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第四章 番外編
番外編 『桜めぐりの新婚旅行②』〜桜の宿と、欲張りな気持ち〜
しおりを挟む馬車の前でルイスに手を差し出すと、彼は少しだけ戸惑いながらも、おずおずとその手を取った。
王宮の中ならまだしも、旅の朝にこれほど多くの侍女や侍従たちに見送られながら、手を取って馬車に乗るなど、ルイスにとっては恥ずかしいに違いない。
案の定、彼は頬を赤らめたまま、顔を上げようとしなかった。
けれど、そんな俯く姿があまりに愛らしくて、もっと見たくなってしまう。私は手を離し、両手でルイスの頬を優しく包み、上を向かせた。
「っ……?! 馬車、乗らないのですかっ?!」
「乗るよ。もちろん、君と一緒にね」
薄く揺れる睫毛の奥から、淡い紫の瞳がまっすぐに私を見返す。その透明な眼差しの誘惑に抗えず、口唇をゆっくりと重ねた。
「っ、ん、殿下っ……み、みんな見てます……っ」
「見せつけてやればいい」
「も、もうっ……! 先に馬車乗りますからね!!」
顔を真っ赤にして馬車に乗り込むルイスの背中を追いながら、私はそっと笑った。
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ーーーーーーーー
ーーーー
馬車の中は、春の日差しに包まれていた。開け放たれた厚手のカーテンの隙間から、風が花の匂いを運ぶ。石畳を抜け、郊外の道へ出ると、窓の外には色づきはじめた木々の景色が広がっていた。
「花が……もう咲き始めているんですね」
隣でそう呟いたルイスの横顔を、静かに見つめる。瞳の奥に期待と緊張が混じったような光が揺れていて。それがまた、愛おしくてたまらなかった。
「桜の季節に間に合って、よかった」
「……楽しみです、桜」
「君が桜を見て、笑ってくれたら。それだけで、この旅に意味がある」
「……それは、ぜひ、見ないといけませんね」
照れたように窓の外へ視線を向けるルイスの耳が赤く染まっているのに気づき、ふと笑みが溢れる。その手を取って、やさしく、ぎゅっと握った。
「殿下……?」
春の陽が射し込む車内で、ルイスの白い着物が光を受けてふわりと揺れる。香り立つ風、やわらかな光、彼のぬくもり。そのどれもが心を満たしてくれるはずなのに、私は、もっと欲張りになっていく。
「……でも、私はもっと綺麗な花が見たい」
囁くように言いながら、そっと帯に手を添える。理性が『やめておけ』と警鐘を鳴らす一方で、欲望が『いまなら触れられる』と疼く。首筋へ口付ければ、ルイスの身体がびくりと震えた。
「っ、あっ……殿下っ、ここ、馬車、ですっ……!」
「今は、ふたりきりだ」
「そ、そういう問題じゃありませんっ!」
抗う声も可愛くて、帯を軽く引いてみせると、ルイスは顔をかあっと真っ赤にして、私の衣をぎゅっと掴んだ。唇を震わせ、小さく『だめ』と呟く彼を見て、私はますます笑みを堪えきれなくなる。
「……それは、良いってことか?」
「な、なんでそうなるんですかっ! 夜まで我慢してください!!」
(……夜になったら、いいのか)
脳裏に浮かんだ可能性に、喉が熱を帯びる。けれど、この旅は、新婚旅行だ。君の笑顔を守るための時間である。
だからこそ、野獣のような欲望は胸の奥に沈め、私はルイスの額にそっと口付けた。
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ーーーー
*
馬車が静かに止まり、扉が開く。その瞬間、春の甘い風が鼻先をくすぐった。やさしい香りに誘われるように外を見れば、視界いっぱいに、咲き誇る薄紅の桜が飛び込んできた。
「……わあ……」
思わず漏れた感嘆に、隣から手が重なる。ふと見れば、桜並木が小道の両側に天井のように枝を伸ばし、満開の花々が静かに陽の光を受け止めていた。
「気に入ってもらえたかな」
柔らかな声に振り返ると、殿下が微笑んでいて。旅の疲れも、胸の高鳴りも、その微笑みでほどけていった。
「……はい。とても綺麗です」
「それは良かった。ルイス。あれが、今夜の宿だ」
桜並木の奥に、ひっそりと佇む宿は、木造の美しい離れ屋敷だった。東部様式の柱や格子、繊細な文様が彫られた障子が、どこまでも静かであたたかくて、心がすっと落ち着いていく。
「正直、こんなにも美しい宿になるとは思わなかったよ。……君が、季節を巡らせてくれたおかげだ」
「……俺だけの、力じゃありませんよ……」
熱を帯びた耳を隠すように、思わずくるりと背を向ける。けれど、逃げる前に、大きな手が俺の腕を引いて、背中から、抱きしめられた。
「せっかくだし、歩こうか。ふたりで……」
「……はい」
肩越しに振り返ると、殿下が少し驚いたように目を見開いていた。その表情がどこか可愛くて、くすっと笑いながら、殿下の衣をぎゅっと掴んだ。そして、少し背伸びをして、口付けようと顔を寄せた。
「……っ、ん、届かないっ……殿下、少し屈んでくださいっ!」
「……やだ」
「?!?!?!」
いじわるそうに微笑む殿下の胸を、軽く拳で叩く。その瞬間、くすぐったそうに笑った殿下の腕が、ふわりと腰を抱き寄せ、唇が重なった。
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