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第七章 「ディストリビューション」
第59話 「ケモ耳の行方Ⅱ」
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目の前の席では、セリナが身を乗り出していた。
「さて、どこから話そうかな。あなたが求めてるのは灰牙の蛇に関する情報と、セイラン女史の足取り――で合ってるよね?」
「ああ、間違いない」
「よし、なら順番に行こう。まず灰牙の蛇について」
セリナは胸元から革の手帳を取り出すと、パラリと音を立ててページをめくる。
「ヤツらはね、ただの商人集団じゃない。名の知れた商人、由緒ある貴族、時には王族まで……表の顔を持つ連中が、裏では蛇として繋がっている。目的は金儲け……に見えるけど……ほかにもっと信条めいた何かがある気がしているのよね」
「信条?」
「そう、世界そのものを自分たちの秩序で塗り替えるような……ね。何かの明確な目的がある感じ……」
軽く笑いながらも、その眼差しは鋭かった。
「具体的には?」
「ここからは、証拠は掴めてない話。ただし、資金の流れを追えば黒い線が見えてくる」
セリナはペン先でページの一行を指した。
「例えば、エストラン商会」
その名を聞いた瞬間、ミラが尻尾をピクリと動かした。
「……エストランか。あの大商会が?」
――取引所で、最も幅を利かせている商会だ。
「そう。表向きは大規模な穀物取引と物流を担っているけれど、裏では灰牙の蛇と資金を融通しあっている可能性が高い。投資先や寄付金の流れを洗うと、不自然な空白があるのよ。たとえば、とある貴族への寄付金が実は匿名の基金を経由していて、その基金が持ち主不明の口座に繋がっていたり……」
セリナの声は軽やかだったが、内容はどこまでも冷ややかだった。
「もちろん、証拠は何一つとして確定できない。だけど、線を繋げば浮かび上がる影は一つ――灰牙の蛇」
ダリルが小さく補足する。
「僕ら新聞記者は、裏付けのない記事は出せません。でも、僕が調べた限り、複数の大商会や資産家が同じ動きをしているのは確かです」
「黒い線……か」
俺は呟いた。証拠なき線。だが、ここ最近感じていた違和感との符合の多さに妙な納得感があった。
「さて、次はセイラン女史の件」
セリナは身を正し、手帳を閉じる。
「取材の過程で複数の証言を集めたの。『青い耳の獣人を見た』って話。場所は北運河の港周辺。魚市場のあたりで何度か目撃されてる」
「……北運河、か」
リアディスでも物流の要の一つ。商船がひしめき、労働者と商人が交錯する混沌した地域。身を隠すには最適だ。
「ただし目撃情報は散発的で、時間帯もまちまち。意図的に居場所を変えてる可能性があるわ」
――やはり、イオナはまだこの街にいる。
「もし彼女が本当に北運河に潜んでいるなら、灰牙の蛇の連中が近づいているのも間違いない」
ミラが低く呟く。
「時間の猶予は少ないだろうね」
沈黙が落ちる。魔導灯がパチッと音を立てる。
「それと……」
セリナが声を落とす。
「うちの内部でも、さりげなく圧力があるのよ。あるはずの記事が差し替えられていたり、知らないうちに見出しが変わっていたり、編集部の誰がヤツらに繋がっている可能性がある」
ダリルが不安げに付け加える。
「正直、僕たちの職場も完全には信用できる環境じゃないんです。記事の草稿を提出したら、翌朝には全然違う内容になっていたりするんです。編集長が差し替えたと言うけれど、その理由がまったく通らない。……それが一度や二度じゃない」
「それは、ありうる話だ」
俺の言葉に、セリナは苦笑して肩をすくめる。
「だからこそ、私たちは自分で足を使うの。噂や証言を拾って繋げる。記事にはできなくても、真実は残る。私にとって取材は、灰牙の蛇に切り込むための武器だから。それに、いざとなれば記事をねじ込む秘密のルートもあるからね」
「……わかった。兎に角、イオナを探す。保護するのが先決だ」
俺の言葉に、ミラが頷いた。
「こっちでも北運河周辺を重点的に当たってみよう。君はどうする?」
「俺は俺のやり方で動く」
セリナが身を乗り出し、にっこりと笑う。
「じゃあ、私たちは情報を流す役。アディスさんたち現場でセイラン女史を確保する役。役割分担はばっちりね」
ダリルは少し青ざめながらも頷いた。
「……命懸けですよ」
「記者ってのはそういうもんよ」
セリナが肩をすくめると、再び部屋に静けさが落ちた。
会合を終え、俺たちはバーを後にした。
涼しい海風が頬を撫でる。街路の明かりは控えめで、運河沿いにはまだ夜の商売人たちが行き交っていた。
「ふう……」
隣でセリナが伸びをした。
「いやあ、緊張感ある会合だったね。でも、こういうのって血が騒ぐなあ」
「セリナさん、お手柔らかにお願いします」
ダリルが小声でたしなめる。
「ダリル、あなたも記者なんだから度胸をつけなさい」
「僕は、荒事は苦手なんですよ」
二人のやり取りに、思わず口元が緩む。
だが胸の内には、重いものが残っていた。
エストラン商会、灰牙の蛇、イオナの影。
この街の表も裏も、すべてが絡み合い、大きな渦を形作っている。
俺は夜風に目を細めながら歩を進めた。
「さて、どこから話そうかな。あなたが求めてるのは灰牙の蛇に関する情報と、セイラン女史の足取り――で合ってるよね?」
「ああ、間違いない」
「よし、なら順番に行こう。まず灰牙の蛇について」
セリナは胸元から革の手帳を取り出すと、パラリと音を立ててページをめくる。
「ヤツらはね、ただの商人集団じゃない。名の知れた商人、由緒ある貴族、時には王族まで……表の顔を持つ連中が、裏では蛇として繋がっている。目的は金儲け……に見えるけど……ほかにもっと信条めいた何かがある気がしているのよね」
「信条?」
「そう、世界そのものを自分たちの秩序で塗り替えるような……ね。何かの明確な目的がある感じ……」
軽く笑いながらも、その眼差しは鋭かった。
「具体的には?」
「ここからは、証拠は掴めてない話。ただし、資金の流れを追えば黒い線が見えてくる」
セリナはペン先でページの一行を指した。
「例えば、エストラン商会」
その名を聞いた瞬間、ミラが尻尾をピクリと動かした。
「……エストランか。あの大商会が?」
――取引所で、最も幅を利かせている商会だ。
「そう。表向きは大規模な穀物取引と物流を担っているけれど、裏では灰牙の蛇と資金を融通しあっている可能性が高い。投資先や寄付金の流れを洗うと、不自然な空白があるのよ。たとえば、とある貴族への寄付金が実は匿名の基金を経由していて、その基金が持ち主不明の口座に繋がっていたり……」
セリナの声は軽やかだったが、内容はどこまでも冷ややかだった。
「もちろん、証拠は何一つとして確定できない。だけど、線を繋げば浮かび上がる影は一つ――灰牙の蛇」
ダリルが小さく補足する。
「僕ら新聞記者は、裏付けのない記事は出せません。でも、僕が調べた限り、複数の大商会や資産家が同じ動きをしているのは確かです」
「黒い線……か」
俺は呟いた。証拠なき線。だが、ここ最近感じていた違和感との符合の多さに妙な納得感があった。
「さて、次はセイラン女史の件」
セリナは身を正し、手帳を閉じる。
「取材の過程で複数の証言を集めたの。『青い耳の獣人を見た』って話。場所は北運河の港周辺。魚市場のあたりで何度か目撃されてる」
「……北運河、か」
リアディスでも物流の要の一つ。商船がひしめき、労働者と商人が交錯する混沌した地域。身を隠すには最適だ。
「ただし目撃情報は散発的で、時間帯もまちまち。意図的に居場所を変えてる可能性があるわ」
――やはり、イオナはまだこの街にいる。
「もし彼女が本当に北運河に潜んでいるなら、灰牙の蛇の連中が近づいているのも間違いない」
ミラが低く呟く。
「時間の猶予は少ないだろうね」
沈黙が落ちる。魔導灯がパチッと音を立てる。
「それと……」
セリナが声を落とす。
「うちの内部でも、さりげなく圧力があるのよ。あるはずの記事が差し替えられていたり、知らないうちに見出しが変わっていたり、編集部の誰がヤツらに繋がっている可能性がある」
ダリルが不安げに付け加える。
「正直、僕たちの職場も完全には信用できる環境じゃないんです。記事の草稿を提出したら、翌朝には全然違う内容になっていたりするんです。編集長が差し替えたと言うけれど、その理由がまったく通らない。……それが一度や二度じゃない」
「それは、ありうる話だ」
俺の言葉に、セリナは苦笑して肩をすくめる。
「だからこそ、私たちは自分で足を使うの。噂や証言を拾って繋げる。記事にはできなくても、真実は残る。私にとって取材は、灰牙の蛇に切り込むための武器だから。それに、いざとなれば記事をねじ込む秘密のルートもあるからね」
「……わかった。兎に角、イオナを探す。保護するのが先決だ」
俺の言葉に、ミラが頷いた。
「こっちでも北運河周辺を重点的に当たってみよう。君はどうする?」
「俺は俺のやり方で動く」
セリナが身を乗り出し、にっこりと笑う。
「じゃあ、私たちは情報を流す役。アディスさんたち現場でセイラン女史を確保する役。役割分担はばっちりね」
ダリルは少し青ざめながらも頷いた。
「……命懸けですよ」
「記者ってのはそういうもんよ」
セリナが肩をすくめると、再び部屋に静けさが落ちた。
会合を終え、俺たちはバーを後にした。
涼しい海風が頬を撫でる。街路の明かりは控えめで、運河沿いにはまだ夜の商売人たちが行き交っていた。
「ふう……」
隣でセリナが伸びをした。
「いやあ、緊張感ある会合だったね。でも、こういうのって血が騒ぐなあ」
「セリナさん、お手柔らかにお願いします」
ダリルが小声でたしなめる。
「ダリル、あなたも記者なんだから度胸をつけなさい」
「僕は、荒事は苦手なんですよ」
二人のやり取りに、思わず口元が緩む。
だが胸の内には、重いものが残っていた。
エストラン商会、灰牙の蛇、イオナの影。
この街の表も裏も、すべてが絡み合い、大きな渦を形作っている。
俺は夜風に目を細めながら歩を進めた。
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