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第一章 本物の婚約
第十話 『おはようまでの、内緒の熱』
しおりを挟む目が覚めると、心臓の音がやけにうるさくて。天井の模様が視界にぼんやり広がった。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、夢の残り香のように胸を優しく撫でていく。
けれど、身体の感覚だけが、どこかいつもと違っていた。
唇に、そっと指を当てる。昨夜、リアム殿下に触れられた場所。リアム殿下の声、熱、温もりーーそのすべてが、まるで肌に焼きついたように、鮮明に蘇ってくる。
その瞬間、下腹がびくんと跳ねた。
「っ……う、そ……なんで……っ」
思わず、布団の中で身を丸める。ぴんと張った熱の感触が、自身の『反応』だと気づいた途端、心臓が跳ね上がった。恥ずかしくて、信じられなくて、あたふたと布団を頭までかぶる。
「……ち、違うし……っ! べ、別にっ……殿下のこと考えたからじゃ……!」
けれど、まぶたの裏に浮かぶのはリアム殿下の顔で。思い出したくないのに、優しい手のひらも、耳元の声も、唇を辿った舌もーー思い出してしまう。
(落ち着け……落ち着け、俺……!)
震える手で顔を押さえ、布団の奥深くへと潜り込む。胸はうるさく脈打ち、布団の中の熱さすら、殿下の温もりの続きみたいに思えてくる。
「はぁ……っ、……やだ、もぉ……っ」
どうして、思い出すだけで、こんなふうになるんだろう。どうして、あのとき、あんなにドキドキしたのに、拒めなかったんだろう。もう、とにかく、全部が恥ずかしい。
ーーそのとき、控えめなノック音が扉を叩いた。
「ルイス様、失礼いたします。エリオットです」
「っ、あ、……はいっ!」
慌てて飛び起きて、寝癖を直しながら身支度を整える。乱れた髪も、ほんのり火照った頬も、全て『なにもなかったふり』で誤魔化す。
扉を開けると、エリオットがいつものように、穏やかな微笑みをたたえて一礼した。
「おはようございます。よくお休みになれましたか?」
「えっ……その……えっと……はい、多分……」
夢見がちだった表情を慌てて引き締める。けれど、鼓動は落ち着いてくれなくて。頬にのぼる赤みは、どうしたって隠せなかった。
そんな自分に気づいたのか、エリオットの微笑みが、ほんの少しだけ柔らかくなったように見えた。
「殿下より、朝食をご一緒にとのお申し出がございました」
「…………………………えっ?!」
一瞬、時間が止まった。胸がきゅっと鳴るような感覚とともに、頭の中が真っ白になる。
「いっ……一緒に……って、あの、リアム殿下と、ですか……?」
「はい。すでに中庭のテーブルでお待ちです。準備が整いましたら、どうぞご一緒に」
エリオットが一礼し、扉が静かに閉まった。その瞬間、全身の力が抜けて、その場にへたり込んだ。頬はかあっと熱く、耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
(む、無理無理無理……っ!! 昨日の夜、あんな空気だったのに……! 朝から一緒なんて……!)
けれど、断るわけにはいかない。ここは王宮で、リアム殿下は王子で。そして自分はーー『咲かない花嫁』。
そんな立場の自分に、拒否できる選択肢なんてない。
まだ落ち着かない胸の鼓動を抑えようと、鏡の前に立ち、自分の頬を軽く叩いた。背筋を伸ばし、自分に言い聞かせる。
「大丈夫……ちゃんと、お礼言って、普通に朝ごはん食べて……それだけ……っ」
(……いや、やっぱり無理……あの目を見たら、絶対、まともに話せない……!)
それでも、扉の向こうに感じるエリオットの気配に、背中をそっと押されるようにして、足を踏み出した。
ーー心の中で、何度も深呼吸をしながら、暴れ出しそうな気持ちを、胸の奥にぎゅっと押し込んで。
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