俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

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第十章 「フラクチュエーション」

Intermission 29 「リーリア in 魔法学校Ⅰ」

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~憲章暦997年3月30日(火の日)~

 時は遡り、魔法学校の入学式の前日――。

 レオリア王国・王立エルドレイン魔法学校には、淡い午後の日差しが降り注いでいた。歴史ある大校舎と塔が幾重にも並び、広大な敷地の奥には寮、訓練場、研究棟が迷宮のように連なる。

 その門前に、一台の馬車が音を立てて止まった。

 馬車の側面には、セレスティア商会の紋章。

「リーリア様、ここまででお送りいたします。どうか、良き学びの日々を」

 商会の若い社員が、どこか緊張した面持ちでそう告げる。

 リーリアは大きな鞄を抱え、ぱっと明るく笑った。

「送ってくれてありがとう! 大丈夫、迷子にならなきゃ平気だから!」

 社員は逆にその自信に不安を覚えたようだが、礼をしながら馬車に戻っていった。

 門の向こうへ歩いていくリーリアを、しばらく目を細めて見守る。

 その様子を、少し離れた茂みの陰から見つめる影があった。

――すごい……見送りの人があんな丁寧で……絶対に高い身分の方だ……!

 褐色の小さな少女――ニナ・アイナケリイは、ごくりと喉を鳴らした。

 ロピカルハの香料諸島にある小島から来たニナにとって、大国レオリアの王都エルドレインでの経験は驚きの連続だった。

 静かに胸が高鳴る。

――あんな人と同じ学校なんて……わ、わたし……平気かな……

 ニナは、胸元に下げた古いペンダントをぎゅっと握ると、そっとその場を離れた。

 そのあとのリーリアと言えば、学校の地図を片手に困り果てていた。

「うぅ……どれが寮? あれ? この地図、こっち向きだっけ……?」

 中央広場に立つ銅像を基準に地図を回してみるも、回すたびに理解から遠ざかる。

 結局、五回くらい回したところで、

「……わかんない!」

 と力強く宣言した。

 近くを通りかかった先輩らしき生徒たちが、小さく笑うのが聞こえる。

「また新入生が迷ってるぞ」

 そんな声を背中に受けながら、リーリアは地図を胸に押しつけた。

「寮ってこっちだよね……? たぶん……うん、たぶん!」

 根拠のない自信を持って歩き出したその先で――ようやく、それらしい建物が見えてきた。

 白い石造りの三階建て。玄関前には荷物を運ぶ一年生の姿がちらほら。掲げられた木札には『女子寮・ルーチェ棟』とある。

「やっと見つけた……!」

 胸をなでおろしたその時だった。

「だから嫌なんです! こんな、こんなスパイス臭い娘と同室なんて、到底耐えられません!」

 玄関ホールから怒り声が響いた。

 まるで火花でも散りそうな声音。リーリアは反射的に駆け寄った。

 中では、派手なリボンを揺らす貴族風の少女が腕を組み、仁王立ちになっていた。その隣で、寮長らしき女性が困ったように応対している。

 そして――視線の先。

 褐色の肌に、黒髪に少しばかりの編み込みをした小さな少女が、ぎゅっと肩を縮めて立っていた。顔は伏せられ、両手を胸の前で固く握りしめている。

 ニナ・アイナケリイ。

 さきほど茂みからリーリアを見ていた少女だ。

「わ、わたし……そんな、香り……は……その……」

「弁解など結構です! 私の繊細な嗅覚には耐えられないと申し上げているのです!」

 貴族風の少女の声がさらに鋭くなる。

 寮長は困り顔でため息をついた。

「ですから、部屋は学園側で決められておりまして……。勝手に変更は……」

「では申請して! いますぐにです! こんな島国の方と同室など、耐えられません」

 激しくリボンが揺れる。

 場の空気が重く沈むその瞬間――。

「わたしがその子と同室になるよ! それなら文句ないでしょ? それに、その娘、お花のいい匂いだよ」

 貴族風の少女は、ぽかんと口をあけた。

「な、なんですかあなた……いえ、失礼。どちら様で?」

「あ、えっと、リーリア・ノーヴェです。今日からここでお世話になります!」

 にっこり笑って自己紹介すると、貴族少女は一瞬ためらい――

「……け、結構です!! っ! その方がよろしいならそうして差し上げてください」

 なぜか態度が急に柔らかくなった。

 その変化は、あまりにも急だった。

 リーリアが大きな鞄を肩から降ろしたとき――

 布地の隙間から、銀色の装飾板がちらりと覗いた。

 アリスタル公爵家の紋章。

 レオリアでは知らぬ者のいない名門中の名門。

 その紋章を目にした瞬間、貴族少女の表情は凍り、次いで蒼ざめ――

 気まずそうに視線を逸らしはじめたのだ。

――あの紋章……!? そ、そんな……どうして庶民風の子が……公爵家と関係を……!?

 ほとんどが、誤解である。

 紋章は、フィリアから「お守り代わりですわ」と渡された古い荷札にすぎない。

 だが、事情など知る由もない貴族少女にとっては、絶対に逆らってはいけない相手の象徴だった。

「で、では、その……よろしくお願いいたしますね、リーリア様……!」

 貴族少女はそう言って、すたすたと足早に去っていった。

 取り残されたニナは、ぽつんと立ち尽くしていた。

 驚きと困惑と――ほんの少しの安堵が入り混じった瞳。

「だ、大丈夫?」

 リーリアが声を掛ける。

 ニナは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、小さく会釈した。

「……あ、あの……た、助けてくださって……ありがとうございます……っ」

「困ってる人を放っておけないだけだから!」

 力強く笑うリーリアに、ニナは不思議な安心感を覚えた。

 寮長もようやく肩の力を抜き、ほっと息をつく。

「では、お二人は本日より同室ということで。部屋は二階の二一五号室ですよ。仲良くしてくださいね」

「はいっ!」

 リーリアが元気よく返事をし、荷物を抱えて階段へ向かう。ニナはその後を小動物のようにちょこちょことついていく。

 階段を上りながら、ニナはちらりとリーリアの背を見た。

――すごい……本当に、すごい身分の方なのかも……わ、わたし……同室になっていいのかな……

 胸に不安と期待が混ざっていく。

 部屋に入り、二人で荷ほどきをしていると――ニナがそっと口を開いた。

「……り、リーリア……様……?」

「様はいらないよ! リーリアでいいよ!」

「で、でも……その、あんなに立派な馬車で送迎を……わ、わたし……高貴な方と同室なんて……!」

 ニナもまた完全に誤解していた。

 リーリアは両手をぶんぶん振る。

「みてたの? ちがうよ、ちがうちがう! わたし、ただの田舎村の出身だよ!」

「む、村……? でも、あの先ほどの貴族の方もリーリアさ……リーリアをみた瞬間態度を変えていました……」

「そうだったかな? なんでだろう? わかんないな」

 リーリアが首を傾げて笑うと、ニナはさらに混乱したようにぱたぱたと手を振った。

「で、でも……! だって、あの銀色の板にあった紋章……わ、わたし、見覚えがあります……貴族の教本にも載っていたくらいで……!」

「え? ああ、これ?」

 リーリアは何気なく荷物の中から、問題の銀色の荷札を取り出した。

 中央にはアリスタル公爵家の紋章が輝いている。

「フィリアからもらったの。お守りなんだって」

「お、お友達から……? 公爵家の……?」

 ニナの瞳が揺れる。

 リーリアの周囲には、いったいどれほどのがいるのか――

 想像が追いつかない、といった顔だった。

「ほんとに普通の村出身なんだよ? ノーヴェ村って知ってる?」

「……聞いたことは……ありません……」

「だと思う! 小さい村だから!」

 リーリアは胸を張った。

 ニナは、ぽかんとした後――小さく、くすりと笑った。

「……なんだか、不思議な方ですね……リーリアは……」

「へへっ、よく言われる!」

 そんな能天気な返事に、ニナの緊張がふっとほどけた。

 それから少しずつ荷物の整理を進める。

 ロピカルハの島の布で作られた鮮やかな布袋、香草の束、古い木彫りのお守り――どれもニナの出自をそっと語っていた。

 リーリアは興味津々で覗き込む。

「この袋、可愛いね! ニナの故郷のもの?」

「は、はい……。母が縫ってくれたものです……」

「すてきだね!」

 リーリアが太陽みたいに笑うと、ニナは照れたようにうつむいた。

 窓の外では、夕日が大校舎の屋根を金色に染めはじめている。新しい生活が、ゆっくりと色づきはじめていくようだった。

「ねぇニナ。これからよろしくね! いっぱいおしゃべりして、いっぱい仲良くしよ!」

 まっすぐ差し出された手。

 ニナは少し迷い――それから、ぎゅっと握り返した。

「……よろしくお願いします、リーリア。わ、わたし……がんばります……!」

 言葉は小さいが、心の奥から湧きあがる本気の声だった。

 夕暮れの光が二人の影を並べて伸ばしていく。

 王立エルドレイン魔法学校での新しい日々――その最初の一歩が刻まれた。
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