81 / 173
第七章 「ディストリビューション」
Intermission 11 「できること」
しおりを挟む
取引所前の広場に残されたヒカリは、遠ざかる三人の背を見送っていた。
「……私は、待つんだ」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。
アルヴィオの声がまだ耳に残っている。
帰れと言われた。危険だから、と。
ヒカリ自身も、その言葉の意味は理解していた。異世界に来たばかりの自分が足手まといになるだけだと、頭では分かっている。
だからこそ、アルヴィオの言葉に従って、屋敷へ戻ることを選んだ。
「帰らなきゃ……」
そう呟き、取引所前の賑わいに背を向けた。
アイラの屋敷へと戻り、扉を開けると、そこには二人の不在を物語るような空虚さがあった。
「……少し、散らかってる」
ヒカリはふっと息をついた。
「帰ってきたときに、きれいな方がいいよね」
誰に聞かせるでもなく呟き、袖をまくった。
雑巾を絞り、机の上を拭く。椅子を整え、床に散らばった小物を拾い上げる。水差しを替え、花瓶の花を新しい水に浸す。
そうしていると、少しだけ心が落ち着いていく気がした。
「自分にできること」をしている、という感覚。
だが――ふと手が止まった。
机の端に、場違いなものが置かれていた。
重厚な蒼い銃身。異様な冷たさを放つ魔法銃。
「これ……」
アルヴィオが常に傍に置いていた武器。だが今はここにある。
つまりアルヴィオは、丸腰でイオナを追いかけに行ったのだ。
「そんな……」
小さな声が零れる。
胸の奥がざわざわと波立った。
届けなければ。けれど、きっと足手まといになる。
「アディスさんは、私を危険から守るために……私が持っていったら、逆に邪魔になるんじゃ……」
頭では「待つのが正しい」とわかっている。けれど心は「行かなければ」と叫んでいた。
「……どうしたらいいの」
答えは出なかった。けれど、気づけばヒカリの指は目の前の魔法銃に伸びていた。
冷たい金属の感触が指先を伝う。
次の瞬間――。
銃身が淡く光を帯び、部屋の空気が震えた。
「え……?」
まばゆい光が手を包み、視界が白く弾け飛ぶ。
足元がふわりと浮いたような感覚。
心臓が早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。
「な、なにこれ……!」
叫ぼうとしたが、声は喉の奥で途切れた。
意識が急速に遠のいていく。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
人々の往来が続く大通りを、駆けて行くヒカリの姿があった。
瞳に焦点はない。
無意識のまま、アクアレイジを抱えて走り出していた。
足取りは迷いなく、軽やかで、速い。
通りを駆け抜け、橋を渡り、人混みを縫うように進む。
驚いた市民が振り返るが、ヒカリはその声を認識していない。
ただ、導かれるように――アルヴィオたちの戦場へ。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
そして――気がついたとき、ヒカリは白い天井を見つめていた。
清潔なシーツ。漂う薬草の匂い。
「……ここは……」
ぼんやりと呟き、瞬きを繰り返す。体は重く、思うように動かない。
枕元には、アクアレイジが静かに横たえられている。魔力の光が消えた銃身にはまだ冷たい水滴が残っていた。
ヒカリは混乱の中で息をのみ、毛布を胸まで引き寄せた。
「……私、何を……」
その答えはまだわからない。
けれど確かなことが一つだけあった。
あの時、ヒカリは確かにアルヴィオたちの戦場に現れ、アクアレイジを振るったのだ。
それがどうしてなのか。なぜできたのか。
ヒカリ自身にも、答えはなかった。
ただ――ヒカリの中に「なにか」が芽生え始めていることだけは、間違いなかった。
「……私は、待つんだ」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。
アルヴィオの声がまだ耳に残っている。
帰れと言われた。危険だから、と。
ヒカリ自身も、その言葉の意味は理解していた。異世界に来たばかりの自分が足手まといになるだけだと、頭では分かっている。
だからこそ、アルヴィオの言葉に従って、屋敷へ戻ることを選んだ。
「帰らなきゃ……」
そう呟き、取引所前の賑わいに背を向けた。
アイラの屋敷へと戻り、扉を開けると、そこには二人の不在を物語るような空虚さがあった。
「……少し、散らかってる」
ヒカリはふっと息をついた。
「帰ってきたときに、きれいな方がいいよね」
誰に聞かせるでもなく呟き、袖をまくった。
雑巾を絞り、机の上を拭く。椅子を整え、床に散らばった小物を拾い上げる。水差しを替え、花瓶の花を新しい水に浸す。
そうしていると、少しだけ心が落ち着いていく気がした。
「自分にできること」をしている、という感覚。
だが――ふと手が止まった。
机の端に、場違いなものが置かれていた。
重厚な蒼い銃身。異様な冷たさを放つ魔法銃。
「これ……」
アルヴィオが常に傍に置いていた武器。だが今はここにある。
つまりアルヴィオは、丸腰でイオナを追いかけに行ったのだ。
「そんな……」
小さな声が零れる。
胸の奥がざわざわと波立った。
届けなければ。けれど、きっと足手まといになる。
「アディスさんは、私を危険から守るために……私が持っていったら、逆に邪魔になるんじゃ……」
頭では「待つのが正しい」とわかっている。けれど心は「行かなければ」と叫んでいた。
「……どうしたらいいの」
答えは出なかった。けれど、気づけばヒカリの指は目の前の魔法銃に伸びていた。
冷たい金属の感触が指先を伝う。
次の瞬間――。
銃身が淡く光を帯び、部屋の空気が震えた。
「え……?」
まばゆい光が手を包み、視界が白く弾け飛ぶ。
足元がふわりと浮いたような感覚。
心臓が早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。
「な、なにこれ……!」
叫ぼうとしたが、声は喉の奥で途切れた。
意識が急速に遠のいていく。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
人々の往来が続く大通りを、駆けて行くヒカリの姿があった。
瞳に焦点はない。
無意識のまま、アクアレイジを抱えて走り出していた。
足取りは迷いなく、軽やかで、速い。
通りを駆け抜け、橋を渡り、人混みを縫うように進む。
驚いた市民が振り返るが、ヒカリはその声を認識していない。
ただ、導かれるように――アルヴィオたちの戦場へ。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
そして――気がついたとき、ヒカリは白い天井を見つめていた。
清潔なシーツ。漂う薬草の匂い。
「……ここは……」
ぼんやりと呟き、瞬きを繰り返す。体は重く、思うように動かない。
枕元には、アクアレイジが静かに横たえられている。魔力の光が消えた銃身にはまだ冷たい水滴が残っていた。
ヒカリは混乱の中で息をのみ、毛布を胸まで引き寄せた。
「……私、何を……」
その答えはまだわからない。
けれど確かなことが一つだけあった。
あの時、ヒカリは確かにアルヴィオたちの戦場に現れ、アクアレイジを振るったのだ。
それがどうしてなのか。なぜできたのか。
ヒカリ自身にも、答えはなかった。
ただ――ヒカリの中に「なにか」が芽生え始めていることだけは、間違いなかった。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる