俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

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第三章 「アセンディング・トライアングル」

第18話 「レイラ・ヴァース」

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 取引所での初取引を終えた俺たちは、とある商会を訪れることにした。

 理由は簡単だ。前日に届いたクロエからの手紙にそう書いてあったからだ。

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
アルへ

困ったときはレイラちゃんを訪ねるといいよ。
レイラちゃんは頼れる人だからね。
ま、頑張れよ♪ 

クロエより

P.S. レイラちゃんはヴァース商会にいます。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 クロエらしい短い手紙だった。どうやって俺の居場所を突き止めたのかは謎だが、クロエのことだから深く考えるだけ無駄だろう。

 アイラも手紙を読んで首を傾げていたが、クロエの言葉を信じてみる価値はあるということで、俺たちはヴァース商会へ向かうことに決めた。

 取引所から歩いて10分ほどの場所に、ヴァース商会の立派な建物が立っている。大きな商会であることは一目でわかる豪華な造りだ。

 アイラが少し緊張した面持ちで扉を見上げる。

「アルさん、本当にここでいいんでしょうか…?」

「ああ、間違いない…行ってみよう」

 俺たちは、思い切って扉を押し開けた。中に入ると、広々とした受付が広がっており、何人かの使用人が忙しそうに動き回っていた。

 俺たちは受付の女性に、レイラ・ヴァースに会いたいと伝えた。最初は少し怪訝そうな顔をされたが、俺が「クロエ・アディスの紹介です」と付け加えると、受付の女性の態度は一変した。

 驚いた表情を見せた後、すぐに笑顔で案内してくれた。

――クロエは本当に何者なんだろうか……

「会頭は現在執務中ですが、すぐにお会いできるよう手配いたしますので、少々お待ちください」

 案内された応接室でしばらく待っていると、豪華なカーテンや絵画に囲まれたその部屋の雰囲気にアイラは少し圧倒された様子だった。

「ここまで豪華だとは思っていませんでした…」

 やがて扉が勢いよく開かれた。現れたのは、赤髪のロングヘアを持つダークエルフの女性だった。堂々とした歩き方で、俺たちの方に向かってきた。

 輝く赤髪は日の光を浴びてさらに鮮やかで、女性の持つオーラが周囲の空間を支配しているようだった。

「初めまして。俺はアルヴィオです。クロエの知り合いということで、お会いしたくて来ました」

「レイラ・ヴァースだ。君がクロエから聞いていた子供、アルヴィオってわけか。そしてそちらの君は…」

 レイラはにっこりと笑いながらそう言った。その笑顔には豪胆さが溢れており、ただ者ではないことを一目で理解させられる。

 視線はアイラへと移り、少し目を細めた。

「君は…もしかしてルミナスの? 以前王宮の大晩餐会で見たことがある。名前は確か…アイラシアだったかな?」

 アイラは驚いたように目を見開き、しばらく口を閉じたままだったが、やがて小さく頷いた。

「そうです…アイラシア・ルミナスです。どうして…」

「エルフの記憶力を甘く見ないことね。それに、君の雰囲気が懐かしい感じだったからよく覚えてたんだ」

 アイラが少し緊張しているのが横目で見て取れた。

 俺はポケットからクロエの手紙を取り出し、レイラに見せた。レイラは手紙を受け取り、一読すると、懐かしそうに笑みを浮かべた。

「相変わらずだ、クロエ」

 レイラは少し呆れたように肩をすくめながらも、目にはどこか愛情深いものが感じられた。

「クロエから聞いていた子供……。君がそれだったとはね。クロエが言うには、君は少し変わった子らしいじゃないか」

「それは…まあ、クロエの言うことですから」

 俺は少し苦笑しながら答えた。

「ふふ、面白いわね。子供を育てはじめたって聞いた時は気まぐれだと思ってたけど。どうやら違う理由《わけ》もあるみたいね」

 レイラはそう言うと、近くのソファにどっかりと座った。

「それで…?」

 レイラが尋ねると、俺は本題に入ることにした。

「実は、資金をお借りしたくて、レイラさんを訪ねました」

 レイラは頷き、少し考え込むように目を細めた。

「ふむ、資金の貸し出しね…。ふーん。いくら欲しい?」

「6万ディムです」

「で、何に使う?」

「取引です。リアディス取引所での株式売買」

「……なるほど。それで、担保はあるのかい?」

 待ってましたと言わんばかりの質問だった。

 俺は、静かに首を振る。

「ありません」

――担保になるような資産など、俺にはない。ただ……

「これから、買う株式が担保になります」

 沈黙が落ちる。だが、怖くはない。むしろ、ここが勝負どころだ。

 レイラの視線が、鋭くなった。

「……詳しく聞こうか。どうやって、あたしの金を守るつもりだい?」

「はい」

 俺は、腰のポーチから持ち歩いていた紙を取り出し、テーブルの上に置く。

 図を描きながら説明を始める。

「現在、自分の持ち金は3万ディムです。この3万を証拠金として、レイラさんから6万の追加資金を借り入れ、総額9万ディムでの取引を行います」

 レイラは言葉を挟まずに黙って耳を傾けていた。俺は続ける。

「条件は明白です。9万ディムのうち三割――つまり2万7千ディムの損失が出た時点で、保有している株式はすべて即時売却。借り入れた6万ディムの元金は、確保されます。俺の自己資金は消滅しますが、レイラさんへの返済は滞りません」

「ふん……。要するにテコレバレッジを利かせるわけだね?」

「はい」

「損をしても、少年の資金がゼロになるだけ。こっちに被害は出ない。そういう話だと?」

「ええ」

「言うじゃないか、少年」

「もちろん、レイラさんにリスクが全くないわけではありません。相場が急変動した時に、意図せず3万ディム以上の損失が出てしまう場合があります。そうなれば、こちらからの返済は滞《とどこお》る」

「ふむ…」

「そのときはどうする?」

「ここで働くなりなんなりします」

 レイラは一枚の指で紙をはじき、そのまま椅子から身を乗り出した。

「いいじゃないか、その覚悟……嫌いじゃないよ」

「ありがとうございます」

「だが――商売は商売。儲けが出たときには、あたしにも取り分をくれなきゃ割に合わないね。……儲けの一割、これが条件だ」

 予想通りだった。むしろ、それで済むのなら上出来だ。

「その条件で、お願いします」

 即答する俺を、レイラは楽しげに眺めた。

「いい返事ね」

 レイラは指を鳴らした。すぐに控えていた女性使用人が扉の向こうから現れる。

「ユナ、融資契約書と、利得分配契約の書式を二通、持ってきておくれ」

「かしこまりました」

 しばらくして、契約書をしたためた使用人が戻ってきた。内容を確認して、互いのアルカナプレートに契約内容を記録させる。

「契約成立だ」

 俺とアイラは感謝の意を込めて頭を下げた。

「ありがとうございます、レイラさん」

 アイラも緊張しながらも頭を下げる。レイラは再び俺の方に向き直った。

「少年、あんたは間違いなくクロエの子だ。これから、頑張りな」

「もちろんです」

「あと、もしあの時、君が私の同情を買うような頼み方をしていれば、あたしはすぐにでも少年を追い出していたね。それだけは、最後に教えておく」

 その言葉には、重みと商売人としての矜持《きょうじ》が感じられた。

「道理はわかっているつもりです」

 レイラは満足そうに頷き、俺たちを見送ってくれた。応接室を出ると、ヴァース商会の豪華な建物の中を使用人に案内されながら歩いた。

 アイラは緊張が解けたのか、少しほっとした表情を見せていた。

 ヴァース商会の重厚な扉が背後で音を立てて閉じると、ようやく、俺は大きく息を吐いた。濃密な空気に包まれたあの応接室での緊張が、今になってようやく体から抜けていくのを感じる。

「……すごい方でしたね、レイラさん」

 隣で歩くアイラが、少し肩をすぼめながら呟いた。その声には驚きと、ほんの少しの怯えが混じっていた。

「まあ、クロエの古い知り合いらしいからな。度胸も知識も並じゃない」

 陽はすでに傾き、建物の影が石畳に長く伸びている。通りに立つ魔導灯が、ぽつぽつと光を灯し始めていた。

「でも……あの、大丈夫なんですか? 本当に、あの金額を……しかも、損をしたら全部なくなってしまうって……」

 アイラが少し心配そうに尋ねてきた。

「……レバレッジっていうのは、元手の何倍もの金を動かすための仕組みなんだ。うまく使えば、数倍の利益を得られる。けど、失敗すれば……全部を失う」

「それって……やっぱり、危ないやり方なんですね」

「危ないかどうかは、使い方次第だ」

 俺は足を止めて、アイラの方に向き直った。

「たとえば、次の取引で、俺たちが9万ディム分の株を買ったとする。持ってる資金は3万。それに、レイラさんから借りた6万を足して、ようやくその規模の取引ができる」

「もし、価格が下がったら?」

「三割下がれば、9万が6万3千になる。3万の自己資金は、すっかり消える。だから、そのときはすぐに全てを売却して、レイラさんの6万だけは返す」

 アイラは、瞳を少しだけ伏せていた。けれど、真剣な表情で俺の言葉を受け止めようとしてくれている。

「でも、逆に三割上がれば、9万が11万7千。そこから借りた分や支払い分を引いても、資産は、3万が5万4千程度に増える」

「2倍近くです…」

「そうだ。投資ってのは、結局のところ、タイミングと判断の積み重ねなんだ。いざという時に、大きく張れるかどうかで、結果はまるで変わってくる」

 アイラは驚いたように目を見開いた。

レバレッジをかけて借金をして取引を行う以上、リスクも大きいけど、その分リターンも大きい。だからこそ、慎重に、そして大胆に動く必要がある」

「少し怖い気もします…」

「無謀だと思うかもしれない。でも、……勝てる見込みがあるから、この勝負に出たんだ」

「アルさんが、そう決めたなら。わたしは、それを信じます」

「ありがとう、アイラ」

 俺はアイラの目を見て、強く頷いた。アイラもそれに応えるように小さく頷き返す。俺たちは互いに笑顔を交わし、再びリアディスの街へと足を踏み出した。

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
 【資産合計】90,388ディム
 【負債合計】60,000ディム
 【純資産】30,388ディム
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
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