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91話 『君が飾ったツリーの下で』
しおりを挟む雪がちらつく朝、リビングにはふんわりと甘い焼き菓子の匂いが漂う。引き寄せられるようにキッチンを覗くと、水都がエプロン姿で、クッキーの生地をこねていた。
その足元で、小さな踏み台に乗った瑞希が生地に指を突っ込んで、いたずらっぽくにやりと笑った。
「クッキー焼くの?」
「あっ、綾明さん……! うん、今日はクリスマスだから」
後ろからそっと抱きしめると、水都が恥ずかしそうに頬を染めた。
「まんまっ! きゃっ! あっ、あ~~!」
「瑞希!! 指入れない!! あ~~……もう、いいや。綾明さん、瑞希の手拭いてくれる?」
「はいはい」
水都から離れ、瑞希の指先を布巾で拭う。
「あっ、こら!! また生地に……!!」
「きゃっ! ていっ!!」
「あっ、僕の顔に付けたな!! こら、お返しだ!!」
「きゃはははっ!」
「……何やってんの? ふたりともやめて?」
「水都にも付けてあげようか?」
顔を近づけると、水都の頬が赤く染まった。付けてあげるのは口づけだけどね。そっと唇を重ねると、水都が僕の背中をぽこぽこと拳で叩いた。
「ちょ、ちょっと! 見てる! 瑞希が見てるから!!」
「見てたらダメなの?」
「~~~~っ…!」
耳まで真っ赤になった水都の腰に片手を添えて、サンタクロースの型で生地を抜いていく。その指先のリズムと笑い声に、静かな違和感がひとつだけ、混ざり込んでいた。
「けほっ……」
「大丈夫?」
ふいに咳き込んだ水都に、声をかける。それは短く、軽い咳。だけど、ここ最近になって、何度も繰り返すようになっていた。
「乾燥してきたからかな。ほら、加湿器、出さなきゃね」
そう言って笑う水都の顔は、以前よりも少し痩せたように見えた。疲れた日はソファに横になる時間も増えていて。それでも、水都はいつもの明るさを崩さなかった。
「……病院、行こう?」
「大丈夫だって! 心配しすぎ! 俺、元気だよ? 咳なんて、冬の風物詩じゃん」
そんなふうに言われるたびに、安心するどころか不安が増していく。ときどき、水都の咳の音が耳の奥に残って、眠れなくなる夜もあった。
「う~~ん……」
「ねっ、クッキー出来たよ! あとは焼くだけ!!」
「僕が焼いておくから、少し休んでおいで」
「……別に、休憩なんてしなくて平気だし」
「まんま! ぱあ! なかよち!」
「何をみて『仲良し』って言ってるんだろうね……?」
僕たちを指差して笑う瑞希を抱き上げて、オーブンにクッキーを入れる。すると背中の服がくいっと引っ張られ、振り返ると、水都がいた。
「綾明さん」
「ん~~?」
「……その、今日……やっぱ、なんでもない」
「……僕は、いつでも待ってるよ。さ、焼き上がるまで、オーナメントでも飾ろうか」
水都の肩にそっと手を添えて、リビングへ向かった。
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夜の帳が、ゆっくりと屋敷を包み込む。窓の向こうに広がる静かな闇とは対照的に、リビングでは暖炉の炎が赤く、やわらかに揺れていた。
ツリーには、瑞希が飾ったオーナメントがぎこちなく並び、それを見た水都が笑いながら言った。
「……なんか、上の方に集中しすぎじゃない?」
「瑞希が『ここっ!』って言うからだよ」
6か月になった明織を抱き上げると、瑞希が僕のズボンの裾をぎゅっと掴んで「ぱあ! だっこ!」とせがんできた。
「はいはい。2人は重いんだよ?」
子どもたちを両腕に抱えた瞬間、ぱっと弾けるように笑った瑞希の顔は、まるで光そのものみたいで、こちらも笑顔の花が咲く。
けれど、その姿を見つめる水都の笑顔には、微かに、疲れの影を感じた。でも、僕は気づかないふりをした。
水都が、それを望んでいることを、知っていたからーー。
「さぁ、ローストチキンを食べようか!」
「わあっ!!」
「僕が準備してくるね」
「え、いいよ、俺がやるって」
「いいから。菫さん、手伝って」
「はい」
子どもたちを抱いたままキッチンへ向かい、料理を並べていく。湯気の立つローストチキン、グラタン、パンプキンスープ。そして、彩りの良いクリスマスサラダ。
テーブルを目にした瑞希と明織が、目をきらきらと輝かせて歓声を上げた。
「ちきん!! おっきい!!」
「だあっ! あっ…あっ…う~~」
「食べる前に、乾杯しよう」
僕がグラスを掲げると、瑞希も嬉しそうにリンゴジュースのグラスを持ち上げた。小さく合わさる音がして、その瞬間、食卓にあたたかい幸福がふわりと広がる。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
「めりーくりすすす!!」
スープを啜る音、チキンにかぶりつく音、小さな笑い声。ただそれだけの時間が、まるで夢みたいに愛おしい。
ほんのわずかな間だけでも、『家族』という形が、こんなにもまぶしく、胸を満たす。そして、僕らに笑みを溢した。
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