フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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第二章 セレスティアの伝承

第五十二話 『ひとつの寝台、ふたりの約束』

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 夕暮れの光が、部屋の窓辺を淡く染める。抱きかかえたルイスの体温を腕に感じながら、胸の奥では、温室で募らせた焦れと嫉妬がまだ消えずに燻っていた。


 扉を閉め、静寂に包まれた部屋で、そっとルイスをベッド脇に降ろす。エリオットが用意していた白いシャツを手渡すと、ルイスはもじもじと受け取って、小さく礼を言った。


「……ありがとうございます……」


 濡れた服を気にしながら、ルイスが立ち上がる。その襟元に指をかけると、はっとして、胸元をぎゅっと抱きしめた。


「あっ……あのっ、着替えるので……少し、後ろ向いていてください……!」
「……なんで?」
「えっ……? ええっ?!」


 嫉妬がまだ尾を引いていたのだと、後になって理解する。でも今は、真っ直ぐルイスを見つめ、真顔で問い返した。


「……さっき、ロバートには見られていたのに、私にだけ隠すのは、不公平だろう?」
「そ、それは……っ」


 視線を逸らし、ルイスが戸惑いながら言葉を探す。その仕草すら可愛くて、つい、困らせたくなる自分がいる。


「……見ているだけにする。だから、許して?」


 囁くようにそう言って、一歩近づく。ルイスの手が微かに震えた。けれど、断れないことも分かっていた。


「……見ているだけですよ」


 ゆっくりと濡れた衣を脱いでいくルイスの指が、まるで、花びらをめくるみたいでいやらしくて。


 肩が露わになると、もう視線を逸らせず、膝をついていた。衣を手に取り、ふわりと広げる。


「……見てるだけは、やっぱり無理だ。手伝う」
「……っ、えっちなことは、だめです……!」
「さあ、どうかな」
「っ、どうかなって……だ、だめ、ほんとに……っ!」


 焦ったように袖で胸元を隠すルイスの姿に、喉が鳴る。濡れた髪をそっと掻き上げ、頬に手を添えた。


「ねえ、ルイス」
「……な、なんですか……」
「……君に触れたくて、ずっと我慢していたんだよ」


 囁きながら、顎を軽く持ち上げる。そして、ゆっくりと唇を重ねた。


「んん……っ」


 甘く、深い口づけに、ルイスの瞳がとろりと垂れ下がる。それが可愛くて、そのまま、手を服の裾に差し込んだその時だった。部屋の外から、控えめなノック音が響いた。


「夕食の準備が出来ました」
「っ……!」


 びくりと肩を跳ねさせたルイスを見て、笑みが溢れる。手をそっと引いた。


「……どうやら、今はここまでみたいだな」
「~~~~っっ!」


 顔を真っ赤にしながら、私から逃げようとするルイスの腕をすっと掴み、耳元で甘く囁いた。


「……続きは、またあとで」
「……っ、ここ、人の家ですよ……!」


 恥ずかしさに顔を覆うルイスの耳元を甘く噛み、扉へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー
 *


 夕食の終わる頃、エルネストが穏やかに微笑んで言った。


「ちょうど、よい部屋が空いておってな。今夜は、そちらを使われると良い」


 その言葉に、ルイスがぴたりと手の動きを止め、器を見つめたまま、肩をわずかに揺らした。

 
 口には出さないが、緊張しているのが分かる。その様子を見ていたエリオットが、ほんの一瞬、何か言いたげに唇を動かした。落ち着いた声で、返事をする。


「ありがとうございます。助かります」


 ルイスの手元へ手を伸ばし、指先で甲に触れる。ルイスが小さく目を見開いて、こちらを見上げた。けれど、それ以上は何も言わずに、そっと微笑んだ。


 食卓を離れ、静かな廊下を並んで歩く。エリオットとエルネストは気を利かせて少し距離を取った。階段を上る頃には、ルイスの歩幅がほんのわずか遅れていた。


 手を取って引き寄せたくなる衝動を抑え、ただ寄り添うように隣を歩く。息遣いも鼓動も、わずかに上ずっているのが、ひしひしと伝わってきた。


 案内されたのは、二階の奥まった部屋で。扉を開けると、ほんのりと花の香りが鼻をくすぐった。白いシーツには花の刺繍があしらわれ、窓辺にはやわらかな灯りがともっていた。


 その真ん中に、大人ふたりが並んで眠れる、ゆったりとしたベッドが、ひとつあった。ルイスが、部屋の入口で立ち止まり、視線をベッドに向け、小さく息をのんだ。


「……ふたりで、ひとつ……」


 ぽつりと漏れたルイスの声は、かすかに揺れていた。


「……イヤだった?」


 後ろからそっと肩を抱き寄せると、ルイスは驚いたように顔を上げ、すぐに小さく首を振った。


「……ううん、そうじゃなくて……。ただ……緊張しているだけで……」
「緊張するようなことを、今夜するかもしれないから?」
「っ、そ、それは……! そっちの意味で言ったんじゃ、ない……です……っ!」


 たちまち頬を真っ赤に染めて俯いたルイスの姿に、小さく笑みが溢れる。胸をくすぐられるような羞恥と戸惑いが、可愛くて仕方ない。


 ベッドの端に腰を下ろすと、ルイスが隣へ歩み寄った。少しの間をおいて、きゅっと袖が掴まれた。


「……俺、殿下のこと……すごく、好きです。ちゃんと……それを伝えたくて、今夜……」


 震える声で、目を逸らさずそう言ったルイスを、静かに、強く抱きしめる。温もりが、胸いっぱいに満ちていった。


 頬にそっと手を添え、口唇を触れ合わせる。優しく、確かめるように啄んだ。ひとつ吐息を漏らすたびに、じんわりと身体が熱を帯びていく。


「……ん、っん……はぁ……っ」


 薄く開いた口唇に誘われ、深く舌を絡める。ルイスの甘い声が零れ、抱きしめる腕に力がこもった。


「っ、ん、……ぁっ、殿下……っ、もっと……」


 甘えるように見上げてくる瞳と、濡れた唇に、理性が軋む。だが、強く抱きしめながら、一度、ルイスの肩に額を押し当て、湧き上がる情欲を抑えた。


「……ルイス、本当に……いいのか?」


 問いかけにはっと目を見開きながらも、ルイスは震える指で私の胸元を掴んだ。そして、はっきりと頷いた。


「……好きな人に……ちゃんと触れてほしい。俺からも、触れたい……です」


 その言葉が、すべてを決めた。


 彼の頬を両手で包み込み、もう一度、深く口付ける。唇を離したあとも、額を寄せたまま、低く甘い声で囁いた。


「……わかった。優しくするよ」


 少しだけ、肩を抱き寄せると、ルイスはぴくりと震えて、顔を真っ赤にしながら俯いた。


「……まずは、湯浴みしておいで。肌寒いだろう?」
「……はい……っ」


 小さな声で返したルイスを見届け、扉の方へ向かって声をかけた。


「エリオット。ルイスを頼む」


 ノックもなく静かに扉が開き、エリオットが姿を見せた。ルイスに一礼すると、無言でそっと近づき、彼の傍に立つ。


「……湯浴みのご用意ができております」


 小さな声に、ルイスが顔を上げる。名残惜しそうにこちらを見つめながらも、エリオットと共に脱衣所へと歩いていった。


 ふたりの背が見えなくなり、扉が静かに閉まる。窓から差し込む月明かりが、床に花の影を落とした。

 
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