俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

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第七章 「ディストリビューション」

第60話 「アキュムレータ」

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~憲章暦997年3月29日(星の日)~

 朝、玄関で靴紐を結びながら、俺は息を吐く。

「さて、行くか」

 そう呟いて立ち上がると、背後から足音が聞こえた。

 振り向くとアイラが髪を整えながら玄関へと向かってくる。

「今日は取引所ですか?」

「ああ。昼までに済ませておきたい取引がある」

 アイラは頷く。

 その時、階段を駆け下りる音とともに、ヒカリが姿を見せた。

「アディスさん、待ってください!」

 弾む声。黒いロングヘアを跳ねさせ小走りで目の前まで来る。

「どうした?」

「今日は……えっと……お弁当! お昼に、取引所の広場まで持っていきますから!」

 少し言葉を探しながらも、以前に比べれば格段に滑らかなアルカ語だった。

 暴漢を撃退したあの日以来、ヒカリのアルカ語は急速に上達していた。日々の勉強の成果が出ているのか、あるいは転移者としての才能が花開いたのかは分からない。日常会話に不自由さはほとんどなくなっている。

「……大丈夫か? 広場まで来られるか?」

「はいっ。大丈夫です!」

 胸を張って宣言する姿は、どこか誇らしげだった。

 アイラが微笑む。

「ヒカリさんのお弁当、楽しみです」

「はい! がんばります!」

 その元気に背を押されるように、俺とアイラは家を出た。

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 トークンコアの前。アイラと簡単な打ち合わせを行う。

「アイラ、今日はフレイジアの先物を買う」

「フレイジアですか…? 本当に大丈夫でしょうか…」

 アイラが少し心配そうな顔で尋ねてきた。アイラの不安も無理はない。フレイジア球根はかつてバブルの元凶となった商品であり、その後の需給バランスの崩れから、今では値崩れした状態が続いている。

「そんなに多くは買わない。あくまでデモンストレーション用だ」

 アイラの表情には、疑問符が浮かんでいる。

「買いに行くのは、4月6日、すなわち来週になったら現物と交換できる権利だ」

「権利……?」

「そうだ。今日、俺たちが買うのはだ。フレイジア球根を1週間後、この値段で受け取る――という契約。だから、価格が変動しても俺たちは約束どおりの条件で受け取れる」

 アイラは少し考えてから、小さく息を呑んだ。

「つまり……今のうちに約束しておけば、将来どれだけ値が上がっていても決めた価格で手に入るってことですね」

「そういうことだ。それが先物だ」

「なんとなくわかりました。それでは、行ってきますね」

 アイラは、そう言って浮上していく。

<リクエストリンクを頼む>

<はい、行きます>

 リンクが確立されると、アルカナプレートから情報が青白い光となって浮かび上がり、リアルタイムの価格情報が表示された。

<現在の価格は…3.32ディムか。3.5ディム以下なら買えるだけ買うぞ>

――バブルのころからすると、異常な安値。魔素があれば簡単に育つ特性上、世界各地で生産されて在庫がダブついている。

 だが、それでいい。

 こいつには、これからもうひと活躍してもらう必要がある。

 アイラは、俺の指示に従い魔法陣を展開し「オーダーフォーム」の術式を組み上げる。価格は3.33ディム。

 続けて少しずつ買い進めていく。トークンコアへ向けて青白い光を放つ魔法が放たれる。

 注文が入るたびに価格がわずかに動き、3.34、3.35とわずかな上昇を見せた。

<この辺りが現在の売り板の厚い部分か…少しずつ吸い上げていくぞ>

 アイラは次々に魔法陣を展開し、注文を追加していく。その都度、価格がわずかに変動するが、大きな変化はない。

<3.40ディム、まだ買える…3.5ディム以下を維持してる間に、どんどん買い増しだ>

 俺は価格の推移を見つめながら指示を出し続けた。

<アルさん、次の注文も通りました。価格はまだ3.5ディム以下です>

 アイラが淡々と報告を続ける。

<よし、その調子だ。慎重に、でもためらわずに進めよう>

 アイラは再び魔法陣を展開し、次の注文を実行する。

<…3.51ディムになりました。アルさん、どうしましょう?>

 アイラが小さな声で尋ねてきた。

<大丈夫だ、これは一時的な動きだ。売り圧がすぐに戻ってくるはずだ。もう少し待ってから再開しよう。

 アイラは頷き、魔法陣を一旦収束させた。今日はなぜか、脈動するトークンコアの光が、俺たちを静かに見守っているように感じられた。

<アルさん…今日の取引、なぜかちょっと緊張しますね>

<そうだな。緊張感が大切だ。慢心はミスや判断を間違える原因となる>

<よし、再開だ。売り圧が戻ってきた。価格は3.42ディムに下がったぞ。ここから一気に買い進める>

 アイラは再び魔法陣を展開し、迅速にオーダーフォームを起動する。

<よし、これで今日の予定分はほぼ完了だな>

 魔法陣を収束させ、地上に降りたアイラはほっとしたように息をついた。

 俺は手元のアルカナプレートを確認すると、購入したフレイジア球根の数が表示される。

 フレイジア球根…102,344個 

「お疲れ様、アイラ」

 俺は、そう言ってアイラの頭をなでる。

「ありがとうございます」

 アイラは、そう言って顔を赤らめる。

 その時だった。

 一瞬、視界が暗転する。

 気が付くと、見覚えのある空間を漂っていた。
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