嬉しそうに笑みを浮かべた。


「わあっ!! 線香花火!!!」
「やる?」
「やるーー!!!」
「ふふ。今日は素直だね」
「うるさいなぁ」


 水都と一緒にその場でしゃがみ込む。そっと線香花火にライターで火をつけた。細い茎の先に灯された火が、パチパチと微かな音を立て、オレンジ色の光を夜の闇に咲かせる。


 手元で揺れる火に視線を向ける水都の横顔を、僕は隣で見つめた。


「もう明日で終わっちゃうんですね」


 ぽとり。


 光の雫が落ちると同時に、水都が小さな声で呟く。その横顔はどこか寂し気に見えた。


「……楽しかったから、少し寂しい」
「そうだね」


 自分の線香花火に火をつける。ふっくらとした光の玉が灯り、松葉のように細かく枝分かれした、大きな火花が勢いよく噴き出した。


 細かな黄金の粒が飛び跳ね、儚く消える様子を見つめながら、水都がまた、ぽつりと呟く。


「……また、来れたらいいな」
「来ようよ、今度はふたりで」
「……っもぉ~~っ! すぐそういうこと恥ずかしげなく真顔で言う!! 外国かぶれなんだから!!!」
「外国かぶれ??」


 僕が首を傾げていると、水都が頬を赤く染めて、ぷいっと顔を逸らした。けれど、その表情はどこか、嬉しそうに笑っていた。


 小さな火花が静かに舞い、火の玉が燃え尽きていく。僅かに残る煙がふわりと宙に溶け込み、静寂な夜の余韻を残す。


「水都」


 名前を呼ばれて、君がゆっくりと僕の方を向く。君の頬に手を添えた。何かを察したように、目蓋を閉じる君にそっと、口付ける。


「……好きだよ、水都」
「…………」
「水都は?」
「う~~っ……俺も……好き……です……」


 真っ赤になっている顔を両手で隠して、そう言う君が可愛くて、ぎゅっと抱きしめた。恥ずかしがって、こちらを見ようとしない水都に、クスッと笑みが溢れる。


 ふと、その時、ポケットの中でスマホが震えた。ポケットからスマホを取り出して、画面を見る。


 『Mio』


 美桜奈か。でも今は、水都があまりにも愛おしくて。美桜奈の相手なんかしたいと思えず、そのままポケットへスマホを戻した。


「……あとででいいや」
「綾明さん?」
「ん? なんでもないよ。少し冷えてきたね。中へ入ろうか」


 立ち上がって、水都の手から線香花火をするりと抜き取り、空いた手を引っ張った。


「手、繋ぐ?」
「……繋いだら…中に入った時…つ、付き合ってるって…バレちゃうから…繋がない……」
「そう。じゃあ、もういっかいだけ」
「またするの?」


 月の光に照らされた、水都の赤らんだ頬を、両手で包み込む。顔を近づけると、額と額がこつん、とぶつかった。


「僕は外国かぶれだからね」


 クスッと笑い、口元の緩んだ君の唇に優しく口付けた。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー
 *


 別荘から屋敷に戻ってきてからは、いつもと同じはずなのに、少しだけ違って見えた。それは、たぶん、俺の気持ちがしっかりと綾明さんに向いたからだと思う。


「ふぁ~~着いた!!」


 綾明の荷物をちゃんと持つ俺は、まるで本当に、主人と従者みたいだ。いや、そうなんだけど。


 それでも、綾明さんの隣に並ぶだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのは、それだけ綾明さんのことが好きってことなのかもしれない。


「後でアトリエでも行こうかなぁ」
「綾明さんって毎日、絵を描いてるの?」
「今は描いてるよ、少しずつだけどね」
「アトリエ行ってみたいな~~っ!」
「だーーめ」


 人差し指で額がつん、と弾かれた。むぅ。観覧車の中では、絵を描いたら1番に見せてくれるって言ったくせに!!!


「紅茶でも一緒に飲もうよ、水都」
「こういうのは、使用人の立場的にあんまりよろしくないんですけど……」
「僕が一緒に飲めって言ってるのに断るの?」
「綾明さんのそういうところ!!! よくないと思います!!!」


 荷物を部屋に置き、ダイニングへ行く。綾明さんは紅茶が好きだから、何度も美味しい紅茶を淹れる練習をした。今日はその成果を見せる時!!!


 どきどきしながら、紅茶を淹れていると、俺の隣に綾明が立ち、にっこりと微笑んだ。


「今度は僕が淹れようか?」
「だめだめ!! これは俺の仕事ですから!!」
「もう、仕方ないなぁ」
「仕方ないってなんですか~~! どうせまた『僕が淹れてあげるんだから飲め』みたいなこと言うんでしょ!」
「何それ。誰がそんなひどいこと言うの? 言わないよ」


 お、ま、え、だ、よ、! と、心の中で言い返し、イラっとしながら笑顔で紅茶の入ったティーカップを、テーブルの上に置いた。


「ありがとう」
「どう致しまして」


 その時、テーブルの上に置かれた、スマホが一度だけ震え、綾明が何も言わずに、スマホの画面をサッと下向きに伏せた。


「いいの? 見なくて?」
「うん。君の淹れた紅茶の方が大切だからね」


 微笑みながら紅茶に口を付ける、その琥珀色の瞳は、どこか笑っていなくて。


 たった一回の誰からかも分からない着信。そんなこと、俺が気にすることじゃないのに。なんとも言いようのない胸騒ぎが、静かに胸の中へ波紋のように広がっていく。


 自分の心がざわざわと波立つのを感じながら、席に着き、透明なティーカップの中で揺れる紅茶を見つめた。

 


 

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