フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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第三章 王都編

第七十一話 『胸の奥で咲いた、約束の花』

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 仕上がった衣装は、想像していた以上に美しかった。


 白銀の生地に、淡い金糸で描かれた繊細な刺繍。その一針一針が光を受けてきらめき、角度によって表情を変えるその装いは、まさしく『花嫁』のための一着だった。


「腕を上げて、ルイス様。はい、こちらの袖をーー」


 仕立て係の指示に従って布に身を包むたび、胸の奥にふわりとした熱が灯っていく。襟元を整えられ、腰にリボンを結ばれ、最後に鏡の前へと導かれると、言葉が、喉に詰まった。


(……誰、これ)


 目の前にいたのは、自分のはずなのに、見慣れない『綺麗』な姿だった。息をのんだ瞬間、背後から視線を感じて、鏡越しにそっと振り返る。翠の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。


 リアム殿下の視線は、揺らぐことなく、どこまでも深くて。目が合っただけで肌が熱を帯びて、動けなくなる。思わず視線を逸らしたのに、足音が近づいて、気づけば、背後に殿下の気配があった。


「っ、殿下……?」


 すぐ後ろから伸びた手が、俺の腰のリボンに触れた。


「ほどけていないか、確認したくて」


 さらりとした長い髪が頬に触れ、肌がひどく敏感になる。指先が、布越しにそっと腰を撫で、しゅるり、と音を立ててリボンが解かれた。


「っ、いま、ほどけました……!」
「ほどいたんだ」


 耳元に届いた囁き声が、身体の芯を震わせる。殿下の手が、ゆっくりと下腹へと滑り、思わず身体を引いた。


「殿下っ、だ、だめです、今は試着で……っ、仕立て係の方も……っ」
「……少しだけ、だから」


 唇が重なりかけた、そのときだった。


「殿下ーーーー!! ルイス様ーーーー!!」


 絶妙すぎるタイミングで、廊下の奥から声が響く。ぱたぱたと駆け込んできたエリオットが、カメラを抱えて叫んだ。

 
「前撮りなんていかがですかーーーーっ!! おふたりの尊い並びを、今すぐこのレンズに収めたくて!!」
「……写真は本番で撮れ」
「あれぇ? 僕、何か邪魔しました?」
「……黙れ」


 じろりと睨んだ殿下が、ふたたび腰を落とし、ほどけたリボンを器用に結び直す。その髪がさらりと揺れて、指先がふと伸びた。


「……殿下の髪、触れてもいいですか」
「……珍しいな。どうして」


 掬った髪を指で梳きながら、答えた。


「さらさらで、綺麗だったから」


 その眼差しに導かれるように、頬に触れる。両手で殿下の顔を包んで、そっと唇を重ねた。目を開けると、殿下が、頬まで真っ赤にして、手の甲で顔を隠していた。


「……殿下?」
「……見るな」
「あっ、もしかして、照れているんですか?」
「うるさい、黙れ」


 耳まで赤くして顔を逸らすその姿が、たまらなく愛おしくて。俺は笑いながら、そのままぎゅっと抱きしめた。

 
 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー


 祭壇のアーチに手を伸ばしたとき、ひらり、と花びらが指先に触れた。


 式場を彩るのは、一年の巡りをかたどるように咲きそろえられた花々で。春の優しさ、夏の光、秋の実り、冬の静けさーー季節を宿した色とりどりの花が、まるで過ぎていった日々を包み込むように、穏やかな息遣いで咲いていた。


 その中には、王都ではもう見かけない品種もあって。そのすべてが、自分とリアム殿下の婚礼のために集められたのだと、エリオットは誇らしげに語っていた。


 温室の技術、各地の花生みたちの協力ーー無数の手が、この場所に祝福を編み込んでくれたのだ。


 ただ、それだけのことが、胸に沁みて、鼻の奥がつん、と痛む。


 天窓から差し込む陽光が、花灯りの装飾に反射して、柔らかな虹のゆらめきを生む。淡い光と花の香りが静かに降り注ぎ、祭壇を包む空気に、目には見えない旋律が響いた。


「……すごい……」


 思わず零れた声も、そのまま花の香に溶けていく。両手を胸の前で組み、そっと瞳を伏せた。言葉にはできない想いが、深いところからせり上がってくる。


 ーーこんなにも、たくさんの花が、自分のために咲いている。


 あの日、弟の代わりに嫁いだ自分が、こんな風に、こんな場所で、祝福される日が来るなんて、思ってもみなかった。


「……こんなに、祝ってもらえるなんて……」


 涙声になった呟きに、ぬくもりが重なった。そっと手を添えられて振り返ると、リアム殿下が、すぐ隣に立っていた。


「ルイス」


 優しく、けれど真っ直ぐに。殿下は手を取り、しっかりと握ってくれた。


「君が、君らしく在り続けたからだ。……皆が、君を見ていた」


 その言葉に、胸の奥の何かがほどけていく。自分でも気づかないうちに張っていた糸が切れたように、感情が溢れそうになる。顔を伏せると、殿下の指がさらに強く手を握り込んだ。


「……また、泣くのか?」
「っ……泣いて、ません……」


 否定しながらも、声は震えていて。次の瞬間、ふわりと身体が引き寄せられ、あたたかな胸の中に抱きしめられた。静かな会場で、心臓の音だけが聞こえる気がした。


「……ブートニエールを交わしたら、君の涙は私がもらうよ」


 そっと囁かれた言葉が、胸の深いところに届いて、とうとう涙が溢れた。


 ーー自分は、ここにいていいのだ。


 そう、やっと、思えた。



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